第163話 裏路地のドワーフ

 王城を後にした其の足で私達が向かった先は、迷路のように入り組んだ路地裏にある鍛冶屋だった。

 王都の大動脈とも言うべき大通りから懸け離れているという事もあって、人々の活気と喧騒から切り離されたかのような静寂が一帯に佇んでいた。また建物が密集しているせいで影と影が被さり合い、昼間にも拘らず底冷えしそうな暗闇が圧倒的に勝っている。

 しかし、大抵の異世界ファンタジーで路地裏と言えば、何かしらの危険やトラブルが犇めき合っているイメージなのだが、この王都の路地裏にはそう言った裏の気配は一切感じられない。それは王都を収めるラブロス王並びにナイツ達による治安が上手くいっている証と言えよう。

 その証拠に私達が辿り着いた鍛冶屋は、路地裏に蔓延する暗闇に抵抗するかのように煌々とした明かりを灯しており、大々的に存在感をアピールしていた。

 建物の入り口脇の柱には、看板の代わりに鉄仮面がぶら下がっている。それも金の装飾が施されたオペラマスクに似た作りをしており、店主の趣味かどうかはさて置き、これが店主の作った一品だとしたら高い技量を有しているに違いない。

 建物を潜り抜ければ、内部には防具や剣や盾……如何にも中世の鍛冶屋らしい風景が広がっていた。しかし、その中でも特に目を引いたのは、店内カウンター兼ショーケースに飾られた物珍しい武器だ。


「むっ、アレは……ヤクトが使っている銃に似ているな?」

「ああ、アレは大昔に使われていた銃やな」


 そう、その店内の片隅にはヤクトが使う銃が置かれてあったのだ。と言っても、鍛冶屋の銃は中世に作られたような一昔前のデザインであり、どれもこれも実用性よりも外見を重視した装飾が施されている。


「見た目は立派ですけど、どうして人々に見向きされなかったんでしょうかね?」

「魔力を多く消費する割には威力は空っきし、今までに無い機構ギミックを導入したせいで一丁の値段が弓矢と比べて激高、そして面積が狭いさかい魔法の術式を満足に付与出来ない為に属性効果も低い。とまぁ、そういう事情で人々に見向きもされずに埋もれてしもうたっちゅー訳やな」

「しかし、その時代に埋もれた悲劇の武器は、お前さんの手によって掘り起こされて進化を続けている……違うか、小僧?」


 ヤクトが銃の歴史を語り終えた矢先、渋みと重みのある声と共に店の奥から鍛冶屋の主人と思しきドワーフの男性が現れた。

 綺麗に切り揃えられた顎髭は清潔と生真面目さを印象付ける一方で、ギョロリと見開かれた眼球には融通の利かない鋼の意思が含まれていた。どうやら良くも悪くも、頑固一徹な職人ドワーフのようだ。

 ヤクトは旧友に再会したかのように堪らず笑みを溢すと、ドワーフに片腕を差し出した。そして向こうも太くて短い腕を大きく振り抜き、ガッチリと手を組み合せた。


「ガンキン、久し振りやな。相変わらず元気そうで何よりや」

「ふんっ、そりゃこっちの台詞だ。最近テメェを見掛けないもんだから、とうとうくたばっちまったかと思っていたぞ?」

「何や、俺っちの心配でもしてくれてたんか? 見掛けによらず優しいやん?」

「バカ言うな! 折角の顧客が居なくなったら、こっちの商売が上がったりじゃねぇか!」

「はいはい、そういう事にしといとくさかい……取り合えず仲間を紹介してもええやろうか?」

「何ぃ、仲間だぁ?」


 そこでヤクトは道を譲るように身体を引き、私達の方へ掌を差し向けた。それに釣られてガンキンが此方を見遣った途端、只でさえ大きいギョロ目が驚きで見開かれ、次いで愉快そうに口元を歪めた。


「おいおいおい! マジかよ!? 今まで一匹狼を気取っていた小僧に、いよいよ仲間が出来たのかよ!? こりゃ目出度いを通り越して大事件だぜ!」

「そこは普通に祝ってーな。で、左から順を追って紹介するけど……牛の角が生えた美女獣人がカクレイ、その隣の空中に浮いている辞典がクロニカルド、そしてヴォルケーシェルのガーシェルと、そのガーシェルと従魔契約を交わしたアクリルや」


 そこで言葉を切るとヤクトは左右の腕を入れ替え、私達に対してガンキンを紹介した。


「此方はガンキンっちゅードワーフや。俺っちの古い友人ダチで、他のドワーフ同様に武器や防具も作るけど、一方で時計や銃と言った変わり種にも手を出す奇人や」

「おうコラ、変わり種とは何だ! 俺の好みにケチを付けようって言うんなら容赦しねぇぞ!」

「はははは、冗談やって。ってか、奇人って指摘には反応せんのかい」

「今更になって何を言いやがる。手前テメェの言う変わり種に手を出した時点で、ドワーフの身内ですら奇異の目で俺を見やがるんだぞ? 奇人だの変人だのと扱われるのに慣れちまったよ」


 その遣り取りを他所にチラリと店内を見渡せば、確かに銃だけでなく骨董品のような柱時計や壁時計と言った物も飾られている。しかも、こちらは銃と違って値札が付いている事から列記とした売り物のようだ。


「まぁ、良い。それで?」ガンキンは腕組しながらヤクトに要件を尋ねる。「今日は何しに来たんだ? まさか仲間を紹介する為だけに来た訳じゃないよな?」

「ああ、ちょっとトラブルがあって武器を失ってしもうたんや」


 そう切り出したのを機に、ヤクトはチタン火山で起こった出来事の一部始終及び王家が呼び掛けたダンジョンクエストに挑む旨をガンキンに教えた。そして話が終わると旧知のドワーフは納得を込めて深く頷いた。


「成る程な、それで俺の所に来たのか? しかも、ダンジョンクエストに挑むだと? 中々に性急じゃないか?」

「まぁ、出来れば早うに顔を出したかったけど、まさかダンジョンが王家預かりになるとは思わへんくてなぁ」

「確かにな、国を動かす御人が一般人の都合を一々考えてくれる筈がないしな。取り合えず、話は分かった。だが、今から材料を集めて作り始めるとなると、完成には一ヶ月近い月日が掛かるかもしれねぇけど……大丈夫なのか?」


 その質問の裏にはダンジョンクエストが始まるまでに(武器の完成が)間に合わないかもしれないという不安が秘められていたが、ヤクトは自信を含んだ笑みを以てしてガンキンの危惧を打ち払った。


「大丈夫や、材料なら既に用意しとる」

「何?」


 ヤクトが私の方へチラリと視線を向け、アレを出せと言わんばかりに首を振って合図を送る。そして私が体内シェルターから次々と鉱物――地下ダンジョンやマグラスで手に入れた物――を取り出して一山築き上げると、ガンキンは目を輝かせてソレに見入った。


「ほう! コレは凄いな!! 質も良いし数も十分にある。ああ、これならば文句無しだ。しかし、金は大丈夫なのか?」

「ああ、それに関しては問題あらへん。それと仲間に見合う装備品も有れば見繕ってほしいねん」


 ヤクトが私達を親指で指しながら注文を付けると、それまで親しみが込められていたガンキンの目付きは真剣な職人のソレに切り替わった。

 ガンキンは私達の方へと歩み寄り、まるで本物の鑑定士のように一人ずつじっくりと拝見していく。流石に魔獣である私には軽く一瞥する程度だったが。そして最後のアクリルを見終わったガンキンは振り向きざまに見解を告げた。


格闘家ファイターが一人、魔法使いが二人、そして防御力特化の従魔が一匹か。さしずめ小僧は遊撃担当と言ったところか?」

「流石やな、一目でウチのパーティ編成を見抜くとは」

「はんっ、煽てても何も出やしねぇよ。これぐらい見抜けないようじゃ、鍛冶屋は失格だぜ」


 何事も無いと言わんばかりに鼻先で嘲笑ってはいるが、アクリルを戦力外と見做さず魔法使いの一人としてキチンと数に入れている辺り、ガンキンの眼力の高さが窺い知れる。


「まぁ、流石に本の形をしたヤツや魔獣に見合う装備品は無いが……他のヤツに見合いそうなモノはある。ちょっと待ってろ」


 そう言い残すとガンキンは店の奥へと引っ込み、程無くして奥から道具箱を激しく引っ掻き回すような喧騒が聞こえてきた。その音にヤクトは「相変わらずやな」と懐かしさを込めて嘯いた矢先、角麗が神妙な面持ちでヤクトに話し掛けた。


「ヤクト殿、宜しいのですか? 旧知の仲であらせられるヤクト殿は兎も角、何の面識もない私達の分まで装備を用意してもらうのは……その、流石に不躾では?」

「ああ、そんな細かいところに気を回す必要なんてあらへん。見ての通り閑古鳥が鳴いているような寂しい店や。俺っち達みたいな客がフラリと訪れても、賑やかにはなれど迷惑にはならへんよ。それにダンジョンに潜るんやさかい、万全の装備で挑んだ方がええやろ?」

「確かに仰る通りですが……」

「それに装備品を見繕って貰うとは言うたけど、ちゃんと金は払うんやで? そんなに遠慮する必要はあらへんって」


 と、そこまで言って漸く角麗の表情にこびり付いていた遠慮と不安が剥がれ落ち、代わって納得と安堵の籠った微笑が映える。

 その時、再び店の奥からガンキンが姿を現した。逞しい両腕には装備品が大量に抱えられており、ガンキンはそれらをカウンター兼ショーケースの上に広げた。


「ほれ、持って来たぞ。今ある中でコイツ等が似合いそうなモノばかりだ」

「どれどれ……へぇ、中々どうして良い品ばかりやん」

「どうだ? 良い品揃えだろう?」


 強調された言葉の裏には『今の陰口をしっかり聞いていたぞ』という非難が暗に示されており、ヤクトは苦々しい表情を浮かべて「地獄耳め……」と呻くように弱々しく切り返すので精一杯だった。

 そんな二人の遣り取りを他所に、私達はショーケースに並ぶ装備品に目を向けた。煌びやかさは抑えられている代わりに実用性を重視した――小型で軽量、嵩張らなくて運び易い――物ばかりであり、長年生きているクロニカルドも感服の吐息を思わず溢した。


「ほぅ、これは見事な作りだ。しかし、己の分が無いのは少し残念だな」

「装備しようにもクロニカルド殿の場合だと、本の身体に直接埋め込むしかありませんしね」

「うむ、それがネックだ。しかも、この身体は一種の魔法形態として完成している。後々の変更も利かなければ、装備品も装着不可だ。ここら辺は改善が必要だな……」

『改善って……。600年前に生きていた人間が自分の魂を本に閉じ込めて、今日まで生き延びただけでも十分かと思うのですが……』


 そんな意見を吹き出しに出すと藪蛇になりそうな気がしたので、敢えて私は声にならない声で留めておいた。すると私の上でアヒル座りをしていたアクリルが貝殻をポンポンと叩き、それに反応して私は視界を頭上に向けた。


「ガーシェルちゃん、私も近くで見ても良いかな?」

『いいですよ』


 アクリルの要望に応えた私は触腕で彼女を優しく抱え込み、ゆっくりとショーケースの傍へと降ろした。そしてアクリルは私に持ち上げられた格好のまま、ショーケースの上に置かれた装備品の数々に目線を配らせた。


「わぁ~、綺麗だね~」

『そうですね。どれも綺麗ですね』

「アクリル、これが良いな~」


 これと言ってアクリルが手にしたのは金の鎖が付いたペンダントだ。その先には鶉の卵と同じサイズの宝玉がぶら下がっており、透き通るような青色と相俟って見目的にも可愛らしさと美しさを兼ね備えている。


「おっと、ちょっと待ちな」


 アクリルが何気なしにペンダントを手に取ろうとするも、その指先が触れるか否かという所でガンキンの声と共に腕が割って入り、彼女が気に入っていたペンダントを遠ざけてしまう。

 アクリルとしては直に触れたかっただけに、遠ざかったソレを目で追い掛けながら「あーん」と名残惜しい声を上げた。


「すまねぇな、嬢ちゃん。だけど、装備品を手渡す前に説明するのが鍛冶屋の仕事なんでな。これを怠って、もしも万が一に何かがあったら俺の責任になっちまう。じゃ、今から説明していくぜ」


 ガルタスが最初に手にして紹介したのは、足首から膝下までを覆う赤銅色の足当てだ。踝近い場所には羽を模した魔装飾が施されており、誰が使うのかは大凡の見当が付いている。


「これはカクレイ向けやな?」

「ああ、そうだ。『天脚ペガサスブーツ』と呼ばれる装備品だ。装着すれば速度が四割増しになり、スタミナの負担も半減する。脚力そのものが増強されるから、蹴り技の威力向上にも繋がるぞ。それとコイツもアンタにお誂え向きな装備だ」


 次にガンキンが紹介したのは、肘まで続く指抜きの黒いレザー手袋に似た装備品だ。手の甲には魔法陣が描かれており、更に脱げ落ちないよう手首と肘に鉄製のベルトが巻かれる等の配慮的工夫も施されている。


「こいつは純粋に格闘家向けの装備だな。『百虎びゃっこ』……黒虎ブラックタイガーと呼ばれる魔獣の中で最も希少な部位と頑丈な皮を加工して作った物で、コレを作るのに用いられた数が百匹にも及んだ事から、そう名付けられたそうだ。装備すれば徒手格闘の威力が五割り増しになるという効果が得られるぞ」

「そ、そんな凄い効果を持つ品物を頂いても宜しいのですか?」


 装備品の効果を知った途端、再び角麗の表情に遠慮の念が浮上する。が、ガンキンはあっけらかんとした態度を崩さぬままに断言した。


「構いやしねぇよ、世間一般で活躍するハンター達の主流は剣や魔法だ。そんな御時勢に格闘家向けの装備品を出しても、市場で売れ残るどころか手も付けられないままに終わるのがオチだ。だから、そういう意味ではアンタみたいな生粋の格闘家はレアだし、コレを売るチャンスも今しかないって事だ。だから、気にすんな」

「……そうですか。では、有難く頂戴致します」

「ああ。っと、ついでにコレもアンタ向けの装備品だ。『守護卵ホーリーエッグ』。防御力を大幅に飛躍させる代物だ。機動力や動き易さが重視される格闘家にはピッタリだろ?」


 そう言ってガンキンが手にしたのは、アクリルが気に入っていた卵型のペンダントだ。それを受け取ろうと角麗が手を伸ばそうとするも、ふと自分の手に突き刺さるアクリルの視線に気付いて手を止めた。


「………」

「………」


 その時のアクリルの表情と眼差しは、さしずめ『空腹を必死に耐える子犬』とも言うべき切実なものであった。おかげで角麗は装備品を取ろうにも取れないという板挟みに苦しめられたが、その硬直状態を打ち砕いたのはガンキンであった。


「だははは! そうか、そっちの小さいのも同じのが欲しいのか! ちょっと待ってろ!」


 意気揚々に笑いながら再び店奥に引っ込んだかと思いきや、直ぐにガンキンは同型のホーリーエッグを握り締めて戻って来た。そしてガンキンがホーリーエッグを差し出せば、アクリルの意識は其方に釘付けとなった。


「小さい子供に鎧を着させる訳にはいかねぇからな。そう考えると此方にも必要だな」

「わーい! ガンキンのおじちゃん、ありがとー!」


 ガンキンから受け取ったホーリーエッグを掲げて燥ぐアクリルとは対照的に、ヤクトは困り顔で溜息を吐いた。


「やれやれ……。すまんなぁ、姫さんの我儘に付き合ってもろうて」

「別に良いって事よ。だけど、この分も請求書に上乗せしておくぜ?」

「……ホンマに商売上手なこって」


 予想外の出費にヤクトの口角がヒクリと釣り上がる。そしてすかさずクロニカルドが前々から抱いていた疑問を口にした。


「しかし、商売上手と言う割には店に客足が入っていないようだが……どうやって経営をしているのだ?」

「別に難しい話じゃねぇさ。鍛冶屋と一言で言っても、一つの店が王都全ての仕事を請け負っている訳じゃない。剣を打つ名工も居れば、槌を作る名工も居る。そして俺は術印ルーンを刻むのを得意としている」

「術印だと?」

「ああ、そうさ。まぁ、分かり易く紙に書けば――」カウンターの下から取り出した紙とペンをショーケースの上に置き、そこにスラスラと簡単な図を描き出すガンキン。「――ざっとこんな感じだな」


 ショーケースの上に置かれた紙を覗き込めば、そこに描かれていたのはガンキンの商売の流れを表す一巡した構図だった。主に書いてあるのは発注元・請負人・加工人の三つだ。


「まぁ、この図に書かれてある発注元は主に武具を取り扱う武器屋だな。客の依頼を受けた場合、武器の制作を請負人……即ち鍛冶職人に依頼する。何の変哲もない単純な武器ならば其処で終わりだが、特殊な鉱物や術式を用いる場合には俺達のような加工人に仕事が回って来る。そして最終的に発注元へ納品されるって仕組みだな」

「成る程、店自体が流行らずとも自然と上から仕事が流れてくる……という訳か」

「そう言うこった。まっ、これで俺が餓えずにいられる理由が分かっただろう? だったら、次の装備品の説明へ移るぜ」


 それからガンキンが紹介した装備品は以下の通りだ。

 魔法の効力を底上げする『魔の福音』と呼ばれる翡翠のような宝石が埋め込まれた指輪、魔力量を上昇させる『魔女の腕輪ソーサラーメビウス』と呼ばれる二対のブレスレット、そして魔法や技量の習得を早める『知恵の輪ラーニング』という名のイヤリング。

 これら全ては(言うまでもなく)アクリルが装備する事となった。どれもセンスの良いアクセサリーのように見える事もあって、早速装備品を着用したアクリルは「まるでお姫様みたい」と上機嫌となったのは言うまでもない。


「……とまぁ、こんな所かな。他に何か要望あるか?」

「うーん、取り合えず予算は十分やけど――あっ、そうや」何かを思い出したかのようにヤクトが私の方へ振り返る。「ガーシェル、チタン火山で手に入れた魔獣の毛皮を出してくれや」


 ヤクトに命じられた私は、貝殻からエンマ達の毛皮を次々と取り出した。その毛皮の膨大なまでの枚数も然る事ながら、此方の国では滅多に御目に掛かれない魔獣という事もあってガンキンの好奇心が一機に膨れ上がった。


「おお、こりゃ何だ? 魔獣の毛皮みたいだが……ここいらでは見掛けないものだ。こりゃ一体?」

「チタン火山で大量発生したエンマ……トウハイで生息している猿の魔獣から手に入れた毛皮や。で、この毛皮で何か作ってくれへんか? もし毛皮が余ったら売って、それで必要経費の足しにしてもええし」

「ふぅむ」毛皮の一枚を手に取り、広げたソレをしげしげと眺めるガンキン。「トウハイの魔獣か。そりゃ珍しい訳だ。よし、分かった。小僧の銃を作り上げ次第、この毛皮を使った装備品の制作に取り掛かろう」

「おおきに。ほな、これが俺っちが描いた設計図や」

「ははっ、相変わらず自分の武器制作に関してはマメな野郎だな。どれどれ……おおお!?」


 ヤクトから受け取った銃火器の設計図に目を通した途端、ガンキンの頭上に雷が落ちた。手と体をわなわなと震わせ、見開いた眼で図面を凝視する様は、並々ならぬ雰囲気を覚えそうだ。がしかし、それはキューラのようなショックと絶望から来るものではなく、衝撃と驚愕と興奮に満ちたものであった。

 やがて衝撃が喉元を通り過ぎたのか、漸くガンキンは驚愕を内側に抑え込むことに成功した。が、ヤクトを見遣る表情は依然として興奮が冷め切っておらず、その証拠に開いた口から飛び出した声色は震えが伴っていた。


「やれやれ、本当にお前はとんでもないモンを開発しやがる。魔法使い並の魔力を有する人間が使えば、超兵器に生まれ変わっちまうぞ?」

「仮にデモストレーションしても、今更銃器に食い付く輩が居るとは思えへんけどな」

「そこは小僧のプレゼンテーションが下手なだけだろ? ちったぁ俺を見習えってんだ」

「はいはい、ガンキンには敵わへんわ。……ああ、せや。最後の設計図に関しては後回しでええからな?」

「最後だと?」


 ヤクトに言われて設計図の束をペラペラと捲り、最後の一枚に辿り着いたのと同時にガンキンの表情が強張った。まるで未知の物体に遭遇したような注意深い眼差しで最後の設計図をじっくりと見詰めた末、彼は顔を持ち上げてヤクトを見遣った。


「よくもまぁ……実現したら歴史に名を残しそうな兵器を考えたもんだな」

「あくまでも実現したらの話や。ソレはまだ実験を兼ねた試作品プロトタイプに過ぎへん」

「成る程な。しかし、此処まで強力な兵器が必要なのか?」


 その問い掛けに今までの親しみは無かった。代わりに込められていたのは『過ぎた力は身を破滅させる』という伏せられた警告メッセージだ。

 しかも、誰一人としてヤクトが描いた設計図を見ていないだけに、それほどに強力なのかとヤクトを見据える眼差しに不安が籠る。しかし、ヤクトは安心感を抱かせる微笑を携えながら緩く首を横に振った。


「まぁ、確かに俺っち個人で使うには過ぎた力かもしれへん。せやけど、万が一があるさかいにな」

「万が一?」


 台詞の一部にあった不穏な単語にガンキンが訝しげに眉を顰めたのを他所に、ヤクトは肩越しからアクリルを盗み見た。彼の言う『万が一』が、アクリルを狙う謎の男達の事を指しているのは明白であった。そして再びガンキンに視線を戻したヤクトは、こう断言した。


「俺っち一人だけなら今まで通り、武器の改造や手頃でセコい賞金首を刈り取るぐらいで十分やったかもしれへん。せやけど、仲間を守る為ならば今まで通りの力じゃ圧倒的に足りへんねん。ガンキンの危惧も分かるけど、仲間を守る為に力を貸してくれへんやろうか?」


 その台詞の最後に『頼む』と言葉を付け加え、ヤクトは深々と頭を下げた。それに釣られて角麗とクロニカルド、そしてアクリルもガンキンに対して御辞儀した。四人の御辞儀にガンキンは気まずそうに頬を掻き、とうとう観念して声を荒げた。


「わぁったよ! だから頭を上げやがれ! ったく、そんな風に頼まれたら断れねぇだろうが!」

「相変わらず人の感謝を素直に受け取れへん奴っちゃなー」

「うるせぇ!!」


 両肩をいからせながら怒鳴り返すも、その時のガンキンの耳は恥ずかしさで真っ赤に染まっており本心が隠し切れていなかった。相手の心中を見抜いたヤクトは悪戯っ子のような笑みを浮かべていたが、程無くして親しみの籠った優しい笑みへと切り替わる。


「ガンキン」

「ああ、何だよ?」

「……おおきにな」


 たった一言の感謝。しかし、そこに込められた感謝の力具合が今までとは大きく異なっていた。

 ヤクトの真摯さが如実に表れた台詞に対し、ガンキンは「フンッ」鼻先であしらった。少々ぶっきら棒で不器用な気もしないでもないが、今度は素直に感謝を受け取ってくれたようだ。しかし、直ぐに彼は真剣な面立ちを覗かせ、それに気付いたヤクトも釣られて真剣な表情に切り替わる。


「しかし、いざ作るとなると魔石の数が問題だな。銃火器だけならば兎も角、こちらの新作も作るとなれば数が足りんぞ」

「ありゃ、それやったら次回の魔石の入荷は何時になるん?」

「ここ最近は鉱石の流通が増大しているが、それとは対照的に魔石は年々減少傾向にあるからな。正直なところ、次の入荷が何時になるかの見通しは付き辛いってのが実情だな」

「そりゃ弱ったな……」


 ヤクトみたいな魔力の無い人間にとって、魔力の代わりを果たしてくれる魔石の存在価値は極めて大きい。それが手に入らなくなるとなれば、ヤクトにとって死活問題となるのは想像するに難しくない。

 小難しい顔を突き合わせながらあーだこーだと会話を繰り広げる二人を傍目から眺めていたら、上に居たアクリルがポツリと呟いた。


「ヤー兄、魔石が欲しいの?」

「そうみたいですね。しかし、魔石も無限にある訳ではありません。ヤクト殿のように多用し続ければ、何れ使い果たすのは自明の理ですからね」

「魔石を作れたら良いのにねー」

「無茶を言うでない。魔石も鉱物資源同様、何百年という月日を経て生み出される自然の宝だ。そう簡単に作れれば苦労はせん」


 ふむ、成る程。魔石と一言で言っても、火や水や風と言った属性が付与された物もあれば、ヤクトが愛用している何の属性も付与されていない魔石もある。それによってランク分けはされど、出来上がる工程にほぼ変わりは無い……そう言う意味か。


(いや、待てよ。仮に魔石が鉱物資源と同じ方法で作られる物だとしたら、今の私でも人為的に……いや、獣為的に作れるのではないだろうか?)


 鉱物が誕生するには幾つかの条件が整っていなければならない。例えばダイヤモンドの場合、高温且つ高熱という特殊な環境下で生成される。しかし、完璧なダイヤモンドになるには一年や二年どころではなく、何億年という気が遠くなりそうな月日が必要だが。

 では、私の場合はどうだろうか? 鉱物に成り得る岩石を生み出せるし、火山に匹敵する高熱を起こす事も出来る。加えて、新たに手に入った重力魔法で高圧力を掛ける事も可能だ。

 倫理上では可能だが、実際に出来るかと問われれば不透明だ。だからこそ、私は密かに体内シェルターで魔石作りを試みる事にしてみた。

 イメージでは岩魔法で作った岩石に炎魔法高熱重力魔法高圧を均等に掛けていく……という感じなのだが、何分初めての試みなので上手くいかない。一度バランスを崩してしまうと高熱に負けて跡形も無く溶けるか、高圧に負けて木端微塵に砕け散ってしまう。

 そんな感じで四苦八苦を繰り返してコツを見出し、けれども細心の注意を払いながら魔石の精製に全神経を集中させる。アクリルと同じ大きさの岩石が高熱と高圧に揉まれ、徐々に研磨されるかのように小さくなっていく。

 そして大の大人が両手で掬う程度の大きさになった瞬間、眩い光を放って高熱と高圧に含まれていた魔力ごと内部に閉じ込めた。


【土魔法・炎魔法・重力魔法による合成魔法発動。『魔石精製』を会得しました】


 ……で、出来た! まさか本当に作れるなんて! しかし、喜ぶにはまだ早い。本当にコレが使えるかどうかを確認しなければならない。見た目は立派でも中身は粗雑で、使い道も無い石ころと同格だという可能性もある。もし、そうだとしたら精度を上げる鍛錬を積まなければ―――


「ガーシェルちゃん、どうしたのー?」


 ――と、考え込んでいたらアクリルが貝殻をポンポンと叩いて、思考の深淵に沈み切っていた私の意識を引き戻してくれた。そこでハッとして周囲を見渡せば、何時の間にか皆の注目が私に向けられていた。


『すいません、少し試したい事があったので其方に集中していました』


 私が貝殻から泡の吹き出しを吐き出した途端、ガンキンは驚きと言うよりも奇異の眼差しを投げ掛けた。


「何だ、この魔獣!? 人間と遣り取り出来んのかよ!?」

「あー、そういやコレ秘密やったなー……けど、まぁ、うん。出してしもうたもんはしゃーない。あとでガンキンに事情を話すとして、ガーシェルは一体何をしていたんや?」

『これを作っていました』


 先程体内で精製したばかりの魔石を貝殻から取り出してみせれば、案の定、全員の視線が私の触腕の先へと食い付いた。


「わー、キレイな石だねー」

「そこそこの大きさをしていますが、宝石……でしょうか?」

「いや、違うな。単なる宝石ではない。宝石としての価値もありそうだが、もっと別の何かが秘められているような――」と、そこまで言い掛けてクロニカルドはハッと表情を一変させた。「待てよ、これはもしや!?」

「お、おい……! まさか……嘘やろ!?」

「こ、こ、この魔獣……魔石を生み出しただとォ!!?」


 ガンキンの叫びを契機に全員の目が大きく見開かれ、何度も私と私が作った魔石へと交互に目を配る。

 想像以上の反応っぷりだが、やはり魔石を生み出すというのは凄い事なんだなぁ……なんて考えていたら、気苦労にまみれた重い溜息が三つばかし聞こえてきた。その溜息の出所はヤクトとガンキン、そしてクロニカルドだ。


『え? 何で溜息を吐いたんですか?』

「あのなぁ……魔石を生み出すなんて常識では有り得へんことなんやで? 魔石は一度鉱床さえ見付けてしまえば大量に手に入るけど、易々と見つかるもんやない。それ故に無属性の魔石でもそこそこの価値が付けられるんやで?」

「ヤクトの言う通りだ」クロニカルドも深く頷いてコレに同意する。「そんな希少価値のある物を自力で作れる事がバレれば、以前のような成金貴族……いや、それ以上に面倒な輩に目を付けられるぞ」


 あっ、その可能性を失念していた……。つまり、今の私は希少な魔獣という肩書きだけでなく、魔石を生み出せる金の生る木という肩書も加わった事によって、存在価値を一層高めてしまったという訳ですね?


 ひゃっはー! や っ ち ま っ た ぜ !!(自棄)


「これで魔石不足は解決したけど、取り合えず今回の一件は内緒にした方がええわな。ガンキンも絶対に言い触らさんといてや?」

「当たり前だ! こんなのを触れ回ればヤバい奴に睨まれるのがオチだろうが! ったく、会話が出来るという事実ですら驚きだってのに、その上魔石まで精製するだと? 一体何なんだよ。お前等ン所の魔獣は!?」

「只の貝や、多分」

「只の貝ですね、多分」

「只の貝だ、多分」

「ガーシェルちゃんはガーシェルちゃんだよー」


 ええ、その通りです。私は只の貝ですよ。前世持っていたり、とんでも発想で意外な技を生み出したりしますけど、只の貝ですよ。アクリルを除く全員の視線に懐疑的なものが含まれているような気もしないでもないですが、列記とした貝です。以上。

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