第210話 懐かしの再会

 翌日、ダンブルの任務を請け負う事った私達は、件のダンジョンへと向かう事となった。朝早い時間帯にも拘らず既に通りには大勢の人間で埋め尽くされており、人々の活気溢れる声で満たされる様は正に砂漠の都と呼ぶに相応しい。

 だが、ダンブルからエルドラの内情を知らされた今だと、街の様相が昨日と違って見えてくる。重税が掛けられているからか何処となく露店を営む人々の顔には疲れが垣間見え、張り上げている声も何処か無理しているようにも見える。


「一旦裏を知っちゃうと、煌びやかな都って印象は無くなっちゃうわねぇ」

「当然だ。誰だって当初は上辺しか見ない。ましてや余所から来た者ならば猶更だ」

「だったら、街のへいわを取り戻さないとね!」


 と、やる気を出すアクリルだが、全員が全員ダンジョンへ乗り込む訳ではない。マリオンやイーサンを危険な目に遭わせる訳にはいかないし、彼等だけを地上に置き去りにするのも万が一の場合を考慮するとやはり危険だ。

 なので、私達はチームを二手に分けて、それぞれに対応する事にした。一つはマリオン達を始めとする非戦闘員の護衛組、そしてもう一つがダンジョンへの潜入組だ。前者は角麗とクロニカルドが、後者は私とアクリルとヤクトが請け負う事となった。


「むー、本当だったら私も一緒に行きたかったのにー」

「アンタも一応護衛される側でしょ。大人しゅうしといてぇな」


 ギリィとハンカチを噛み締めて悔しがるキューラをヤクトが呆れた面持ちで宥める。その遣り取りをアクリルやイーサンを除いた他の皆は苦笑いを浮かべて見守っていた。まぁ、一緒に来られても足手纏いになるだけですからね。

 そうして人込みを抜けると、ダンジョンの目印である石塔が築かれた広場へと足を踏み入れた。相変わらず大勢の人間が集まっているが、今回は其処に私達も加わるのだ。彼等の熱気に当てられた為か、高揚感と緊張感が無意識に私の中に芽生え出す。


「さてと、受付やらはダンブルさんが済ませてくれている筈やさかい、このまま足を運べばええだけやけども……」

「すごいひとー」

「流石はエルドラの稼ぎ所という訳だな」

「あの、すいません」


 恐縮し切ったような声に反応して振り返ると、そこには数人一組のハンターチームが私達を驚きに満ちた眼差しで見据えていた。マリオンやキューラは不思議そうに小首を傾げるが、彼等に見覚えがあった私達は驚きが感染したかのように目を見開いた。


「アンタ達は……!」

「ああ、やっぱりそうだ! また会えて嬉しいよ!」


 私達だと認識するや安堵の笑みを浮かべて歓迎してくれたのは、前回のダンジョンで危うく命を落とし掛けたところを救った『薄明りの希望(トワイライトホープ)』のリーダーであるデナンだった。



「へー、ではトウハイへ向かう途中なのですね」

「せや、最近は退屈な砂漠の旅路ばっかりやったからな。ここいらで腕を錆び付かせん為にもダンジョンに潜ろうかと思って」


 予期せぬ再会を果たした後、私達は『薄明りの希望(トワイライトホープ)』と談笑交じりに此処へやって来た目的を告げた。とは言え、トウハイへ向かう本当の理由、マリオン達の正体や、ダンジョンへ潜る真の目的などは内緒だが。


「前回は私だけが自己紹介しましたが、改めて自分の仲間(チーム)を紹介させてください。じゃあ、彼女から」

「え!?」


 唐突にリーダーから話を振られた魔法使いの女性は、目を丸くしてわたわたと慌てふためくが、直ぐにコホンと咳払いして冷静さを取り戻すと、魔法使いの尖がり帽子を取ってペコリと一礼した。


「は、初めまして! 魔法使いを担当するリリアンです! あの時は助けて下さって有難うございます! おかげでこうして無事に冒険者家業を続ける事が出来ています!」


 ボブカットされた桃色の髪が可愛らしく、また童顔と相俟って一層と幼い印象を覚える。だが、何時ぞかに聞いた話によれば『特大魔法』を操れる紛れもない熟練魔法使いの一人であり、その実力は折り紙付きらしい。


「じゃあ、次は僕ですかね」魔法使いの左隣にいた、無精髭を生やした弓使いの男が口を開く。「初めまして、僕の名前はスタークです。主に遊撃や後衛を担当しています。其方の美しい女性が人妻でなければ、今頃は口説いていましたよ」

「あらあら、口が御上手なのですね」


 スタークの台詞にマリオンは面白可笑しく笑う。だが、その遣り取りに聞き耳を立てていた私達の内心は、荒れ狂う氷海に揉まれるかのようにドキドキとヒヤヒヤが合わさった、非常に落ち着かないものとなっていた。

 何せ彼が口説いているのは一国の……それも故郷のお后様なのだ。此処がエルドラだからよかったものの、もしもラブロス王国でバレたら不敬罪だって適応されそうだ。いや、マリオンを始めとする王家はそこまでしないだろけど……寧ろ、優男の精神が色んな意味で崩壊しそう。


「じゃあ、今度はあたしだね」と、今度は褐色肌の女性が名乗りを上げる。「あたしはローズ。盗人(シーフ)さ」

「シーフ?」

「シーフというのは盗人という意味よ」小首を傾げるアクリルの耳元にキューラが口を寄せて小声で告げる。「泥棒って意味だけど、冒険者家業においては探索や斥候における役目を担う事からチームに欠かせない大事な存在よ」

「へー、凄いんだねー」

「……別にそれほどでもないさ」


 邪気の欠片も無い純粋なアクリルの尊敬の眼差しを受け、ローズは少し照れたようにプイッとそっぽを向いた。そんな彼女の照れ隠しにタンクを努めていた大男がフフッと愉快気に笑い、そして自己紹介のバトンを受け継いだ。


「じゃあ、最後は俺だな。俺の名はダカン。既に前のダンジョンでも見ていたかもしれないが、タンクを請け負っている。体力と防御力が取り柄だが、そちらの魔獣さんには負けそうだな。はっはっは」


 こうしてダカンの自己紹介が終わると、一周して会話の主導権はデナンへと戻っていった。


「……とまぁ、こんな感じのチームです。まだまだ未熟な部分も多いですけど、こう見えて黄金級(ゴールドクラス)のハンターチームなんですよ」

「へぇ、凄いやん。ところで……そのハンターチームが何で此処に居るんや?」

「ええ、実は――」


 デナンの話によれば以下の通りだ。先のダンジョン攻略をリタイアした後、彼等は一旦王都のハンターギルドへ帰還したそうだ。すると、そこでエルドラからの出張依頼を偶然発見し、待遇も良かったのでこれ幸いとその足でエルドラへと向かったとの事だ。


「既に自分達以外にも数多くの冒険者がダンジョンに潜っているみたいです。幸いにして階層自体は多くないのですが……」

「ですが?」

「一階ごとの広さが半端ないのです。それこそ先のダンジョン一階を凌駕するほどに。加えて、その階層も迷宮のような構造になっていまして」

「そりゃ厄介やな……」


 先のダンジョンでは私のソナーやマッピングのおかげで難無く抜けれたとは言え、それらが無ければ今頃は迷子になっていたに違いない。ましてやソレ以上の広さともなれば、攻略はおろか問題を解決するのも何時になるか分かったものではない。


「皆さんはこれからダンジョンに行かれるので?」

「ああ。と言っても、今日が初やさかい、まだまだ入るには時間が掛かりそうやけどな」

「なら、私達と一緒にダンジョンに潜りませんか? 既に予約を取っているので、直ぐに入れる筈ですよ」


 まさかの申し出にヤクトは「え?」と言葉を漏らし、しげしげとデナンを見据えた。だが、そんな不躾なヤクトの眼差しを気にも留めず、デナンはニコニコと好青年の笑みを浮かべながらある事を教えてくれた。


「このダンジョンには確かにルールがあります。その中の一つに順番を守るようにというものがあります。しかし、これには暗黙の了解とも言える抜け穴があるんです」

「抜け穴?」

「ええ、先取りというものです。例えば――」


 チラッと横に流したデナンの目線を追い掛ければ、そこには一組のハンターが居た。身に纏っている防具や武具など真新しい装備が多く、如何にもハンターとして輝かしい一歩を踏み出したばかりの新米という印象だ。

 そこへ屈強そうな男達で構成されたハンターチームが合流してきた。新米チームとは打って変わって使い込まれて手入れが施された装備の数々から、恐らくは熟練のハンターチームであることが窺える。

 双方は親し気に一言二言言葉を交えると、ダンジョンの方へと歩き出した。そしてダンジョンの手前に立っていた警備員から進入許可を貰い、塔の根元にある大口を開けたかのようなトンネルへと潜り込んでいく。


「今のを見ましたか? ああして熟練のハンターが若手のハンターに順番の先取りを依頼し、一緒にダンジョンへ入るのは合法なんです。無論、先取りしていたハンターに報酬を払うなり、技術を教えるなりギブアンドテイクは必要ですが」

「成る程、そういう事か……。せやけど、急にそんな申し出をされても俺っち達に払える銭なんてあんまり無いで?」

「いえいえ、必要ありませんよ。此方は命を救われた恩義がありますし、寧ろソレを返さないと、何時までももどかしい気持ちが残りますんで」

「そうか。ほな、御言葉に甘えようかいな」


 そう言ってヤクトが協力を仰ぐように手を差し出せば、デナンは喜んで彼の手を受け取って握手を交わした。こうして私達は薄明りの希望と共にダンジョンへ潜る事が決定したのであった。

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