彼女の嘘
芹沢 右近
第1話
学寮で3回生になり、寮の役職がいやおう無く回ってきた。
ウチの寮は自治寮という、大学の制御から切り離された自治寮制度になっていた。
学寮は4つにブロックで組み分けされており、それぞれに寮長、会計などの役職を置いている。
僕は寮長(班長のようなもの)になってしまい、寮祭の運営等の調整的な仕事をやらなくてはならなくなった。
学寮のメインイベントである寮祭は、女子寮の同じブロック分けされたところと女子のブロックと組んで、力を合わせて運動会や演劇をやっていこうというお祭りだ。
当然女子寮にも4人の寮長がいて、抽選で当たった女子寮ブロックと力を合わせて頑張る女子寮の寮長と色々と打ち合わせしなければならない。
年頃の若者男女が交流するのだから、打ち合わせ、運動会などで心重ねていたら当然意気投合して付き合うカップルも毎年誕生する。
僕が組む相手の女子寮長さんは、Mさんという家政科の2回生だった。
家政科というのは、その名の通り家庭生活科を教える先生を育成する学科。
国立大学で家庭科を教える教員免許を取得する専門課程に通う女子大生。男子にとって、嫁にするのにこれ以上ない条件のスペックである。
なぜ2回生が寮長かというと、女子寮は不人気で1回生が終わるとほとんどが寮から出て行ってしますので、2回生で残っているということはかなり稀有な存在であるということである。
家政科だけあって、Mさんは良く気がつき弁当なんか作ってもピカイチにうまかった。嫁にするなら絶対家政科やろと思ったものだ。
2ヶ月続く寮祭で、僕とMさんはすっかり打ち解けた。
それは、清々しい高校生の付き合いみたいな健康的な感じであった。
しかし、最後の打ち上げで事件は起こった。
連日の行事の疲れからかMさんは、打ち上げ後半ベロベロに酔っ払い、僕を突っついたり、よっかかったりしてきた。
あまりベタベタしてくるので、胸とかあたってきてムフフな状態だったが、ある時期から状況は一転した。
突然、彼女は吐きたいのでトイレに連れて行けと言う。
彼女を抱きかかえて、男子トイレに入った。
すでに女子寮の人が個室に入っておえおえと吐いており、女子先輩が介抱していた。
果たして、すでに男子トイレは女子に占領され、かつ壮絶な現場になっていた。
僕はMさんを個室に押し込むと戸を閉めようとした。
が、意識朦朧のはずの彼女は「らめー!せーちゃんも入って!」と言ってきた。先輩にちゃんずけ…(´Д` )
「一緒に入って介抱しようにも物理的に無理だろー!」と軽く怒鳴った。
すると「…だって暗くて怖いんだもん。ね、私と一緒に居て。」とわっと泣き出した。
隣の個室で吐いていた女子もこっちを心配そうにしている。「なになに?痴話喧嘩?わ、寮長同士でそんな仲だったんだー( ;´Д`)」
Mさんは、いっこうに吐く気配はなく、それよりも僕に抱きついてきて、泣きじゃくるばかりになった。
「おーい、せいいちろうさんがトイレで女子を泣かせているゾー!」とトイレの外で外野が騒ぎ出した。これはまずい。一旦退避だ。僕は彼女をおぶって自分の部屋へと急いだ。
自分の部屋に連れて行き床に彼女を寝かせた。
打ち上げの喧騒から逃れると、個室の部屋には微かに喧騒が聞こえるぐらいで、静かになった。Mさんをみるとやはり意識朦朧としているが、完全に落ちているわけではなく、ときおり唸ったり泣いたりしている。お腹のところのシャツがはだけて下着がはみ出ており、襟首の大きいシャツを着ているので、そのシャツが肩からだらんとして、ブラの肩紐が見えている。ピンク色だった。
…このまま俺の部屋に泊めようか。
いや待て。幾多の障害があることに気づいた。
①このままMさんが帰らないと女子寮は大騒ぎ。
②打ち上げが終わって、この部屋に絶対何人か同回生が来るので隠し通すのは困難。
③泥酔しているMさんは頻繁にトイレに行くだろう。そうなると、廊下を出て男子寮生に会う確率はかなり高い。
④寮長同士がこんなことになっては後輩に示しがつかない。
よって、モラル的に問題があり、かつ泊まらせてもバレるのは時間の問題であり、メリットは皆無であると判断した。
女子寮の門限まであと30分。よし!おぶって送り届けよう。
おぶっていくと、彼女の乳房がいちいち背中にあたって気持ち良く、ちっとも苦ではなかった。女子寮の門前まで行くと背中にじっとりと汗がにじんでいた。それが彼女の乳房から出ているのか僕の汗なのかわからなかった。たまにこれは彼女の乳首が立っているのではないかという突起物もあたってきて、動揺して前につんのめりそうになった。
女子寮の正門前に到着すると、不意にひょいと彼女が僕の背から飛び降りた。
「せいいちろうさんの背中気持ちよかった!ありがと!」
「え、起きてたんなら自分で歩けよ~」なんか騙されていたみたいで少し腹たった。それに、先輩をせいいちろうさんなんて下の名前で呼ぶなよ!
「もう少しでせいいちろうさんの部屋でお泊まりできたのになぁ~。残念!ちっ!」
え、えーーーーー最初からそのつもりで!泥酔も演技???
「でも、せいいいちろうさんはやっぱり紳士なんやね~。ずっと好きやったけどもっと惚れ直したわぁー」
え、え、まじか!これはイケるパターンか!!!?確変到来か!!?
「あ、門限まであと30秒!せいいちろうさんじゃあねっ!」
そういうと、僕のほっぺたに軽くチュッとして女子寮の中に消えて行った。
これはイケる!イケるゾ!その夜、僕は興奮して眠れなかった。
翌朝、打ち上げの後かたずけに来たMさんを心待ちにしていた。
そしていよいよMさんがやって来た。
「あ、先輩、昨日はお疲れ様でした…」
すっげー体調悪そうで、それを通り越して不機嫌な様子。え、なんか怒ってる?ていうか、俺の呼称が関澤さんに代わってる!?
「おいおいなんだか元気がないね…」
浮かれていた僕は彼女を気遣った。
「もう、後半から泥酔して全く記憶がないんですよ…気付いたら自分の部屋で寝てて、あーもう頭ガンガンするゔー」
「え、記憶なし?もしかして全く?」
「あ、あたし先輩になんか暴言とかはきました?ごっめんなさーい!私、泥酔すると人格変わっちゃうみたいで良く怒られるんですよぉ~」
「あ、いや、あのチュッって…」
「え?私叩いたりしたんですか?」
まじか、本当になんにも覚えてないのか!!?あの濃密な2人の時間を!
「いや…なにもされてないよ。安心してね…」
「あ、それなら安心しました。」
しかし、健康的にほのぼのとしていたMさんとの関係は、途切れてしまい、それ以降彼女とは事務的なこと以外話すことはなくなってしまった。
あの少女漫画みたいなトキメキの時間帯はなんだったんだろう。
あの夜のことは俺は今でも覚えています。
Mさんも本当は、青春のあの「チュッ」を忘れてないよね。
彼女の嘘 芹沢 右近 @putinpuddings
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