ファイナルスティング
すえた臭いが鼻を突く。地下牢には生きる者の気配はなく、ここに落とされたものは生きて日の目を見ることはないと言われていたことに少し納得が行った。
そんなことはどうでもよくて、あたしは目の前の鉄格子のカギを開錠するため悪戦苦闘していた。仕掛けはそんな難しくない。愛用のツールでポイントはすぐに突き止めたが……錆びて動いてくれない。
徐々に油を挿してやると少し動く。そしてまた錆で引っかかる。油を挿す。こんな作業をもう延々と繰り返していた。
「シェラ、まだか?」
ジェド様の焦りを含んだ声にせかされるが、ここで無理をして錠前を壊したら元も子もない。全神経を指先に集中して……最後の一押しで……ガチャンという音が響いた。
「よくやってくれた」
ジェド様のねぎらいの言葉に微笑みで返すと、あたしは凝り固まった型を腕を回して解きほぐす。このままじゃ荒事になったときに腕が動かないというような間抜けなことになる。
そのまま城内を進む。ここからはジェド様が記憶を頼りに歩を進める。ところどころに警備兵が立っているが、うまくやり過ごすことに成功していた。まあ、一部はドツキ倒してふんじばってと言った作業も発生していたが。まあ、彼らも好きでバラスに従ってるわけではない。たぶんね。
そして、ついにというか、バラスのいる玉座の間にたどり着いた。幸いにしてまだあたしたちの侵入はばれていないようで、扉の前には二人の兵がいるだけだった。
「すまないが、ここを通していただこう」
ジェド様がかけた言葉に兵士はぎょっとしてこちらを振り向く。
「……ジェラルド卿ですか。城門は破られたので?」
「私がここにいることがその証左であろうよ」
「降伏します」
彼も薄々ははったりだと気づいているんだろうけども、抵抗してもかなわないと見切ったのだろう。槍を床に投げ捨てた。そして、扉を開かせる。
豪奢な玉座の間。といってもジェノバのものより一段落ちるなと考えてる当たり、あたしも何か染まってしまった。もうただの冒険者に戻れないんじゃないかなーと益体もない考えが浮かんでしまう。
バラスは白銀のサーコートに身を包み、立派な拵えの剣を下げていた。お高そうな装備だ。売り飛ばしたらさぞかしいい値が付くことだろう。
「ついにここまで来たか。ジェラルド」
「もはや問答は無用だろうよ。おとなしく降伏せよ。名誉ある扱いを約束する」
「ふ、処刑方法が変わる程度だろうが。もはや是非に及ばず」
「なれば最後の慈悲、我が剣にて葬ってくれよう」
そうしてジェド様とバラスは剣先を振れ合わせた。
それが合図であったようにまさしく火花を散らして打ち合いが始まる。あたしたちはそれを固唾を呑んで……いなかった。腕の差は歴然としている。ジェノバで冒険者として磨き上げたジェド様の剣戟はバラスを軽く圧倒していたのである。
「ふ、やはりかなわぬか」
「降伏するか?」
「否! だが儂一人では死なん……くっくっく」
バラスの左手に何か禍々しい力を秘めた宝石がある。まずい!
ジェド様も反射的に飛び退った。思わず走り出す。一騎打ちとかそんなことは頭になかった。このままではジェド様が! そしてジェド様の横に並んだとき、あたしの動きに気付いたジェド様の叱責が飛ぶ。
「シェラ、来るな!」
「えっ?!」
バラスの左手が閃き、あたしに向けてつぶてと化した宝石が放たれた。そう、奴の狙いはあたしだった。そしてさらに想像の外のことが起きる。ジェド様があたしをかばったのだ。
「ぐうううううううううう!」
ジェド様の顔が苦悶に歪む。怒りに任せてダガーを投げつけると、バラスは棒立ちのままだった。避けると思ったのにダガーは奴の喉に突き立って、そのまま倒れる。
けれどあたしはそれどころじゃなかった。リースが来てジェド様の状態を確認する。
「これは……」
リースの表情が歪む。彼女は目を閉じて精神を集中し、呪詛破りの魔法を唱え始めた。
意識を失ったジェド様の表情はまるで眠っているようで、けどあらゆる生気が失われている。まるで死んでいるかのようだった。
「なんで!? なんでなの!?」
あたしの叫びはむなしく玉座の間に響き渡った。
騎士と女盗賊 響恭也 @k_hibiki
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