69 盗まれた革靴

地下室からは、犯人の決定的な指紋は検出されなかった。また地下室から発見された出刃包丁は、第一の殺人の凶器であることが判明した。それは、それまで料理人の井川の記憶が曖昧であった為はっきりしなかったが、井川の所持品だったらしいことが、次第に確定的になってきた。井川は必要以上に包丁を所持しているので、何が無くなっているのか、すぐには分からなかったのだという。しかし、包丁の指紋は拭き取られていて、これも証拠にはならなかった。また青酸カリの小瓶からも指紋は出なかった。

 根来はこのことに、すっかり落胆したようであった。これが犯人逮捕の決定的な証拠になると思っていたからである。

 しかし、羽黒祐介の頭にはある推理が出来上がっていた。しかし、その推理をより精密に仕上げる必要があると考えた彼は、根来を通じて、ある情報を集めていた。室生英治は、祐介がどのような推理を組み立てているのか、非常に気になったが、祐介がそれを明かすことはなかった。

 そうした時期のことであった。淳一が根来を呼び出したのは。祐介もすぐに赤沼家の本邸に駆けつけた。

「今まで、気づかなかったのですが、無くなっているものがあることに気づいたんです……」

 淳一が首を傾げながら言った。

「一体、何が無くなっていたのです……?」

「革靴が……二足ほど……?」

「革靴ですって……それも二足……?」

 根来はわけが分からなそうに呟いた。

「非常に気に入ったものだったので、二足同じものを購入して、下駄箱の奥の方に入れておいたのですが、先ほど見たら無くなっていたんです。それで、確かに一度目の事件の前は、あったと思いましたので……一応」

「犯人が盗んだと言うのですかな……」

「それはわたしには分かりませんが……」

「ううむ……」

 根来が悩んで唸っていると、祐介がすぐさま淳一に質問した。

「それで、その靴のサイズは……?」

「26.5センチです」

「26.5ですね……。すると淳一さん、あなたの足のサイズも……」

「当然、26.5ですね」

 淳一は先にそう言った。

「すみませんが、足を見せていただけますか?」

「足ですか……?」

 淳一は、渋々靴と靴下を脱いで、足を祐介に見せた。

 祐介はその足を確認して、

「分かりました。もう結構です」

 と言った。

 淳一の部屋から出ると、根来は小声で、

「一体どういうつもりだ、足なんか調べて」

「サイズの違う靴を履いた形跡がないか、確認したんです。しかし、もう事件から二週間近く経とうとしていますから、はっきりしませんね」

「なんだ、靴擦れのことを言っているのなら、事件直後に足の寸法を測って、その時に確認しましたよ」

「本当ですか……」

「ええ、あの足跡の問題が浮上したので、現場に残っていた足跡が誰のものかを確認する必要があったのでね……」

「その資料をいただけますか……?」

「ええ、すぐに、お送りしますよ。しかし、何か閃いたのですか」

「まだ推測の段階ですが……」

 祐介はそれ以上言わなかった。そのまま、二人はこの赤沼家の本邸をあとにした。


            *


 その日の内に、根来からメールで次の資料が送られてきた。


      靴のサイズ   靴擦れその他

赤沼重五郎 26.0      なし

赤沼早苗  23.5      なし

赤沼淳一  26.5      なし

赤沼吟二  27.5      なし

赤沼蓮三  26.5      なし

赤沼麗華  24.0      なし

赤沼琴音  23.5      なし

赤沼由美  23.5      なし

赤沼真衣  23.5      なし

稲山文蔵  26.0      なし

井川哲彦  28.0      なし

長谷川瑠美 23.0      なし

村上隼人  26.5      不明

滝川真司  27.0      不明

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