第6話 占えぬ公主

 国君は、娘の房間に寄った次に妻の居殿に入った。

 昨日は側室の殿舎に宿やどっていたため、王妃と顔を合わせるのは二日ぶりである。訪れを待ちかねていたように、公主の様子と縁談への反応を伝える王妃の言葉に耳を傾け、王は髭を撫でながら「ふむ」と声を漏らした。


「あくまで拒否する、か。やはりな――母親が言ってもその調子だとは」

「もし嫁がせねば、余人よじんは何と思うでしょう。…いいえ、何と思われようとかまいませんが、彼女はあのまま何もなさず、何にも触れず、宮中で朽ちて行ってしまうのでしょうか。もっとも、彼女の不可思議が外に漏れるのを恐れるあまり、籠の鳥のように閉じ込めて育ててしまった私達です。今さら何をいっても…」


 うなだれる王妃の肩を、王はやさしく叩いた。

「気に病むな、そなたのせいではない。…そうだ、お前、公主が生まれたときのことを覚えているか?」

「まさか、忘れるはずがありませぬ。…でも、何故そのことをお尋ねに?」

 あの時の占い師の言葉を思い出したのだ、と王は答えた。



 ――話は十五年前にさかのぼる。

 公主が誕生して間もなく、王室の慣習に従って、王は「卜占師父ぼくせんしふ」と称される最高の占い師に、公主を見せて運命を占わせようとした。

 しかし奇妙なことに、この国随一の腕を持つ占い師の力と、筮竹ぜいちく四柱しちゅう、人相いずれの手段をもってしても、ついにその運命を読むことは叶わなかったのである。


「そなたでなければ、この国では誰も公主の運命を読めぬというのに…」

 王は腑に落ちず、師父にその理由を問うた。

「どんなに高名で、力がある占い師でも、運命が読めないということがあるのだろうか?」

「人でないものは、人としての運命が読めない。そういうことなら、あり得ます」

「だが、我が娘は人間だ」

「さようでございます」

「では天子はどうだ?明らかに常人と異なる相をお持ちになり、異なる星辰せいしんを負われる方であれば、たとえ淵に沈んだまま、いまだ天に駆け上るときではなくとも、その運命も簡単に読むことができるのでは?」

「仰る通りにございます。天子になる運命をお持ちの方は、たとえ遠くからでも龍気が立ち上っているのが見えるといいます。それに、ご生誕の折には必ずなにがしかの瑞祥が顕現するもの。ですから、力を持つ占い師ならば、彼のもつ龍の運命がたちどころに読めるとも申します」


 そこまで言うと、師父は咳払いをした。

卑賤ひせんの身を顧みず、天朝のことについて申し上げますれば、国君――あなた様からお許しを賜りたく」

「かしこきあたりに代わってゆるす。申せ」

  師父は一礼して、君恩に謝した。


「その昔、哀帝あいていは、革命を――新たに天より命を受け、天下を統治する龍の出現を――恐れ、国中の占い師を片端から殺したというではありませんか。そもそもいにしえの帝王は占いをもって国を治めたというのに。ですから、哀帝がその終わりをよくしなかったのは、身は天子でありながら、運命を恐れるあまりに、天を恐れることを忘れてしまったためです」

「なるほどな。もっとも運命を読み取りやすいのが天子。であれば、もっとも運命を読みにくい、いや運命を読むことができない我が娘は一体――?」

 大占師は、顔を袖で隠して一揖いちゆうした。

「私にもわかりませぬ。人としての運命でありながら、人にあらず。――公主の運命の告げるところは、それだけです」


 ――もう一度、あの卜占師父に、娘の行く末を尋ねよう。果たして誰のもとに嫁ぐべきなのか…。


 追想から醒めた国君は妻に提案し、そして師父を召し出した。彼は、公主が生まれた十五年前よりも白髪が増え、髭も滝のように流れていたが、白い眉毛の間から除く眼は、変わらぬ英知のきらめきを見せていた。


 王は公主の縁談のことも正直に話し、娘の結婚につき今一度占ってくれるように頼んだ。師父は首を傾げたが、

「では、私ではなく、巫女から神に御心をその伺わせるというのはいかがでしょう?」

 と提案した。


 そこで、師父の信頼する巫女が密かに呼ばれた。宮中の祠堂しどう(注1)の祭壇を前にして、国君夫妻が見守るなか、白烏の神に巫女の舞いが捧げられる。

 このようにして、巫女を通じて降ろされた神託は、砂を敷き詰めた盤上に書かれていき、師父がそれを写し取った。王が盤を覗き込むと、こう記してあった。


 ――速やかに「撞天婚どうてんこん」の儀を行い、もって公主の夫を定めるべし。


***

注1「祠堂」…先祖や先賢をまつるみたまや。

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