悩める個人事業主

 私はとある路地裏で占いを営んでいる。


 人の運勢、前世など占っている。


 だが、最近では皆どういうわけか占い目的ではなく、悩みを相談してくる。


 私はカウンセラーではなく占い師なのだが……。まあ、ちゃんと代金を払ってくれるのならどっちでもかまわないか。


 さて、今日のお客さんは……。


「失礼します……」


 四十代くらいの中年男性だった。酷く疲れているようで、目の下の隈が凄いことになっている。


「実は私、悩んでいることがあって……」


「……失礼ですけど、生きることをやめたいとか、乳児からのDVに悩んでるとか、じゃないですよね?」


「いえ、違いますけど……?」


「そうですか、安心しました。して、その悩みとは?」


「実は、仕事が上手くいかなくて」


 なるほど、ビジネス関係の悩みか。


「私としては頑張っているつもりなのですが。努力が全然結果に繋がらなくて。それが辛くて……。貯金もどんどん減ってきて」


「でも、会社からお給料貰っているんでしょう?」


「あ、いえ。会社は……脱サラしまして。最近自営業を始めたんです。でもこれがなかなか上手くいかなくて」


「そうですか」


 うーん……仕事関係の悩みは難しいんだよね。


 私自身が占い師なんて特殊な職業だから、ビジネス知識はあまり無いし、具体的なアドバイスはできないし。。


 さて、こういう場合は……。


「いいですか。未来なんてどうなるか分からないものです」


「それ、占い師のあなたが言っていい台詞なんですか?」


「人は誰しも見えない未来に不安を抱えているものです。そんな時に人を照らしてくれるのは、過去……過去の栄光です!」


 私はドーンと彼女に向かって指差す。


「過去のあなたは、今までの仕事を辞めて新しい事業を始めた。過去のあなたはとても勇敢な人です。そしてその勇気は、現在のあなたの内にしっかりと受け継がれています。その勇気があれば、大丈夫」


 私の言葉を聞くと、男性はぱぁっと花が開いたような顔になった。


「ありがとうございます! もう少しこの仕事、頑張ってみます」


 そう言って、男性は代金を払い、私の前から立ち去った。






 数週間後。


 男性は指名手配された。


 彼の仕事は、泥棒だったのだ。


「……私知らなーいっと」


 私はそっとテレビを消した。



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【1話完結型】ある占い師の記録 9741 @9741_YS

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