第6話 美容師と少女の母親

「何言ってんのよお。あんなの嘘、すぐわかるに決まってるじゃない」

からからと笑うヒロミ。

ごもっともだ、と、弘前も思う。

「ひどいですよ間宮さん。びっくりしましたよ」

「ごめんねえ」

なおも笑っている。

「昨日の夜、急いで家に帰ったらさあ、ミサキがビックリするくらいかわいくなってて、どうしたのこれ?って聞いたら、二人してミサキが自分で切ったって言い貼るの。それはもう必死に」

あれも面白かったわあ、と、なおも笑う。

「もうらちが明かないから、とりあえず私も嘘に引っかかったふりして、ミサキがいなくなったあとで旦那締め上げたのよお」

タカフミさん……。弘前は少し同情した。

「そしたら、弘前くんのところで切ったって言うじゃない? それでここに来てみたら、なんか弘前くんまで隠そうとしてるからさあ、おかしくって」

つい乗っかっちゃった、と、笑う。

「まあ、そりゃバレますよね、あんなわかりやすい嘘……」

「そりゃねえ。ね、それで、どうだった?」

まだおかしくってしょうがないという顔でヒロミが聞いてくる。

「どうって、心臓に悪かったですよ」

「違うわよ、ミサキの髪」

唐突に核心をついてきた。

心臓に悪いことばかりだ。今日は。


 非常識なほどの長さの、ミサキの髪。

あんなものをこの人は、ずっと家に置いてきた。

 一体どういう思いで、自分の子供の髪をあんなに伸ばし続けさせたのだろう。

そこにどういう事情があったのだろう。

彼女は、タカフミさんは、ミサキは、どうしてそれを受け入れてきたのだろう。

どうして切ろうと思ったんだろう。

色々な思いが弘前の内側を渦巻き、やがてそれは一つの言葉になって口から出てきた。

「……正直、あんなきれいな髪は初めて見ました」

出てきたのはそんな言葉だった。ただの感嘆。

それほどに、ミサキの髪の美しさは弘前の心を捉えていた。

 それを聞いたヒロミは目をぱちくりとさせ、一呼吸置いてから、

「あーっはっはっはっは! そーお!? そーよね!」

今日一番大きく笑った。

「あっはははは!」

「そんな笑わないでくださいよ!」

少し恥ずかしくなってきた弘前が抗議する。

「あははははははは! ……うん、ふふっ、ごめん、……うふふ」

涙を出すくらい笑ったあと、ヒロミは、

「わたしも、そう思った」

そう言った。


「なんなんですか、あの髪」

「なにって」

「あの長さですよ、どうしてあんなことになってたんですか。いくらなんでもおかしいです」

「あのきれいさも?」

「はぐらかさないでくださいよ」

弘前は結局、聞くまいと思っていたことを聞いてしまっていた。

昨日は踏み込むまいと思っていたが、なんだかヒロミのことを見ていたら馬鹿らしくなってしまった。

爆笑された腹いせとか、恥ずかしさをごまかすためというのもあったかもしれない。

「ううん、そうは言ってもなあ」

私が言っていいことじゃないんだよなあ、と、ヒロミはぼそっとつぶやいた。

「タカフミさんもそんなこと言ってました」

「あの人も?……まあ、そうなのよねえ」

少し遠くを見る目をしながらヒロミが続ける。

「理由を聞いたら、なんだそりゃーって思うようなことなのよ」

「それも言ってましたよ。タカフミさん」

「あら」


でもそうね、とヒロミはさらに続けた。

「例えばある人が聞いたら、本当になにそれって言いたくなるような話でもね、同じことを違う人が聞いたら、ものすごーく素敵な話だって思うかもしれないじゃない?」

そして弘前の方を見て言った。

「これは、そういうお話なのよ」

「……よくわからないですよ」

「わからなくてもいいのよ」

「でも」

すこし反論したくなった弘前は続けた。

「はぐらかしてますよね?」

それを聞いたヒロミは、もう一度笑った。

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女の子の髪には素敵なものが詰まっている 松本 知樹 @everlast1000

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