第158話 友に捧げる一矢
夜の名残が西の彼方へ追い遣られ、対する東の彼方から燃え上がるような朱色の輝きを纏った太陽が競り上がる。それをバックにしたチタン火山は逆光によって黒一色に塗り潰され、やがて左側の稜線から顔を出すと眩い陽光がマグラスの街に降り注いだ。
「うーん! 気持ちいい朝だねー!」
「せやなぁ。ほんまにええ気持ちやなぁ」
私の上に乗っていたアクリルが元気に背伸びをする一方で、私の脇を歩くヤクトは中々抜け切れない眠気を体内から追い出すかのように微睡んだ猫みたいな大欠伸を零した。それを傍から見ていたクロニカルドは呆れた眼差しを寄越し、角麗はクスクスと鈴を転がすような笑い声を溢した
陽気な朝日で舗装されたマグラスの街道を踏み締めながら、私達はハンターギルドを目指していた。昨夜遅くまで繰り広げられていた喧騒が嘘だったかのように、或いは夜と朝が逆転したかのように、現在は静寂が町を支配している。
本来ならば朝方に並ぶ露店も現在は閉店したままであり、私達以外に活動している人間の姿も見当たらない。そう、「活動している人間」はだ。しかし、チラリと街道を挟んで向かい合う建物の壁や細い路地に目を遣れば……―――。
「あ、見て見てー。あそこにビンを抱えたまま寝てる人が居るよー」
「姫さん、あんまり指差したらあかんで。あの人はな、死ぬほど酔った挙句に死ぬほど眠っているんや。あんまり騒がしくしたらあかんで?」
「おい、それだとある意味で危篤に聞こえるではないか。やめてやれ」
そう、昨夜の祝勝会という名の無礼講で酔い潰された
どれだけ宴が楽しかろうが、どれだけ酒や料理が美味かろうが、流石に夜通しで飲み通せば人間の活力も底を尽きるというものだ。そして今の悲惨な現状を目の当たりにしても、誰一人として同情していなかった。
「まぁ、あれだけ騒げば当然ですよねぇ。皆さん、かなり飲み食いしてましたし……」
「何を言うか、角麗よ。お主も相当に食っていたではないか」
「せや、屋台のおっちゃんやおばちゃんもカクレイの食いっぷりを目の当たりにして、
「そ、そこまで酷くはありませんよ!?」
いやぁー、それはどうでしょう(白目)。腹八分目の制約解除を宣言した後も角麗は料理を只管に食べ尽くし、最終的に彼女一人の胃袋が満たされた頃には六つの屋台が壊滅――食材切れと言う意味で――に追い込まれていた。
ハンター達への感謝を込めた祝いの宴である事を考慮し、今回の祝勝会で提供された屋台の料理は全て
もしかしたら後々になってハンターギルドに請求するかもしれないが、それでも可能な限り損失を減らせれば越した事はない。そこで提供者側は複数の屋台で複数の料理を出し合うという方法で
これならば得はしないが損もしないし、何よりも大勢の人々を満足させる事が出来る……筈だったのだが、角麗――それも腹八分目の制約を解き放った
嗚呼、今でも目に浮かぶ。絶望のどん底に突き落とされて感情を喪失した店主達とは対照的に、腹と幸福に満たされた角麗の無邪気な笑顔が……。
まぁ、此方には何の問題も無いから良しとしましょう。角麗が大飯食らいなのは私達の責任じゃありませんし、それに食べ放題を謳っていたのは向こうなんですから。此方に一片たりとも非はありません。以上。
そんな風に私達が談笑しながら街道を進めば、マグラスのハンターギルドが見えてきた。ギルドの傍では派遣されたハンター達の姿がチラホラと見受けられ、帰還に向けての準備に勤しんでいた。
この地方でしか取り扱っていない大量の鉱石をアイテムボックスに収納して持ち帰ろうとしている者も居り、それを見た私は昨日の祝勝会を思い出して無意識に唾を飲み込んだ。
実は昨夜の祝勝会で大勢の人々が屋台の御馳走に舌鼓を打つ一方、私の前には大量の鉱物が用意されたのだ。別に生の野菜や肉でも構わないのだが、私の主食(厳密には雑食なのだが)は鉱物だと何気なく教えたアクリルの発言が発端となったのは言うまでもない。
しかし、流石はクロス大陸を支える鉱山の街と言うだけあって鉱物の質も量も極めて良好であった。遠慮を置き去りにしたかのようにガツガツと鉱物を食す私を見て、それらを運んできた筋骨隆々の採鉱者達も驚きを交えて笑い合っていたよ。
その中でも特にお気に入りだったのは『
【鉱物摂取スキル発動:特殊鉱物を大量に摂取した事によって、グラビウムの生成が可能になりました】
【重力魔法を手に入れました】
【防御スキル:沈着を手に入れました】
【防御力が5000ポイント追加されました】
はい、更に魔法とスキルと生成可能鉱物を手に入れてしまいました。ついでに防御力も大幅に底上げです。
聖魔法でさえアレだと言うのに、更に重力魔法まで付け加えちゃうなんて……あれ、私って貝でしたよね? と疑いたくなりましたけど、岩を纏ったり溶岩に耐え抜いちゃったりしている時点で規格外でしたね。
因みに沈着のスキルを調べてみたが、一時的に速力が大幅に低下する代わりに防御力が飛躍的に向上するというものだ。そもそも速力には微塵も期待もしていないので、強大な攻撃が迫って来た時には意外と役立ちそうだ。
「うん?」
「どうしたんや、クロニカルド?」
私達と並行して進んでいたクロニカルドが、不意に何かを発見したような呟きを上げて立ち止まった。それに釣られて私を含めた全員が足を止め、訝しげな視線と眼差しを添えて彼の方へと振り返る。
「いや、見知った顔を見付けてな」
「見知った顔?」
何処にと口には出さなかったものの、代わりにクロニカルドは目線で敷いた不可視のレールで示した。そして私達がレールに沿って彼が見据える先に目を遣るも、ハンターギルドの前を忙しく行き交うハンター達ばかりが目に入ってしまう。
一体何処だとヤクトや角麗の眉間にもどかしさを象徴する皴が刻まれた時、アクリルもクロニカルド同様に発見したらしく「あっ!」と声を上げた。
「あそこに居るよ!」
アクリルが指を差したのと同時に人込みのカーテンが途切れ、向かい側の通りが明らかになる。そこには車椅子に腰掛けながら気さくに手を振る隻腕の青年――オービルの姿があった。
今の彼は高価な鎧ではなく、入院患者が着るような清潔感に富んだ白に近い薄水色のパジャマを纏っていた。暖簾のように垂れ下がった右側の袖は通りを吹き抜ける風を浴びる度にバタバタと音を立ててはためき、改めて右腕が失われたという事実を生々しく物語っていた。が、不思議と当人の顔に悲壮の色は見当たらない。
オービルが車椅子の左側の肘掛に付けられたレバーを前に倒せば、それに連動して椅子を挟んだ車輪が穏やかに前進し始めた。どうやら魔力を込めて動く仕組みのようだ。
そしてオービルを乗せた車椅子が私達の目前にまで近付くと、搭乗者である彼は押しっ放しだったレバーをパッと手放した。すると車椅子は新品の自転車のような短いブレーキ音を奏でて制止した。
「何や、オービルやないか。態々見送りに来てどないしたん?」
「別に深い目的などない。命の恩人を見送るのに理由なんて要らぬであろう?」
「……お前、ホンマに丸くなったなぁ。最初に出会った頃と印象が180度変わっているで」
確かにヤクトの言う通りだ、あの頃は貴族のボンボンらしい鼻に掛けた印象が強かった。更に深く掘り下げて言えば、傍迷惑な正義感と暴走列車さながらの勢いで周囲を気にせず次々と巻き込む様は、正しく
がしかし、右腕を失うという壮絶な悲劇が契機になったのか、まるで憑き物が落ちたかのように以前と打って変わった穏やかさがオービルに宿っていた。もしかしたら多重人格なのではと思わず疑いたくなる程だが……。
と、急にオービルは苦笑いを浮かべて首を横に振った。私が抱いていた失礼な考えが視線に表れていたのかと内心ドギマギしたが、どうやら彼が反応したのはアクリルを除いた三人から向けられる不躾な眼差しだったようだ。
「余り過去を穿り返さんでくれ。私とて若かったと今になって反省しておるのだから……」
「ふっ、人間誰しもが語られたくない歴史の一つや二つはあるもんや。黒歴史っちゅーヤツやな」
まるで自分も身に覚えがあると言わんばかりに腕を組みながらうんうんと頷くヤクト。その傍らではクロニカルドが何かを探すように周囲に目線を配らせていた。
「そう言えば他の二人はどうしたのだ? 貴様を置いてけぼりにしたと言う……」
「ああ、奴等なら昨日の祝勝会にも参加せずに、逃げるようにマグラスから離れたらしい。ギルドマスターが言うには夜逃げみたいに……との事だ」
まるで何事も無かったかのように澄ました顔を浮かべるオービルだが、その台詞に鏤められた刺々しい嫌悪感は隠し切れてなかった。
だが、それも無理ない話だ。彼等はオービルを見捨てて逃げた挙句、彼の安否を心配するどころか、彼を亡者にでっち上げて自分達の罪を揉み消そうとした恥知らず共だ。私ならば仲間と認めたくないし、もう二度と関わり合いたくないと強い拒絶を示すだろう。
ヤクトは一瞬だけ不憫そうに眉を顰める。そして先程の吐き捨てられた台詞から見え隠れする本心に気付かぬ振りをして、オービルの仲間からオービル自身へと話題を摩り替えた。
「それよりもオービルはこれからどないするんや? 俺っち達と一緒に
「いや、私はもう暫くこの地に留まる。それから王都に帰還する予定だ」
「何や? マグラスに用があるんか?」
「腕の治療を受ける為だ。王都に戻る際には転移魔法を通らねばならんのだが、医者の話によると重傷の身では転移魔法に人体が耐えられないか、もしくは悪影響を及ぼす可能性も無きにしも非ずとの事だそうだ」
「そうか……。で、それからは?」
最初にヤクトが口にした『これから』が近々の予定だとすれば、次に口にした『それから』は未来を指したものである。それを理解していたオービルは穏やかな笑みを張り付けながらも、覚悟を決めた固い意思とでも言うべき閃きを両眼に宿していた。
「ハンターを引退し、父の職務の補佐に付くつもりだ。この腕では満足に戦うのも無理だしな」
「……そうか」
ヤクトは『どうして』だの『何故?』だのと多くを追求せず、本人の気持ちを尊重するかのように相槌を打った。恐らく、彼だけでなく他の人も同じ反応を取ったに違いない。
オービルの熱意は確かだが、残念ながら熱意に釣り合えるだけの力量を伴っていない。そして今回の一件で片腕が無くなってしまったとなればハンター業を廃業する他ない。残酷かもしれないが、ハンター業の過酷さを考慮すれば至極当然の成り行きであった。
オービルはヤクトから視線を外し、右手にある建物を感慨深そうに見上げた。武骨な屋根瓦と美しい青空で線引きされた境目が茶色の瞳に映り込むが、瞳の奥にある心眼は目先の光景を無視していた。
彼が真に見据えているのは過去、己の半生そのものだ。その証拠にオービルの横顔には視野から得られる感動はなく、只々憂鬱とも呼べる寂寥感が浮かんでいる。
「そもそも私がハンターを目指したのは、純粋に仲間という存在を味わってみたかったからだ」
「仲間だと?」
オービルの独り言にクロニカルドは意外そうに片眉を持ち上げながら反応した。その疑問に答える為か、それとも投げ掛けられた言葉を無視出来なかったのか、オービルは徐に此方へ視線を戻した。
「貴族社会と言うのは表面こそ煌びやかだが、裏では裏切りや陰謀が渦巻く冷徹な場所だ。そこでの繋がりは只単に相手を利用する為の手段に過ぎない。つまり、誰も彼もが腹に一物抱え込みながら、信用も信頼も預けないまま利害の一致という動機のみで手を組み合っているのだ」
「ふむ、己が居た時代でも貴族同士の厄介なイザコザは存在したが、ラブロス王国でも同様の事が起きているとはな。貴族と言う生物は存外、時代が変わっても己の生き様を変えられない不器用な生き物なのだな」
「全てが全て、そうとは限らへんで。ただ、時代を読み取る眼力が無いヤツや、時代の変化に対応仕切れへん鈍間が居るのは事実やけどな」
貴族への偏見を詰め込んだクロニカルドの台詞にヤクトがフォローを入れたかと思いきや、直後に一部の貴族に対する辛辣な意見を捻じ込んだ。その遣り取りにオービルは怒るどころか同意するかのように微笑を閃かしたが、直ぐに真面目な表情に逆戻りした。
「今でこそ鎮静化しているが、未だ人目に付かない場所では醜い応酬が繰り広げられている。私が物心を身に着けた頃から、両親から口酸っぱく言われたものだ。他者を信じるな、他人を利用しろ、下の人間を踏み台にして駆け上がり、上の人間は隙あらば引き摺り落とせ……とな」
「誰も信用出来ない……まるで疑心暗鬼の世界ですね」角麗の表情に悲哀の感情が灯される。「私なら耐えられそうにありません」
「ああ、そうだ。尤も、私の場合は貴族社会の常識に耐えられなかったと言うよりも、貴族社会の常識に逆らってでも仲間が欲しかったという欲望の方が強かったがな。
そうしてハンターへの道を進んだ訳だが、結果はこのザマだ。エディール家という看板に名も知らぬ弱小貴族が引き寄せられ、あのような仲間意識の欠片も無いチームが出来上がってしまった。私は只、誰か一人でも良いから信頼出来る仲間が……友人が欲しかっただけなのだがな」
そう言い切るとオービルは残念そうに溜息を吐き出した。ひょっとしたら彼は自棄になっていたかもしれない。あの正義感の暴走も、周囲を無理矢理に振り回すハチャメチャな言動も。
貴族としてではなくハンター仲間として、自分を
すると、落ち込むように暗い表情を俯かせたオービルに向かってアクリルが提案した。
「じゃあ、あたしがオーちゃんのお友達になってあげる!」
「お、オーちゃん?」
「うん、オーちゃんは友達が欲しいんでしょ? だったら、今から作れば良いんだよ! ハンターじゃなくても友達にはなれるもん!」
名案と言わんばかりに私の上で胸を張るアクリルに対し、オービルは幼子の発想に毒気を抜かれたかのように目を引ん剝いてしまう。だが、驚きこそすれど其処に嫌悪の感情は一切存在せず、やがてヤクト達からも賛成の声が上がった。
「ははは、ええやんか。こういう形で友達を作るのも……なぁ?」
「そうだな。別にハンターではなくとも友人にはなれる。アクリルの言う通りだ」
「ええ、同感です。友人や仲間を作るのにルールや掟は必要ありませんからね」
次から次へと投げ込まれる彼等の言葉にオービルは呆けた表情を浮かべていたが、やがて気が触れたかのように笑い出した。
それはアクリルの突拍子もない提案に対するものなのか、それとも仲間や友人を作るのに回りくどい真似をしていた自分に対するものなのか。どちらにせよ、今のオービルが喜びで満たされていたのは確かだ。
そして暫く続いていた笑い声が一段落すると、オービルは笑い過ぎで乱れた息を整えてから言葉を絞り出した。
「……成る程、私は友人の作り方すら知らなかったという訳か。道理で苦労する筈だ。そうか、こうやって素直に友達になろうと言えば良いだけなのか」
「そうだよー、簡単でしょ?」
アクリルが無邪気に微笑み掛ければ、オービルも安らかな笑みでコレに応じる。
「ああ、簡単だ。しかし、そんな簡単な事さえも私は知らなかった。それを知れただけでも友を持った価値はあった。成程、これが持つべきものは友……なのか。そう言えば、お嬢さんの名前は何と言うのかな?」
「アクリル!」
「そうか、アクリルか。良い名前だ」
初めての友人であるアクリルの名前を、ゆっくりと咀嚼するかのようにしみじみと呟くオービル。すると彼はレバーをグッと前に押し倒し、私達との……いや、アクリルを乗せた私との距離を更に縮めた。
「有難う、アクリル。私の友となってくれて。そして改めて、私を救ってくれたガーシェルに感謝の意を示してコレを譲りたい」
「ちょ、ちょい待ち! これって……!?」
オリヴァーが膝上に乗せていた掛け布団のような布を取っ払った途端、ヤクトの口から驚愕の一声が飛び出した。因みに声こそ出していないが、他の二人も目と口を大きく開かせて驚きを露わにしている。
布の下から現れたのは、オービルが愛用していた『
「お、おい……! これは貴様の武器ではないのか!?」
「ああ、そうだ。しかし、隻腕となってしまった今では不要の長物だ」
垂れ下がった右腕の袖を掴んでヒラヒラと揺り動かして強調するも、だからと言って感謝の証として一貴族の家宝を
「だ、だからと言って私達にホイホイと渡しても良いのですか? 貴方自身も言っていたじゃありませんか、この弓矢は貴方の御先祖様が使っていた大事な家宝だと……」
「確かに家宝だ。がしかし、正直なところ父はコレを処分したがっているのだ」
「処分? 何でや?」
「恥ずかしい話なのだが――」オービルは気まずそうに頬を掻いた。「父は尖った物や刃物を怖がる先端恐怖症なのだ。弓だけならば兎も角、鏃の付いた矢の部分は駄目でな。祖父の代では家宝として崇められていたが、父の代になった途端に扱いが少々雑に……いや、殆ど触れられなくなってな。
私がハンターになると言った途端、門出を祝してと称してコレを真っ先に手渡したのも、恐らく自分にとっての恐怖対象を身近に置いておきたくないという意思の表れであろう」
いやはや、何とも罰当たりな……。貴方のお父さん、何時か御先祖様の怒りを買って罰を食らうんじゃありません? そんな疑念を抱くのは私だけではないらしく、アクリルを除いた全員が引き攣った苦笑いを浮かべていた。
「もしも私が戻れば、父は自分の目の届かない場所に封印するか……或いは手放すだろう。父は過去の栄光よりも、未来の利益を優先する人間だからな。ならば、私の意思で貴方達に手渡しても結果的には何の支障も無い。だから、受け取って欲しい」
オービルは残された片手で弓矢を握り締め、アクリルに向けて突き出すように差し出した。しかし、アクリルはソレを受け取らなかった。いや、受け取れなかったと言うべきか。
流石の彼女もオービルから差し出された弓矢が極めて価値のある物だと理解しているらしく、戸惑いにも似た迷いが表情に漂っていた。そして助けを求めて周囲の顔色を窺うと、ヤクト達は穏やかな笑みと共に助言を出して彼女を導いた。
「貰ってもええで、姫さん」
「良いの?」
「オービル殿からすればコレは友人としての証、そして自分を助けてくれた感謝でもあります。彼の想いを拒むのは、友人の思いを否定する無礼な行いでもあります。ですから、此処は受け取るべきです」
「……うん、分かった」
ヤクトと角麗に諭される形で、アクリルは私から降りるとオービルの弓矢を手ずから受け取った。瞬間、弓矢が淡い光に包み込まれたかと思いきや、そのままアクリルでも使えるサイズにまで収縮した。
「すごーい、小さくなっちゃったー!」
「ほぅ、魔法の矢か。使用者に合わせてサイズを変えるとなれば、金貨数百枚……いや、数千枚は下らんのではないのか?」
「はっ、マジかいな!?」
「あくまでも己の居た時代での話だがな。今の時代の金銭の価値など己には分からん。だが、これでジャッジメントはアクリルを使い手として認めたのは確かだな」
「せやけど、姫さん弓矢なんて使えへんけど……誰かが教えるん?」
「うむ、それが問題だな……」
ヤクトの指摘に答えられる者は誰一人として居なかったが、そんな彼等の悩みなど知る由も無くアクリルは自分のサイズになった弓矢を持ち上げて踊るようにクルクルと回って喜びを表現していた。何とも気の抜けそうな光景ではあるが、それが却って彼等の気持ちを切り替えさせるきっかけになったようだ。
「まぁ、ええわ。ソレに関しては後回しにして……そろそろ行こうか」
「そうですね。やるべき事も済みましたし、王都に戻るとしましょう」
「じゃーね、オーちゃん!」
「うむ、其方達も息災でな」
オービルの見送りを受けながら、私達は他のハンター達と一緒になってマグラスのハンターギルドへと入っていった。最後にアクリルがオービルの顔を見ようと振り返ったが、既に彼の姿はハンター達の人込みに埋もれてしまい視界に収める事は叶わなかった。
☆
それから私達はマグラスのハンターギルドにある転移魔法を利用して、王都クロイツへと帰還した。外に出れば火山街特有の熱い空気は消えて無くなっており、代わってヒンヤリとした繁殖期の涼風が私達を出迎えてくれた。
「うーっ、寒ーい!」
「はは、そりゃそうや。繁殖期の王都と火山街では体感する空気も温度も何もかもが違うんやからな」
「ですが、こうも温度が大幅に変わると身体に掛かる負担も大きくなります。それは風邪や体調を崩す一因にもなりますので、注意するに越した事はありません」
子供の体調はガラス玉のように脆く、些細な出来事で崩れてしまう。そういった面での注意も人一倍払う必要があると角麗が熱心に説いている傍らでは、クロニカルドがヤクトに話し掛けていた。
「それで報告を終えたらどうするのだ? 直ぐにダンジョンに向かうのか?」
「そうやな、手始めに此方の準備を整えなあかん。準備不足のままでダンジョンに足を踏み入れたら、返り討ちに遭うのがオチや。それとガーシェルの登録をし直さなあかん」
「登録をし直す? 何故だ?」
「許可証では姫さんの従魔はロックシェルのままになってるんや。せやさかい、ヴォルケーシェルに登録し直さんと、ガーシェルと一緒に旅を続けられへんのや」
「成る程、そういう事であったか」
ああ、そう言えば従魔が進化した場合には許可証の免許を更新する必要があったんでしたっけ? しかし、私が進化したと知ったら例のエルフが来そうな気がしますけど……いや、流石にそれは考え過ぎか。
そんな会話を繰り広げながら足を進めていると、あっという間に私達は王都のハンターギルドの前に辿り着いていた。相変わらずの立派な建物の作りに圧倒されそうな気持ちを押し止め、意を決してギルドの中へ足を踏み入れた途端、人々の喧騒がドッと押し寄せてきた。
此処はクロス大陸で最も人口が集まる場所であり、そして血気盛んなハンターが集まる場所でもあるのだから喧騒があってもおかしくはない。彼等の喧騒がある一点に集中しているという奇妙な事実を除けばの話だが。
「何か皆集まってるよー?」
「どうやら一階の階段脇にある掲示板の前に集まっているみたいですね」
「掲示板?」
クロニカルドが角麗の言葉に反応し、目前を埋め尽くすハンター達に向けていた訝しい表情のままで振り返る。
「はい。ごく偶にですが、ハンター達にとって関連性の強いニュースなどが掲示板に張り出される事があるのです。尤も大抵が王国の政策関連、即ち街中に出回る政治ニュースと然程変わらない場合が殆どなので、そこまで熱心に見る人も多くはないのですが……」
「しかし、今回のは違うっちゅー訳やな」
そう言うとヤクトは掲示板に群がる人込みに向かって進み出し、最後尾に立っていた大人しそうな男性ハンターの一人に近付いた。すると相手も背後から近付くヤクトの気配を察したのか、パッと後ろへ振り返り彼と目線を合わせた。
「なぁ、この騒ぎはどうしたん? 俺っち達、今さっき此処へ帰って来た所なんやけど……?」
「ああ、どうやら王族の一人がダンジョン攻略に乗り出すみたいだ。で、現在腕の立つハンターを募集中との内容が書かれた紙が掲示板に張り出されて、その詳細を確認しようと誰も彼もが目を血走らせて集まっているって訳だ」
「王族がダンジョン攻略? 今時、王族がダンジョンに足を踏み入れるなんざ、そらまた酔狂やな」
「いや、そうとも限らないぜ。これが成功したら貴族派に大打撃だからな」
「貴族派? 大打撃?」
昨日聞いたばかりの
「知っているだろう? 王家派の連中が貴族派に押され気味なのは? しかも、只でさえ押されている上に、内部分裂まで起こして満足に戦えない状態だ。このままだと貴族派が政治の実権を握るのも時間の問題だ。それを危惧した保守派の第二王子は比類ない実績を獲得する為、起死回生を懸けたダンジョン攻略に挑むんだとさ」
説明口調でペラペラと話す男の言葉を聞いた時点で、私は……いや、私達は妙な胸騒ぎを覚えていた。しかし、敢えてヤクトは念押しの意味も兼ねて、重要なポイントを問い質した。
「ところで……その第二王子が向かうダンジョンは何処で、一体何を獲得するつもりなんや?」
その問い掛けに対し、男は得意げに腕を組みながら断言した。
「北方のノストラルにあるダンジョンさ。そこに眠るとされる魔剣アクエリアスが第二王子の目的のブツさ」
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