53 村上隼人の自首
栃木県で鞠奈の事故を調べていた羽黒祐介は、根来の困惑したような電話を受けて、すぐさま群馬県へと向かった。祐介は、両毛線の電車の中で根来の電話のことを思い返していた。その電話は、祐介が谷底を見下ろしている時に突然にかかってきたのである。
「大変なんですよ、羽黒さん!」
「一体何があったんですか……」
「村上隼人のやつが自首してきたんですよ……」
「まさか……」
この時、根来は、この事態をどう考えて良いかわからないといった口調であった。何しろ、村上隼人には第一の殺人のアリバイがあったのである。大晦日に、京都で滝川真司と会っていたというアリバイである。それなのに、村上隼人が重五郎を殺害したというのは矛盾ではないか。
「アリバイについて、彼は何か言っているのですか」
「いや、それがやつは何も言わんのですよ……。あるトリックを使ったというのですが、その内容については一切言えないとこう言うのですよ。詰まるところトリックの解明の丸投げですよ。こんな、ひどい犯人は聞いたことがない。これじゃ、やつのアリバイは活きたままじゃないですか」
「なるほど……」
「容疑者が自首しているというのに、刑事がアリバイ崩しに骨を折るなんて、なんて馬鹿馬鹿しい話なんだ……」
根来の困惑はなんだか哀れだった。根来のずっと思い描いていた村上隼人犯人説から言えば、こんなタイミングで隼人が自白してくるのは、完全に予想外であった。この自白はいわば不自然さに満ちていたと言えるのである。すると、薄々感じられてきたことは、村上隼人犯人説は間違っているのではないかという疑いであった。この自白を鵜呑みにすれば、それこそ犯人の思う壺になってしまうのではないかという不安感が頭をもたげてきていたのである。
「よく分からん……。とにかく羽黒さん、すぐに来てください」
「分かりました……」
羽黒祐介はそう言って、電話を切ったのであった。
そして祐介は、両毛線の車内から外の景色を眺めながら、このことをあらためて考え直した。
祐介には、この村上隼人の行動にひとつだけ思い当たる節があった。村上隼人がずっと追いかけていた「驚くべき秘密」というのが一体何なのか、祐介は栃木での調査の中で薄々感づいていたのである。そうだとすると、この村上隼人の行動には一応の説明ができるのである。
しかし、そうだとすると、その驚くべき秘密を彼に確信させたものが一体何であったのか、この点が非常に気にかかる。ただの推測の段階では、このような自首するといった大胆な行為に打って出ることは到底考えられないのである。つまり、隼人は何かしらの確信を掴んだに違いないのである。それは何であったのだろうか。
……またも根来の声が蘇る。
「一体、奴が本当に犯人なのか、わからなくなってきましたよ」
「そうなんですか……?」
「だって、やつの言うことは事件当夜の状況とまったく合致しないんですよ。とても犯人の自白とは思えない。怪人の仮装についても彼の言っている話と早苗さんの見たものは一致しないし、やつは足跡が片道しかなかったことも知らなかったのですよ。一体、どうなってるんですかね、こりゃ……」
根来のやれやれといった調子の、疲労にまみれた声が度々、祐介の耳元に蘇っては消えた。この様子だと根来も、村上隼人の自白が真実ではないことは、もう気づいているのだろう。
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