第192話 逆襲

 ガーシェル達とガーゴイルの戦いが佳境に向かいつつあった頃、アクリルは手首に掛けられた手錠を外そうと試みていた。ガチャガチャと鎖と金属が擦れ合う音こそするものの、やはり鍵が無ければ外すのは難しそうだ。


「無駄な足掻きだ、やめておけ」


 その時、フッとアクリルの頭上に影が落ち、次いで冷淡な台詞が投げ掛けられた。それに気付いて見上げると、オルバが冷ややかな眼差しでアクリルを見下ろしていた。アクリルは憶するでもなく、ムッと表情を顰めると再び自分の手首に視線を落とした。


「貴様の仲間達はどちらにせよ死ぬ。この先で魔剣を守る魔獣に殺されるか、魔剣を手に入れて我々に殺されるかだ」


 その言葉を聞いた途端、アクリルは弾かれるように振り返った。オルバの表情には冷淡な嘲笑が浮かんでいた。五歳児の未熟な観察眼では全容を把握するのも難しいが、少なくとも彼の笑みが自分ではなくガーシェル達に向けられているものだと把握した。


「ガーシェルちゃん達は……負けないもん」

「勝ち負けの問題じゃない、状況の問題だ。魔剣を手に入れたとしても、恐らく連中は満身創痍。我々に襲われて勝てる見込みなどない」

「ガーシェルちゃんは頑張って魔剣を取ったんだよ! それで良いじゃん!!」

「生憎、魔剣を手に入れたから命を助けるとは一言も言っていない。安心しろ、コーネリアも奴等と一緒に殺してやる」

 

 アクリルの眼に怒りの炎が迸り、非難の声が喉に差し掛かろうとした時だった。最奥の扉が重厚感のある軋みを上げながら開き出し、其方へ振り返れば満身創痍ながらも充実した笑みを浮かべたヤクトが門から出て来た。


「ヤー兄……!」


 アクリルが真っ先に口を開いて彼等の思惑を告げようとしたが、傍に居たアサシンが彼女の口を猿轡で封じ込む方が早かった。


「うんんー!!」

「はーい、残念でしたー。大事な大事な大人同士の会話を邪魔したら駄目よー、お子様は大人しくしておかないとねー」


 アクリルを黙らせたアサシンは、ヒョイッと彼女を小脇に抱え上げた。その一部始終を見ていたヤクトが「姫さんに乱暴を働くなや」と文句を飛ばすが、オルバは薄ら笑いを浮かべながら彼の言い分をスルーして本題に入った。


「さて、こうやって戻って来たという事は……無事に剣は手に入れたのかな?」

「ああ、中に置いてあるで」

「中に?」その一言にオルバは気に食わないと言わんばかりに眉を傾げる。「おいおい、此方の命令は―――」

「アクエリアスを手に入れて持ってこい……やろ? せやけど、此方としても約束は果たしてもらわへんとな」


 約束という二文字を強調しつつ、ヤクトの視線は狂戦士に捕らえられたままのコーネリアに向けられた。そこで相手の言わんとしていることを把握したオルバは「成る程」と呟いて一拍の間を置いた。


「仮に聞くが、もしも此方が命令を強要したら?」

「そん時はアクエリアスを圧し折って只の残骸に変えるまでや」


 そう告げた瞬間、ヤクトの表情から薄ら笑いが消えた。対するオルバ達の間ではザワリと空気が騒然となり、次いで殺気が膨れ上がった。下手に動揺を長引かせない分、流石は裏社会で生きてきただけの事はある……そんな風にヤクトが内心で評価していると、オルバが口火を切った。


「本気か?」

「ああ、本気や。そもそもコーネリアは俺っち達に対する人質であって、アンタ等とは無関係なんやろ? これ以上、彼女を傷付ける必要も理由はあらへん筈や。それでも悪戯に彼女を害そうとするんやったら、此方も必要な手を打たせてもらうだけや」


 一見すると冷静な態度を維持しているように見えるが、淡々とした言葉の裏にはヤクトなりの激しい怒りが込められていた。オルバは暫しの沈黙を保った後、やがて決心したかのようにコクリと頷いた。


「良いだろう、その要求を呑んでやる。但し、彼女を開放する前に剣の実物を見させて貰おう。それから互いに……剣と人質を交換するとしよう」

「ああ、ええで。さっきも言った通り、この奥にある」


 オルバ達に向かって『付いて来い』と顎先でジェスチャーを送ると、ヤクトは門の方へ踵を返した。彼の後に従うかのようにオルバ達も門を潜り抜けると、程無くして寸動鍋のようなコロッセオに辿り着いた。


「すっげぇ……」

「一体何があったんだ……?」

「何だよ、こりゃ……」


 影絵のメンバーが周囲を見回しながら、思わずと言った体で胸中の言葉を漏らしてしまう。しかし、それも無理ない話だ。

 コロッセオの至る場所に砲弾でも受けたかのような大小様々なクレーターが出来上がっており、壁や地面には震災に遭ったかのような罅割れが走ってる。おまけに魔法の名残なのか辺り一面が水浸しになっており、進む度にバシャバシャと水を踏み付ける音が鳴り響く。

 コロッセオ内を埋め尽くす惨状は過激な戦いが繰り広げられた証でもあり、誰かがゴクリッと息を飲んだ。がしかし、直ぐに彼等の視線はコロッセオの中央にある一点に注がれた。無論、オルバもその一人だ。


「あれか……」


 煌びやかな装飾と最高品質の鋼で作られた宝剣……それこそがアクエリアスに違いないとオルバは踏んだ。そして一足先にコロッセオに踏み込んでいたヤクトが宝剣の一歩向こう側でクルリと振り返り、オルバ達と向き合った。


「さて、これがオタク等の目当ての物やけど……信じて貰えたかな?」

「どうやら魔剣アクエリアスを手に入れたのは事実らしいな。因みに聞いておくが、ソレには誰か触れたのか?」

「生憎、此方も戦いが終わったばかりでドタバタしとってな。まだ触れてへんのや。何なら、今からコレを引き抜いてそっちへ持って行っちゃろか?」


 そう言ってヤクトは宝剣に手を伸ばそうとしたが……柄まで残り数センチというところでオルバが制止を掛けた。


「いや、剣はそのままで構わない。今から狂戦士がコーネリアを連れて其方へ向かう。そして貴様達にコーネリアを託した後、ヤツが剣を回収していく。それからコロッセオの何処かに地上へ出る帰還用の魔法陣がある筈だが?」

「ああ、それやったらアッチにあるわ」


 と、ヤクトは親指をクイッと曲げ、肩越しに背後を指し示した。彼が指差す先を見遣れば、煌々と薄緑の光を放つ魔法陣が壁に刻み込まれていた。恐らくアレに触れれば地上へ帰還出来るのだろう。


「では、最初に私達がダンジョンから脱出させてもらう。それから君達が後に続いてもらう。それで宜しいかな?」

「………ああ、それで構わへん」


 話が纏まるとオルバは狂戦士に目線で合図を送った。リーダーの命を受けた狂戦士はコーネリアを肩に担ぎ上げ、ヤクト達の方へと歩み始めた。やがて宝剣を通り過ぎてヤクトの前に立つと、肩に担いでいたコーネリアを彼に手渡した。


「コーネリア! しっかりせい! クロニカルド、どうや!?」

「ふむ……診たところ精神魔法で意識を封じられている以外に目立った外傷は見当たらん。恐らく、これさえ解除してしまえば元の状態に戻るであろう」

「では、大丈夫なのですか?」


 意識が戻らずぐったりと項垂れたコーネリアを覗き込むように見守るヤクト達を他所に、狂戦士は役目を果たしたと言わんばかりにクルリと踵を返した。一歩、二歩、三歩……そして四歩目に差し掛かろうとした時だった。


「やれ」


 オルバが嘯くように囁いた。例え近くに居ても聞こえるかどうかという小さな囁き声であったが、狂戦士の耳にはしっかりと届いていたようだ。背負っていた大斧を流れるような動作で手に取ると、半円を描くかのように思い切り得物を振り抜こうとした。


「ぐっ!?」


 しかし、狂戦士がヤクト達の方へ振り向いた直後、其処彼処に出来上がっていた水溜まりが意思を持ったスライムのように彼の身体に絡み付いた。狂戦士は何度も肉体に活を入れて自由を取り戻そうとするも、まるで頑強な鎖で縛られたかのようにビクともしない。


「こ、これは……!?」

「おやおや、一体何をする気やったんかいなぁ?」


 台詞の中に愉悦を滲ませながら、狂戦士に背を向けていたヤクトがくるりと振り返る。まるでこうなる事を予期していたかのような底意地の悪い笑顔を浮かべており、それを狂戦士越しに見ていたオルバは苦虫を噛み潰した表情を作った。


「確かにコーネリアは返してもろうたけど、いきなり攻撃を仕掛けてくるっちゅーのは聞いてへんで? これは約束を破棄したって見做してもええんかな?」

「誤魔化すなよ」オルバが底冷えした声で言い放つ。「本当はこうなる事を察していたんだろ?」


 まるで試されるような物言いに対し、ヤクトは臆せず肯定した。


「まぁな。自分達が何者なのかを自己紹介した時点で薄々察しとったわ。この手の輩は他者を利用するだけして、用済みになったらあっさり処分するに違いあらへんってな」

「なら、正解だ」


 そう言ってオルバは隣に立つ魔導士に目線を寄越しながら頷いた。それに呼応して魔道士が杖先で石畳を叩けば、彼の足元にある影が爆発するかのような勢いで一気に拡大した。

 そしてポッカリと穴が開いたような暗闇の中から続々と人間が這い出てきた。最終的に百名近い人間が影の中から出現し、どれもこれも黒尽くめの暗殺者アサシンの出で立ちをしている。どうやらコレが影絵という裏部隊としての本当の姿らしい。


「奴等を皆殺しにしろ! それと足元の水溜まりに気を付けろ! あの海魔獣の魔法の恐れがある!」


 オルバが命令を下すとアサシンの群れが一斉に駆け出し、次いで彼本人や接近戦を得意とする者達が殺到してくる。一見すると我武者羅のようにも見えるが、ちゃんとオルバの忠告を守っているらしく誰一人として水溜まりを踏もうとしない。

 やがて標的との距離が数mを残すだけとなった頃、コロッセオの至る場所に出来上がっていた水溜まりが早送りした引潮のように動き始めた。そしてヤクト達の手前へと集結して水の垣根を作り上げると、次の瞬間には津波を彷彿とさせる勢いで影絵達へと押し寄せていく。


巨壁バベル!」


 盾使いタンクの一人が両方の拳をガツンッと殴り合わせて魔法を唱えると、コロッセオの空間を二等分に区切るかのようにバリアが張り巡らされた。

 巨壁バベルは広範囲に障壁を張り巡らす防御魔法の一つであり、その防御力は万を超す騎兵の突撃さえも容易く受け止めると言われる程の堅牢さを誇る。それ故に障壁越しに押し寄せる津波を眺めるアサシン達の表情には余裕が閃いていたが、その余裕も長くは続かなかった。


「うん? 何だ?」


 アサシンの一人が疑問の声を呟いた。傍に居た同僚は何を指した言葉なのか分からなかったが、程無くして彼の言わんとする事を理解した。轟々と押し寄せる津波が距離を縮めるにつれて徐々に姿を変え始め、やがてバリアを目前とした頃には大地を駆け抜ける無数の馬となっていた。


海馬シーホースだと!?」


 そう、それはコーネリアの相棒である超馬力ヘヴィボクサー号が生み出した水分身だった。てっきり足元に点在する水溜まりは貝獣ガーシェルの魔法かと思っていただけに、流石のオルバも思わず驚愕の声を上げてしまう。

 そして海馬の群れは巨壁に激突し、激しい衝突音がコロッセオに鳴り響いた。当初は海馬の突撃を耐えたかに思われたが、衝突音の名残が消えかかると障壁の表面に亀裂が走り始めた。

 最初はカップに罅が入ったかのような小さい亀裂だったが、みるみると両隣の亀裂と結び付いて割れ目が拡大していく。やがてダムが決壊するかのように障壁の崩壊と同時に、海馬の群れが影絵達を目指して雪崩れ込んでいった。


 巨壁の頑丈さに絶大な信頼を置き、高を括っていたアサシン達に成す術など無かった。



「おおー、上手くいったなぁ。やっぱり敵さん、アレをガーシェルの魔法やと勘違いしとったみたいやな」


 無数の馬に轢かれる哀れなアサシン達を眺めながら、ヤクトはケタケタと無邪気な笑いを溢した。しかし、今でこそ笑っていられるが、当初は果たしてシーホースが私達に協力してくれるかどうか懐疑的であった。

 何せ、シーホースは気難しい性格の持ち主である上に、従魔契約を交わしたコーネリア以外には心を開かないのだ。赤の他人である私達が真摯に協力を求めても、拒絶されるのがオチであろうと思われた。

 だが、そんな予想に反してシーホースは私達に協力してくれた。それは何故かと問われたら、やはりコーネリアが関わっているからであった。と言うのも、クロニカルド曰く――


『第五階層でシーホースが乱入したのは、主の危機に馳せ参じたものかと思われていた。だが、第五階層で出会ったコーネリアは偽物だった。恐らくシーホースの真の狙いは第六階層に連れて行かれた真の主の元へ向かう事だったと考えるのが妥当であろう。

 つまり、コーネリアが敵の手中に堕ちた事を知っていたのだ。そしてシーホースは警戒心こそ強いものの、主人と崇めた者に対しては忠義心に厚いと聞く。そんな主人を乏しめた連中にアレが心を許す筈がない。ヤツも敵対者への復讐を望んでいる筈だ』


―――とのことだ。

 そしてシェルターでの回復を終えた超馬力号に協力を仰げば、(シーホースの知能が極めて高かったことも幸いし)此方の言葉を理解してくれた上で作戦に便乗してくれた……という訳だ。

 流石にコーネリア程の信頼は得られなかったが、信用に足る相手であると認識してくれたのだろう。また主人と己を憚った影絵達に対する恨みや憤怒も働いた結果、超馬力号は獅子奮闘の働きを見せてくれた。それこそ彼一匹で全てを妥当しそうな勢いだ。


 しかし、向こうもシーホースの水分身による突撃だけで倒されるほど軟ではなかった。


「タンクは防壁を設けて戦線が押し込まれるのを食い止めろ! その隙にアサシン達は戦線から一時後退、魔法使いソーサラーに補助魔法と治癒魔法を施してもらえ! 従魔士テイマーとフレイムタイガーは前に出ろ! シーホースを焼き払え!」


 慌てふためく部下達を横目に、オルバは迫り来るシーホースの分身体を着実に切り捨てながら的確な指示を飛ばした。彼の堂々とした立ち振る舞いは部下達に安心感を齎したらしく、後少しで勝ろうとしていた混沌と恐怖が一転して収拾されてしまう。

 そしてオルバの言う通りにアサシン達は引き下がり、代わって従魔士とフレイムタイガーが前へと踏み出た。炎を纏ったかのような大虎が逞しい咆哮を上げると、それと同時に夥しい炎が吐き出された。

 地表を嘗め尽くすかのような業火はシーホースの群れを忽ちに蒸発せしめ、周囲一帯が濃霧のような水蒸気に覆われる。やがて本物のシーホースが濃霧から脱出するかのように飛び出すと、程無くしてフレイムタイガーを始め、治療を終えたアサシンや僧侶モンクが追撃してきた。


「さぁ、いよいよ来るでぇ……」


 ヤクトが表情に緊張を閃かした時、支えるように抱きかかえていたコーネリアの口から「うっ……」と声が漏れた。どうやらクロニカルドが掛けた解除魔法の効果が出始めたらしい。ヤクトがソッと目線を落としたのと同時に、固く閉ざされていたコーネリアの瞼が薄らと見開かれた。


「ここは……?」

「よぉ、御目覚めかいな?」


 ヤクトの呼び掛けにコーネリアはパチクリと数回瞬きをした。長い間、意識を封じられていたせいで頭が回っていないのだろうが、相手の顔を認識した途端に警戒した猫のような身のこなしで跳び起きた。


「や、ヤクトさん!? どうして此処に!? いや、そもそも此処は!?」

「此処はダンジョンの第六階層……もとい最下層や。で、今俺っち達はコーネリアを嵌めた連中と戦っている最中や」

「ダンジョンの最下層!? それに私を嵌めた……!?」


 コーネリアは片頭痛に苛まれるかのように頭を抑えながら過去の記憶を掘り起こした。程無くして二つのワードに関する全てを思い出したのか、混乱に満ちていた表情は徐々に理解へと昇華されていく。


「そうでしたわ……。第六階層へ向かう直前、第五階層で私は奴等に不意を突かれて……捕虜になったのですわ。せめてもの意地で超馬力ヘヴィボクサー号を逃がしましたが、そこで意識を奪われて……」


 と、そこでコーネリアが騒音の方へ目を向ければ、此方に向かって駆けてくる超馬力ヘヴィボクサー号の姿が視界に飛び込んだ。相棒の息災を目にして笑みを綻ばせたのも束の間、その背後から迫ってくる黒尽くめ集団を見付けて心臓が跳ね上がった。


「や、ヤクトさん―――!」


 コーネリアは元来の強気な性格を放り捨て、何処ぞかの正統派ヒロインよろしくヤクトの腕にしがみ付いた。が、ヤクト本人は彼女の動向に見向きもせず、迫ってくる敵軍に視線を縫い止めていた。そして敵との距離が10mを切った時、ヤクトは私に合図を出した。


「今や! ガーシェル!」

『はい! 反重力アンチグラビティ解除!!』


 私が魔法を解除すると、影絵達の頭上に濃密な闇が降って来た。アサシンを始めとする敵対者の殆どがソレに気付き、頭上を見上げた直後―――鼓膜が破れんばかりの轟音がコロッセオ内に充満した。


「な、何ですか!? これは!?」

「ああ、ありゃ第六階層を守っていたボスや」


 影絵達を襲ったのは、ダンジョンのラスボスことガーゴイルであった。今は魂が抜けた只の石像と化しているが、持ち前の堅牢さは微塵も損なわれていなかった。

 そして今の落下攻撃――と言うより落下罠?――によって半数以上の構成員が押し潰され、彼我の戦力差は一気に縮まった。と、事実だけを述べれば其処までなのだが、だからと言ってそれだけで全てを理解出来るかと言えば答えは否だ。特にコーネリアにとっては。


「そういう意味ではありませんわ!! 何で第六階層の主が空から降って来るのですか!? それにガーシェルに何か命じていましたわよね!? 一体どういう仕組みなのですか!?」


 ガックンガックンとヤクトを揺さ振りながら、鬼気迫る面立ちで問い詰めるコーネリア。最早、先程までのヒロインポジションみたいな可愛げのある面影も無い。そしてヤクトも彼女に揺さ振られながらも、先程のトラップのネタ晴らしを告げる。


「あー、いや。大した事はあらへんよ。ガーシェルの重力魔法『反重力アンチグラビティ』で風船のように天井まで浮かしてただけや。で、奴等が攻め寄って来たら、あとはタイミングを見計らってドンピシャリっちゅー訳や」

「じゅ、重力魔法ですって?」


 コーネリアはツイッと私の方へ眼差しをスライドさせた。(こんなヤツが……?)と言わんばかりの困惑がありありと表情に現れているが、一方で侮蔑の感情は込められていない。只々信じ難いという思いだけだ。


 まぁ、見た目は只の貝ですからね。そう思うのも無理ないですね。


「おい、何時まで喋っておるのだ」クロニカルドが二人の間に割って入る。「まだ全てを片付け終えた訳ではない。さっさと残りを殲滅するぞ」

「ああ、せやな。ガーシェル、コーネリアに武器を渡したってくれや」

『了解しました』


 ヤクトの命令を受けて私が貝殻の中から取り出したのは一本のレイピアだった。

 それは第三階層砂漠地帯にあったギールの集落で手に入れた武具の一つであり、彼女が愛用していた武器と比べると若干劣るかもしれない。それでもダンジョン攻略を本気で志していた者が使っていただけに、そんじょそこらの安物よりも遥かに高性能なのは言うまでもない。


「こ、これは?」

「話は後や。兎に角、今は俺っち達と一緒に戦ってくれへんか?」


 一足先に立ち上がったヤクトはコーネリアの方へ振り返ると、外套の下から手を差し伸ばした。本人は只単に協力を求めているだけに過ぎないだろうが、彼に対して恋慕を抱いているコーネリアからすれば白馬の王子様からの御誘いにも等しい。

 一瞬にして沸点に達したかのような赤い顔を恥ずかしげに俯かせながらも、コーネリアはヤクトの手をおずおずと取った。微かに震える手は緊張とも興奮とも取れるが、何はともあれ私達に協力してくれるようだ。


「ええ、良いですわ。私も奴等には借りがありますからね。此処で引いては私の家名に傷が付きますわ!」

「はは、コーネリアらしいわ」


 コーネリアの表情に何時もの強気な笑顔が浮かび上がり、それを見たヤクトは心強いと言わんばかりに口角を吊り上げた。

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