第164話 選抜試験①

 怒涛且つ濃厚な一日を終えてから一週間が経過した頃、私達は再び王城の敷地に足を踏み入れていた。前回は最初から最後まで気軽と言うか淡々とした雰囲気のままで終わったが、今回に関して言えば空気が違っていた。

 当然だ、今回は選抜試験―――即ちダンジョンに潜る人間を決めるという重要な名目があるのだ。それは自分達の力量を世に示す絶好の機会であり、今後のハンター人生を左右すると言っても過言ではない。

 そして誰もが数少ない切符を手に入れるべく闘志と決意を迸らせ、穏やかな雰囲気が似合う王城の敷地も、この時ばかりは戦場さながらのピリピリとした空気を張り詰めさせていた。尤も、それは私達も同じなのだが。


「ほー、これまた一杯やな」

「うん、ドキドキするねー」


 ヤクトは好戦的な笑みを浮かべる一方で、アクリルは生まれて初めての体験という事もあってか幼子には似合わぬ緊張を表情一杯に張り付けていた。テラリアでの従魔試験の時も中々に物々しい空気が渦巻いていたが、今の私達を埋め尽くす圧力プレッシャーとは比べ物にならない。


「しかし、心成しかハンターの数が以前と比べて減っておらんか?」

「そうやろうか?」

「いえ、確かに以前の長蛇の列に比べると若干ですが減っていますね」


 私達も正確に数を見極めた訳ではないが、それでも確かに何となく少なくなったような気がする。そしてクロニカルドが端を発した疑問は、意外なことに私達以外の第三者の口から告げられた。


「ああ、そりゃ冷やかしや不法にクエストに参加しようとしたバカが居たからだよ」

「あっ! あんたは……フドウさん!?」


 背後からやって来た台詞に反応して振り返れば、そこにはテラリアで私達を助けてくれた三獣士の面々が立っていた。

 ヤクトの言葉に反応してか、それとも既に勘付いていたのか、周囲のハンター達も三獣士へ敬意と畏怖を込めた眼差しを注いでいる。しかし、フドウを始めとする三人及び彼等の従魔達は周囲の視線に臆する事なく、私達の方へと歩み寄って来た。


「よう、久し振りだな。まさか、こんな場所で再会するとは思わなかったぜ」

「それはこっちの台詞ですよ」


 流石のヤクトも憧れであり大物である三獣士の前になると、彼の象徴とも言うべき関西弁は鳴りを潜めてしまうみたいだ。しかし、当初の緊張でガチガチになっていた頃に比べればスムーズに会話を交わせるようになっており、単なるミーハーから卒業出来たという点では十分に成長していると言えよう。


「ヤクト殿、此方の方々は何方ですか?」

「ああ、カクレイは初めて会うんかいな? 紹介するわ。此方の三人は三獣士言うて、指折りの実力者で構成されたハンターチームや」

「何と! そうとは知らずに失礼を――!」

「あはは、気にしなくてもいいよ。アタイはアマンダ。見ての通り、アマゾネス族の一人さ。そうそう、この前ウチの故郷を救ってくれたみたいだね。改めて礼を言わせてもらうよ」


 突然の感謝と懐かしい話題を唐突に振られ、ヤクトの目が皿のように丸くなる。


「え? どうしてそれを……?」

「アンタ達が村を救った後、若いアマゾネスの何人かが武者修行目的で村外へ飛び出してね。その一人と偶然仕事の途中で出会って、故郷で起こった一大事を耳にしたのさ。その時に貝の魔獣と幼女の特徴を聞いてピンと来たんだけど―――」


 そこでヤクトと向き合っていたアマンダの目線が、私の方へスライドしていく。その表情は驚き3割と興味深さ7割という割合で構成されており、何を考えているのか大体見当が付く。


「ちょっと見ない間に、かなり姿が変わっちゃったねぇ。一体何があったのさ?」

「まぁ、色々としか言い様がありません……。しかし、其方の従魔も結構姿が変わりましたね」


 ヤクトが指摘した通り、フドウとアマンダの従魔も進化したのか前回と比べて容姿が大幅に変わっている。アマンダのライガーは双頭のオルトロスに酷似したケラヴロスとなり、フドウのコンゴウは腕が六つに増えてアシュラコンゴーレムとなっていた。アラジンのキースだけは相変わらずだ。


「くっ、俺だけだ……。俺の従魔だけ進化せず、皆の足を引っ張ってしまった……!」

「おいコラァ! それだとオレが役立たずだって遠回しに言っているようなもんじゃネェカ!!」


 そして相変わらずネガティブなアラジンは一人で憂鬱なオーラを背負い込んだままいじけてしまい、相棒の従魔キールに怒られるという奇妙な遣り取りを披露してくれた。

 というか、本当に彼等を見ていると従魔契約って何だっけ思っちゃうよなぁ。でも、何だか可哀想なので一応慰めておこう。触腕を伸ばしてアラジンの頭を撫で撫でと。


「俺は……俺は貝にも劣る駄目な男だ!!」


 逆効果でござった。解せぬ。


「おねーちゃん達もココに来たってことは、試験に参加するのー?」

「まぁ、広義という意味を用いれば参加するって事で合っているだろうね」

「こうぎ?」


 アクリルだけでなくヤクトや角麗も訝しげな表情で不可解だと訴えるも、広義の意味についてアマンダは詳細を教える気は無いらしく、パッと踵を返してしまう。


「じゃ、また後で会いましょ。選抜試験を通過する事を祈っているよ」


 ヒラヒラと手を振りながらアマンダは立ち去り、それを追うように残りの二人も彼女の後ろを追従する。立ち去る後ろ姿は颯爽としているが、それを見送ったヤクトの方は台風の通過を見届けたかのような安堵感に満ち溢れていた。何だかんだと言って、やはり緊張していたみたいだ。


「あー、ビックリした。こんな場所に三人が居るとは思わなんだわ」

「しかし、少し気掛かりだな。今の言い方だと、選抜試験に参加するのが目的ではなさそうにも聞こえるが……」

「まぁ、かと言って悪巧みするような人やあらへ――」


「見付けましたわよ、ヤクトさん!」


 その時、ヤクトの言葉を遮って一人の女性が私達の輪に割り込んできた。

 まるで快傑ゾロをそっくりそのまま女体化したかのような身形をしているが、マスクを外しているせいで美しくもキツい顔立ちが露わとなっており、万人を救う義賊と言うよりもプライドの高い女傑という印象が強い。ましてや明らかな不機嫌顔と相俟って、余計に刺々しさが強調されている。

 しかし、名前を呼ばれたヤクトは女性の顔を見るや驚くでもなく、「おお」と何処か嬉しそうな反応を見せた。まるで懐かしい人間と予期せぬ再会を果たしたかのような、そんな穏やかさすら垣間見える。


「何や、コーネリアやあらへんか。そっちも選抜試験に―――」

「“何や”じゃありませんわ! 何 や じ ゃ!!」


 しかし、気さくなヤクトとは対照的にコーネリアは怒り心頭といった体で、文字通り相手に掴み掛かった。私達の間に不可視の緊張が蜘蛛の巣のように張り巡らされるが、ヤクトは「大丈夫だ」と横目で訴え、今にも飛び出しそうだった此方の気勢を制した。


 そして視線をコーネリアの方へ戻し、何時もの何気ない調子で語り掛けた。


「まぁまぁ、落ち着けや。一体何をそんなにカリカリしてるねん?」

「カリカリするのも当然ですわ! 貴方、今まで何をしていたのですか!? パーティを放っておいて!!」

「「「パーティ?」」」


 パーティと言うと、アレですよね? 宴の方ではなく仲間という意味ですよね? という事は、コーネリアとヤクトは仲間だったのか? でも、今のヤクトは私達の仲間で―――あれ?


「ヤクト殿、一体どういう事ですか?」

「まさか、此方の仲間を一方的に見捨てて己達と組んだのか? 或いは王都にパーティが居る事を内密にし、二股を掛けるようにパーティを二組作っていたのか?」

「そんな訳あるかぁ!」


 仲間内に疑惑の芽が萌えたのを見て取ったヤクトは、素っ頓狂な声を上げて否定した。どうやらコーネリアの発言は私達だけでなく、ヤクトにとっても理解の範疇を逸脱したものだったらしい。そしてヤクトは若干の苛立ちが混ざった訝しい表情で、自分の胸倉を掴む彼女を見詰め返した。


「一体どういう訳やねん? パーティって? 何時から俺っちがパーティを組んでいたんや?」

「とぼけるんじゃありません!! 王都で仕事をした時に、何度も私と組んだではありませんか!」

「はぁ!? いやいやいや! そりゃ偶々仕事が一緒になったり相性の良し悪しで組んだのは事実やけど、パーティとして組んだつもりは一度もあらへんで!? それに初めて組んだ時に言うたやん! 手は組むけどチームは組まへんって!」

「………聞き覚えはありませんわ」

「嘘付け!」


 ヤクトの指摘に対し、明後日の方角に顔を向けた上に目をも泳がせるコーネリア。こりゃクロですね。しかし、だとしたら何故に絡んでくるのだろうか? そんな事を考えていると、コーネリアは胸倉を掴んでいた手をパッと放し、ヤクトを開放した。


「では、百歩譲って貴方の意見が正しいとしましょう。その上で言わせて頂きます」

「いや、百歩も何も事実やからな?」


 そんなヤクトの突っ込みをスルーし、コーネリアは気の強そうな眼差しで彼を見据えたまま一呼吸置いた。


「ヤクトさん、私の仲間パーティに入りなさい」

「お断りします」

「………」

「………」

「少しは迷う素振りを見せたらどうなのですか!!?」

「喧しい! こっちにはこっちの事情があるんや!」


 当たって砕けろとはよく言うが、こうも見事な玉砕を経験するとはコーネリアも思っていなかったようだ。ましてや彼女の口調に絶大な自信が満ち溢れていただけあって、ヤクトから『NO』を突き返された時には哀れなまでの無残さが際立っていた。

 コーネリアは顔から火を――憤怒によるものなのか、羞恥心によるものなのかは不明――噴き出し、その火をヤクトに擦り付けんと言わんばかりに再度掴み掛かる。にも拘らずヤクトが無抵抗なのは、一応相手が女性だからという理由で気遣っているからだろう。

 だが、流石に両肩を掴まれて何度も揺さぶられては色々な意味で耐え切れない。とうとう我慢の限界に達したヤクトは両腕を乱雑に振り上げ、コーネリアの束縛を払い除けた。


「だぁ! 鬱陶しい! そもそも何で俺っちに此処まで拘るんや!?」

「そ、それは……!」


 急に言葉に詰まらせ、何処か気まずそうに視線を右往左往させるコーネリア。それまで表情に浮かべていた気強さは一瞬にして鳴りを潜め、代わってしおらしい乙女のように狼狽え出した。この反応はもしや……――?


「ハンターの皆さんは集まって下さい! これより選抜試験を開催します!!」


 と、そこで選抜試験の運営を担う係員の一人が大声を張り上げ、ハンター達に集合を呼び掛けた。それを耳にしたハンター達がぞろぞろと声の方へ導かれるように歩き出したのを機に、コーネリアはサッと身を翻した。


「と、兎に角! 私は諦めませんわよ! 良いですね!?」


 私達に背を向けたまま捨て台詞を告げると、彼女はハンター達の人込みに素早く紛れ込み、あっという間に姿を消してしまった。

 その場に取り残されたヤクトが「何やったんや?」と首を傾げていると、ニヤニヤとした笑みを張り付けたクロニカルドが彼の肩をポンッと叩いた。


「やれやれ、貴様も隅に置けん男だな? んん?」

「はぁ? 一体何やねんな、急に?」


 どうやらヤクトはコーネリアの乙女心を理解していないらしく、クロニカルドの言葉の裏に隠された意味を計りあぐねているみたいだ。そして角麗も会話に加わったが、此方はヤクトを囃し立てるでもなく、純粋に行動を促すものであった。


「取り合えず、そろそろ私達も移動しましょう。話の続きは途中にでも……」

「ああ、せやな」


 ゆっくりと流動するハンター達に交じり、私達も係員の声のする方へと歩き出す。

 その最中、角麗はヤクトにコーネリアに関して幾つか尋ねた。彼女が何者なのか、そしてヤクトとの関係等、聞いて差し障りのない範疇でだ。それに対しヤクトは気に障った素振りを見せないどころか、私達の疑念を払拭するかのように彼是と教えてくれた。


「アイツの名前はコーネリア・フォン・リッテンバード。貴族でありながらハンターをしている…………とんでもないジャジャ馬娘やな」


 彼女の性格や中身をオブラートに包み込もうという努力を試みたようだが、少しばかり言葉を詰まらせた末、結局良い言葉が見当たらずヤクトは素直にソレを吐き出した。しかし、それを聞いていたクロニカルドが反応したのは相手の性格ではなく、その前の部分だった。


「貴族でありハンターだと? まさかオービルみたいな問題児ではあるまいな?」

「いいや、寧ろ真逆や。あいつは魔法と剣の腕に秀でた魔法剣士であり、金級ゴールドクラスになれるだけの実力持ちや。コーネリアと何度か組んだ事のある俺っちが言うんやから間違いあらへん」

「ヤクト殿が手放しで、それほどにまで称賛されるとは……。しかし、貴族でありながら何故ハンターという危険な道を選んだのでしょうか?」

「……ここだけの話やけど――」ヤクトは気まずげな表情を浮かべ、声をワントーン潜める。「――コーネリアの実家は嘗て貴族社会の中でもトップに近い地位と名声を持っていたんや。せやけど、貴族間の派閥争いに敗北したのが原因で没落してしもうたんや」

「成る程。つまりハンターとして実績を上げているのは、最終的に没落した家を再興する為の下準備……という訳だな」

「そういうこっちゃ。しかし、何で俺っちに構うんかが分からへん。魔力なんて使えへんし、一時的にクエストで手を組んだのは確かやけど……そこまで馬が合っていたかと問われれば微妙やしなぁ」


 うーんと唸りながら首を傾げるヤクトを見て、クロニカルドは先程と同じニヤけた笑みを閃かせ、角麗は呆れに近い苦笑を溢しながらも敢えて言及しなかった。どうやら二人共、何だかんだで彼等の遣り取りを面白がっているみたいだ。

 それから暫く流れに乗って進んでいくと、前回はテントが建てられていた場所にドーム状に盛り上がった巨大な土塊が出来上がっていた。その中央には半円の入り口が設けられている事から、恐らく選抜試験は土塊で出来たドームの中で行うのだろう。


「皆さん、静粛に!」


 ドームの前に立つ運営側の人間が鶴の一声を張り上げた途端、辺りを埋め尽くしていた騒めきが一瞬にして鎮静した。その様子に男性は満足そうに頷き、しかし一片の気の緩みも無い緩面持ちのまま改めて言葉を綴った。


「これより選抜試験を開催する。このドームの中には空間魔法で作られた仮想ダンジョンが設けられており、これは北方ダンジョンから生きて戻ったハンター達の証言を基に、現時点で踏破が確認されている一階層を再現したものである。これをクリアし、尚且つ優秀な成績を収めた上位100チームにクエスト参加の権限を与える!」


 その宣言に周囲の空気が一層と引き締まり、チラリと左右のハンター達の顔を盗み見れば野心と熱意が鬩ぎ合っているのが窺えた。此処に集まっているチームの数が大凡で500以上と考えれば、残るのは約五分の一という訳か。中々に熾烈な競争になりそうだ。

 それから程無くして運営側の挨拶を兼ねた開催宣言が終わり、列を成したハンター達は続々とドームに入っていく。

 ドームに入る順番だが、混乱を回避する為に先着順――試験会場に足を踏み入れた者達から――となっている。因みに私達は会場へ立ち入るのが遅れた為、ドームに入れるのもかなり後だ。尤も、これは主にヤクトが使用する武器の受け取りで時間を食ったせいなのだが。

 長蛇の列は渋滞のように遅々として、されども確実に前へと進んでいく。それと入れ代わりで何十・何百というハンター達が私の横を通り過ぎていくが、先程まで漲らせていた覇気は完全に萎れていた。その様子を察するに、良い成績を残せなかったみたいだ。


「どうやら予想以上に難しいみたいやな、この選抜試験」

「当たり前だ。王家の威信も関わっている上に、現時点で未だ踏破は成されておらんのだ。簡単で済むのならば、とうの昔に攻略されておるだろう?」

「まっ、そりゃそうやわな」

「次のチーム! 前へ!!」


 そんな軽口を叩き合っている間にも列は順調に進み、いよいよ私達の番に差し掛かると、入り口付近で待機していた魔道士が私達の傍へ近寄ってきた。そして私達に向けて掲げた掌に魔法陣を張り付け、そこから霧状の淡い緑色の粒子を吹き掛けた。


「これは?」


 ヤクトが問い掛ければ、魔道士の一人が不安を和らげるような笑みを浮かべながら丁寧に答えてくれた。


「これは実戦形式のテストを想定して生み出された特殊な魔法です。散布した霧状の魔法がダメージを吸収してくれるので、間違っても死亡する恐れはありません。

 また受けたダメージの大小によって霧の色が変化します。無色は無傷、緑は軽傷、黄色は中傷、そして赤が重傷です。また重傷を超すと強制的にドーム内からドーム外へと転移されますので、その点を注意してください。因みに回復魔法を使えば、霧は元の無色に戻ります」


 成る程、要するに一種の安全策という訳ですね。その説明を受けたヤクト達は改めて体を捻ったり自身の肉体を見下ろしたりし、問題が無いかを確認する。そしてソレが終わるとドームの方へ振り向いた。


「おっしゃ、行こうか!」


 ヤクトの掛け声に全員が頷きで返し、私達は暗がりを潜り抜けてドームの中へと踏み込んでいった。

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