〈二〉お嬢さんと銀河
思えば、誰かの足の下に一度や二度踏まれていようが、米を粗末にしてはいけなかったのである。一粒の米には七人の神様がおわすのだ。祖母もよく言っていたじゃあないか。「ごはんは一粒も残さず食べるんだよ。じゃないと罰が当たるからね」と……。
五時限目が終わりの鐘を告げてすぐに、直生さんは立ち上がった。
窓際のいちばん後ろに位置を据えている直生さんの動向が、そのおとなりの列のうしろから三番目という座席に位置を据えている僕にわかったのは、なんとなく嫌な予感がして、鐘が鳴ると同時に振り返ったからだ。予想どおり、上等な革の鞄を手に持った直生さんは興奮に頬を上気させ、瞳には銀河を渦巻かせていた。
好奇という名の、銀河を。
「直生さん」
放っておくと、ひとりいそいそと出かけるような様子である。僕は通路をとおせんぼするような形で立ちはだかってから、尋ねた。
「どこに行くつもりですか」
「ちょっとそこまで」
だいたいにおいて、直生さんは僕に行き場所を隠したりはしない。幼い頃体のいい遊び相手に任命された僕がどこへ行くにも一緒であろうと、直生さんにとっては普通のことだからだ。
たったひとつの例外は、直生さんが、この校内のとある場所に向かうとき。
そして、それはとある人物に会いにいくときと決まっていた。
「僕も行きます」
「……わたしがいやと言ったら?」
直生さんも、躱し方を模索しているようだ。試すように動いた眉にどきり、としたけれど、そこは僕の仕えるもうひとりの主人のことばを借りれば事足りる。
「直生さんを年頃の異性とふたりきりにさせるとなると、お父上に報告しなければなりませんから」
への字を象るくちびるが、不本意ながらの降参、を僕に告げる。
僕にしてみればそれは「開けゴマ!」の呪文にも等しく、逃げる意志を失くした直生さんのために、僕は身体をずらして道を開いた。
通り過ぎざま、直生さんが告げる。
「相変わらず、ずるいわね。幸大」
「直生さんこそ、そろそろ諦めてくださいよ」
「だって……」
続きは、直生さんが前にいるせいか、放課後の自由を手にしたばかりの生徒たちの喧騒に紛れて消えた。いつもうしろに控える僕は、こうしてたまに、直生さんのことばを聞き逃す。
もっとも、聞こえてしまった単語がないわけじゃあ、ない。
――怪盗……
「やっぱり」
そう言った僕のことばは、きっと直生さんには聞こえていただろう。
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