第165話 選抜試験②

 私達がドームに足を踏み入れた直後、背後に広がっていた入り口がシャッターを切るように閉ざされた。一瞬だけ暗闇に置き去りにされるという恐怖を思い出し掛けるも、直ぐに何処からともなく光の粒子が吹き出し、ドーム内に満ちた暗闇のキャンパスに鮮明な風景を描いていく。

 数秒後、完成した風景は天井・床・壁と四方全体が石畳に覆われた、古代遺跡のような通路だった。嘗て地下ダンジョンに入り込んだ時の通路に似ているが、此方は高さと横幅が倍増している。


「成る程、此処がダンジョンの第三層って訳かいな」

「あくまでも情報を搔き集めて再現したダンジョンだがな。しかし、何となくだが魔法の気配も感じる」

「魔獣ではなく……ですか?」


 魔物ならば魔力と共に生物としての気配も一緒に感じるが、クロニカルドの言う通りダンジョンの先からヒシヒシと感じるのは魔力のみだ。即ち、魔力によって生み出された魔法がダンジョン中に仕掛けられているという証だ。


「恐らくトラップ魔法の類だろう。ダンジョンではよくある話だ」そう予測を立ててから、クロニカルドは私の方へ振り向いた。「ガーシェル。貴様のスキルでダンジョン内のマップを作成しろ」

『空間魔法で作られた偽ダンジョンですけど、マップ作成は可能なのですか?』

「恐らく大丈夫だろう。このダンジョンは空間魔法で作られた偽物だが、質感や構造も限りなく現実リアルに近付けてあると見える。となれば、マップ作成も上手くいく筈だ」

『分かりました、マップを作成します』


 貝針を地面に突き立て、マッピングのスキルを発動させる。潜水艦のようなピンガー音が貝針から放たれ、私を中心に音の波紋が周囲に広がっていく。それに伴い脳内に精密な地図が描かれ、数秒足らずでマッピングが完了する。

 このスキルを覚えてから格段とレベルが向上したおかげか、今や私が(脳内で)描く地図は真上から見下ろす二次元式でなく、様々な角度から見通せる三次元式となっている。しかも、罠や何かしらの反応があれば、地図上に点滅して教えてくれるという親切設計だ。


『マッピング完了しました。確かに罠と思しき反応がありますね』

「分かるんか、そんな事まで?」と、ヤクトが意外そうな表情で聞き返す。

『はい。只、どんな罠なのかまでは判別出来ませんが……』

「いや、何処に何かあるかまで分かれば十分だ。それに注意して進めば、最低限の労力で最短で試験をクリア出来るやもしれん」

「ガーシェルちゃん、すごーい!」


 クロニカルドの高評価を聞いた途端、私の貝殻に座っているアクリルがパチパチと手を叩いて自分の事のように喜びを露わにする。少し恥ずかしい気もしないでもないが、誰かに頼られるのは悪くはない。


「ほな、ボチボチいこうか。出来れば最短でのクリアを目指そうやないか」



罠封じトラップロック!」


 クロニカルドが掲げた掌から放たれた蒼白い魔法陣が壁や床の一部に貼り付いた途端、魔法陣は蒼から赤へ、そして最終的に緑へと変色していく。それを見届けるとクロニカルドは私達の方へ振り返って頷いた。


「進んでも良いぞ。この一帯に仕掛けられた罠魔法は全て無効化した」


 安全の御墨付を貰った私達は、再びダンジョンの通路を進み出した。現在、私達の前に立ちはだかっているのは主に罠が8割、魔獣(本物ではなく幻影魔法で生み出された偽物)が2割と言ったところだ。

 魔獣に関しては未だ問題らしい問題も起こっていないが、問題なのは罠の方だ。仕掛けられている数が多いのは勿論のこと、一つ一つの罠が心理の裏を掻くような厭らしい配置で仕掛けられている。もしも罠を看破する能力持ちが居なければ、あっという間に仕掛けられた罠で袋叩きにされて全滅してしまうだろう。

 因みに私達の場合は以下の通りだ。最初に私がマッピングで作成した地図で罠の大まかな位置を伝え、次にヤクトが魔力を感知する魔道具ゴーグルで罠の居所を探る。そして最後にクロニカルドが魔法でトラップ魔法を封じ込める。

 この流れ作業によって罠の尽くを完封することに成功し、現時点で目立った被害は被っていない。今のところはだが。


「しっかし、仕掛けられた罠を一つずつ虱潰すっちゅーんは中々に面倒やな。いっそのこと、ガーシェルの中に引き籠って強行突破した方が早いんとちゃうか?」

「バカを言え。もしもガーシェルさえをも容易に飲み込む落とし穴が仕掛けられていたら一巻の終わりだぞ?」

「あー、確かに……」

「今の所は完封しているので、どんな罠が仕掛けられているかは不明ですが、その可能性も捨て切れませんね。ですが、例え歩みが遅くとも損害を受けずに済むのならば越した事はありません」

「じゃ、この調子で進むとしようか――っと、早速御出ましかいな」


 気を取り直して進もうとした矢先、ズンズンッと岩畳を盛大に踏み鳴らす音が前方からやって来た。それに反応して私達が身構えると、程無くして現れたのは通路の道幅を埋め尽くす程に巨大な――樽のようにでっぷりとした腹回り、背丈に至っては4mを裕に超す――三匹のオーガだった。

 内二匹は汚い緑色の肌をした通常種だが、もう一匹は赤色の肌をした亜種だ。持っている武器も通常種が手にしている単純な棍棒――持ち手の部分だけを粗雑に削った丸太――と異なり、こちらはソレに鉄杭を打ち込んだスパイク状となっている。


「ふむ、通常種オーガが二匹に亜種レッドオーガが一匹か。己の魔法でやれば纏めて潰せるが……今後何があるか分からんと考えると、余り魔力を消耗すべきではないだろうな」

「では、私が行きます。ヤクト殿、援護をお願い出来ますか?」

「任せとき」


 角麗が一歩前へ踏み出し、腰を深く落として攻撃の構えを取る。その両足にはガンキンが提供してくれた『天脚ペガサスブーツ』が、そして両腕には『百虎びゃっこ』が装着されている。


「行くで、カクレイ!」

「何時でもどうぞ!」


 彼女からの返答と同時にヤクトは手にしたグレネードランチャーの銃爪を引き、右手に立つ通常種のオーガ目掛けて撃ち放った。此方の挙動に気付いていたオーガは、棍棒を横に掲げてグレネードを受け止める。

 爆発と共に生じた黒煙が自然と落ち着くのを待たずして、オーガは手にした棍棒を振り回した。棍棒が唸りを立てて大気を薙ぎ払い、眼前を埋め尽くしていた煙幕は難無く蹴散らされる。

 だが、その時既に角麗はオーガの足元に飛び込んでいた。オーガが相手の姿に気付いて下を向いた瞬間、ドンッと凄まじい轟音と共に大地を踏み締めた角麗は限りなく垂直に近い飛び蹴りを放った。

 弾丸の如き勢いで繰り出された鋭い脚撃は、オーガの頭部を風船のように吹き飛ばした。しかし、幻影魔法で作られたせいかグロテスクな血肉は飛び散らず、まるでホログラムのように頭部を失ったオーガの姿が掻き消された。

 角麗の攻撃はそれだけに留まらず、オーガの頭を吹き飛ばした後も飛躍を続け、その半ばで一回転して天井への着地を決める。そこから勢いを付けて急降下し、レッドオーガに対し強襲を仕掛けた。

 強襲に気付いたレッドオーガは回避行動を取らず――巨体故の速度の低さから回避を捨てたのか、それとも只単に考え無しの脳筋だったのか――、テニスのスマッシュを打つように角麗目掛けてスパイクの付いた棍棒を振り下ろした。

 標的としてレッドオーガに捕捉された角麗は、そのまま成す術もなく棍棒の餌食となる(あくまでも試験なので死にはしないが、代わりにダンジョン内から強制退場させられる)かに思われた。が、彼女は焦りを滲ませるどころか向上心旺盛な強気の笑みを溢し、小脇に畳み込んだ拳を思い切って振り抜いた。

 刹那、レッドオーガの棍棒と角麗の拳が激突し、通路中に甲高い衝突音が響き渡る。次いで落雷を受けて真っ二つに裂ける大木を連想とさせる破砕音が鳴り響き、レッドオーガが手にしていた棍棒が木っ端微塵に粉砕された。

 角麗は無数の木片と複数の鉄杭が舞い上がるシャワーを突き破り、レッドオーガの額に闘気の刃を生やした左手の手刀を叩き込んだ。この一撃が致命傷となりレッドオーガの姿が四散し、最後のオーガも私達が放った魔法と銃弾の雨に晒されて消滅した。

 そして戦いが終わると角麗は何事も無かったかのような軽い足取りで私達の下へと合流した。


「お疲れさまでした」

「ご苦労さん。で、どうや? 新しい装備品の性能の程は?」

「良いですね。百虎の威力もそうですが、天脚も悪くありません。あれだけ激しく動いたのに疲労は殆ど感じませんし、敢えて力をセーブしても十分な速力を出せるという点も嬉しいですね」


 そう語りながら角麗は自分の足に嵌められた天脚に目を落とした。激しい動きをしたにも拘らず傷一つ無く、明るい銅色の輝きを放つソレは制作者であるガンキンの腕の高さを見せ付けているかのようだ。


「そろそろ行くぞ、我々が目指すゴールはまだ先なのだからな。それに今は試験の最中だ、気を抜いている場合ではないぞ?」

「ああ、せやな」


 痺れを切らしたクロニカルドの言葉に皆々が頷き、再び迷路のように入り組んだ長い通路を歩き出した。



 罠を封じながら暫く歩き続けると、両腕に蝙蝠の翼を生やしたゴブリン――ゴブリンバットの群れが大挙して押し寄せてきた。ガリガリに痩せ細った小柄な体躯は貧相を通り越して脆弱であるが、如何せん数が多いのが厄介だ。


「ゴブリンバットか。先程のオーガは単純な力押しだったが、今度は数と小回りで攻めて来た……というところか」

「どないする? 俺っちがパパッて終わらせてもええけど?」

「ふむ、そうだな……」


 既に両手に火器を構えたヤクトが提案するも、クロニカルドは即断しなかった。代わりに自身の顎に指を這わせながら思慮に耽り、そして答えを弾き出した。


「いや、ここはアクリルに任せよう。装備品の性能を見極めたいからな。アクリルよ、それで良いな?」

「うん、アクリルがんばる!」


 グッと両腕でガッツポーズを作ると、アクリルはピョンッと私の貝殻から降りて前へ出る。試験なので死んだり重傷を負ったりしないのは分かり切っているが、それでも父性と言うか保護者意識が無意識に駆り立てられてしまい、不安の余り触腕をソワソワと動かしてしまう。


「ガーシェル、ちったぁ落ち着けや」

『す、すいません……』


 私の落ち着きない様子を傍から見ていたヤクトが呆れ顔で突っ込む。


「貴様の不安も分からんでもないが、アクリルは確実に成長しているぞ。それに万が一が起こったとしても、その時になってから手を貸せば良いだけの話だ。兎に角、今はドンと身も心も落ち着かせて見ていれば良い」


 と、クロニカルドは強気の太鼓判を押して、弟子であるアクリルの背中を見遣る。それに倣って私もアクリルを見れば、彼女はブツブツと言いながらゴブリンバットの群れを見上げていた。


「ええっと、一杯いる時は一体ずつ相手にしちゃダメってクロ先生が言っていたから……アレにしよ!」


 繰り出す魔法を決めたのか、アクリルは徐に右手を掲げた。彼女の両手首には魔力量を増大させる『魔女の腕輪ソーサラーメビウス』が、そして右手の薬指には魔法の効力を底上げする『魔の福音』という指輪が嵌められている。

 アクリルが魔力を練り始めると長い銀髪がざわざわと逆立ち、それぞれの装備品の装飾として嵌め込まれた宝石が感応して淡い光りを放ち始めた。指輪からは赤いルビー色が、腕輪はエメラルドグリーン色が。


炎の津波ファイヤーウェーブ!!」


 アクリルが魔法を唱えた瞬間、彼女の足元から盛大な火柱が天井に着かんばかりの勢いで噴き出した。それは嵐に揉まれる海原のように荒々しく、また全てを飲み込まんとする濁流となってゴブリンバットを押し流した。いや、この場合は跡形も無く焼き払ったと言うべきか。

 やがてファイヤーウェーブは通路の奥へ吸い込まれるように消え去り、それが通り過ぎた後には薄らと焼け焦げた通路が取り残されていた。それは床だけでなく、天井と壁が灼熱の炎に舐め取られた証であった。

 そしてゴブリンバットの全滅を確認し終え、アクリルは私達の方へ振り返ってパッと明るい笑顔を咲かせた。


「終わったよー!」

「お、おう。流石やな、姫さんは」


 ヤクトや角麗は引き攣った笑みでアクリルを迎え入れるのに対し、師匠であるクロニカルドは自信と誇りに満ちた笑みを弟子に投げ掛けた。


「よくやったぞ、アクリルよ。どのような手立てが有効なのか考え、行動に移すのは称賛に値する。しかし、敵と出会ってから魔法を仕掛けるまでの時間に無駄がある。考えるのも重要だが、迅速に場を把握するのも重要だぞ。それは時として生命に関わる、故に今後の課題だな」

「はーい!」

「あの二人の遣り取りを見る限りやと理想的な師弟なんやけど……何ちゅーか姫さんの今後がある意味で不安やわ」

「五歳の子供にして、この威力ですしね。まだまだ伸びしろがあると考えると、何処まで成長するのかが楽しみのような、怖いような……」


 余談ではあるが、クロニカルドの鑑定眼によれば知恵の輪には技量を獲得し易くするだけでなく、通常よりも多めの経験値が取得出来る効果も含まれているらしい。

 即ち、彼女の成長を大幅に引き上げてくれるという効果が期待出来るのだが、未だ天井知らずの成長を続けるアクリルの終着点は何処なのか? それを考えるとヤクトと角麗の言葉に対し、私も内心で頷いてしまうのであった。

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