一服

「――そうです、そうです。このお店の名を考えたこともありましたね。あの思いつきがまさか使われるとは」

 いい案でしたからね。あの時は私たちも困っていたので、とても助かりましたよ。

「嬉しいなぁ。そう言ってもらえるだけで安心します」

 それは何より。

 ところで、彩﨑さん。あれからもう七年は経ちましたが……糸はどうなりましたか。

「……うーん」

 おや。まだ残っているんですね。

「……少し、だけです。恥ずかしながら、未だに大きな声は苦手でして。でもね、もう昔ほど悩むことはなくなりましたし、笑うことも難なく出来るようになりましたよ」

 それなら、余計な心配は無用ですね。

 しかし、あの蜘蛛は結局のところなんだったんでしょう。

 彩﨑さんが抱えてしまった蜘蛛――暗い思いというのは、悪いものに魅入られやすいですから、あの蜘蛛は本当に神の遣いだったのかもしれませんよ。

「と、いうと?」

 蜘蛛は古より、神の遣いだと言われることもありますから、縁起の悪い生き物ではないんです。

 もしかすると、貴方を護るために網を張ったのかもしれない。

「……成る程。七年越しにようやく納得のいく説明がつきました」

 やはり、気になっていたんですね。どうしても本質は変わらないようだ。

「考えは改めたつもりなんですけども。とにかく、美味い菓子が食べられるならまだまだくたばるわけにはいきませんからね。こんな今があるのは、あの時の選択が正しかったんです」

 まぁ、糸で塞いでしまえば、何も入ってはこれないし、戻ることもない。

 一歩遅ければ、こうはならなかったかもしれない。蜘蛛は守ったつもりでも、果たしてそれが最善だったかどうか……今の貴方にはなり得なかったでしょうね。


 おっと、そろそろ陽暮れですね。なんだか雲行きも怪しい……灰色雲は雨の予兆……あらら。言っているうちにしずくが落ちてきました。

 どうします? 雨宿りしていかれますか。恐らく、夕立でしょうからすぐに止むかと。

 あぁ……そうそう。夕立といえば、狐を思い出すんですが、どうでしょう。あと一つだけ、お話を。

 雨が止むまで。

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