第216話 窮地

 自警団に囲まれたまま、私達は屯所へと連行された。中央のダンジョンが置かれた広場を北西の通りへと抜けて、その通りの半ば程にあるビルのような高層物が自警団の屯所である。

 流石に私は屯所の中には入れず、そこから数ブロック先にあるエルドラ管轄の獣舎へと送られた。自警団の巡回任務や商業の輸送業務などで用いられる使役魔獣が多数飼育されており、飼育員の人々が汗水を流して文字通り世話を尽くしていた。

 とは言え、私の所には飼育員が世話をしに来てくれる筈もなく、代わりに武装した自警団二名が見張りも兼ねてピッタリと小屋の前に張り付いている。尤も、彼ぐらいならば余裕で返り討ちに出来るのだが、アクリル達の立場を危うくする訳にもいかないので今は我慢だ。


「オイ、オイ……!」


 不意に聞こえた声に釣られて右手の小屋と繋がった格子のある換気窓に目を遣ると、一匹の魔獣が格子に掴まりながら私を覗き込んでいた。炎を纏った鷲のような魔獣を目にし、私は内心で『あっ!』と叫んだ。


『確かアラジンさんの……』

「オウ、キールだ……! 見覚えがアルと思ったラ、やっぱりそうだったカァ……!」


 そこに居たのはアラジンの従魔であるバードラゴンのキールだった。私はキールの傍へと近付き、見張りの兵士達に気付かれないよう泡の吹き出しを吐き出した。


『此処に居たんですね。他の二匹は?』

「他の二匹は図体がデカ過ぎるんデ、郊外に移されちまったヨ。で、そっちはどうして此処に居んだヨ?」

『実は……』


 私は獣舎に放り込まれた理由と経緯を掻い摘んでキールに説明した。まさか二体の魔獣が堂々と会話しているなど思わないのだろう、見張りの自警団は此方の遣り取りに気付く素振りも見せない。やがて一通りの説明が終わると、キールは両腕(両翼)を組んで気難しそうに唸った。


「成る程ナァ、そういう事かヨ……」

『キールさんは聞きましたか? アラジンさん達が近々エルドラを追放されることを……?』

「アア、聞いたゼ。此処の自警団の奴等がベラベラと話していたのを小耳に挟んだからヨ。畜生、横槍さえ入っていなければオレ達が問題を解決していたのにヨォ……!」


 自分達に対する不当な扱いの数々、その原因であるガラムの横暴に余程腹に据えかねているのだろう。抑え切れない怒りと連動して、キールの肉体を構築する炎が激しく波打つようにメラメラと燃え上がる。


「で、そっちの方も追い出されそうなのカァ?」

『分かりません、向こうがどうなっているのか……』


 私はヤクト達の安否を気遣いながら屯所のある方角を見遣った。流石にこの距離では自慢の聴覚は届かないし、探知魔法も許容範囲外だ。今出来ることは皆が無事であって欲しいと祈る事と、今後のエルドラの未来を案じる事ぐらいしかない。



「はーあ、めんどくさー……」

「だらけるな、まだ周囲の目から解放されておらんのだぞ」


 クロニカルドに窘められ、ヤクトは床に敷かれた絨毯に張り付くような俯せから胡坐を掻いた姿勢へと立て直した。しかし、内心では不満が燻っているらしく、何処となくその動作は渋々としたものであった。

 ヤクト達が屯所で取り調べを受けてから既に数時間が経過しており、既に外の窓からは夕刻に差し掛かった事を意味するオレンジ掛かった陽光が差し込んでいた。そして今は屯所内にある控室に全員が押し込まれていた。

 殺風景ながら二十人ぐらいが入れる程度の広さを有した部屋で、冷房の設備が整っているのか暑さとは無縁の快適な涼しさが満ちていた。おかげで思っていたほどのストレスも無く、全員の表情も比較的にリラックスしている。それでも不安が無いと言えば噓になるが。

 犯罪者ならば屯所内にある留置所へ放り込まれるのだが、流石に女子供が居るからと向こうなりに手心を加えてくれたらしい。そういった点を鑑みるに、どうやら全てが全てガラムの支配下にある訳ではなさそうだ。


「これからどうなるのでしょうか……?」

「取り調べと言っても深入りして来んかったしな。恐らく、三獣士と同じように俺っち達をサッサとエルドラから追い出したいんやろうな」

「臭い物に蓋をして、寄って集る蠅は追い払うと」クロニカルドが皮肉を込めて肩を竦める。「典型的な後ろめたい権力者の遣り口だな」

「ですが、そうなるとエルドラの問題は取り残されたままですね」


 マリオンが懸念を述べると、ヤクト達の間に重苦しい空気が圧し掛かった。このまま物資を与えられてエルドラを追い出されてしまえば、ダンジョンの問題は悪化の一途を辿るのは明白だ。

 今はまだ人切り幽霊――ラカムの活躍によって崩壊を防いでいる状態だが、それもギリギリの瀬戸際だ。もしもガラムの横槍で人切り幽霊が捕縛されようものなら、今度こそ最悪の事態は免れないだろう。

 だが、これらはあくまでも憶測の範疇を超えない予想に過ぎない。真摯に訴えたところで鼻で嘲笑われるのがオチだ。それに事実だったとしても、ラカムの件を封殺したいガラムが取り合ってくれるとは思えない。

 八方塞の状況に誰もが頭を悩ませていた時、ドアがノックされて一人の巨漢が控室に入ってきた。その人物を目にした途端、ヤクト達は意外そうに両眼を見開いた。


「ダンブルはん!?」


 ダンブルはヤクト達を見るやホッとし、そして何の躊躇いも無くバッとその場で土下座した。それまで意外そうに見開かれていたヤクト達の両目に、新たに驚愕と困惑の色が加わった。


「すまない! 私の迂闊な行動のせいで皆に迷惑を掛けてしまった!」

「い、いやいや! 気にせんで下さい!」


 ヤクトに引き立てられるようにしてダンブルは立ち上がったが、依然としてその表情には自分が巻き込んでしまったという罪悪感が秘められていた。そんな彼の気持ちを紛らわすつもりもないが、クロニカルドが微妙な空気を振り払うように口を開いた。


「しかし、こんな所に居て大丈夫なのか? 既に聞いたが、もう役職は解かれたのであろう?」

「はは、耳が痛いな。しかし、あくまでも役職を解かれて無職になっただけで、古巣に足を踏み入れてはいけないという理由は無いからな」

「ちゅーことは、情報漏洩の罪とかは?」

「そもそも漏らす情報なんて無い。人切り幽霊の件だって三獣士と交流関係のある冒険者に相談しただけと言えば、向こうだってソレ以上は踏み込めんよ」

「となると、やはりガラムは私達が人切り幽霊に関わるのを良しと思っていないのですね」

「ああ、恐らくだが向こうも人切り幽霊がラカム様かもしれないと感付いている」そこでダンブルはヤクト達に顔を近付けた。「職を解かれる寸前まで情報収集をしてみたのだが、やはりガラムは個人的に対アンデッドに特化したハンターチームに人切り幽霊の討伐を依頼したそうだ」

「となると、俺っち達を排除したのはダンジョンで連中と衝突した事も原因の一つやもしれへんな……」


 ダンジョンの中でヤクトはガラムが雇ったと思しき討伐チームと軽いイザコザを起こしている。その時はよくある冒険者同士の些細な意地の張り合いと思っていたのだが、彼等の後ろ盾がガラムであり、直後にこのような仕打ちを受けるとなれば、嫌でも裏があるのではと考えずにはいられなかった。

 ヤクト達の事をどのように上に報告したかは定かではないが、少なくとも向こうにとって千載一遇のチャンスを潰されたも同然だ。加えて他人を巻き添えにする事すらも躊躇しない性格からしても、相当な悪意を込めて有ること無いことを吹聴していても何ら驚きもしない。

 それを思うと益々ヤクトの機嫌は右肩へと下がる一方だ。


「ところで、三獣士は今は何処に居るんで?」

「今は此処から程近い宿場で泊っている。但し、自警団の見張り付きだがな。軟禁程度で留まっているのは、やはり状況証拠のみで確固たる証拠が無いから……というのが表向きだ」

「実際はエルドラから追い出す為の茶番か。やれやれ、自分の権力がソレ程に大事なのか……」

「ヤクト殿、ダンブル殿にアレをお伝えしては如何でしょうか?」

「アレ?」

「実は――」


 ヤクトがダンジョンに纏わる異変と危険性を説明すると、ダンブルは驚きを露わにした。しかし、憶測の範疇であるにも関わらず机上の空論と撥ね退けず、深刻そうに考える辺り本当にエルドラを想ってくれているのだという姿勢がヒシヒシと伝わって来る。

 

「成る程……。確かに魔石の件は小耳に挟んでいたが、然程大きい問題ではないだろうと思い深く捉えていなかったな。だが、もしも君達の考えが的中していたら事態は最悪の方向へ進んでいるという事になる」

「悔しいけど、まだコレが推測の段階でしかないから説得力に欠けるんだよねぇ。ダンブルさんから情報を発信したりは出来ないの?」


 キューラが願望も込めて提案するも、ダンブルは力なく首を横に振るだけだった。


「いいや、それは難しい。既に私には何の役職も無ければ権力も無い。昔馴染みの仲間や同僚に伝えることは出来ても、ガラムのことだ。自警団(組織)の頭を自分の手足となり得る人間に置き換えてしまっているだろう」

「自警団の協力を得られるのは難しいか……」

「かと言って、自分達から積極的に情報を発信しようとすれば騒乱罪が適用される恐れもある。さて、どうすれば良いのもか……」


 誰もが並行して思考の歯車を回すものの、八方塞の状況を打破するのは容易ではなかった。その時、廊下の方からバタバタバタと慌ただしい駆け足が聞こえ、程無くしてノックも無しに年若い自警団員が部屋に飛び込んできた。

 恐らくガラムの意向に逆らい、ダンブルを支持する自警団員の一人なのだろう。荒々しく肩を上下させて息を整えると、呆然と此方を見詰めたまま硬直するヤクト達……いや、ダンブルに向かって口を開いた。


「ダンブルさん! 大変です! 先程、人切り幽霊が捕まったとの報告が入りました!」



 時は遡り十数分前、ダンジョンの第一階層で人切り幽霊は徘徊を続けていた。その腰元には複数の魔石の入った袋がぶら下がっており、そしてたった今手に入れたものを含めて五つ目となった。

 成るべくハンターを殺さないよう心掛けているのは、生きていた頃の良心が呵責となって歯止めを掛けるからか、それとも目的以外に興味を無くすアンデッドの本能が加わったからか。

 どちらにしても確かなのは、今の彼がダンジョンを救う為に行動しているという事だけだ。このダンジョンは魔獣の過剰討伐によって寿命のタイムリミットが刻一刻と迫っていた。

 何時何処でソレを知ったのかと言われれば、このダンジョンでアンデッドとして目覚めた瞬間に朧げに頭の中に刷り込まれていたとしか言い様がない。更に前世のエルドラの領主としての記憶――ダンジョン運営の不調を示すデータや記録――が重なり合い、そこで漸くダンジョンに……いや、エルドラに迫っている危機を自覚したのだった。

 その日から人切り幽霊はダンジョン救済に動き出した。冒険者から魔石を力尽くで奪い取り、それを還元することでダンジョンを延命させるという手法で。しかし、正直に言ってその方法は焼け石に水であった。

 如何に彼が凄腕の剣士としての技量を受け継いでいるとは言え、たった一人で出来る事は限られている。彼が三つの魔石を取り返したところで、ハンター達は倍以上の数を地上へ持ち出してしまう。

 結果としてダンジョン救済の効果は極めて限定的なものとなり、それどころか自分の活躍が原因で専門の討伐チームを差し向けられる始末だ。だが、今やアンデッドとなってしまった彼には他に手段などなく、ましてや会話や穏便な方法など向こうに通用する筈がない。

 それを思えば、ちょっと前に話を呼び掛けてくれた冒険者の存在は有り難かった。声ではなく文字による遣り取りだったが、久々の会話に忘れ掛けていた人間味を思い出させてくれた。

 そして地上に残っている人々のことも。彼等を守る為には、やはりダンジョンを救う他に手段が無い。人切り幽霊は憂鬱な気持ちを振り払い、ダンジョンの巡回を再開しようとして――唐突に浴びせ掛けられた清らかな光に身体を強張らせた。


「居たぞ! 人切り幽霊だ!」


 青白い光の中から複数の人影が浮かび上がり、人切り幽霊は胸元に刺さった剣に手を掛けた。どうやら例の討伐チームに発見されたようだ。そして剣を引き抜こうとするが、心成しかその動作は自分でも疑問に思うほどにぎこちない。

 だが、それは決して気のせいなどではなかった。討伐チームの投げ掛けた聖光(ホーリーライト)によって、アンデッドである自身の体に大幅な制限が掛けられているのだ。それに気付いた時には既に間合いは詰められていた。


「今の内に取り押さえるんだ!」


 聖職者の格好をした冒険者達が繰り出した青白い光の鞭(ホーリーウィップ)が、飛来する蛇のように波打ちながら人切り幽霊に飛び掛かる。人切り幽霊は意志の力で強引に剣を引き抜き、一振り二振りと迫った鞭を叩き落とした。

 だが、流石に身動きを制限されてしまっては満足な迎撃も出来ず、三本目と四本目の鞭に骸を束縛されてしまう。途端、聖属性の力がアンデッドの身体に沁み込み、それまで彼を突き動かしていた力の源を侵食し始めた。

 遂に立っている事もままならずガシャンと膝から崩れ落ちると、冒険者達が殺到するかのように人切り幽霊を取り囲んだ。そしてガーシェルの貝殻と同じ聖鉄で出来た鎖で人切り幽霊を雁字搦めにするように捕縛した。

 通常の鎖よりも頑強な事に加え、アンデッドの力を抑え込む効果も付与されたソレの前では、流石の人切り幽霊も抵抗は不可能であった。やがて幽霊の目から意識を意味する仄暗い光が消えると、冒険者達は自分の勝利を確信して勝鬨を上げた。


「やったぞ! 人切り幽霊を捕縛したぞ!」

「こいつを連れて帰れば俺達はエルドラで英雄として祭り上げられるぜ!」

「しかも、生きたまま連れて帰れば、その分褒賞もたんまり貰えるしな!」

「おいおい、アンデッドに生きてもへったくれもないだろ?」

「ははは! 違いねぇや!」


 遠からず訪れるであろう華々しい未来に胸を馳せつつ、冒険者達は喜色満面の笑みを浮かべながら戦利品である人切り幽霊を連れて帰路へと付いた。

 しかし、彼等は気付く由もなかった。自分達がとんでもない思い違いをしている事を、それによってエルドラに前代未聞の災いが降り注ぐ事も……。そして彼等が立ち去った後、階層には何時もの静寂さだけが取り残された。

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