22 琴音の出生

 この時、麗華があらためて語ったことは次のようなものであった。

 赤沼重五郎と早苗は、お互い名家の出ということで、今から三十六年前に結婚した。そして、早苗夫人は翌年に淳一、その二年後に吟二、さらに二年後に蓮三の、三兄弟を産んだのである。

 それから、十二年の月日が経った頃、赤沼家では滝川沙希たきがわさきという女中を新しく雇った。滝川沙希は、千葉県の自動車の部品を製造する工場を経営する家に産まれた一人娘であった。勿論、沙希はけして赤沼家の財産に関心があって、赤沼家の女中になったのではない。

 しかし、沙希は実に美しい女性であったという。元より好色で、若い頃は相当な遊び人であった重五郎のことである。この滝川沙希という女中が赤沼家で働き始めてから一カ月と経たない内に言い寄った。

 沙希の実家の工場はその頃、経営不振で、滝川家は経済的には沙希の収入に頼る面が大きかった。そして、沙希が重五郎と深い関係を持つことは、当然、沙希の実家に、それ相応の資金援助が為されることを意味していた。このようにして、早苗夫人の知らない内に重五郎と滝川沙希の秘密の関係が出来上がったのである。

 ところが、滝川沙希が身籠ってしまい、子供を産んだことによって、重五郎と沙希の関係が露見した。この事実が世間に知らされて、家名が汚されることを、赤沼家の親戚も、早苗夫人の親戚も望まなかった為に、このことは秘密にされた。また離婚というような話も親戚に揉み消されたのである。当然、滝川沙希は女中を解雇された。

 産まれた子供は、滝川沙希が引き取った。ところが間もなく、滝川沙希は病にかかって、一年の闘病生活の末に、死んでしまった。そして、残された子供は、沙希の実家で育てられていたのである。

 ところが、沙希の実家は貧しく、ついに工場は経営不振で潰れてしまった。

 沙希との間に産まれた子供のことを忘れられなかった重五郎は、この悲惨な状況を知って、反対する早苗夫人の意見を無視して、子供を赤沼家で引き取ることを決定した。


           *


「それが、琴音さんだったんですねぇ」

「はい、でも私も母や兄から聞いただけの話です。何しろ、私の産まれる以前の話ですから……詳しいことはあまり知りません」

 うつむいてそんなことを弁解する麗華。根来はなるほどと頷いた。

「しかし、だとしたら……」

 根来は、村上隼人犯人説に勝るとも劣らない犯人説を思いついた。

(その滝川沙希の両親や親戚は、琴音の死についてどう考えたのだろうか。赤沼家という重圧の中に押し込められて、早苗夫人から冷たい態度をされて、結婚を反対され、ついに死んでしまった琴音……。それならば、滝川家の人間は、赤沼家の人間を殺したいと思うんじゃないか……)

 そう思った根来は、滝川家の人間も、容疑者に含むことにした。

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