21 麗華、姉について語る

 根来には、捜査に協力したいという麗華の気持ちが痛いほど理解できた。けれでも、そうやって自ら捜査に協力したせいで犯人の毒牙にかかり、命を落としてしまった人々がいたことを、根来は長い刑事生活のなかで幾度も経験して、そのことが今でも深く記憶に刻まれていた。だから、根来は心を鬼にして、麗華の申し出を拒んだのであった。

「あなたがお父さんの遺体を見つけた時、裏口からアトリエへと向かう間に、足跡はありましたか」

「ありました……。男性の足跡だと思うんですけど、大きな足跡が確かにアトリエへと続いていました」

「その他に足跡は?」

「ありませんでした……」

 やはり、足跡の問題は、執事稲山の見間違いではなかったのだ。根来は眉をひそめる。

「そうですか。その足跡は裏口からアトリエへと向かっている足跡でしたか」

「はい……」

「では、アトリエから出てきた足跡は残っていましたか?」

「ありませんでした……おかしいですね……」

「…………」

 根来は黙った。ということは、やっぱり怪人は煙のように消失したということになるのか。この人間消失の謎はいつか必ず解かなければならないだろう。根来は気を引き締めた。

「そうですか。それでは次に、重五郎さんを恨んでいた人物に心当たりはありますか?」

「そんな……私にはそんな人思い当たりません」

「本当ですかな? それではなぜ、あなたは羽黒祐介探偵に相談をしたのですか? あなたはこのような事件が起きることを予期していたのではないですか?」

「そんな……、私はただ父が何かを恐れている様子だったので、それが姉のことと関係があるのではないかと思って、羽黒さんに調査を依頼したんです」

「何かを恐れている様子……」

 それは当然、あの殺人予告状のことだろう。執事稲山の供述によれば、殺人予告状の事実は、重五郎以外の赤沼家の人には一切伏せられていた。麗華もあの予告状のことは知らされていなかったのである。

「お姉さんのことで、何か、重五郎さんは恐れることがあったのですか」

「さあ……。でも、もしかしたら父は、姉の命日が近付いていたので、姉の死の責任を感じていたのかもしれません」

「琴音さんの死の責任?」

「ええ。姉と村上隼人さんの結婚を最終的に否定したのは父でしたから……」

「しかし、それではお父さんは責任を感じるだけであって、何かを恐れているようには見えないのではないですか」

「ええ、それはそうですけど……」

 根来は、そこで麗華があまり多くを語らなくなったので、この辺で話を変えた。根来が予てから聞きたかったのは、琴音のことであった。

「あなたと琴音さんは姉妹ですね」

「ええ」

「あなたは琴音さんのことをどのように思っていましたか」

「姉は……」

 麗華は感極まって、喉から込み上げてくるように言った。

「姉には、私にない美しさがありました。いつだって、優しくて物静かな姉でした。そして、姉はこの家の誰よりも可哀想な存在でした……」

「可哀想な……? 亡くなられたからですかな?」

「それも勿論あります。でも、姉がもっとも可哀想であったのは、生きていた頃の話です」

「生きていた頃の……?」

「姉のことを私は悪く言うつもりはありません。母のことも……。それでも、姉のことを思い返すと、やっぱり肩身が狭くて、辛かっただろうと思います」

「それは何故……?」

「姉は、私の実の姉です。でも、母の娘ではけしてありませんでしたから……」

 そう言えば、根来は一年前もこの事実を聞いていたことをおぼろげに思い出した。

(そうか、赤沼琴音は……)

 根来は事情を察して、思わず琴音に同情した。何と肩身の狭いことだろう。

 赤沼琴音は、早苗夫人の子供ではない。赤沼重五郎が二十二年前に、赤沼家に勤めていた女中を身篭らせてしまった為に、産まれてきた子供なのであった。

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