番外編 Ⅵ 帝国艦隊出航
「――我が栄えあるドレイク帝国艦隊に対して敬礼ィ!!」
帝国軍最高司令官の一声で整然と列を成した兵士達は一斉に敬礼をし、港を出航する帝国艦隊を見送った。港に集まった民衆から割れ鐘のような歓声とエールが上がり、周囲一帯は御祭かと言わんばかりの喧騒に満たされた。
一方で出航した艦隊の帝国軍人達は甲板から手本のような敬礼を返し、遠ざかる故郷を厳しい面持ちで見送った。これより彼等は戦場の最前線へと向かう。そこで命を落とすかもしれないし、或いは運良く拾うかもしれない。
どちらにしても死地に向かう事に変わりない。だが、生きるか死ぬかという過酷な戦場へ向かうにも拘らず、兵士達とは異なり辟易した気持ちを抱いている者も居た。
「赤毛の、もう少し表情を引き締めんかい。憂鬱な顔になっているぞ?」
「タルタロス殿も渋面を作っておられますよ?」
「これは自前じゃい」
「成る程、それは失礼しました」
悪態ともジョークとも取れる軽口を叩き合いながらも、ランベルトとタルタロスは遠ざかる故郷に目を遣った。しかし、その目は兵士達のような強い意志や願望は秘めておらず、極めて冷ややかなものであった。
今回出航するドレイク帝国艦隊には偉大なる七人の内、ランベルトとタルタロスの二名が参加する事となった。『停滞している戦線を押し上げるべく帝国が勝負に出た』と、新聞を始めとする情報機関は連日に渡って熱く報道している。
だが、それは裏を返せば帝国の侵略計画が順調ではない事を意味していた。そもそも今回の遠征が大々的に報道されるのも、そういった不都合なものから市民の目を反らす意図があるのも明確だった。
しかし、それを指摘すれば帝国内の秘密警察に『反戦思想罪』という名分で処罰されるのがオチなので、結局のところは沈黙を保つのが平穏を維持する最良の手段であった。
だが、人間には心があり思想がある。それについて反発心を抱いてる人間も少なくはなく、実際のところランベルトとタルタロスも帝国に仕える身でありながらも帝国の行いに疑問を覚えている。
だからこそ、出航する人々を見送る民衆に対して思わずにはいられない。帝国が仕掛けた戦争は侵略と何ら変わらない、そこに本当に正義があると御思いなのか――と。
「あっちに残った連中も不安だな。予知夢の小童と腕の立つ色男は兎も角として、元殺人鬼に、謎に満ちた魔法使いとその従者……」タルタロスは重い溜息を吐いた。「果たして、それだけで帝国本土を守れるのかが怪しいもんじゃわい」
「私達の意義も通りませんでしたからね。こればかりは逆らい様がありません」
「せめて軍閥において軍人派が力を持っていてくれればな……」
そこでランベルトは故郷に注いでいた視線を切り上げてタルタロスを見遣った。未だに故郷を見詰めるタルタロスの表情は硬く、渋面とは別に懸念の色がありありと覗いていた。
「甥が軍人派の頭目……でしたか?」
「うむ、多少頑固なのが難点だがな。しかし、柔軟な双子の弟がフォローしてくれるおかげで上手く立ち回れている。もしも、どちらかが欠けていれば貴族共に牛耳られている軍の中で高い地位を得るには至らなかっただろう」
と、冷静に分析しているようで実は優秀な甥が誇らしいのだろう。無意識に口角を釣り上げるタルタロスに釣られてランベルトも微笑を零した。既に甲板で列を成していた兵士達は散り散りとなって航行作業に取り掛かっていた。恐らく他の艦でも同様の筈だ。
「兎に角、気を付けるのだぞ。赤毛の」
タルタロスの言わんとしている懸念を理解し、ランベルトは用心深く頷いた。如何に帝国が正式に
特に顕示欲の強い一部の貴族からの反感は強く、連携に支障が出ないかという懸念すら却って覚える始末だ。そもそも戦争が上手くいかず偉大なる七人に頼る羽目になったのは、戦争を指揮してきた貴族達の責任だ。それを棚に上げて反対するなど虫が好すぎるというものだ。
「見栄っ張りの貴族達が目に見えて対抗してくるとは思わん。だが、遠回しに嫌がらせはしてくるだろうな。ひょっとしたら我々を捨て駒のように扱う馬鹿も居るかもしれん」
悲しいかな、貴族の中には『貴族で非ずは人で非ず』という非常識に精神を汚染された輩も少なからずいる。そういった人間が上に立ち、優秀な人材を無為に使い潰す様をランベルトはこれまでに何度も目にしてきた。
「……こんな下らん戦いで死ぬのは馬鹿げている。何が何でも最後まで生き抜くぞ、赤毛の」
「ええ、そうですね」
この戦いに思うところはあれど、一先ずは生き延びるのが最優先だ。そう自分に言い聞かしてランベルトはタルタロスと共に船内へと足を運んだ。だが、既に自分が奇妙な運命に囚われていることをランベルトは未だに知らない……。
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