鬼退治についての議事録とエトセトラ

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鬼退治についての議事録とエトセトラ

 下界ではまた鬼がはびこっているらしい、しかも今回は島をまるごと占拠して鬼ヶ島などと呼ばれている、とかなんとか。なぜ地獄以外に居場所を求めるのか。地獄も不景気で獄卒にも採用されないのだろうか。


 俺たち天界の住人たちは、そんな愚かな鬼どもが哀れな人間ども相手に暴れるたびに、わざわざ下界に赴き退治してまわっている。なぜそんな事をするのかと言われれば、単純に下界の平和を保つのが天界の仕事ということもあるのだが、実はもう一つ理由があって、さらに実をいうと天界的にはそのもう一つの方がメインだったりする。


「おい、32号、そろそろ時間だぞ」


 32号とは俺のことだ。別に悪いことをしたわけではない、これがキッチリとした呼び名だ。天界には苗字や名といったものが無い。それにも色々理由があるのだが、今は特に説明する必要もないのでこれはこういうものなんだと分かってほしい。


 因みに今俺のことを呼んだのは俺の先輩、8号さんだ。「お前ら姓も名も無いのに上下関係はあるのか」と思われるかもしれないが、どこの世界にも上下関係は存在する。たとえ野生動物の群れだろうとアウトローな不良たちでもだ。

「はいはい、今行きますよ」

「今日はお前のための『物語会議』なんだ、シャキッとしろ」

 そう、今日は会議だ、俺が下界で鬼退治するための。

「はぁ、憂鬱だ……」

 何故会議をするのか、それは鬼退治の作戦や戦法を考える訳ではなく、鬼退治にどのような物語がふさわしいか考えるためだ。これが天界的にいうメインの理由だ。

 

神曰く、「そもそも鬼退治なんて天界の力をもってすれば造作もない、まさに赤子の手をひねるようだ。だが、それだけではダメなのだ。人間は鬼退治に物語を求めている、劇的な物語をな」とのことで、俺たちは下界に鬼退治に行く際は、必ずこうやって会議をして物語を考えてから向かう。

 そして下界に降り立ち、物語どおり鬼を退治する。どうやって物語どおりに進めているのかと聞かれれば、それはもう真に便利な天界パワーとしか言いようがないが、その物語のせいで本来赤子の手をひねるレベルの鬼退治が、成人男性の手をひねるレベルくらいに厳しくなってるのは間違いない。


「そんな顔するな、安心しろよ。俺が最高にかっこいい物語にしてやるから」


 なんとも頼もしいお言葉だが、俺は知っている。先輩は間違いなくノープランだ。


「ありがとうございます……」


 そうこうしてる間に会議室の前についてしまった。俺が感じる温度差など、全く気にしてない様子の先輩に続き中に入る。


「失礼します」


 軽く頭を下げ、入室。まだ会議までは時間が結構時間があったはずだが、会議室には既に会議の取りまとめ役である議長をはじめ、他の出席者達が集まっていた。といっても俺を含めて五人ほどだが。他の出席者に関してはいいが、基本的にマイペースな議長がこれだけ早く集まることは珍しい。


「お、待ってたよ!8号君、32号君!」


「お待たせしました、議長。にしても今日は集まりが早いですね?」


 先輩も集まるのが早いことに不思議に思ったのだろう。


「それが今回の会議、気合が入ってる奴がいてね。物語のプレゼンがあるらしく、気になって柄にもなく早く来てしまったよ」


「プレゼン?」


 驚きを隠せない声で返事をする先輩、無理もない。なんせこの物語会議というものは、会議と名うってあるものの、大抵の場合退治する本人と、その先輩とが物語を決めてしまうからだ。いや、決めてしまうというのは語弊があるかもしれない、なぜならそうでもしないと決まらないからだ。つまるところ、天界人は他人の鬼退治の物語など興味がない奴ばかりということだ。


 そんな他人に無関心な現代天界人ばかりの、このご時世で他人の物語をわざわざプレゼンするようなやつなど、よっぽど暇な奴か、ただの酔狂だ。

 いったいどこの馬の骨がそんなことをしているのか、俺は気になって議長にその気合が入ってる奴は誰かと聞いた。


「ああ、そこに座っている彼女だよ」


 女性だったことに若干驚きつつ、議長の指した方に視線を向けると、そこには俺にとって――いや、彼女も決して会いたくないはずだが。この先二度と見ることが無いだろうと思っていた顔があった。


「ひさしぶり、元気してた?」


「あ、あぁ……それなりに」


 議長は「なんだ32号君、27号君と知り合いだったのか?」と聞いてくる。困惑を隠しきれず、生返事しか返せない俺とは対照的に、「旧い友人です」とハキハキ答える彼女。

 これはマズい。俺の困惑具合を見れば説明しなくても分かるだろうが、彼女と俺は旧い友人などという間柄ではない。

 

彼女は俺の『元カノ』というやつだ。そう、以前彼女とは付き合っていた。男女交際という意味で。以前というところが非常に大事で、それも破局に至った経緯が非常によろしくない。

 彼女の返事を聞いて議長は納得したような素振りをしたあと、満足そうな顔で「そうかそうか、なら今回は良い物語ができそうだな」なんてのんきなことを言っているが、こいつが俺のために良い物語なんか用意してくるはずが無い。むしろその逆だ。

 

俺は議長がまた先輩と世間話をし始めたのを確認して、小さな声で問いかける。


「お前、なんのつもりだ。いったい俺の物語をどうするつもりなんだ」


「ひさびさに会ったのに酷いこと言うわね、私は純粋にあなたのために物語を用意してきたのに」


「まさか、俺はお前に恨まれこそすれ、感謝される筋合いは無いぞ」


 ふふっ、と彼女は笑い口を開こうとしたが、その先は議長の会議を開始する言葉に遮られてしまった。


「じゃあ、そろそろ会議をはじめようか。といっても今日はプレゼンがあるからな、あとは27号君に任せるとしよう」


「では、僭越ながら」


 短い髪を揺らしながら、ゆっくりと前へ出る元カノ。否、27号。


 プレゼンをするという事は、当たり前だが前々から案を練ってきたという事だ。これがどんなに怖いことか。行き当たりばったりではなく、計画された恐怖。きっと用意周到に準備された物語は、丸腰で鬼に挑むとかいうレベルの話ではないだろう。頼みの綱、とまではいかないが縋る藁くらいには期待していた先輩も、前代未聞のプレゼンという事態にのまれて使い物にならなそうだ。不安が募るばかりの、戦慄の会議が幕を開けた。


「今から資料を配りますので、皆さんにいきわたりましたら出生から順を追って説明したいと思います」


 27号の部下と思わしき人物が薄い冊子を配っていく。表紙には『32号鬼退治案~揺り籠から墓場まで今までになかった物語を~』などと俺の不安を煽る題が書いてあり、俺の嫌な予感は確信へと変わろうとしていた。


「皆様、資料はいきわたりましたでしょうか?まず出生からお話させて頂きます」


「出生についてはかなり熟考を重ねました、強く印象に残り、なおかつ特異性のあるもの。あらゆるパターンや可能性を精査、比較し、選定致しました」


 資料がいきわたった確認をしつつプレゼンがスタート、まずは主人公―—俺の生まれからだ。

 主人公の出生、当たり前だがこれは大事だ。下界人々に物語が伝わった時の第一印象になるし、生まれにちなんだ名前をつけられることも少なくない。

 できれば武家の出身が理想だが、前例には垢を集めて誕生したなんて物語もある。この際贅沢は言わない、せめて人の身から生まれたい。頼む。


「そう、それは桃です!」

 

桃? 聞き間違いだろうか、桃と聞こえた気がする。いや、流石に桃はないだろう。万が一、桃と言っていたとしてもあの木になる桃の事ではなくて個人の名前とかだろう、流石に、うん。でないと桃から生まれたから桃太郎、とかだっさい名前つけられてしまう。


「皆様、資料の一ページ目をご覧ください」


 震える手で資料をめくる。まさか、そんな、バカな、ありえない。必死に頭の中で否定する。

 だが、むなしくも次の資料には見慣れたあの薄ピンク色の果実が写っていた。


 いやいや、正気か? 最早植物じゃないか。いったい何をどう精査したら桃にいきつくんだ、いったいなにと比較したんだ。熟れてるのは考えじゃなくて桃だけじゃないか。


「しかも、その桃は木になるわけではありません。川から流れてくるのです」


 いったい何を言っているんだ、こいつは。川から流れてくる桃から誕生なんて博打すぎるだろう。誰も拾わなかったらどうする気なんだ。というより拾わないだろ、誰も。少なくとも俺は、川から流れてきた桃なんか食う気が起きない。だとすれば海に出るぞ、桃に包まれたまま。そのまま鬼ヶ島まで流されたらそれこそ一大事だ。

鬼退治の主人公が鬼の本拠地で桃から誕生なんていくらかファンキー過ぎる。止めなくては。


「ま、待ってください。これは誰かに拾われる保証はありませんよね?」


「ご心配なく、この桃はきちんと拾われるように計算して流します。具体的に言うと、川に洗濯しに来ていた老年の夫人に食用として」


 色々とおかしな点はあるが、食用というあたりが非常に気になる。よく考えてほしい、桃を食べる時どうしているかを。大抵の人は包丁で切ってから食べるだろう、ましてや赤ん坊が入るサイズの桃となれば切らないはずがない。そして俺は桃の中に入っている。するとどうなる? 答えは簡単だ、桃と一緒にベビー俺もカットされる。世にも不思議な真っ赤な桃の出来上がりだ。きっと名前はスプラッ太郎とかそんな感じになるだろう。

 

「それ、食用だと中の僕ごと切られませんか?」


「少し桃内にスペースを設けておくので、かわしてください」


 あぁ、それなら安心……できるはずもない。スペースがどうこうとかいう問題ではない。赤ん坊だぞ。それにどうやって無慈悲に振り下ろされる包丁を察知しろというんだ。なぜここで天界パワー使わなかったんだ。


 俺の体の中をあらゆる憤りが体を駆け巡り、爆発まで秒読みというところで議長が立ちあがった。


「27号君!!!

 それみろ、こんな破天荒過ぎる生まれを考えたせいでおおらかな議長がお怒りだ。下を向いてるから表情は見えないが、小刻みに震えてるところを見るに相当だろう。これで惨劇の桃川流しは避けられた。


「なんて斬新なアイデアなんだ!感動した!」


 そうか、なるほど、うん。今度、議長の奥さんに議長がキャバクラに行っていた事をチクろう。


「早く先の案を聞かせてくれたまえ!」


「かしこまりました」


 このままではまずい。まさかあのボケ老人、否、議長があっち側についてしまうとは。味方は先輩のみだが、どうせ役には立たないだろう。先輩の座右の銘は「長い物には巻かれろ、イエスマン万歳」、議長があの調子では火を見るより明らかだ。その証に先輩はさっきから俺の方を見ない。どうやら会議が始まる前に言った手前、罪悪感はあるようだ。


 元カノボケ老人イエスマン先輩。まさに孤立無援。ましてや議長が賛成派な以上、とりあえずは大人しく聞いているほかない。頭が痛くなってきたが、無慈悲にも会議はつづく。


「次に鬼退治に出かけるまでの期間についてですが、今回はあえて弟子入りや修行といったものは一切行わないでいこうかと思います」


 なにも行わない。正直、次は何がくるのかと身構えていた俺は肩透かしをくらった気分だ。修行などが一切ないのはそれはそれで不安だが、突拍子もないことをさせられるくらいなら何もない方がまだマシだ。きっと修行していない分は、生まれつきの能力とか天界パワーで補強するだろう。


「一切修行しない主人公か、それもまた新しいな。で、どんな能力をつけるのかね?」


 桃のくだりからやたら元気になった議長。ボケてる割には鋭い質問じゃないか。


「いいえ、今回はなんの能力もつけません。その代わりに強力な助っ人を用意しました」


「助っ人とな?」


 予想外だが安心した。能力が無いのは不安だが、助っ人がいるパターンなら納得できる。なぜなら過去にも侍やクマを連れて鬼退治した先輩らがいるからだ。むしろ変な能力をつけられるより全然いいかもしれない、なんせ聞いた話だと、体を3.03cmにされてしまった奴もいるとかなんとか。


「はい、ですが助っ人たちもタダでは協力してくれません。助っ人たちが欲するキーアイテムが必要です」


 キーアイテムか、なんだか急にそれっぽくなってきたじゃないか。桃から生まれるなんて聞いた時はどうなるかと思ったが、意外と大丈夫かもしれない。


「それがこちら、岡山県名物きびだんご」

 前言撤回。急にまた怪しい匂いがプンプンしだしてきやがった。

 直感が言っている。きびだんごなんかで鬼退治に協力するような奴はまともな神経をしていない。たかだかだんご一つで妖怪と殴りあおうなんてどこのバーサーカーだ。たとえ強力であっても隣にはいてほしくない。


「なぜ、きびだんごなんだ……?」


 流石に不思議そうな顔の議長。


「特に意味はありません。しいて言うなら庶民的かと」


「なるほど……」


 意味がわからないものに対しての質問に、意味がわからない回答され、意味のわからない納得をしている議長。多分この一連の流れに意味はない。


「では、肝心の助っ人を紹介したいと思います」


 バーサーカーではないことを祈るほかない。だが人であってほしい。熊や狼なんかは魅力的だがいかんせん意思疎通が難しい。願うはただ一つ、常識的な人間だ。


「まずサルです」


 斜め上とまではいかないが、微妙に想定外。比較的人間に近いとはいえ所詮エテ公。また物語の難易度が上がってしまった。ただ強力というくらいだから何かしら特殊なサルなんだろう。


 にしても、まだ他にもいるような口ぶりだが一匹ではないのだろうか。


「次にイヌです」


 惜しい、非常に惜しい。なぜ狼に出来なかった。というよりサルと一緒に行動できるのだろうか、犬猿の仲なんて言葉があるくらいだからマズい気がしなくもない。ミスチョイスだろうこれは。


「そして最後に……」


 まだいるのか。もうこれ以上動物はいらないぞ。服が獣臭くなるのが容易に想像できる。


「キジです」

 最早哺乳類ですらない。しかも鳥類の中でも特に戦闘力が高いとは思えないキジ。どうやって活かしたらいいのかが全く分らない、非常食にでもすればいいのだろうか。こんなの選ばれたキジの方もたまったもんじゃないだろう。


 ところでこいつらのどこが強力なのだろう。皆目見当がつかない。


「すいません、強力というはいったいどこらへんを指すのでしょう」


「三匹いるところです。三人寄れば文殊の知恵、強力でしょう」


 なるほど、要は普通の動物ということか。だが三匹は三匹であって三人ではない。しかも多分、こいつら同士も意思疎通出来ないから実質一人と一匹づつだ。文殊になんて足元にもおよばないだろう。


 なんというか、あほらし過ぎて動物たちもかわいそうになってきた。こいつらはたかがだんご一つで鬼と血みどろの戦いを演じなければいけない。まあこの動物たちがバーサーカーという可能性もあるが。


「以上のメンバーで鬼ヶ島向かって頂き、鬼退治。大団円という流れです」


「なるほど、中々面白い物語じゃないか!」

「僕もそう思います!」


 議長、いったいどこが琴線に触れたんだ。そして先輩は目を背けるな巻かれるな。


「ありがとうございます、あとは32号さんご本人が納得いただければ」


「そうだな、どうだ?32号君。私はいいと思うぞ」


 一ミリも良くない。そう大声で言ってやりたかったが、俺も長い物には巻かれろの精神で生きてきた身。議長が気に入っている以上、そう易々とは断れない。

 とはいえ流石に今回ばかりはそうもいかない。この物語は間違いなく地獄だ、それも生まれる前から。

 よし、断ろう。土下座してでもいい、今回ばかりは無理ですといって断ろう。


「すいません……一回顔洗ってきていいですか」


 やはり上司に言うには気が引ける。一度落ち着いて覚悟を決めよう。小心者には覚悟は必需品だ。


 

 



 顔を洗い、覚悟決めたところで会議室に戻ろうとお手洗いを出ると、そこには27号がいた。俺が横を通り過ぎようとしたところで声をかけてきた。


「待って」


 俺は返事も、振り返りもせずただ立ち止まった。


「本当にあなたの事を思って考えたのよ」


 嘘っぱちだ。あんなエクストラハードモードの物語を考えつくなんぞ狂気の沙汰だ。そしてなによりこいつに限ってそんなことがあるはずがない。なぜなら別れたのは俺が――


「私ね、浮気された時は本当にあなたを恨んだわ。……でもそのあと思ったの、私に足りないところがあったんじゃないかって」


 そう、浮気したからだ。


 あの時は若かった。こいつと付き合っていながら、違う女性と夜を共にしてしまった。相手はバーで一人で飲んでいた時にたまたま隣にいた女性。酔った勢いで持ち帰って、朝方うちに来たこいつと鉢合わせ。いやぁ、お酒って本当に怖い。


「だからね、あなたが鬼退治に下界に行くって聞いた時チャンスだって思ったの。もう一度あなたに認めてもらって。やり直すための」


 本気だろうか? 確かにこいつはこういう尽くしてくれるいい女だった。だが、仮にそれが本当だったとしたら、あんな物語をプレゼンするだろうか。


「一生懸命考えたのよ。普通のありきたりな物語なんかじゃ、上の人や下界の人間たち、そしてあなたにも見向きもされないだろうから……」


 確かにその通りではある。実際、このハードモードかつポップな物語を成し遂げたら人間達には大きく広まるだろうし、そうとなれば天界、それも神からの評価はうなぎのぼりだろう。


 だがとんでもない苦行なのも間違いない。

 本当なのだろうか、27号の言ってることは。もし、万が一本当ならやり直せるのだろうか。


 27号が回り込んで顔を覗きこんでくる、27号の目には涙が浮かんでいた。


「信じて、お願い。やり直せなくたっていいから……あなたの事を思って作ったことを信じてもらえれば……」


 頭が葛藤やらなにやらでぐしゃぐしゃになる、俺はいったいどうすれば――――






「そうか!この物語でいくか!いや、私もそれがいいと思ってたんだよ!非常に難儀ではあるけどね!」

「いやー、ですよね!僕もそう思ってましたよ」

 議長が嬉しそうな顔で笑う。その横で巻かれまくっている先輩。そして愛想笑いで返す俺。


 結局、俺は27号の物語にのっかってしまった。つまるところ俺もまだ未練があるのかもしれない。自分で別れる原因をつくっておいて身勝手ではあるが。その分次は俺から言おう、あいつはやり直しまでなんて望まないなんて言っていたが、もしこの物語が成功したら俺からやり直そうと言おう。どうせもう後には退けない。


 なんて、自分の中でささやかな覚悟をしつつ微笑んでる27号を見る。


「いやー、32号君の物語も決まったし、27号君はこれで晴れて仕事納め!寿退社!めでたいな!」


 ん? 寿退社? 誰が? 27号が? え?


「ぎ、議長?寿退社とは……?」


「ん?32号君は知らなかったかね?27号君はもう身を固めるからこれで仕事納めだよ」


 どういうことだ、まさか。まさかそんなバカな。


「ありがとう、32号さん。最後にいい仕事が出来て気持ちよく結婚できそうだわ」


 微笑みながら俺に語りかけてくる27号。いや、これは微笑んでるわけじゃない、嘲笑だ。騙されたんだ、完璧に。やられた、俺は間違ってなかったんだ。


「お、事務処理が終わったようだ!さあ32号君、早速行ってもらおうか!」


 議長が俺を下界への転生装置に行くよう催促する。後に退けないのが分かってる以上、行くしかない。でも待ってくれ、これは俺の勘違いだったんだ。苦行が、スプラッ太郎が、桃太郎が目の前まで迫ってきている。


 転生装置の中に入り、煙に包まれる俺。ちくしょう、俺は騙されたんだ。こんな物語で鬼退治なんてしたくない。みんな拍手なんてするな! 俺は行きたくない!


 煙で半ば視界が閉ざされたなか、かすかに見える27号と目が合った。黒い微笑みを顔に張り付けたまま口パクをしている。


『じゃあね。も・も・た・ろ・う』


 転生と同時発した俺の絶叫が響くことはなく、誰にも届かなかった。


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