第九章 選抜試験編

第160話 ギルドマスターからの推薦

「―――と言う訳らしいで」


 王都のハンターギルドに帰還して粗方の報告を済ませた後、私達は混雑した食堂の一角でヤクトの報告を聞いていた。その内容は主に第二王子のダンジョン攻略に関する話だ。

 ヤクトが搔き集めてくれた情報によると、ラブロス王国の第二王子にあたるギデオン・ゼファード・ラブロスがダンジョン攻略――それもよりにもよって私達が目指す予定の北方ダンジョン――に乗り出し、優秀なハンター達を搔き集めている真っ最中だそうだ。

 では、どうして今の時期にダンジョン攻略を目指すのか? 自身の業績の為だの貴族にデカい面をさせない為だのと、憶測の範疇を超えない無責任な噂がギルド内を飛び交っているが、ヤクトはこれらに惑わされる事無く真の目的を見抜いていた。

 魔剣アクエリアスだ。病魔を打ち払う清き魔剣……恐らく第二王子はコレを手に入れて病床に臥している父王を救おうとしているのだろう。それだけを聞けば親思いの素晴らしい息子のように思えるが、無論そこには第二王子の目論見や計算も絡んでいる。


「恐らく、国王陛下の継承権を発動させる為でしょうね」

「ああ、そうやろうな。勢いに乗っている貴族を黙らせるにはソレしか考えられへん」

「けいしょうけんってなーに?」


 コップに入ったオレンジジュースを大事そうに両手で持ち抱えながら、アクリルは隣に座っていた角麗を見上げた。幼女からの質問に対し角麗は暫し考え込む素振りを見せた後、脳内で分かり易く解析した継承権をアクリルに説明した。


「継承権とは王様が持つ権利の一つであり、自分の後を継ぐ人間……いわば次の王様を名指しで指名するのです。そして王様が選んだ人間は次期国王陛下となり、今の王様が亡くなられた後、この国を治める役割が与えられるのです」

「うーんと、今の王さまが新しい王さまを決まるの?」

「はい、そういう事です」


 と、角麗とアクリルの遣り取りが終わったのを見計らってからクロニカルドが声を上げた。


「しかし、そうなると我々が画策していた当初の予定が狂ってしまうのではないか?」

「ああ、それが問題やねん」そこで言葉を区切ると、ヤクトは不安を包装した溜息を静かに吐き出した。「……ひょっとしたらダンジョンに入れへんかもしれへんな」

「え、どうして?」


 ヤクトに向かってアクリルが不安気な面持ちで問い掛ける。私もダンジョンに入れないという単語が気掛かりだった為、彼女と同じ感情を含めた視線を投げ掛けるとヤクトは徐に口を開いて、その理由を教えてくれた。


「これまでのダンジョンには何の縛りも設けられておらず、出入りするのも個人の自由やった。せやけど、ダンジョンが王家預かりの重要クエストとなった今、何の断りも無くダンジョンに入れへんくなってしもうた。これを破れば、どんな罰則を受けるのかも分からへん」

「じゃあ、もう入れないの?」

「いや、そうとも限らへん。第二王子はダンジョン攻略に必要な戦力を……即ち、腕の立つハンターを欲している。そのハンターの一員として参加すれば、俺っち達もダンジョンに入れる筈や。それに向こうの目的が国王陛下の治療だとしたなら、此方の利害とも一致してる。何ら問題はあらへん」

「問題は、果たして然程名前も売れていない我々が相手の御眼鏡に叶うに足る存在か……だな」


 そうクロニカルドが口にした途端、全員を取り巻く空気に重い沈黙の鎖が巻き付いた。

 問題は何処に着眼点が置かれるかだ。腕前のみを重視するのであれば、第二王子の御眼鏡に叶う可能性も十分にあるだろう。が、もしも過去の経歴を重視すると言うのであれば、目立った実績も立てていない私達なんて門前払いされるのがオチだ。


「誰かが魔剣アクエリアスを手に入れるのを待つ……という他力本願に頼る訳にもいかんしな。それだと何時になるか分からんし、病床に臥している国王が先に亡くなる恐れもあるからな」

「当たり前や。それに国王陛下が運良く復活したとしても、俺っち達みたいな一般人とホイホイと会える存在やない。例えジルヴァ達の正式な紹介があったとしても、否が応でも周囲の注目が俺っち達に向けられるのは避けられへん」

「アクリル殿が狙われている可能性も考慮すれば、その点も注意しないといけませんね。そうなると彼女の存在を最小限に秘匿しつつ、尚且つ私達が国王陛下と直接会うには……やはりアクエリアスという手土産が必要不可欠ですね」


 確かに魔剣アクエリアスを王家に献上するという建前さえあれば、国王陛下との謁見も夢ではないし、周囲から好奇の目線を向けられる事もない。しかし、それでもやはり第二王子の御眼鏡に叶わなければ実現する事は不可能に等しい。

 ダンジョン攻略に参加するハンター達を選ぶ選考会は十日後に開催する予定であり、今から巨大なクエストを請け負い解決するには時間が圧倒的に足り無さ過ぎる。

 さて、どうするものか……と誰もが頭を捻らせて悩んでいた時だった。


「よぉ、どうした? 難しい顔を突き合わせて何を企んでいるんだ?」


 不意に掛けられた声に誰もが反応して振り返ると、左目の眼帯と日に焼けた肌が似合う偉丈夫の男が野性味のある笑顔を浮かべながら私達を見据えていた。

 もしも海賊帽と黒コートを身に着けていたらコスプレを超越して本物の海賊になっていたかもしれないが、今の彼は余所行きの礼服を身に纏っていた。しかし、首元から下腹部まで続く全てのボタンを外したダラしのない着方から察するに、礼服の堅苦しさを好んでいないのは明白であった。

 それによって鍛え上げられた肉体美――所々に生々しい傷も刻まれているが、それが却って彼と言う人物の戦歴を表現する一助となっている――が惜し気も無く披露され、彼もまたハンターの一員であろうことが窺える。

 初対面の人間を前にしたアクリルは、隣席に座っていた角麗の腕に縋り付いた。生まれ故郷でのトラウマ悲劇で身に付いてしまった人見知りから来る不安の表れだ。そんな彼女の不安を和らげようとして、角麗はアクリルの手に自分の手を重ね合わせながら優しい声を投げ掛けた。


「大丈夫ですよ、アクリル殿。彼は敵ではありません」

「知っているのか?」


 アクリルを挟んだ向かい側に腰を下ろしていたクロニカルドが幼女の疑問を代弁すると、角麗はこくりと首を縦に振った。


「はい、彼は王都のハンターギルドのマスターです」

「何だと? では、ぺリルなる副ギルドマスターが言っていた仲間とは……」

「何だ、アイツから話を聞いてんのか? だったら話は早ぇや。でも、一応礼儀として自己紹介させて貰うぜ。俺の名前はゲイル。ゲイル・バーウッドだ。此処のギルドマスターをやっている。まぁ、この格好を見りゃデスクワークが出来る男か否かは分かるだろ?」


 ゲイルは自嘲気味な笑みをひけらかしたかと思いきや、唐突に「ちょっと邪魔するぜ」と此方の了承を得る前に私達が座るコの字を描いた座席テーブルの端に腰を下ろした。それに合わせてヤクトが隣に詰め寄ろうとしたが、ゲイルの腕がヤクトの首に絡み付く方が速かった。


「例の話、聞いたぜぇ!! あの成金野郎の面倒な仕事を請け負って無事に解決してくれたんだってな!? アイツの仕事を請け負いたくねぇーなって思っていたけど、俺が居ない間に解決してくれるなんて今日はハッピーな日だぜ! まぁ、面倒なハンターギルドの集まりが無ければ、ハッピーの前に超が付いていたんだろうけどよ」

「ええっと……まぁ、こっちも事情があったさかい。丁度請け負っただけに過ぎまへんって」


 まるで喜怒哀楽の感情を忙しくなく切り換えるかのようにコロコロと表情を変えるゲイルに対し、ヤクトは少し苦手意識があるのか困り顔に近い苦笑いを浮かべていた。しかし、その短い遣り取りだけでもアクリルが抱いていた第一印象警戒心を取っ払うには十分であった。

 そして一通りの談笑が済んだ所でゲイルは口元に笑みを薄らと残したまま、真剣な眼差しをヤクトに寄越した。


「そういや今回の一件でヤクトのハンターランクもいよいよ金に上がった訳だが……何でまた急に勤労意欲に芽生えたんだ?」

「別に勤労意欲に芽生えた訳やあらへんけど……」


 と、数瞬ばかし困惑に近い迷った表情を覗かせた末、ヤクトはこっそりと溜息を吐いて皆の顔色を窺った。それに対し全員――アクリルと私を除く――が軽く頷いて許可を出したのを機に、「実は―――」とヤクトは言葉を切り出した。

 と言っても、その説明の中でヤクトはアクリルと王家の関係性に関して一切触れなかった。あくまでも彼女の両親を探し出すのが目的であり、その為に国王陛下の助力が必要……と、尤もらしい言葉を選んで真相を隠し通した。

 ヤクトの言葉に納得したかどうかはさて置き、ゲイルは深く追求せずに腕を組みながら鷹揚に頷いた。


「成る程、そういう意味か」瞑想するかのように閉ざされていた片っぽの目が開き、アクリルを見遣る。「色々と苦労してんだな、まだ小さいのに両親を探さなきゃならねぇなんてよ」

「ううん、そんなことないよー。みんなといっしょだったから、へーきだもん!」

「ははは! そうかそうか! 成る程な!」アクリルの返事にゲイルは心底楽しげに笑うと、未だ首に腕を絡ませたままのヤクトへと振り返る。「良い子じゃないか! お前さんには少々勿体無いんじゃないか?」

「余計なお世話や!」

「まぁまぁ、そう目くじら立てるなって。……よし、事情は分かった。ならばオレが推薦してやるよ」

「は? ええんか?」


 まさかこんなにもあっさりと推薦を頂けるとは思っていなかったのだろう、そう聞き返すヤクトの表情と声は余りにも拍子抜けしていた。

 もしかしたら何か裏があるのでは……そんな危惧を滲ませた襞が眉間に浮かび上がるが、そんな彼の反応に見向きもせずにゲイルは席から立ち上がった。


「安心しろ、お前さんが考えている程に深い事情はねぇよ。そもそも今回のギルドマスターの集いで話し合われた内容は、正に第二王子のダンジョン攻略に関する事だったしな」

「何やて?」

「細かい内容は省くが、第二王子の御考えはこうだ。有名だろうが無名だろうが、実績が有ろうが無かろうが関係ない。兎に角、腕っ節の立つヤツを搔き集めてくれとさ」

「つまり、俺っち達みたいなダンジョン攻略の意欲があるヤツを見掛けたらスカウトし、その推薦状を書くのもギルドマスターの仕事って訳かいな?」

「そういう事だ。後々で掲示板に貼り付けてダンジョン攻略に参加するハンター達を募る予定だが、今日は偶々お前さんと話す機会があったからついでに教えたまでさ。とは言え、こっちの仕事が一方的に増えるばかりで悲しいったらありゃしないぜ……」


 どんよりとした憂鬱なオーラを肩に乗せながら、ガックリと項垂れるように重い溜息を吐き出すゲイル。しかし、直ぐにシャキッと背筋を伸ばして元の快闊とした姿を取り戻した。


「まっ、グダグダと愚痴ってもしゃーねぇか。今はコレが最優先事項だから、推薦書は明日の午前中までには作っておくぜ。それじゃ今の内に準備とか済ましておけよ。一度提出したら、やっぱり辞めたは通じねぇからよ」


 そう言い残すとゲイルは私達の席から離れ、喧騒渦巻く食堂レストランルームを後にした。私達は口々に感謝の言葉を継げたが彼が振り返る事は無く、代わりにヒラヒラと片手を振って応えるだけであった。

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