52 村上隼人が見たもの

 村上隼人はたった一人で金剛寺の庭に立っていた。

 蓮三の死についての警察の取り調べは終わった。今度ばかりは自分の無実を証明するところまではいかなかった。ただ、自分が訪問した時間には、自分は蓮三の鞄に毒入りの煙草を入れることはできなかった、それだけを証明したのであった。村上隼人が証明したことといったらその程度のものだった。一体、いつ毒入りの煙草が入れられたのかが分からない以上、完全な無実を証明することはできなかったのである。

 なぜ赤沼家にこんな惨劇が巻き起こっているのか。彼にはひとつだけ心当たりがあった。しかし、それはいまだ疑わしき事実であった。しかし、疑わしくとも彼にとっては信じたい事実であった。この二ヶ月ほど、彼の心の中でふたつの相反する感情が葛藤していた。そのふたつの感情とも真実の己であり、偽りの己であった。

 彼は、この事実が本当なのか、嘘なのかを知るためにこの二ヶ月ほど奔走していたのである。その事実は彼にとって、そして赤沼家の人間にとって信じ難い事実であった。けれども、彼はまだこの事実の確信を得るには至っていなかったのである。

 だから、彼はどうしても確かめたかった。だからこそ、村上隼人は蓮三が死亡したこの金剛寺の庭にやってきたのである。何か手がかりはないだろうか、そう思ってあたりを見まわしていた。

 その時であった……。

 村上隼人は、自分の背後にひとつの視線のようなものを感じた。隼人は気になって振り返った。見れば、蓮三の死んだこの庭の片隅に、ある人影が立っていて、隼人のことを食い入るように見つめているではないか。村上隼人はその人影を見た時、すぐさま心身に稲妻が走り抜けたような衝撃を受けたと思ったら、全ての力がふっと抜けて、隼人はいつの間にかただぼんやりとその人影を見つめていた。そして、彼はこの時に、一連の事件の真相の全てを一度に確信したのである。

「あの……」

 隼人が一歩近づいて声をかけようとした時、その人影は隼人にくるりと背を向けて、一目散に逃げ出した。

「待ってくれ……!」

 思わず叫んだ。だが村上隼人の声は虚しく宙を飛び交っただけであった。その人影が立ち止まることは決してなかった。

 村上隼人がどうにか追いつこうと必死に庭を走ったが、その人影は一足早く門の外に逃げ去った。

 隼人が、金剛寺の外に飛び出すと、門前に止めてある白い車が、瞬く間に走り出して視界の中で小さくなっていった。

 隼人はぼんやりとその白い車を見つめていた。

(やっぱり、そうだったのか……)

 この出来事によって事件の真相を確信した村上隼人の瞳からは、一筋の涙がこぼれ落ちたのであった。


           *


 私、村上隼人は赤沼重五郎、そして赤沼蓮三の二名を殺害した真犯人である。殺害動機は、琴音との結婚を許してもらえず、その為に琴音が自殺してしまった恨みを晴らすためである。しかし、私は今になってこの事件を起こしたことを後悔するようになった。その為、今後の殺人計画は一切諦めて、自首することとしたい。

                 村上隼人


           *


 この文書が警察署に届けられたのは、村上隼人が金剛寺に訪れた、その翌日のことであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る