第211話 エルドラのダンジョン

「ほー、こんな感じになっているんかぁ」

「すごいねー」


 ダンジョンに足を踏み入れると、目の前には古代遺跡を彷彿とさせる石造りの空間が広がっていた。先のダンジョンの一階を彷彿とさせるが、此方はトーチの代わりに等間隔で天井に突き立てられたかのようなライトクリスタルの輝きが道を照らしてくれている。


「確かにこりゃ広そうやなぁー……」

「ええ。階層は全部で三階まであるそうですが、解き明かされたのは三階の中盤までらしいです」

「意外やな。このエルドラのダンジョンは既に数百年以上の歴史があるんやろ? そこまで遅々として進まへんのは何でなんや?」

「下へ行けば行くほどに面倒になるからさ」ローズが縊れのある腰に片手を当てながら言う。「トラップ魔法が劇的に増える一方で、魔獣の遭遇率は減るからリスクとリターンが見合わないのさ」

「無論、必ずしも遭遇しない訳でもない。殆どが強大な力を秘めた魔獣ばかりだけど、そいつらが落とす最高品質の魔石目当てで三階を目指すハンターも少なくはない。但し、最下層まで進むハンターは厳選されるけどね」


 最後に付け足したスタークの説明を聞きながら、ヤクトは「成る程なぁ……」と頷いた。

 下へ行けば行くほどに魔獣が強くなり、良質なドロップアイテムを得られるという点は他のダンジョンと同じだ。しかし、一方で迷宮内に張り巡らされた数々のトラップ魔法と、それに見合うリターンの乏しさがハンター達の攻略を滞らせる足枷となっているようだ。


「ほな、何処まで行動しようか?」

「でしたら、二階へと通じる階段まで向かいましょう」

「階段?」ヤクトが意外そうに眉を跳ね上げる。「ここに階層毎のボスが居らんのかいな?」

「ええ、居ません。話によれば最下層だけです。寧ろ、このダンジョンの最大の敵は厄介な岩石魔獣ではなく、迷路のような通路そのものと、所々に仕掛けられたトラップ魔法にあると言っても過言ではありません」

「成る程、精神的に攻め立てるダンジョンっちゅー訳か……」


 豊富な魔獣が次々と押し寄せるダンジョンも怖いが、罠や迷路で人間の精神を疲弊させるダンジョンも恐ろしい。一度でも迷ってしまえばダンジョンから抜け出せず、そのまま遭難して一生を終えるという可能性も無きにしも非ずだ。


「そこまでの道順は既にトレジャーで解明していますので、ご案内出来ますよ。勿論、最短距離でです」

「ほな、御言葉に甘えようかいな」



「マリアンナ! 火球で牽制してくれ! スターク! 奴の手が開いた瞬間を狙ってヘヴィアローを放つんだ!」

「わ、分かりました!」

「了解っと!」


 デナンの指示を受けてマリアンナがファイアーボールを繰り出し、少しばかりの間隔を置いてからスタークがヘヴィアロー(対魔獣を想定した某狩人ゲームのような長大な矢先を持つ矢)を放つ。

 アイアンハンド――人間の右手を模した鋼のゴーレム――は咄嗟に握り拳を作って火球を防ぐも、追撃が来ないと勘違いして手を緩めた瞬間にヘヴィアローを掌に埋め込まれた目玉に模した核に受けてしまう。


「ローズ! トドメを頼む!」

「あいよ!」


 まるで機能停止したマシンのように身動きが止まったアイアンハンドにローズが一気に間合いを詰め、ダガーの柄で核に刺さったままの矢尻を叩いた。矢先が手の甲から飛び出し、そのまま仰向けに倒れ込んだアイアンハンドは爆散した。そして爆煙が収まった後には掌大の魔石が三個ほど残されていた。


「ほぉー、鮮やかなもんやなぁ。流石はゴールドランクのハンターチームや」

「いやいや、まだこの階層の魔獣は優しい方です。ここより下へ行けば強くもなりますし、トラップも多いですからね」

「待ちな」


 デナンの謙虚めいた台詞が終わった途端、ローズが手を挙げて制止を呼び掛けた。それに応じて私達が足を止めると、ローズは睨み付けていた石畳の一角に向けて手を掲げた。掌から放たれた魔方陣が石畳の一角に張り付き、鮮やかな赤から始まり心安らぐ緑で終わる。

 それは先のダンジョン攻略でクロニカルドが披露したトラップ魔法を封印する魔法だ。安全が確認されるとローズが肩越しに頭をしゃくり、それを受けて私達は再び石造りの通路を進み始めた。


「成る程、確かにこりゃ厄介なダンジョンやな。うかうか油断も出来へん」

「ええ。ここでは魔獣とトラップの比率が大体4:6程ですからね。加えてトラップを解除してもドロップで得られる物もない。それが唯一ハンター達が不満に思っているところですね」

「せやけど、魔石を手に入れればエルドラが高値で買い取ってくれる。そりゃ潜るハンターが後を絶たん訳や」

「ですが、それも最近は陰りが見えています」

「例の幽霊騒ぎかいな?」

「御存知でしたか」

「まぁな。と言っても、噂を聞いたのはエルドラに到着した昨日やけど。しかし、そんなに厄介なんか?」


 勿論、人切り幽霊に関する噂は既にダンブルから聞いている。しかし、ヤクトとしては自警団から聞くよりも現場の最前線にいる冒険者から聞きたいという思いもあって敢えて尋ねたのだろう。


「そうですね。神出鬼没な上に何を基準にして冒険者を襲うのかも分かりませんからね」

「そう言えば噂で聞いたな。まるで向こうが襲う標的を選別しているみたいやって」

「実際、その言い方は間違いではない」と、タンクのダカンが口を挟む。「人切り幽霊は徒に人を襲わない。出会っても何をするでもなく見過ごされたハンターも居たようだ」

「だけど、襲う時は襲うようだけどね。だけど、リーダーが言ったように何を基準にして襲う標的を選んでいるかが分からないから、余計に恐ろしいね。少なくとも、僕達が遭遇したら真っ先に逃げるよ。もし追い付かれたら……命を拾えるよう祈るだけだね」


 スタークが肩を竦めて本音を漏らせば、仲間達から苦笑が漏れ出る。その時、斥候として先頭を歩いていたローズが足を止め、それに釣られて後続の私達も立ち止まる。彼女の目線は急なカーブに隠された通路の先を見据えてる。


「ローズ、どうした?」

「また敵だよ」


 ズンッズンッと自己主張の激しい足音が通路の壁に反響しながら押し寄せ、ローズ越しに先を見遣ると一体のアイアンレッグと呼ばれるゴーレムがカーブした角から現れた。

 その名の通り人間の右足を模した形状をしており、片足でケンケン跳びをするような移動方法が特徴的だ。けれども、何処かユニークさを感じる印象とは裏腹に、それを見た途端にヤクト達の表情が曇った。


「厄介な奴な来たな」

「ああ、ちと面倒くさそうやな」

「どうして厄介なのー?」


 貝殻の上で疑問を呟くアクリルに、傍に居たリリアンが耳打ちするように口元に手の衝立を立てながらコソリと教えてくれた。


「アイアンレッグの核……つまり弱点は足裏にあるんです。そこを狙うには工夫が必要なのです」

「へー、そうなんだー」

「で、何か対策はあるんか?」

「そうですね。幸いにしてアイアンレッグは動きが単調な魔獣です。後は文字通り足を掬うことが出来れば撃破は難しくないでしょう」

「だったらアクリルに良い考えがあるよー」


 その言葉に皆は思わずアクリルの方を振り返った。相手が幼子という事もあり、その表情は半信半疑――厳密には前者が4で後者が6ぐらいの割合を秘めた――の面持ちだ。しかし、アクリルが作戦を説明するや、一転して彼等の面持ちは期待に満ちたソレに変わる。


「うん、悪くないね」

「確かに、それなら問題なさそうですね」

「まぁ、こっちとしても楽に戦えるんなら越した事は無い。僕は構わないよ」

「ほな、頼んだで。ガーシェル」


 薄明りの希望の面々とヤクトの期待を受けて前へ出ると、私は触手を持ち上げるようにして構えた。だが、直ぐには振り下ろさない。近付いてくるアイアンレッグを見据えたまま、内心でタイミングを計り続ける。


『アイスロード!』


 そして互いの距離が50mを切り、アイアンレッグが思い切り跳び上がった瞬間に触腕を振り下ろした。叩き付けられた触腕から凍て付いた空気が発せられ、まるで路面を舐めるかのように石畳が氷で舗装されていく。

 そこに着地したアイアンレッグは予想通りに足を滑らせ、私達に足裏を見せる形で引っ繰り返った。その好機を見逃さなかったヤクトはライフル銃を構え、アイアンレッグの足裏の核を撃ち抜いた。

 中々に弱点を曝け出さないという特性を持っているからか、その一撃を受けただけでアイアンレッグの全身に罅が入り、やがて瓦礫が崩れるかのように崩落した。そして瓦礫が塵芥となって消滅した後には大粒の魔石が六個ばかし転がっていた。


「わーい! やったね!」

「おお、案外上手くいくもんやな……」

「この調子なら魔石を稼げそうですね!」

「こらこら、自分達の稼ぎのように扱うんじゃない」無邪気に燥ぐ魔法使いをリーダーが苦笑いを込めて窘める。「ヤクトさん達が稼いだ魔石はヤクトさん達のものだ。私達は私達で頑張らないといけないよ」

「まぁ、そりゃそうだね」ローズがチラッとアクリルを見遣る。「従魔の力とは言え、この子の力なんだ。それに集るような真似は出来やしないよ」

「アクリルも戦えるよー」

「ははは、頼もしい限りだね」と、アクリルの発言を冗談と受け止めたスタークが微笑ましそうに笑う。


 その後も私達は度々遭遇するゴーレム系の魔獣を撃破し、その都度に落とすドロップアイテムの魔石を回収しながら、第一階層にある休止ポイントを目指した。



「此処が休止ポイントです」

「ほぉー、意外と人がいるもんやな」


 ダンジョンに入ってから小一時間が経過した頃、私達は休止ポイントと呼ばれる安全地帯に辿り着いた。文字通り魔獣が襲って来ない其処は学校のグラウンドと同程度の広さを有した円形状の空間であり、その中央には清らかな水を吹き出す噴水が置かれている。

 既に此処までの道筋が判明している事もあり、私達が辿り着いた時には50人以上ものハンター達が集まっていた。だが、デナン曰くこれでも少ない方らしく、最盛期には常に三桁を越えていたそうだ。

 チラチラと他のハンター達から目線を向けられるも、直ぐに興味を無くしたかのように離れていく。中にはアクリルと私の組み合わせに目を見張る者も居るが、余り凝視するのは良くないと思ったのかあっさりと退いてくれた。


「ここでは水も得られますし何よりも魔獣も襲って来ない。休憩には打って付けの場所です」

「噂の人切り幽霊も来ないんか?」

「ああ、流石の幽霊様も入れないようだね」そう言いながらローズは辺りを見回す。「最も、これだけのハンターが居るんだ。入ってきたら一溜まりもないでしょ」

「だと良いんだけどねぇ……」その楽観に同意しかねるのか、スタークは少し自信無さげに笑った。


 必ずしも全てが全てという訳ではないが、こういった安全地帯はダンジョンに一つは存在するらしい。流石に私達が訪れたアクエリアスのダンジョンみたいに、密林があったり砂漠が広がっていたりするのは、特異中の特異であるみたいだが。


「で、あとどれくらいで第二階層への入り口に到達するんや?」

「第二階層へは後30分ほど掛かりますね。そこに辿り着いたら分かれますか?」

「そうやな。そこからは別行動で……。確か緊急脱出用の転移魔法陣も所々にあるんやな?」

「ええ。ですが、一度ダンジョンの外に出てしまうと、その日一日は入れませんのでご注意を」


 このダンジョンには今までも数多くの冒険者がトレジャー目的で潜り込み、その探索範囲を広げる度に転移魔方陣を設置し続けて来た。その目的は冒険者がスムーズにダンジョン攻略を進められるようにするだけでなく、万が一に遭難したり窮地に陥った場合の救済処置だ。

 魔獣相手に命を張ったり一種の便利屋としての側面を持つハンターの存在は、今の世に必要不可欠な存在だ。その為に彼等の損失は社会の損失とも言え、それを減らす為に色々と手段を講じるのだが、これもその一環という訳だ。


「ほな、ここで一息付いたら次の階層へ――」

「おい! 急げ! こっちだ!」


 緊迫した声が突然横から割って入り、ヤクトの言葉を押し退けた。これから向かう進行方向の通路から複数の人影が浮かび上がり、やがて四人一組のチームが休止ポイントに倒れ込む勢いで飛び込んだ。

 使い込まれた防具や武具から察するに熟練のチームらしいが、息も絶え絶えの姿は明らかに命辛々逃げ帰ってきたソレだ。その様子に他のハンター達も只ならぬものを察知したのか、その飛び込んできたチームへと駆け寄った。


「おい、どうした! 何があったんだ!?」

「取り合えず、これを飲め!」


 そう言ってハンターの一人が差し出した水の入った器を受け取ると、リーダーの男はグイッとソレを急な角度に傾けて一気に飲み干した。喉を潤して呼吸も整え終えたが、精神は動揺しているのかリーダーは震える声で捲し立てるように語り出した。


「おおお俺達はさっきまで二階層に籠っていたんだ! そこで魔獣を狩っていたらよ、で、出やがったんだ! アイツが!!」

「出やがったって……まさか!?」

「ああ、そうだ! 人切り幽霊(ゴーストリッパー)だ!!」


 張り裂けるような男の声が空間内に響き渡り、人々の鼓膜を通って精神へと浸透していく。まるで時が凍り付いたかのような静寂が一瞬だけ落ちたが、直ぐに騒然とした騒めきが其処彼処で噴出する。

 その騒めきの殆どが今後どうするかという予定の確認で占められていた。あるチームは撤退を真剣に考え、あるチームは功績を目論んで強硬を呼び掛ける。無論、それは彼等だけでなく私達の間でも同じであったが。


「まさか、こんなにも速く人切り幽霊が出てくるとはな……」

「どうするんだい、リーダー?」スタークが横目で問い掛ける。「このまま進むのかい、それとも退くかい?」

「ううむ……」


 皆の視線を一身に受けたデナンは顎に指を添えながら思案した。

 必ずしも自分達がダンジョンで噂となっているアンデッドと遭遇するとは限らない。が、人切り幽霊は神出鬼没であるという情報があるだけに、安易な判断を下すと却って自分達の首を絞めかねない。

 けれども進退の決断を下し切れず、デナンは判断材料の一つにしようとヤクトに意見を求めた。


「ヤクトさん達はどうするんですか?」

「そうやな。折角此処まで来たんや。無理しない程度に下へ潜って、ヤバそうになったら引き揚げるつもりや。そもそも、こっちは腕鳴らし目的で潜ったんやさかいな。人切り幽霊とやりあうつもりはあらへん」


 勿論、それが嘘だという事はヤクトの胡散臭い微笑が物語っている。しかし、デナン達は彼の言い分を本気で信じたらしく、それを追及することなく額面通りに受け止めた。


「分かりました。では、自分達も出来る限り付き合います」

「おいおい、別に無理せんくても良いんやで? それに仲間を危険に晒す必要なんてあらへんのやで?」


 一見するとヤクトの台詞は自分達の無茶に付き合う必要はないと、デナン達の身を案じているようにも見える。だが、本心では人切り幽霊と対峙した際に、彼等と一緒だと色々と遣り辛いと思っているのだろう。

 とは言え、事情が事情なだけに正直に打ち明ける訳にもいかない。なので、デナンが折れてくれるのが最善な展開なのだが、彼の恩義に対する誠実さは私達の想像を上回るものであった。


「いいえ、命を助けてくれた恩人を置き去りにするような真似は出来ませんよ」

「恩人って……偶然が重なり合っただけに過ぎへんって」

「いや、リーダーとリリアンを救ってくれなければ今頃は俺達が化物蜘蛛の餌食なっていた」


 デナンの援護をするかのようなダカンの台詞に、他の皆も同意を込めて相槌を打つ。どうやら私達と行動を共にするというのはデナン個人の考えではなく、薄明りの希望というチーム全員の総意らしい。それを悟ったヤクトは諦めたかのように溜息を吐き出した。


「分かった。ほな御言葉に御甘えしようかいな。せやけど、無茶な目に遭いそうになったら自分達の身を案じてや? 俺っち達のせいで誰かが傷付いたら、それこそ死んだ祖先に顔向け出来へんわ」

「ええ、分かりました」


 二十分後、小休憩を終えた私達は未だに進退を話し合っているハンター達の騒音から抜け出すように休止ポイントを後にした。比較的に暗がりが勝る通路を進むにつれて騒音は薄れていき、やがて二つか三つばかし角を曲がった所でぷっつりと途絶えてしまった。

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