第159話 ラブロスファミリー

 クロス大陸を統べるラブロス王国の第二王子、ギデオン・ゼファード・ラブロスは王城の四階通路にある大開き窓にクッションのように置いた両腕に凭れ掛かりながら城下街を見渡していた

 今でこそクロス大陸の歴史に恥じない素晴らしい巨大都市が築かれているが、嘗てこの地では夥しい死と血の海が溢れ返っていた。最早ゼロを通り越してマイナスにも等しいスタートであったにも拘らず、此処まで発展させた祖先を始めとする英霊達には敬意の念を抱かずにはいられなかった。


「叔父様!」


 不意に己の愛称を呼ばれ、ギデオンは声がやって来た右手の方へ振り返った。すると十歳にも満たない子供が王城の通路を駆け抜け、此方に向かってくる姿が目に飛び込んだ。

 ギデオンは穏やかな笑みを閃かし、流れるような動作で自分の前に辿り着いた子供を掬い上げるように抱き上げた。その動作だけ見れば仲の良い親子のようだが、子供が口にしたように彼等の関係は叔父と甥である。


「ははは、イーサン王子! 今日も王城の書物庫に入り浸っておられたのかな?」

「はい! ここの本は凄いです! 色んな魔獣に関する書物が置いてあります!」

「ははは、当然さ。此処はラブロス王国で最も知識が集まっている場所でもあるのだからな。それにしてもイーサンは本当に魔獣が好きなんだな。将来は魔獣学者になるのかな?」

「はい! 父上は言っていました! 自分の好きなものになりなさいと!」

「ああ、兄上らしい言葉だ」


 イーサン・ラブロスは少なからぬ興奮と共に元気に頷き、自分を抱き上げてくれた叔父のギデオンを円らな瞳で真っ直ぐに見据えた。その瞳の奥には純粋な好奇心と知識欲の炎が煌めいており、今後のイーサンの成長を想像するだけでもギデオンの心は期待で踊り出しそうだった。

 だが、そこである事実に気付いた途端、彼は自身の心に冷や水を浴びせ掛けられるような気分に陥った。自分が期待しているのは次世代の王に相応しいイーサンであって、無邪気な子供が夢見る魔獣学者のイーサンではない事に。

 期待をするのは勝手だが、自身のソレを押し付けるのは良くない。自分の本心を説き伏せながらギデオンがイーサンの柔らかな栗毛を撫でた時、少年が駆けてきた廊下の先から別の足音がやって来た。

 しかし、ギデオンは驚かなかった。こんな無駄に広い王城の中を、子供が一人で駆け回っている筈がないと確信していたからだ。そして彼等の元へやって来たのは、案の定、

ギデオンが想像していた人物であった。


「イーサン、勝手に走り出してはいけないと言ったでしょう。此処は歴史ある建物なんですから、御行儀良くしませんと」

「母上!」


 イーサンの母であり、亡き兄の妻――ギデオンにとって義妹であるマリオン・ラブロスの姿があった。

 そんじょそこらの貴族令嬢顔負けの美貌を持った彼女だが、その服装は王族が着るような豪奢なドレスではなく、侍女の服に艶やかさと落ち着きを兼ね備えた紫を付与したような動き易さを重視したものとなっている。

 これは彼女自身が一般庶民の出であるという自負と誇りを忘れない為であり、そんな自分を好んでくれた亡き夫の想いと期待を裏切らない為というマリオンなりの理由がある。


 ギデオンがイーサンをゆっくりと地面に下ろしてやれば、第三王子は母の下へと真っ直ぐに駆け寄っていった。今さっき走るなと注意したばかりの母は、我が子の余りある活発さに苦笑いを浮かべながらも、自分と同じ髪色をしたイーサンの頭を愛おしく撫でた。


「母上、今日も凄い本がありました! 昆虫魔獣の本なのですが……!」

「こら、イーサン。御城の中で騒いではいけません。皆さんのご迷惑になってしまいますよ」

「す、すみません……」


 少しばかしマリオンが口調をきつめにして言えば、イーサンはペコリと頭を下げて謝罪の言葉を口にした。

 自我ばかりを率先せずに己の非を素直に認める、教育が行き届いている証拠だが、8歳の子供が目に見えて落ち込む姿は中々に痛々しいものだ。そこでギデオンは笑い声と共にイーサンに助け舟を出した。


「ははは、構いませんよ。辛気臭い王城よりも、笑い声や活気が溢れる方が好ましいというものです」

「ギデオン様……」


 マリオンの表情に呆れが浮かび上がるも、直ぐに彼の優しさに対する感謝の念へと推移する。イーサンも叔父の言葉に少なからず救われたのか、落ち込んでいた表情から一転して嬉しそうな笑みを咲かせている。

 そこでマリオンは自分の後ろに付き添わせていた本物の侍女へと振り返り、仕事の依頼をアイコンコンタクトに乗せて発信した。それを受信した侍女が頷き一つで了承するのを見届けてから、マリオンはイーサンの目線に合わせて屈み込んだ。


「イーサン、その時の楽しい話は夕食の時に沢山聞かせてね。でも、今はギデオン様とお仕事の話をしなきゃいけないの。ごめんなさい」

「叔父様と……ですか?」

「そうよ。だから、少しだけメイドのお姉さんと一緒に貰えるかしら? そんなに長くは掛からないから」

「……はい、分かりました」


 聡明なイーサンは母の期待に応えて、文句や不満も言わずに素直に従った。寂しい気持ちすら浮かべないのは、彼の子供らしい心を抑圧しているからではないかと言う不安と自責の念がマリオンの母心を締め上げる。それでも彼女は亡き第一王子の夫人であり、その立場に相応しい役割を果たさなければならない。

 侍女に連れられたイーサンが四階通路の角を曲がって姿を消したのを見届けてから、マリオンはギデオンと向き合った。ギデオンも彼女が何を切り出すのかを薄々勘付いているらしく、先程の笑みを引っ込ませて真剣な表情で真っ直ぐに相手を見据えていた。


「ギデオン様、貴重な時間を割いて頂き有難うございます」

「何、気にする事はない。それよりも、そろそろ私の事を義兄兄上と気さくに呼んで欲しいものなのだがな?」

「いえ、そのような恐れ多い真似は出来ません。義兄だからと言って、礼節を忘れて接しても良いという理由にはなりません」


 そう言ってマリオンが恭しく頭を下げれば、ギデオンも彼女の意思を尊重して大人しく引き下がった。がしかし、内心では納得などしていなかった。

 マリオンの態度は礼節に尽くした丁寧なものではあるが、彼からすれば少々度が過ぎている。まるで再婚によって出来た新しい家族との接し方に分からず、他人行儀にする事で目に見えない線引きをしているかのようだ。とは言え、一般庶民が王家と結ばれたのだから、彼女の反応も仕方ないかもしれないが。

 彼女の態度にもどかしさを掻き立てられるも、ギデオンは見て見ぬ振りをして誤魔化して会話に意識を集中させた。


「……分かった、ならば無理強いはしない。それで話があると言っていたが、もしや例の一件か?」

「はい、ダンジョンに向かわれるという話を聞きました。何故、今の時期になってダンジョン攻略等という無謀な真似を?」


 それは遂先日発表されたばかりの、第二王子を中心としたダンジョン攻略アタックの事であった。

 青天の霹靂にも等しい突発的な、それでいて余りにも性急なギデオンの行動にマリオンは驚きと動揺を隠せなかったがしかし、疑問は湧かなかった。何故なら義兄を取り巻く状況は察するに余りある程に逼迫しているからだ。


「マリオン、キミも分かっているだろう? 現在、我々王家は様々な苦境に立たされている。国家の大黒柱である国王陛下が謎の奇病に冒されて病床に臥し、その隙を突くかのように貴族派が勢力を急激に拡大しつつある。

 本来ならば貴族派に対して王家派は一致団結して立ち向かうべきなのだが、個人的な意見とは言え国王が民主派の唱える民主主義に肩入れしたのが原因で改革派と保守派の二つに分断してしまった。

 今や王家派は一枚岩に成り切れずに足元をグラ付かせ、その無様な有様を貴族派がニヤニヤと笑いながら見守っているような状態だ。民主派も改革派との共闘もしくは合流を目論んでいるが、保守派の過剰反応を警戒したり、貴族派の妨害にあったりと思うよう事を運べないのが実情だ」

「ですから、今こそ二つの王家派は無用の垣根を超えて手を取り合うべきなのではないでしょうか?」


 マリオンが至極真っ当な意見を繰り出すも、ギデオンは首を横に振って否定した。


「いいや、それは無理だ。そもそも私が王家保守派の筆頭に立ったのは、それを支持する者達の離脱を阻止する為に他ならない。ここで私が歩み寄りを見せれば、失望した彼等は王家保守派を離れ、極右色の強い独自勢力を作るだろう。しかし、その勢力は打算で手を取り合った我々の味方にはならない筈だ」

「つまり、ギデオン様の目的は保守派・改革派問わず、あくまでも王家派全体の勢力を維持する事にある……そういう事ですか?」

「ああ、その通りだ。今はまだ一枚岩に成り切れていないが、その気になれば貴族派と渡り合えるだけの力がある……と、見せ掛けるだけでも十分な牽制となる。更に欲を言えば民主派を抱え込みたいところだが、果たして父上が亡くなる前にそれを実現出来るかは不透明だ。それに……」

「それに?」

「それに貴族派の動向が気掛かりだ。短期決着を目論むのであれば、政権奪取を目的としたクーデターを引き起こすのが手っ取り早い方法だ。奴等には軍資金もあれば兵力もある。そして何よりも絶好の好機が自分達の足元に転がり込んでいると言うのに、何故か彼等はソレを手に取ろうとしない。

 禍根を残して民衆の反感を買うのを恐れているのか、それともクーデターに頼らずとも勝利出来るという強い自信があるのか、或いは極秘裏に何か別の方法を企てているのか。どれにしても貴族が有利な立場にあるのは間違いない」


 ギデオンは窓の方へと歩み寄り、青天に恵まれた王都の街並みを見渡した。ラブロス家の一員ならば誰もが愛して止まない極めて美しい光景だが、それが彼の疑問を解決する糸口に成り得る筈もなかった。窓の桟に腰を預ける形でギデオンは振り返り、マリオンを真っ直ぐに見据えた。


「このまま手を拱いていれば、父上は目覚める事無く衰弱死するであろう。そうなれば貴族派が勝利を掴んだも同然だ。それはラブロスの歴史に悲劇の一ページを書き足す事になる。この国の未来を守る為にも、それだけは避けねばならない」

「だから、見聞録や古文書にしか登場しない伝説上の魔法具に頼ると? それは余りにもリスクが大き過ぎるのでは……?」


 それが実在するという確証が有ればマリオンも一定の賛同を示したかもしれないが、その魔道具はあくまでも太古の遺跡から発見された古文書や見聞録でしか書かれていない不確かなものだ。

 最悪、そこに記された物が空想の産物だとしたら、義兄の努力は水の泡に帰すだけでなく、貴族派に攻め入る隙を与える事になる。そういった意味も含めたリスクを彼女は危惧しているのだが、ギデオンの意思は固かった。


「しかし、何もしないよりかは遥かにマシだ。そもそも我々が貴族派に打ち勝つ為には、父上を目覚めさせる他に術はないのだ。次期後継者を指名する権利は、父上にしかないのだからな」

「ですが、仮に国王陛下が御目覚めになって後継者を決められたとしても……それで万事が丸く収まるでしょうか?」

「無論、丸く収まらないだろうな。だが、目先の危機を乗り切る事さえ出来れば後はどうにでもなる。貴族の勢いを削ぐ事も、其方の言う民主主義を浸透させる事も」


 まるで更々興味ないと言わんばかりに淡々と言葉を吐き捨てると、マリオンは意外そうに丸くした目で(不躾と理解しつつも)ギデオンを凝視してしまう。


「……ギデオン様は民主主義に反対ではないのですか?」

「確かに私は保守派の筆頭だが、改革派の考えに断固反対と言うほど頑なでもない。このラブロス王国が良くなるのであれば、どちらでも構わんというのが私のスタンスだ。

 これまでの王政維持に関する発言は、保守派を此方側に留めておく為のリップサービスに過ぎんよ。おかげで私は古い時代タイプの人間だと思われてしまっているみたいだがな」

「そうだったのですか……そこまで御考えだったとは露知らず、御無礼をお許し下さい」

「何、気にしないでくれ。だが、この事は何卒秘密にして欲しい。万が一に誰かの耳に入ってしまえば、私の苦労は水の泡になってしまう」

「心得ました」


 彼女が深々とお辞儀をして了承の意を表明すると、ギデオンは桟から腰を離してイーサン達が進んだ方向とは真逆に向かって歩き出した。そして彼の姿が曲がり角に差し掛かって消えるのを見届けてから、マリオンも踵を返してその場を立ち去った。



現在のガーシェルのステータス


【名前】ガーシェル(貝原 守)

【種族】ヴォルケーシェル

【レベル】8

【体力】64000

【攻撃力】34000

【防御力】55000→60000(+5000)

【速度】4200

【魔力】39000

【スキル】鑑定・自己視・ジェット噴射・暗視・ソナー(パッシブソナー)・鉱物探知・岩潜り・溶岩潜航・堅牢・遊泳・浄化・共食い・自己修復・聖壁・鉄壁・研磨・危険察知・丸呑み・暴食・鉱物摂取・修行・黒煙・狙撃・マッピング・吸収・炎吸収・炎無効・高熱無効・沈着(NEW)

【従魔スキル】シェルター・魔力共有

【攻撃技】麻酔針・猛毒針・腐食針・体当たり・針飛ばし・猛毒墨・触腕

【魔法】泡魔法・水魔法・幻覚魔法・土魔法・大地魔法・聖魔法・氷魔法・炎魔法・爆発魔法・溶岩魔法・重力魔法(NEW)





次回は次の章を書き上げ次第投稿します。少々お待ち下さいませ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る