第193話 魔剣アクエリアス

(数としては此方が勝っているが……個々では連中の方が上か)


 辛うじてガーゴイルの落下に巻き込まれなかったオルバは、一旦後退して戦況の推移を遠巻きに見守っていた。この一撃によって半数近いアサシンを失い、また接近戦を得意とする僧侶モンクも上半身を潰されて即死した。

 後衛の壁が盾使いタンクだとしたら、前衛の壁は修行僧だ。前衛の守りが薄くなってしまったのは手痛いが、それでもオルバは問題無しという判断を脳裏で下した。


(奴等は是が非でも殺さなければならない。だが、今この瞬間に拘る必要は無い。それこそ別の機会……外へ出た後でも構わない。それに雇い主が実行している計画が成功していれば、奴等を抑え込むなど造作もない。となれば、当初の目的である魔剣と子供を優先すべきだな)


 そこでオルバは未だに石畳に突き刺さったままの宝剣をチラリと見遣り、次いで戦場を見渡すように改めて戦況を確認した。

 魔法剣士であるコーネリアが敵方に回ったのは厄介だが、それでも彼我の戦力差は依然として此方が優位だ。例えソレが上辺だけだとしても、足止めとして考えれば十分であった。

 また敵側の主力の一角を担う二匹の従魔に関しても、奇跡的にガーゴイルの下敷きを免れたフレイムタイガーが牽制してくれているおかげで問題は無さそうだ。とは言え、一対二という分の悪さは如何ともし難く、何れ倒されるのも時間の問題だろう。

 そんな風に戦況の一つ一つを紐解きながら整理した末、一つの結論に辿り着いたオルバは女アサシンの方へ振り返った。


「アーミラ、その子供を連れて一足先に脱出しろ。魔剣の回収は私がやる」

「分かったわー」


 彼女が頷いて了承するのを見届けると、そのまま後衛に残っている部下達を見遣る。


「他の者達は奴等の足止めを続行しろ。私が魔剣を回収した後、撤退戦に移行する」

「了解しました」


 その言葉を皮切りにオルバとアーミラが駆け出した。相手に捕捉されぬよう気配を絶ち、相手の視界に入らぬよう意識の裏を掻く。

 程無くして後衛達が前衛への援護を開始し、敵味方入り乱れる前線の混沌に拍車を掛けた。それを好機と見做したオルバは一気に魔剣へと近付く傍ら、ヤクト達の戦いを横目で盗み見た。

 獣人の女格闘家と本の形をした魔道士は各々の得意とする戦い方でアサシンを蹴散らしているが、ヤクトと呼ばれる青年だけは異なっていた。自主制作した銃火器を用いず、格闘家同様に徒手格闘で挑んでいたのだ。

 それも只の徒手格闘ではない。外套の下には無駄な要素を削ぎ落とし、機能美を追求したかのようなスタイリッシュな鎧が着込まれている。その前腕や膝下には魔法陣と思しき模様が刻まれており、拳や蹴りを繰り出す度に発光すると同時に風弾や火炎が繰り出される。


(魔法か? しかし、事前に得た情報によればヤツは魔法はおろか魔力を持たない筈では?)


 そんな疑問がオルバの脳裏を過ったが、直ぐにソレを頭の片隅に押し込んで今やるべき事を再認識した。そして魔剣まで残り僅かというところでアーミラが先頭に躍り出し、そのまま壁に描かれた魔法陣目掛けて一直線に駆け出した。


「しまった!」


 前線が苛烈さを増す最中、視野を広げたコーネリアが二人の動きに気付くも時既に遅し。オルバは魔剣を抜き取り、アクリルを抱えたアーミラは魔法陣にタッチしていた。恐らく二人の脳裏には勝利と言う二文字が共有されていたに違いない。

 だが、その二文字は直後に打ち砕かれた。オルバが魔剣を手に取った途端、それまで魂が抜け落ちていたかのように沈黙していたガーゴイルが再起動して彼を鷲掴みにしたのだ。


「何!?」


 てっきりガーゴイルはヤクト達の手によって倒されたものだとばかり思い込んでいただけに、この不意打ちは闇討ちを得意とする彼を以てしてでも防げなかった。しかし、困惑の声は彼だけでなく、アーミラの方からも上がった。


「な、何よこれー!?」


 それに反応して首だけを動かせば、アーミラが樹木のような蔦に雁字搦めにされていた。その傍には小脇に抱えていたアクリルが転がっており、恐らく蔦に捕らえられたのを機に手放してしまったのだと容易に想像出来た。


「こ、これは一体……どういうことだ!?」


 リーダーが捕まった事によって、生き残っていた影絵達の間に激しい動揺が駆け巡った。それは彼等の足と思考を止めるという致命的な隙を誘発させた。隙と言っても数秒にも満たない刹那だったが、相手側からすれば逆撃を齎すには十分な空白であった。



「ふぅ、終わったな」


 やれやれと口ずさみながらヤクトは汗を流した額を手の甲で拭い、達成感に満ちた笑みを浮かべた。それは角麗やクロニカルドも同じだが、唯一コーネリアだけは別であった。


「まさか……こうもあっさり勝ってしまうだなんて……」


 当初は勇猛果敢に目先の敵と戦っていたコーネリアだったが、いざ戦いが終わると圧勝という文句の付けようのない結末が待ち受けていた。これにはコーネリアも喜びを噛み締めるよりも先に驚きが上回ってしまうのであった。

 数で勝っていたアサシン達はクロニカルドの魔法で薙ぎ払われ、後方で支援していた魔法使いも角麗に懐に潜り込まれてしまい呆気なく倒されてしまった。その前に盾持ちが立ちはだかったのだが、此方はヤクトの新兵器――魔導外殻マジックアーマーなるパワードスーツ――によって手も足も出せずに倒された。


 これはアマゾネスの集落で発見した武具の設計図を基に、ヤクトが思い付く限りのアイディアを詰め込んで設計したものである。試作に関しては王都で知り合ったドワーフのガンキンに丸投げしていたが、ダンジョンに潜る直前で完成して手渡されていたのだ。

 しかし、厳密には彼やガンキンだけの力で作り上げた訳ではない。

 極力スリム化されているとは言え、魔導外殻も鎧の一種である事に変わりはない。にも拘らずスピーディーな機動性と高い運動性を確保しつつ、尚且つ拳や蹴りを繰り出すだけで魔法を撃ち出せるようになったのは、偏にクロニカルドが授けてくれた魔導技術による恩恵が大きい。

 また魔導外殻のパワーは存外凄まじく、普通にアーマーの魔力を発動させれば人体が耐えられないという根本的な欠点も有している。しかし、此方に関しては角麗から習った闘気制御による肉体強化によって欠点を克服している。

 ヤクトの頭脳、ガンキンの技術、クロニカルドの魔導、そして角麗の闘気。これらが合わさって漸く魔導外殻という机上の空論は実現という名の完成を迎え、日の目を見られたという訳なのだ。

 しかし、果たして完璧な兵装かと問われれば答えは否だ。この魔導外殻は背部の小型タンクに満載した魔石を原動力としているのだが、魔法を繰り出すだけでなく手足を動かすだけでも魔力を消費してしまうのだ。

 ヤクト曰く『最長でも三十分程度の稼働が限界であり、燃費の悪さを如何に克服するかが課題』との事であり、まだまだ実用性に関しては技術面での問題が山積していると言外に含ませていた。


 話は戻り、私達を阻んでいたフレイムタイガーも既に私の胃袋の中だ。一対二という不利な状況であるにも拘らず闘志を失わなかったのは称賛に値するが、如何せん分の悪さに至っては最後まで引っ繰り返せなかった。

 そのフレイムタイガーの頭脳役ブレーンを担っていた従魔士も、戦闘中に超馬力号の流れ弾水球を受けて命を落とした。逆に言えば頭脳役を失ったからこそ、フレイムタイガーとの戦いが長期化せずに済んだとも言える。

 

「アクリル殿! 大丈夫ですか!?」

「カク姉!」


 両腕を封じられながらも立ち上がったアクリルは、駆け寄って来た角麗の胸元に飛び込む。ぐすぐすと嗚咽を漏らすも、それは怖い思いをしたからではなく、私達が無事だったことに対する嬉し泣きに近かった。

 

「では、私の方も返させて貰いますよ」

「あーん、折角手に入れたのにー!」


 一方のコーネリアも気を取り直して捕縛された女アサシンに近寄るや、彼女の懐に躊躇なく手を突っ込んだ。そして乱暴に胸元をまさぐり、やがて一本の剣を鞘ごと抜き取った。

 それはコーネリアが使っていた愛刀であった。どうやら意識を奪われる前に、女アサシンに武器を奪われていたようだ。武器の奪還に成功して満足そうに微笑むコーネリアとは真逆に、女アサシンはガックリと樹木に縛られたまま首を項垂れた。


「さてと、形成逆転やな」


 ヤクトが余裕の笑みを閃かせながらオルバを見遣る。ガーゴイルの巨大な手に掴まれた優男は身を捩って脱出しようと試みるも、まるで万力に挟まれたかのように抜け出せなかった。


「一体どういう事だ!? 何故、ガーゴイルが動き出したのだ!?」

「そりゃ簡単や。アンタの握っている剣がガーゴイルを起動させる鍵みたいなもんやからや」

「何だと……? ならば、私が手にしたコレは魔剣アクエリアスではないのか!?」

「ああ、見目は派手やけど何の意味も無い只の剣やな。売ればそこそこの金にはなるやろうけど、何の効果も含まれてへん。要するに、このダンジョンにおいてガラクタに等しい存在や」


 ヤクトの言葉にオルバは衝撃を受け、次いで怒りと屈辱に塗れた赤を表情に漲らせた。しかし、そこには己を憚ったヤクト達に対する怒りは勿論のこと、相手の言い分を素直に聞き過ぎた己の迂闊さに対する怒りも含まれていた。


「では、本物のアクエリアスは何処にあるのだ……!?」

「生憎やけど、それを答えるつもりはあらへんよ。さっきも言ったように形成は逆転したんやしな」

「ヤクトの言う通りだ」クロニカルドが相槌を打つ。「では、アクリルの手錠を外す鍵を渡して貰おう。そうすれば命を助けてやっても良いぞ」


 万が一……もしくは今後を考えれば今の内に息の根を止めるべきなのだろうが、そんな事をしてしまえば影絵達と同じく人でなしの人間になってしまう。そういった考えが私達を押し止めさせた。

 それに態々彼等を殺さなくても、魔剣アクエリアスを手に入れた上にアクリルを奪還した時点で私達の目的と勝利は達成されたも同然だ。そして道理は此方側にある以上、無駄な流血は避けるに越した事はない。


 そういった事情を踏まえてのクロニカルドの発言であったが……オルバは首を縦には振らなかった。


「生憎だが断る。例え汚れ役だの日陰者だのと言われようが、私にも雇い主に対する義理立てというものがある。そして雇い主を害するのであれば、例え子供であろうと容赦はしない!」


 オルバがキッとアクリルを睨み付けるや、彼女の手首に嵌められた手錠が点滅し始めた。しかも、最初はゆっくりだったが時を追う毎に点滅の間隔は縮まってき、まるで時限爆弾のタイムリミットまで残り僅かだと告げているみたいだ。


「貴様!」


 クロニカルドが憤怒の眼差しを投げ付けるが、オルバは覚悟を決めた面持ちでソレを受け止めた。


「覚えておけ! 例え貴様等が此処から無事に脱出しても、権力者達に睨まれた以上……その先に未来は無いぞ!」


 そう捨て台詞を吐き出すとオルバはガリッと奥歯で何かを噛み締めた。それに気付いたヤクトとコーネリアが慌てて駆け寄るが……既に男は事切れていた。どうやら任務失敗に備えて、奥歯に毒物を詰め込んでいたようだ。

 しかし、オルバが死んだにも拘わらず手錠の点滅は止まらない。それどころか点滅の間隔は更に狭まるばかりであり、今や激しくビートを刻むかのようにコンマ単位で光を放っている。


「ど、どうしよう!?」


 アクリルはパニックに陥ったかのような泣き顔で手錠と仲間を交互に見遣った。無理もない、自分の手首を吹っ飛ばされるかもしれないという恐怖が刻一刻と迫っているのだから。

 そこへ角麗がアクリルの傍へ近寄り、力尽くで手錠を破壊しようと試みる。だが、手錠そのものが頑丈なのか、はたまた魔法で守られているのか、彼女の怪力を以てしてもビクともしなかった。


「クロニカルド殿! これを外せませんか!?」


 手錠と格闘した末にギブアップした角麗はクロニカルドに助け舟を求めるも、彼は手錠を暫し凝視すると……力無く首を横に振った。


「これは解呪の呪文を唱えなければ外せない仕組みになっている。恐らくアレが自ら命を絶ったのは、解呪を言わせまいとする為であろう」

「くそ!」


 ヤクトが悔し気に悪態を吐き捨て、場に沈黙が降り注いだ。

 状況は最悪だ。手錠は外せない、かと言って壊す事も出来やしない。唯一解除方法を知る人間も一足先に命を絶ってしまった。誰も彼もが手錠を外す方法を模索するも答えに辿り着けず、もどかしさにも似た焦燥感に身を焦がしていた。

 因みに治癒魔法は怪我こそ治せるが、流石に木っ端微塵に吹き飛んだ部位を再生するだけの力は無い。聖水はソレの上位互換に匹敵する治癒力と病魔を祓う効果があるが、やはり部位再生は不可能だ。

 このままアクリルの両手が吹き飛ぶのをむざむざ見守るしかない……と、今までの私ならばその時点で只々諦念を痛感するばかりであっただろう。しかし、今の私は違う。新たな力を手に入れた今の私ならば……!


『アクリルさん!』


 吹き出しを出さずに彼女に呼び掛ければ、アクリルは不安に押し潰されそうな面持ちのままパッと弾かれたように私の方を見遣る。他の皆も私とアクリルの間で遣り取りが交わされていると察したのか、条件反射のように此方へ振り返る。


『私に考えがあります! 腕を差し出して下さい!』

「え、えっと……こう?」


 半信半疑の面持ちを浮かべながらも、アクリルは私の言葉に従っておずおずと両腕を差し出した。


『私が良いと言うまで目を瞑ってて下さい!』

「だ、大丈夫なの?」

『はい、私を信じて下さい!』

「……分かった。アクリル、ガーシェルちゃんを信じる!」


 これまで培われてきた信頼関係に懸けるかのように、アクリルは不安をかなぐり捨ててギュッと両目を強く瞑った。それから私は周囲の皆さんに対し、泡の吹き出しで『離れて下さい』と告げた。

 ヤクト達は私が何をする気なのか察したかのような表情のまま、数歩後ろへ後退った。全員が距離を置いたのを見計らうと、私は貝殻の隙間から触腕を覗かせた。鎌首を擡げる蛇のように触腕を構え、全神経を腕先に集中させる。


 そして―――アクリルの手首に嵌められた手錠から臨界に達したかのような眩い光が溢れ出した瞬間、意を決したかのように触腕を振り抜いた。


アクエリアス慈愛の剣!』


 コロッセオの一角が閃光を意味する白に染め上げられ、次いでボンッという小規模な爆音が鳴り響く。光が掻き消されると、アクリルの両腕は木っ端微塵に吹き飛んでいた……のだが、失われた肘から先が緑色のオーラに包まれていた。

 オーラの中では粉々になった腕のパーツが揺蕩っており、やがて時の流れを逆転させたかのように再生し始めた。十秒足らずで両腕は傷一つない完璧な状態にまで修復され、同時に緑のオーラも最初から無かったかのようにスッと消え落ちた。


『もう良いですよ、アクリルさん』


 と、私が呼び掛けるとアクリルは恐る恐る目を開いた。そして自分の腕に異常が無いことを理解した途端、みるみると表情を綻ばせた。


「見て! 何ともないよー!」


 そう言ってアクリルが両腕を見せびらかすように突き出せば、全員の視線は幼子の真っ白い腕に釘付けられた。


「こりゃ凄いな……! アクエリアスの効果様様やな!」

「うむ、正に究極の癒しの剣だな。あのような傷さえも一瞬で完治してしまうとは」

「これだけの治癒力があるとは思いもしませんでした。これならば魔剣と呼ばれるのも頷けますね」


 和気藹々と誰もがアクリルの無事を喜ぶ中、その一部始終を見ていたコーネリアはポカンと呆けた表情を浮かべたまま感動の輪に入り損ねていた。程無くして彼女の沈黙に気付いたヤクトが肩越しに振り返った。


「どないしたんや、そんなボケーッとした顔をしおってからに? まさか意識を抑え込んでいた精神魔法の効果が抜け切っとらんかったんか?」

「違いますわ!!」正気を取り戻したコーネリアは慌てて表情筋に喝を入れた。「今、ヤクトさんはアクエリアスと仰っていましたが、まさかあの魔剣アクエリアスの事なのですか!? そもそも何で従魔がソレを扱っているのですか!?」


 そこで漸く彼女の言わんとしている事に気付き、ヤクトは成る程と――何処か意地悪そうにも見える――したり顔を浮かべた。


「せやな、折角やからコーネリアには教えておこうか。魔剣アクエリアスは魔力を宿した剣やあらへん。魔法で生み出された実体のない剣なんや。そしてガーシェルが扱っているのは、コイツが剣の持ち主として認められたからや」

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