第215話 拘束

 あの後も私達は見失った人切り幽霊を探し求めてダンジョン内を巡回し続けた。しかし、やはり自分を付け狙う聖職者の存在を知って警戒してしまったのか、その日は人切り幽霊との二度目の再会は叶わなかった。

 更に潜り続けて人切り幽霊を探すという選択肢も無きにしも非ずだが、あのガラムの意向を受けた聖職者達と出会うと、色々と拗れるであろう事は容易に想像が付いた。なので、その日も夜を迎える前に転移魔法を使ってダンジョンを後にする事にした。


「やぁ、ご苦労さん」

「ダンブルさん?」


 相も変わらぬ喧騒で埋め尽くされた広場に戻ると、ダンブルが何事も無かったかのように装いながら私達の方へと近付いてきた。

 自警団はダンジョンの警備を担当している為に、彼が此処に居てもおかしくはない。だが、本来の目的――ラカムと思しきアンデッドの回収――を考えると、恐らくは私達が地表に出るのを待っていたに違いない。


「で、どうだった?」

「人切り幽霊には出会えたけど、ガラムの命を受けた対アンデッド装備のハンターに横槍を入れられてしもうたわ」

「くそ、ガラムの奴め」ダンブルは眉間に険しい皺を作り、失意に富んだ重々しい溜息を吐き出した。「政治の手腕は愚鈍なのに、こういった身の危険に繋がるものの排除には機敏になりおってからに」

「それと――」ヤクトが一際声のトーンを落とした。「人切り幽霊ですけど、ダンブルはんの勘は当たりみたいでっせ」


 ダンブルは一瞬驚愕で目を見開きそうになり、直ぐに平常心をフルに働かせて表情を鉄面皮でコーティングした。だが、急に湧いて出た驚きと喜びを抑えるのは難しく、そわそわするかのように巨体を身じろがずにはいられなかった。

 広場の喧騒で大きく誤魔化せられるかもしれないが、周囲には不特定多数の耳目があるのだ。その中にはガラムと繋がっている者も居ないとは断言できず、極力目立ったアクションを控えようと考えるのも当然のことだ。


「どうやって分かったんだ?」極力声を落としながらダンブルが話し掛ける。

「向こうから意思表示をしてくれたんですわ」それに応じてヤクトも先程と同じ声のトーンで自然体を装いながら話し続ける。「喋る能力は無いけど、知能はあるみたいで……」

「そうか……。なら、説得して連れ戻せる可能性が出て来たな……」

「ところが、そう上手くいきそうにないんですわ。向こうはダンジョンを守らなければならないって言って、ダンジョンから出ようとしないんです」

「ダンジョンを守る? どういう意味だ」


 ヤクトは力なく首を横に振った。


「分かりません。それを聞く前に横槍が入ってしまったんで……」

「そうか……」ダンブルは短く嘆息を吐き、そっぽを向きながら独り言のように呟いた。「代わりと言っては何だが、こちらも情報がある。近々エルドラから三獣士が退去するそうだ」

「何ですって……!?」


 と、今度はヤクトが表情を崩しそうになり、そして平常心を働かせて素面を装う番であった。けれども、その目は忙しなく瞬きながら左右に泳いでおり、内心の抑え切れない動揺が見え隠れしていた。


「確たる証拠は無い筈では?」

「ああ、勿論そんなものはない。そもそも君達や他のハンターが人切り幽霊と出会ったのだ。その時点で人切り幽霊に関わっているという嫌疑は消えたも同然だ」

「だったら、何故……?」


 ダンブルは今日で何度目かとなる溜息を吐いた。そこに込められた失望の矛先がエルドラの事実上の支配者であるガラムに向けられている事は誰の目から見ても明らかであった。


「当初は人切り幽霊の真犯人は三人だったのではという嫌疑が、裁判を進める内にコロコロと変わっていってね。最終的には人切り幽霊の騒動に託けて強盗を働いたという嫌疑に変わっていたのだよ」

「そんな無茶苦茶な……」

「ああ、無茶苦茶だ。だが、その無茶苦茶が通ってしまう程にエルドラは普通ではないという事だ。とは言え、流石に本当の罪人に仕立て上げてしまえば、却って自分達に注目を浴びてしまうと思ったのだろう。状況証拠のみによる嫌疑で追放に留めておいたのだ」


 そうなるとエルドラの平穏を取り戻す為なのは勿論のこと、三獣士の汚名を晴らす為にも、是が非でも人切り幽霊……いや、ラカムを地上へ連れ戻す必要がある。だが、その当の本人がダンジョンから出たがらないとなると、私達の心は滅入る一方であった。


「其方は後どれくらい滞在が可能だ?」

「こっちにも事情がありますからね。二日……粘っても三日ぐらいかと」

「そうか。ならば、その期間に事態が解決する事を祈るばかりだな」

「もしも解決出来なかったら、どないします?」


 ダンブルは不安気な眼差しを投げ掛けるヤクトを気遣わせまいとするかのように、その横顔に快闊とした笑みを浮かばせた。


「その時は辞表を出して、自分が直接ダンジョンに潜り込むまでさ。人切り幽霊に話が通じるのなら、説得して連れ戻せる可能性だってあるからな」



「――という訳なんや」

 

 ダンジョンから出た其の足で宿場へと戻った私達は、そこで合流したクロニカルド達にダンジョンで起こった出来事を搔い摘んで説明した。クロニカルドは興味深そうに唸り、角麗は疑念を込めて眉間に深い皺を築いた。


「どういう事なんでしょうか?」

「分からぬ。しかし、ダンジョンで異変が起こっていると見て間違いないだろうな」

「取り合えず、分かっている事は――」キューラが代表して要点を取り纏める。「その人切り幽霊がラカムさんである事はほぼ確定。そしてハンター達が手に入れた魔石を奪い取っている。その理由にダンジョンが関わっている……って、ところかしら?」

「やはりダンジョンの異変を知るのが最優先らしいな」

「そう言えば――」と、マリオンが思い出した風に呟いた。「商店を回っていた時にダンジョンの噂を聞きましたね」


 「噂?」と怪訝そうに聞き返すヤクトに、キューラが口を開いた。


「実はね、エルドラのダンジョンで得られる魔石は此処数年で減少傾向にあったんだって」

「此処数年? あの人切り幽霊が現れたのは半年前やろ? 数年は無関係の筈じゃ……?」

「そう。それが気になって話を深掘りしてみたら、どうやらダンジョンにおける魔獣の発生率そのものが減少しているみたいなのよ」


 そう言われれば確かにダンジョンで遭遇した魔獣の数は然程多くはなかった。いや、寧ろ肩透かしを覚えてしまうほどに少ない印象を覚えた。下層へ潜れば潜るほどに魔獣が少なくなるとは聞いていたが、どうやら今はソレに輪を掛けて激減してる状態らしい。


「ひょっとして……それが人切り幽霊が言いたかった異変やろうか?」

「と、言いますと?」

「魔獣が生み出されるんはダンジョンの力に寄るものが大きい。せやけど、魔獣が減っているっちゅーことはダンジョンの力が弱まっているという証拠やあらへんやろうか?」


 ヤクトの指摘を受けてキューラはハッと表情を閃かせ、クロニカルドも興味深い面持ちでフム…と顎を撫でた。


「有り得ない話じゃないわね。エルドラは魔具の生産に力を入れる為に、冒険者達に対してダンジョンでの魔石の回収を推奨しているわ。極端な話、ドロップアイテムの魔石も遠回しに言えばダンジョンの一部みたいなものだしね」

「仮にソレが事実だとしたら問題だな。ダンジョンで生まれた魔獣は、ダンジョンから供与される魔力で生きている。だからこそダンジョンから外には出ない。だが、その供与元が失われれば、奴等は生存本能に従ってダンジョンを後にするであろうな」

「じゃあ、急いで皆に知らせないと……!」


 アクリルの危機感の詰まった声に皆は苦々しく表情を歪めた。だが、それは彼女の意見が耳煩いだからではない。寧ろ、彼女の意見に賛同しつつも、実際に行動に移すのは容易ではないという言い訳めいた胸中を物語っていた。


「姫さんの言う通りや。せやけど、事はそう単純やあらへん」

「どうしてー?」

「我々が述べたのはあくまでも推測に過ぎない。これという証拠が無ければ、我々がどれだけ訴えても門前払いされるのがオチだ」

「じゃあ、どうするのー?」


 ヤクトは肩を竦めた。


「それが難しいところや。そもそもエルドラの偉い人に訴えようにも、その偉い人がガラムや。他所者の話なんて聞く耳持たんやろうし、ましてや自分にとって不利益になるような話やと猶更や」

「やはり、鍵は人切り幽霊ですか……」

「ああ。人切り幽霊を外に連れ出して、ダンブルはんに明け渡すことが出来れば……うん?」


 バタバタバタと慌ただしい駆け足の騒音が通りに響き渡り、紺色の民族衣装の男達が私達を取り囲んだ。ヤクト・角麗・クロニカルドの三人は私達を庇うように陣取りながら、男達に鋭い眼差しを投げ掛けた。だが、その眼差しには警戒心以上に戸惑いの成分が多く含まれていた。


「ヤクト殿、彼等は……」

「ああ、分かっている。自警団や」

「何故、自警団の連中が我々を包囲するのだ?」


 自警団員の中から縦長過ぎて瘦躯な印象を覚える男が踏み出し、そのまま困惑を隠せない私達の傍へと歩み寄る。狐のような釣り上がった目で私達を値踏みするかのようにじろじろと見詰めた後、ゴホンと仕切り直すように咳払いした。


「失礼、君達は先程ダンブル氏と会話をしていたハンターかな?」


 ヤクト達は互いの怪訝な面持ちを見合わせ、視線で秘密裏に意志疎通を交わした。相手の意図が何なのか、そして質問にどういう答えを返すべきか。その点は不明だが、確かなのは自警団が私達に対して好意的ではないという事だけだ。


「ああ、そうやけど……大した話はしてへんで?」

「ふむ、言葉は交わしたのだな?」

「? 一体、何を言いたいんや?」


 ヤクトの疑問に答えず瘦躯の男が手を上げると、自警団達は手にしていた魔具の武器を私達に突き付けるように構えた。突風に煽られる稲穂のように通りに動揺めいた騒めきが駆け抜け、私達の身体に圧迫感を有した緊張が圧し掛かる。


「これは一体どういう事なんや!?」

「ダンブルは先程ガラム議長の命で職務を解かれた。罪状は機密を意図的に流出させた情報漏洩だ。そして君達には機密を耳にしたの情報流出防止法違反の容疑が掛かっている」

「機密って……俺っち達は何も聞かされてへんで!?」

「詳しい話は自警団の詰所で伺う。今は此方の要求に従って行動したまえ」


 ヤクトはギリッと歯軋りを立てて男を睨み付けた。間違いなく、この自警団はガラムの息が掛かった手先だ。恐らくダンブルが秘密裏に自分の逮捕を画策している事に気付き、実行に移す前に先手を打って動きを封じ込めようとしたのだろう。

 そしてダンブルと一緒に居た私達も協力者と見做し、纏めて処断もしくは対処してしまおうと考えた……と言ったところだろうか。その見立ては間違っちゃいないが、此方は自分達の行いが正しいと自負しているだけに歯痒さが一層と引き立つばかりだ。


「連れて行け」


 瘦躯の男に命じられて自警団員達は私達に武器を突き付けて進むように促してきた。反感を覚えつつも(表向きは)エルドラを守護する組織に歯向かう訳にもいかず、私達は渋々と自警団に連れ添われながら通りを後にした。

 その一部始終の間、野次馬達から無数の目線を注がれていたが、やがて私達が通りを抜けると、興味を無くしたかのように四散していった。

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