第212話 ダンジョンの下層へ
「ダカン!」
「おう!」
ダカンが両腕に嵌め込んだシールドと一体化した鉄腕甲をガードするように構え、襲い掛かってきたロックワームを受け止めた。凄まじい衝撃と共に彼の巨体が若干後退るも、上手く勢いを殺して何とか踏み止まった
ロックワームは芋虫のように節々が球体状の岩で連結されたゴーレム系の魔獣だ。鉱物を噛み砕く硬い嘴が特徴であり、シールドに突き立てたソレで葉物を食すかのように分厚い表面をガジガジと齧っていく。
だが、シールドを壊される前にダカンがシールドバッシュ――シールドで相手を吹き飛ばす――を決めてロックワームを強引に押し退けた。そこへすかさずデナンが脇から飛び出し、目にも止まらぬ速さで剣を振り抜いた。
剣は仰け反った胴体部の節目へと滑り込み、難無くロックワームを切り捨てた。球体状の岩石自体は堅牢のようだが、それを繋ぐ節目は然程でもないらしい。そして後ろ半分の断面にゴーレム特有の核を曝け出すと、後方で待ち構えていたスタークがソレを自慢の矢で撃ち抜いた。
途端、まるでトカゲの尻尾切りのように悶えていた上半身と下半身がピタッと止まり、やがて塵芥となって消失した。そして後には例の如く魔石が取り残され、それを見届けた私達は漸くホッと息を吐き出した。
「いやはや、やっぱり強いなぁ」
「はは、褒めても何も出ませんよ」
「そういうヤクトさん達も強いと思いますよ?」
「そりゃおおきに、リリアンはん」
「リリアンで構いませんよ」リリアンは恥ずかし気に微笑む。「私はこの中で一番年下なんですから」
「あら。じゃあ、私が年増だって言うのかい?」
意地の悪そうな笑みを浮かべながらローズが人差し指でリリアンの首筋をツゥッと走らせる。リリアンは「ひゃう!」と悲鳴を上げると、誤解を解こうとワタワタと慌てふためきながら彼女と向き合った。その遣り取りに取り巻き達はクスクスと笑うばかりだ。
「まぁ、まだ第一階層だしな。そろそろ第二階層への出入口が見えてくる筈だ」
スタークの発言通り、私達が第二階層の出入り口に到達したのは僅か数分後のことであった。まるで大きな口を開いたかのような下へと続く階段があり、覗き込んで見ても先は暗闇に覆われていて見通すことは出来ない。
「此処まで案内してくれてありがとうな。おかげで助かったわ」
「そう言って頂けると幸いです。ですが、下へ潜るほどに魔獣は強くなり、トラップも複雑なものになります。それだけは気を付けて下さい」
「ああ。おおきに、ほな」
そう言い残して私達は地下二階へと続く階段を下りて行った。やがて私達の後ろ姿が影に呑まれて見えなくなると、見送っていた『薄明りの希望(トワイライトホープ)』の面々も立ち去ったのか背中に刺さっていた視線を感じなくなった。
☆
「ここが第二階層か……」
気を引き締めたかのように硬く強張った声で呟くヤクト。階層自体の見た目や印象は第一階層と何ら変わりはない。けれども、第一階層と異なって魔獣の気配がめっきりと減っており、されども犇々と第六感が危機感めいたものを訴えてくる。
「どうやら本当に上階とは違う感じらしいな」
「どうやっら幽霊と会えるのかなー?」
「さぁな。何を条件にして出会うのかも分からへんし。兎に角、適当に進んでみようか。だけど、その前にガーシェル。アレ頼んだで」
『了解しました』
貝針を石畳に突き立ててマッピングを発動、瞬く間に私の脳裏に階層の見取り図がインストールされるかのように浮かび上がる。デナンが言っていたように階層内は極めて広大で、その通路も迷路の如く複雑に入り組んでいる。
『これは中々に厄介ですね』
「どう厄介なんや?」
『これを見てください』
貝殻から吐き出したシャボンの中に第二階層の地図を投影させれば、ヤクトが覗き込むように顔を近付けた。当初は神妙そうだった面持ちは気難しそうな面持ちへと代わり、恐らくダンジョンの複雑極まりない迷路に私と同じ心境を抱いているのだろう。
「こりゃガーシェルの言う通り厄介やな」
『それに罠も沢山あります』
地図の中には罠を意味する赤い光点がザッと見積もっても百以上も存在しており、これらを抜けてダンジョンを進むのは中々に骨が折れそうだ。ましてや肝心の人切り幽霊(ゴーストリッパー)が何時何処で現れるのかも分からないとなれば、気は滅入る一方だ。
「まぁ、罠の大まかな位置が分かっていれば大丈夫やろう」
「アクリルもクロ先生から教わった魔法で罠魔法を封じられるよー」
「なら、後は人切り幽霊と出会うのを祈るだけやな」
☆
「
アクリルの掲げた掌から放たれた魔法陣が石レンガを隙間無く組み合わせた壁に張り付き、色取り取りに変色していく。やがて安全を意味する緑に切り替わると、私達は再びのろのろと通路を歩き出した。
第二階層に入ってからというもの、ずーっとこの遣り取りばかりだ。勿論、安全を確保する事自体に越した事は無い。だが、戦い以上に罠に嵌らないよう気を遣うのは思いの外に精神を削る。現にヤクトなんか辟易した顔を浮かべている。
「やれやれ、こりゃ意外と面倒やな」
「アクリルは楽しいよー?」
「そりゃ姫さんは魔法で大活躍出来るんやらか当然やろ。それに――」ヤクトはぐるりと通路の前後を見回した。「此処に潜ってから既に小一時間も経っているのに魔獣の姿が見当たらへん。本当にダンジョンなんかいな?」
そう、この第二階層に潜ってからというもの、魔獣はおろかその気配さえも遭遇しない。勿論、デナンからは下へ潜れば潜るほどに魔獣が遭遇し辛くなり、代わって罠魔法がえげつない程に増える事は聞いている。だが、この異常なまでの遭遇率の低さは流石に想像以上だった。
「ひょっとしたら何か異常が起きとるんちゃうやろうか……」
「異常ってなーに?」
「さぁ、俺っちもダンジョンには詳しくあらへんから何とも言えへんのやけど……お?」
不意に上がったヤクトの呟きに釣られて、私とアクリルは一旦彼を見遣り、それから彼の目線を辿って前へ見据えた。通路の先からズンズンッと重々しい足音が響き渡り、やがて現れたのは金ピカの鯱に筋骨隆々の手足を生やしたかのようなゴーレムだった。
鑑定したところ『ゴルド』という名前のゴーレムで、金鉱や宝石を好んで食す性質を持つらしい。その希少性と価値の高から『生きた金塊』・『ゴーレムという名の秘宝』・『一攫千金の魔獣』という綽名が付けられているそうだ。当然、銭ゲバなヤクトが反応しない訳が無く……。
「うおおお!! ゴルドやんけ!」
「ヤー兄、知ってるのー?」
「めっちゃ希少な魔獣や! 兎に角、アレを狩るで! 姫さん! ガーシェル!」
鼻息を荒くするヤクトを見て、私は内心で苦笑いを零した。やる気に燃えるのは構わないが、本来の目的である人切り幽霊も忘れないで下さいよ――と。だが、どちらにしてもアレを倒さない限りは前へ進めないのだ。此処はヤクトの言葉に従う他ないだろう。
『では、行きますよ! ウォーターカッター!』
私の周りに出現した水の円輪が全てを切り割くような甲高い唸りを上げ、霧状の飛沫を撒き散らしながらゴルドに飛び掛かった。対するゴルドは大きく拳を振り抜いて、真っ向からウォーターカッターを受け止めた。
チェーンソーと鋼がぶつかり合うような甲高い音が鳴り響き、激しい火花の代わりに夥しい水飛沫が撒き散らされる。その鬩ぎ合いは互角のまま続くかと思われたが、やがてカッターが拳に打ち砕かれるかのように四散して無に還った。
「姫さん!」
「ライジングアロー!」
矢先から矢尻まで眩い雷光に覆われた矢がアクリルの弓から放たれ、落雷の如き神速でゴルドを貫いた。刹那、眩い雷光の煌めきが溢れ返り、極端な明暗で通路内が埋め尽くされる。
やがて光が収まり視界の風景が色付き出すと、未だにゴルドは健在していた。しかし、流石に無傷という訳ではなく全身から真っ白い煙を噴き上げており、眩暈を起こしてるのか目付きも覚束ないようだ。
「ガーシェル! トドメは頼んだで!」
『焦熱槍!』
貝殻前方の火口から白熱した鉄槍が撃ち出され、ミサイルのように白い煙の尾を引きながらゴルドの胸元に突き刺さった。深々と刺さった傷口から金を溶かしたような液体が零れ落ち、石畳の床に落ちてジュッと焼け焦げる音を立てる。
苦悶の表情を浮かべて悶えていたゴルドだったが、フッと目から輝きが消えると表情が弛緩し、そのままゆっくりと仰向けに倒れ込んだ。そして光の粒子となって消滅した後には、金の延べ棒が十本程と大の大人がギリギリ抱えられる程の大型の魔石が残されていた。
「おー、中々の収穫やなぁ」
「ヤー兄、嬉しそうだねー」
「そらこんだけの収穫が得られたら嬉しいわな」
『本来の目的、忘れてませんよね?』
金塊の前でしゃがみ込んでいたヤクトは私の指摘を受けてドキッと身体を震わせると、咳払いを一つ挟んで颯爽と立ち上がった。明らかに目先の欲に目が眩んでいたという証明だが、幸いにして幼いアクリルに醜い心を読み取られずに済んだ。
「まぁ、地上に残っている面々にも御土産が必要やろ? これやったら大喜び間違いなしやで」
「そっかー!」
と、無邪気な反応を返すアクリルだが、彼女は気付いていなかった。キラキラとした純粋な目で見据えられて、己の心の奥底にある欲望と板挟みになっているヤクトの葛藤を……。
☆
ヤクト達と別れた後、『薄明りの希望』の面々は来た道を戻りながら、道中で遭遇した魔獣を積極的に狩り続けていた。塵も積もれば何とやら、瞬く間に魔石の総数は中袋三つ分にまで上り、その上々な成果に誰もがホクホク顔を浮かべていた。
幸いにして第一階層を徘徊する魔獣の実力は高くなく、ゴールドクラスの実力を持つ彼等の敵ではなかった。また与えられたクエストも魔石の収集なので、ダンジョンの奥深くまで潜る必要が無かったことも幸いであった。
勿論、より高品質の魔石を求めるのであれば深くまで潜った方が良いだろう。しかし、以前述べたように膨大なトラップに多大な労力を割く割に、魔獣と遭遇する確率は少ない上に一個体が高い能力を秘めている。とてもじゃないが割に合わない。
なので、この第一階層を延々と巡回して魔石を搔き集めるという遣り方が、冒険者達の間では常識となっている。尤も、魔石を高く買い取るというエルドラの姿勢が無ければ、多少の危険は覚悟の上で地下に潜る人間も増えていただろうが。
「今回はまずまずでしたね」
「ああ、これだけでも相当な金になるね。今夜はパーッと行くかい?」
上機嫌なローズの言葉に皆のテンションが上がるも、それを抑えるように年長者のダカンが重々しい口調で呟いた。
「だが、これでも少ない方らしいぞ」
「ああ、人切り幽霊の仕業だろう?」スタークがうんざりした面持ちで言う。「アイツさえ居なくなれば、もっと数多くの魔石が手に入るかもしれないのによ」
「いや、その幽霊騒ぎが出る前からエルドラの魔石は年々減少傾向にあったそうだ」
「何だって?」
デナンは意外そうに目を瞬いた。他の面々もその情報は初耳だったらしく、軽く驚きを滲ませた眼でダカンを見遣った。
「この街で情報収集がてら小耳に挟んだんだが、どうやらダンジョン内における魔獣との遭遇率は減りつつあるみたいだ」
「どういう意味だ?」
「分からない」ダカンは首を横に振った。「だが、ダンジョンで魔獣が減るのは異常なことだ。もしかしたら―――」
「ちょっと待って」
と、先頭を進んでいたローズがダカンの台詞を遮ると同時に、片手を挙げて仲間に制止を呼び掛けた。それに対し仲間達は疑問の声を上げるでもなく、彼女と同様に警戒感を滲ませた眼差しを通路の先へと注いだ。
何故なら通路の先から異質に富んだ空気が流れて来ていたからだ。ダンジョンの中は基本的に気温や気候に左右されず、常に一定の温度を保つ特殊な仕組みとなっている。だが、その空気は背筋を粟立たせる嫌な冷気に満ちており、それが肌に触れた途端に誰もが緊張から来る冷や汗を流し出した。
カシャン…カシャン…と通路の向こうからゴーレムとは異なる、されども奇妙な足音が反響しながら迫る。やがて足音の主が姿を現して相対した途端、『薄明りの希望』の面々は戦慄という感覚に囚われて一瞬息を止めた。
古びてはいるが高級品質で出来た民族衣装を羽織る姿は高貴な貴族のようだが、その下から覗くは肉や臓器が削げ落ちたかのような真っ白い骸。そして右肺には長大なロングソードが刺さり、その切っ先に至っては背中を突き破って飛び出している。
その姿は紛れもなくゴーレムではなく――アンデッドだ。そして何度か唾を呑んで必死に喉を潤し、されどもデナンの口から出た台詞は緊張で乾き切ったような声音となっていた。
「
そのアンデッド――
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