68 お城の地下室

 その頃、赤沼家の人々には、琴音が生きていたということを知らされて、その理解が追いつかない為にひどい混乱を生じていた。早苗夫人は寝込み、吟二は興奮して感情的になり、淳一は人とあまり会話をしなくなり、麗華は姉に会いたがり、稲山はおろおろしていた。琴音が生きて帰ってきたという喜び以上に、一連の事件の犯人は琴音だったという説が信じられていて、その為に皆、ひどい困惑に陥っていたのである。

 根来と祐介が、赤沼家の邸宅に訪れたのは、その日の午後九時を過ぎた頃であった。

「琴音さんの部屋を見せていただけますかな」

「琴音お嬢様のお部屋ですか……?」

 玄関で、稲山は困惑したように根来に聞き返した。

「ええ、見せていただきましょう」

「分かりました。こちらです……」

 根来と祐介は、稲山に案内されて、廊下を歩いて、琴音の部屋に向かった。琴音の部屋のドアを開けて室内へ入る。そこにはベッドと本棚と机などが綺麗に並んでいた。ふたりはその部屋の床を見つめる。本当にこの下に、秘密の地下室があるのだろうか。

「すみませんが、少し調べものがあるので外に出ていて下さいますか」

「分かりました……」

 捜査に邪魔な稲山を外に出させると、根来と祐介はすぐさま床を調べ始めた。

 調べていくと、床はある部分を境にして、色が少しだけ変わっていた。まさか、これではないか。よく見ると床の端っこに少し床が欠けて隙間が空いている部分があった。そのわずかな隙間に指を入れて、床を持ち上げようとすると、まさに、正方形の一枚の床が、扉のようにぱっくりと開いたのである。

「おい、本当にあるぞ……階段だ」

 根来は驚きの声を上げた。

 開いた床の扉の下には、暗い暗い地底の底へと長い階段が続いていた。そして、その先は完全な暗闇であった。根来と祐介は用意してきた懐中電灯を取り出して、その光を暗闇の中に向けた。その光によって、階段の先には鉄の扉があるのが見えた。

「降りるぞ」

 根来はそう言って、立ち上がった。ふたりはその暗い階段を降りて行った。十五年前、琴音がこの階段を降りて行ったように。ふたりが階段の下に着くと、壁にスイッチがあって、それを押すとランプが灯った。

 そして、根来は、目の前の冷たい鉄の扉を押し開いた。根来と祐介は地下室がどうなっているのか覗き込んだ。室内は暗くてはっきりと見えない。根来はすぐさま側の壁にやはり電灯のスイッチがあるのを見つけて、それを押した。天井から吊るされた丸い電灯に赤みを帯びた灯りがともった。

「あっ……」

 根来は思わず声を上げた。電灯の灯りによって部屋の全貌が明らかになった。部屋は長方形で奥には組み立て式のベッドがあった。そして、その枕元には小さな丸いテーブルと椅子、壁には棚が立てかけられていた。だが根来は、そのことに驚いていたわけではない。

 根来が驚いたことは、地下室の床の中央に、黒い血がべっとりとこびりついた出刃包丁と、小さな瓶が置かれていたことであった。

「なんてこった……こりゃ……第一の殺人の凶器じゃねえか……それに、これは青酸カリの瓶だな……」

 根来は凶器を見ながら震えた声で言った。

「犯人もこの地下室を利用していたんですね」

 と祐介が言うと、

「おかしいじゃねえか。この地下室の存在を知っていたのは、琴音と鞠奈と重五郎の三人だけじゃねえのか……」

「そうとも限りませんよ……」

 根来がだんだんと、ため口になってきていることを祐介は感じながら、

「犯人がこの赤沼家の人間であれば、琴音さんがいなくなってからは、誰でも琴音さんの部屋に入ることができたのですからね。この地下室の存在に気づくチャンスは誰にでもあったと言えるでしょう」

「まあな……よし、すぐに、この凶器の指紋とこの部屋の指紋を調べることとしよう」

 根来はそう言って満足げにうなづいた。これが決定的な証拠になるかもしれないと思ったからである。

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