肆・笑う鬼の行く先は

 天まで跳躍し、月明かりが彼の影に隠れる。振り上げた小刀を鬼の肩に突き立てるも、固い筋肉にまでは届かなかった。切り傷程度を負わせたが、鬼はもろともせずにただ笑うだけ。

 この緊迫した空気の中、仁科がポツリと息だけで言った。

「――鬼だ」

「あぁ、鬼だ。目の前に一、二……」

 登志世は反射で応えた。だが、すぐに仁科は「違う」と首を横に振った。

「坊ちゃん方、お静かに願います」

 隣で猿蔵が素早く言う。仁科と登志世は同時に猿を見上げた。

「こうして話している間にも、鬼らは隙を狙っています……仁様は登志世様を頼みます。私も及ぶ限り、力を尽くしまする」

 猿蔵はこちらを見ず、辺りを見回し、険しい表情で門を守っている。

「その必要はないだろう」

 仁科は軽々しく言った。その声の調子に、猿蔵はちらりと左目を向ける。登志世も怪訝に眉をひそめた。

「あの人も、鬼だから」

 月明かりの下、堂々と真っ直ぐに立つ男――岩蕗善朗の背を見つめる仁科に、登志世は「はぁ」と間の抜けた声を漏らした。

「鬼……あの人が?」

 何故、そんなことを言うのか。登志世はともかく、猿蔵も分からなかった。仁科の目には何が視えているのだろう。

「ククク。俺が鬼か。そらぁ、いい渾名あだなだな」

 危険な色を放つ岩蕗が言う。袂から何かを取り出し、宙に蒔いた。暗がりに薄く黄色味を帯びた綱状のもの――紙だ。紙を蛇腹に繋げた綱だった。しゅるしゅると素早く張り巡らし、枝葉を縛っていく。

 その際、「うっ」と短い呻きが渡った。縛ったものを引けば、木の幹から小鬼が落ちてくる。さらに絞め上げる。弦をこするように、窮屈な呻き声が方方から上がっていく。

 登志世は情けなく震えた。仁科も目を細め、不快を顕わにする。

 岩蕗は左右の式紙を腕に巻きつけ、力任せに引いた。それでもこの紙は破れず、頑丈だ。

 手下の鬼らを絞め殺されては、頭領も気分が悪かろう。幾らか怯むかと踏んだのだが、そう甘くはなかった。鬼は豪快に笑った。

「小物を相手にする余裕があるのか。ははは。愉快じゃのう、お前、面白いヤツじゃ」

「笑ってる余裕があんのかよ」

 伸びた小鬼を放り投げると、頭領の太い腕が落ちてくる。地響き。木々が震え、鳥の羽ばたきがやかましい。

 素早く転がり、受け身を取ると頭領は容赦なく腕を奮った。肩を掠る重い一撃。かわす。ひるがえし、躱す。鬼の腕に刃を突き立てると、態勢が崩れた。そのまま刀が持っていかれる。

 岩蕗は息を吸った。

 ――呼吸を整えろ。まだ腕は動く。足も、心臓も。

 再び地を蹴った。そして、素早く軽やかに鬼の背を足場に登り、肩に立つ。両の足で首を絞める。

 鬼の首は太い。楠のように太く堅固で、頑丈だ。いくら足で絞め上げようとも致命傷には至らない。息の根をとめることもできない。

 鬼が腕を奮った。背を仰け反らせ、岩蕗を振り落とそうとする。その刹那、彼は鬼の腕に刺さった刀を掴んだ。それを足元に向けて投げる。見事、刺さった。

 これには頭領も、怯えの色を見せた。笑っていた目がつり上がり、眉間は険しく深くなる。岩蕗はトンと降り立ち、鬼の腹を殴った。

 双方、殴る蹴るの応酬。どちらも引く気はない。手下の小鬼たちはこの戦いを面白がっている。

 空気は先程よりも殺伐とはしておらず、固唾を飲んで見守っていた猿蔵、仁科、登志世も肩の力を緩めていた。

「……誰も止められないな」

「仁、あんた、行ってきてよ。あれじゃあ、ただの喧嘩じゃないか」

「馬鹿言え。なんの力も持ってない僕じゃ、あっけなく殺されちまう」

 それは正論なのだが、仁科のやる気のなさに、登志世は「はぁ」と盛大に溜息を吐いた。

 鬼たちはこちらに見向きもしない。鬼の頭領と鬼のような人間、拮抗はまだ続く。岩蕗の着物はボロボロだった。鬼も傷だらけだ。

「……油断大敵、油断大敵」

 猿蔵が念仏のように唱える。

「頭領は殺す気でしょうか。いや、岩蕗殿の方が殺す気でいる。鬼はそろそろ飽きがきている。丑の刻まであと僅かです」

 はてさて、どちらに軍配が上がるのやら。誰も予想はつかない。煽り、煽られ、頭領がいよいよ岩蕗を持ち上げた。

「さっさと殺せば良いものを、情けをかけおって。人間ごときが」

 息を切らしながら言う頭領。対し、岩蕗はまだ持っていた式紙しきがみを鬼の腕に巻き付けた。

 紙に巻かれ、身動きがままならなくなった頭領は、あえなく岩蕗を地面に落とす。受け身をとって転がり、すぐに立ち上がる。跳躍。刀を掴んで、鬼の喉元に突きつける。

「さぁ――これで――終いだ――」

 息が上がって肺が苦しい。動きを止めると、疲れがどっと溢れてくる。それに飲まれまいと、瞬きを忘れて鬼を睨んだ。

 身じろぎしようものなら喉笛に当たるほど、刃の切っ先は近い。

「……そうやって、あやつも殺したのか?」

 鬼が言う。その声は物悲しく、低い。哀を含んだ声音に、岩蕗は嗤った。

「はっ、鬼が情けを乞うのか。その手には乗らんぞ」

「いや待て。そう急くな。酔いがめる」

 もう拳を奮う気はないようで、大きな目玉を逸らした。その姿に岩蕗は一瞬だけ目を瞠る。動きは止めたまま。

「あやつ――火陽丸かようまるの喉を、お前は斬った。無心で殺した。そうだろ?」

 不意に過去が視界をかすめた。鬼の顔が、あの日に殺した鬼と重なる。ちらついた影を追い払おうと頭を振った。

 疲れを思い出す。だが、気を抜くわけにはいかないのだ。

「だったらどうした。貴様は、あいつのダチか? やけに親しげじゃねぇか」

「もうよせ。儂はもとより、喧嘩をする気はなかったんじゃ」

 道端にうずくまる小鬼らが冷めた目を向けた。その視線に、頭領は苦々しく笑った。

 岩蕗もそろそろ熱が引いてきた。刀を下ろし、地面に突き立てる。

 鬼は安堵し、地面に座った。岩蕗は座らない。それでも目線は同じだった。

「――儂は、火陽丸の跡目として頭領となった日景丸かけいまる。しがない鬼じゃ」

 鬼は静かに話した。消えない傷跡を触る。鬼の呼吸を聞き漏らすまいと、岩蕗は未だ身構えていた。そんな彼に構うことなく、鬼はただただ安穏に世間話を始めた。

「あやつが人間に殺されたのだと風の便りで聞いてな。それから、という妙な人間が彷徨うろついていると知った。お前のことじゃな。儂らは人里から離れ、ひっそりと暮らしていた。しかし、鬼というのはやはりどいつもこいつも皆、暴れん坊じゃ。夜が来れば騒ぎ出す。そうしてないと気が済まない性分じゃ。人間を襲うなど、ただの一興に過ぎん」

「あぁ、だから貴様らは忌み嫌われる」

 唸るように言うと、鬼は口角を伸ばしてニヤリと笑った。

「そうじゃ。そもそも、人と鬼は相容れぬ。お前があやつを殺す経緯いきさつも知らん。知ってもわかるまい。だがな、あやつは、お前のことをダチだと呼んでいたんだよ……」

 鬼はしおらしく言い、袂の中から瓢箪を出す。栓を抜き、そのまま喇叭らっぱ飲み。一口が長く、瓢箪の中身全てを飲み干してしまうかと思われた。しかし、口を離すと、瓢箪の中身がぽちゃんと揺れた。まだ残っているらしい。

 鬼は小さく身震いし、軽いゲップを放った後、余韻に浸りながら空を仰ぎ見る。

「ここまであけすけに話してるんだ。もう良いではないか。せっかくの酒が台無しじゃ」

「鬼は油断ならねぇからな。いつでも素手で相手してやらぁ」

「血の気の多い奴め。お前は碌な死に方をせんだろうなぁ」

 そう言われてしまうと、後ろめたさが脳天を殴る。岩蕗はバツが悪く、鼻を鳴らした。

「……だが、俺もあの猿の頼みで鬼退治を請け負ったんだ。なぁ、猿蔵」

 岩蕗は背後の猿蔵を呼んだ。すると、おどおどと前かがみに走ってくる。

「えぇ、そうですとも」

 猿蔵は小さく甲高い声で短い返事をした。巨大な鬼を前に竦んでいる。毛を逆立て、震えまいと耐えている。しかし、どうにも頼りない足なので、猿蔵は刀の柄を杖代わりに握った。

「どうしようもねぇ奴だな、おい」

「猿はどうしようもねぇよ。だが、そんなどうしようもない奴に、うちのモンは負けた。大した門番じゃ。今日はその労いに来たわけじゃが……招かれざる者がおったわけじゃな」

「招かれざるってのは俺のことかい。そいつは随分な言い方じゃねぇか」

 岩蕗は眉間をつまみ、溜息を吐く。これに鬼は喉の奥を震わせて笑った。

「何にせよ、今日はいい夜じゃ。喧嘩でこれほど肝を潰されたのは何時いつぶりじゃろうな。何の因果か、やはり儂も喧嘩相手が欲しいだけなんじゃ」

「そんなことで人間が死ぬのは良くねぇんだ。黙って見過ごすわけにいかん。そのために俺みてぇなモンがいるってことだ」

「違いない。無論、お前のような輩はおらんと、こちらも張り合いがないわ」

 鬼はもう一度、瓢箪を煽った。

 その時、鐘が鳴る。大釣り鐘の音。夜更けを知らせる「ゴーン」と大きくたゆたう重低音。三度鳴り、道をくだり、音波が広がる。

「丑の刻か……」

 岩蕗は懐の中にある懐中時計を出した。午前二時半。きっかりと正確だ。

「――なぁ、鬼よ」

 静かに酒を飲む頭領に、岩蕗はいくらか穏やかに言った。

「明日は、晴れか? 雨か?」

「明日のことは明日にならんと分からん。そっちの猿にでも聞いたらどうじゃ。この猿はどうも、主人思いのようじゃからな」

 鬼は豪快に笑った。その音は鐘よりも大きく、地を震わせる。猿蔵は飛び上がり、はずみで刀を引き抜いた――空気が変わったことに気がついたのは、頭領だけだった。

「おい、猿よ。その刀で儂をどうこうすることは出来まい。

 頭領が和やかに言う。だが、穏やかではないこの言葉に、岩蕗は怪訝に眉を寄せた。

「どういう意味だ」

 鬼を見、猿へと視線を移す。猿蔵は震えつつも、刀を手にして笑っていた。

「これさえ……これさえあれば、鬼を討つことが出来る……我が主のかたきです。岩蕗殿、この鬼は主を狙っているのです。だから、毎年ここへ鬼を遣わす。喧嘩がしたいだけ、などというのは単なる奇弁きべんですぞ」

 刀を構える。しかし、覚束おぼつかない。

「猿蔵。その刀を返しやがれ」

「いいえ、返しません。これは仇討ちなのです。、もう数百年……私はこの日を待ち侘びていたのですから」

 岩蕗は門を見た。その先にあるのは、うろか。これはまさか、ハリボテだったのか。

 どうりで誰も出てこないわけだ。こんなにも大騒動を引き起こしているのに、家人は気配を見せない。強い結界が張り巡らされているものの、それでも外の騒音に気づかないわけがないのだ。

 鬼門とは、表裏一体。南西に構えた門が意味するのは、すなわち裏。

 岩蕗はようやく事態を飲み込んだ。

 そうこうしているうちに、猿蔵が刀を奮う。鬼はのんびりと高みの見物。岩蕗はそれを止めるべく、間に飛び込む――いや、間に合わない。刀の切っ先が近いてくる。

「岩蕗さん!」

 登志世の鋭い叫びが聴こえたが、それは何故か右の方へと遠ざかっていく。体は横へ傾いていた。誰かに吹き飛ばされたかのようだった。ドスンと地に尻をつけば、上にかぶさる者がいた。

「仁!」

 咄嗟に飛び込んできたのは仁科だった。そのまますぐに翻るも彼は左腕をかばい、痛みに顔をしかめていた。血が落ちる音がする。仁科の腕に裂け目が出来ていた。

「お前、馬鹿なことを!」

 仕留め損なった猿蔵がよろめくのも構わず、岩蕗は、仁科の軽い体を道の脇へ追いやった。

「コラ、登志世! ぼさっとしてねぇで、さっさとこいつをどうにかしろ!」

 未だ門にいた登志世だが、岩蕗の咆哮で転がるように仁科の側に寄る。岩蕗は改めて、猿蔵へ向き合った。

「おい、猿蔵。その刀はお前さんには手に余る。大人しく渡せ」

 しかし、猿蔵は動きが鈍い。次第に震えだし、顔を覆い隠すと、刀を落とした。

「ウゥゥゥ……」

 喉を絞るような獣の唸りが発せられた。この尋常じゃない状態に、鬼らも息を飲んで見守っている。

 岩蕗は刀を拾い、猿蔵に近づいた。

「その猿はどうしたんじゃ」

 鬼が訊く。

「分からん――おい、猿蔵」

 あの僅かな間に一体、何があったのか。顔を窺おうと乱暴に腕を掴む。すると、。手のひらに猿蔵の肉片が残る。だが、それもすぐにボロボロと朽ちた。

「おいおいおい……こりゃ、何だ……」

 今や砂のごとく、猿蔵の千切れた腕は朽ちていく。何か、おかしな術に当たったのか。

「うぅ……あの、子供は、何なのですか」

 ガサガサと質の悪い声で猿蔵が問いただす。岩蕗は素早く背後の仁科を見やった。

 猿蔵の顔には血が飛び散っている。目が落ち、鼻が裂け、皮が溶け出す。溶解したものは地に落ちると砂塵へ変貌した。

「あの子供が……私に、何を、した」

 悲惨な姿に変わり果てようとも、猿蔵は訴える。

「これが、末路とは……」

 しゃがれ声が薄れていく。形を削り、消えていく。

 それからしばらくは、誰も声を発しなかった。しんと静まる。いくら時間が経ったのか分からない。

「――これが末路とは、な」

 沈黙を破ったのは頭領だった。

「鬼殺しなど頼らなければ、こんなことにはならんかったろうに。哀れな奴よ」

 岩蕗は鬼を見据えた。猿がいた場所に佇む。

「……この屋敷の主人を殺したのはいつだ?」

 問うと、鬼は眉根を寄せた。

「儂じゃない。ここらの誰かじゃろう。牛鬼じゃないか? 大昔に、人間と死闘を広げたと言いふらしておったな……どうやら、儂らは戯れるには、ちと遅かったようじゃ」

「ここに牛鬼はいねぇのか」

「おらんな。今日は外しておるようじゃ」

 だったら解明の余地はない。猿蔵に謀られたことと、それを見抜けずにいたことが悔やまれる。だが、終わってしまったことはどうにもならない。

「それじゃあ、なんだ。猿蔵は無人の屋敷をずっと守っていたわけか」

「そうらしい。どちらにせよ、ここは陰がまとう鬼の門じゃ。だが、主も門番も居ないとなりゃ、儂らもここいらでお開きじゃのう」

 鬼は腹を抱えながら立ち上がった。

「じゃあな、ダチ公のダチよ。願わくば、二度と会わんことを祈ろうぞ」

 踵を返し、一歩踏み出す。だが、動きは鈍い。

「それと、死ぬなよ。お前みたいな人間は面白い。間違っても、鬼に食い殺されることがないよう、生きておれ」

 頭領は小鬼を引き連れ、足を引きずりながら去っていく。足跡は強く残り、影もしぶとく消えない。

 その背中を、岩蕗は苦々しく見つめていた。


 ***


「――結局、無駄足だったな」

 帰りの汽車で、仁科がポツリと呟いた。それに登志世が浮かない顔をする。

「無駄足だったかどうかは分からないけどさ、でも、猿蔵は残念だったよ」

 つまり、あの猿は主のいない屋敷を何百年も護っていたのだ。鬼に食われた主の仇を密かに誓い、その丁度に何も知らぬ別の鬼が陰陽師を訪ねてきたのだ。今となってはそう解釈するしかないが――猿蔵が本当に鬼を討つつもりだったことは、明白だった。だから、わざわざ訪ねてきたのだ。

 岩蕗は窓際の席で眠ったふりをしていた。固い頭をこねくり回して出た結論に、ゆっくりと納得していく。妖の考えることは理解できないが、道理や経緯を飲み込まなくては教訓を得られない。

「何の因果か……岩蕗さんはああだし、登志世は役立たずだし」

 仁科が辛辣に言った。

「悪かったね、役立たずで」

 包帯の具合を見ながら、ふてぶてしく返す登志世。その声は疲弊気味で、元気はない。

「だって、あんなおっかないことになるとは思わなかったんだもの」

 この言い訳に、仁科は呆れた目を向けていた。そして、傷の上に深手を負った腕を忌々しく見る。

「痛むの?」

「痛むに決まってるだろ。斬りつけられたんだから」

 登志世の声に、今度は仁科がふてぶてしく返した。不機嫌たっぷりな顔をする。それを、岩蕗は帽子のつばからじっと見ていた。静かに仁科を睨む。

 ――猿蔵が消えたのは、こいつの血が原因だ。

 そこまでは何となく察しがついた。しかし何故、仁科の血が妖を滅ぼすのか、その原理までは分からない。いくら考えても分かるはずがない。ただの子供ではないとは思っていたが、これほどに珍妙な生き物だとは知る由もない。

 やはり、彼は妖の類か。もしも人でないのなら、始まりの選択から間違っていたのだろう。

 鬼を斬ることも、得体の知れない子供を生かしたことも、それを間違った家に預けたことも。選択はいつでも間違っている。それに気がつくのは随分と時間が経ってからだ。体の動かし方は心得ていても、頭の使い方は三十を過ぎてもてんで分からない。

「……岩蕗さん、落ち込んでるのかな」

 唐突に登志世が気遣うように言った。眠ったふりを続けておく。

「負けたのが悔しいんだろ、そっとしといてやれよ」

 寝ているのをいいことに、今日はよく喋りやがる。我慢ならず、岩蕗は帽子を取った。

「うわ、起きてた」

 登志世が慌てて飛び退いた。だが、遅い。岩蕗の拳骨が頭を直撃する。続けて仁科の頭も狙った。

「今度、減らず口叩きやがったら、ただじゃおかねぇからな」

 大人気なく唸り、外套にくるまった。帽子を目深にかぶり、もう何も聞こえないようにと外界を遮断する。

「……意地になってるね」

「よっぽど悔しかったんだろ」

 呆れた声が汽車の揺れで遮られた。



《白露の章 猿蔵、了》







「玄関」へ

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