第146話 洞窟へGO!

 両脇に聳え立っていた岩壁が火山の麓で終わりを告げ、急勾配の険しい坂道が続く山道に切り替わる。とてもじゃないが人間が登るには困難を極めるのは明白であり、流石の私もバブルホイールからランドキャタピラーへと換装した。

 だが、(比較的)平坦な道から急な坂道に変わっても、エンマの襲撃は相変わらず執拗に続いていた。襲撃の回数が増すに連れて攻勢も強まっているが、コレは彼等の本拠地に近付いている証拠であろう。


 また変化したのは戦闘回数だけではなく、エンマ達の戦術も変わりつつあった。



「キキー!!」

「はっ!!」


 角麗が右手から迫っていたコエンマの一匹をボールのように蹴り飛ばすと、そいつは仲間を巻き込んで自爆した。だが、程無くして後続が舞い上がった粉塵のカーテンを突き破って私達の方へと殺到してくる。


「奴等の接近を許すな! 水魔法で食い止めろ!」

「分かったー!」

『分かりました!』


 追い風に乗って延焼する山火事のような勢いで急勾配の坂道を駆け下りるコエンマの大群に向けて、私達は一斉に水魔法を繰り出して大量の水を浴びせ掛ける。まるでマッチの火にバケツの水をブチ撒けるかのように、コエンマの灯火が生命諸共一瞬で鎮火され、あっという間に辺り一面は彼等の死骸で埋め尽くされる。


「ウォホホー!!」


ドドンッ!!


 と、そこで盛大に太鼓を打ち鳴らすかのような轟音とゴリラの遠吠えが火山一帯に響き渡り、その合図を機にコエンマ達は回れ右をして私達から距離を置き始めた。そして彼等に変わって前に出たエンマ達が得意の火球投げで此方を牽制しつつコエンマ達の撤退を援護する。


「くそ、まるで軍隊みたいな規則正しい動きをしおってからに! これじゃ迂闊に攻め入る事も出来へん!」

統率者リーダーが居るだけでこうも変わるか! 中々どうして侮れんではないか! こういう場合、頭を潰せば自然と下っ端は瓦解するものだが……!」

「その下っ端が私達の狙いを阻んでくるのでは、それも叶いませんね……!」


 クロニカルドの台詞を引き継いだ角麗は彼方にある岩場を忌々しげに睨み付ける。岩場の上には紅蓮の業火を纏ったキングコング……もといエンマ達のボスに当たるダイエンマが仁王立ちしながら、丸太のような腕で分厚い胸を叩いて大気を震わせていた。

 本来ならば威嚇行為として使われるドラミング――両腕で胸を叩く行為――だが、この場合においては仲間達の指示や号令を出す際の合図として使われていた。現にダイエンマが胸を叩いて吠える度、エンマとコエンマで構成された混成部隊は寄せては返す波のように攻撃と退却を交互に繰り返している。

 それまで特攻まがいとも呼べる攻めの一辺倒を繰り返していただけに、戦略及び戦術レベルの飛躍を意味する効率的且つ組織化された動きはヤクト達を驚愕させた。無論、私達の立場からすれば何の有難みも無いどころか厄介極まりないだけなのだが。


「ウホホホホホ!!」


ドドンッ!!


 そしてダイエンマがゴリラのような遠吠えを上げながら胸を叩くと、コエンマとエンマの混成部隊が一丸となって此方に殺到してきた。

 既に大多数――エンマは40匹以上、コエンマに至っては100匹以上――を返り討ちにしているのに、一向に相手の数と勢いは衰えない。このままでは此方の疲弊がピークに達し、数の暴力を地で行くエンマ達に押し切られてしまう。そんな危惧を打ち払ったのはヤクトが不意に発した警告であった。


「皆、目ェ瞑れ!!」


 その言葉に反応してヤクトの方へ振り返った時には、既に外套の下から取り出された手投げ弾が虚空を舞っていた。ヤクトが放り投げたソレは何時ものパイナップル型の手榴弾ではなく、六角形の筒状をしていた。

 その形状に見覚えがあった私は、ソレが綺麗な弧を描いた末に猿達の目前でバウンドしたのを見届けてから視界をシャットダウンした。直後、バンッと甲高い炸裂音が鼓膜を劈き、爆発と共に溢れ出した強烈な閃光が瞼の裏――瞼なんて無いが――に広がる闇を照らし付ける。

 若干の痛みを伴った耳鳴りに交じって、パニックの性質が含まれたエンマ達の喧しい悲鳴が鼓膜を引っ掻く。そして瞼の裏にまで焼き付いた閃光の名残が消え、恐る恐る目を開けると、ヤクトの閃光弾フラッシュバンで視界を焼かれたエンマ達が両手で顔を覆いながら地面に突伏していた。


「ガーシェル! 今の内に奴等を動けなくさせるんや!」

『了解! 泥沼マッドマーシュ!』


 貝殻の隙間から覗かせた二本の触腕で地面を叩き付けると、足元に広がる固い山肌がボコボコと隆起し、耕されたばかりのような柔らかな地面へと変質する。更に地面の下から大量の水が染み出し、柔らかい地面と混ざり合って水気を多く含んだ泥状の沼となった。

 碌に身動きの取れなくなったエンマ達を捉えるのは意図も簡単であり、彼等は成す術もなく私が作った泥沼に次々と呑み込まれていき、あっという間に無力化された。中には泥沼から這い出ようと必死に空を掴む者も居たが、足掻けば足掻くほどに肉体が地中に沈むという無駄な結果で終わった。


「よくやったで、ガーシェル!」

「あとはダイエンマのみか……!」


「ウゴォー!!」


 クロニカルドが大将に目を付けた矢先、岩場で指揮を取っていたダイエンマが怒りの咆哮を上げながら飛び降りた。そしてゴリラさながらの四肢を使った走行で急勾配の斜面を駆け下り、私達の方へと一直線に向かってくる。

 しかし、私達との間には限りなく底無し沼に近い泥沼が広がっている上に、その泥沼には身動きが取れない仲間達が囚われているのだ。下手に突っ込むなんて真似はしないだろうという楽観的な予測は真正面から裏切られた。


「何やと!?」

「味方を犠牲にして進んでくるだと!?」


 ダイエンマは迂回や遠回りなどと言う回りくどい真似を選択せず、泥沼に沈んだ仲間達を踏み台代わりにして強引に突破したのだ。だが、踏み台にされた側が無事である筈も無く、ダイエンマが通り過ぎた後には踏み潰された猿達の死骸と脳漿で舗装された血路が出来上がっていた。

 侵入者の排除の為ならば仲間の犠牲をも厭わないという冷徹な決意を目の当たりにし、灼熱の火山帯であるにも拘らず、まるで背筋が凍り付いてしまったかのように硬直してしまう。


「皆さん! 下がって下さい!」


 泥沼を突破したダイエンマが私達に躍り掛からんとした直前、角麗は退避を呼び掛ける。そこで我に返った一同が急いで後退する中――アクリルに関しては角麗に抱えられる形で回収された――、その場に私一匹だけが取り残されてしまう。

 只でさえ足が遅いのもそうだが、急勾配の坂道を登る為にと機動力に劣るキャタピラに換装したのも逃げ遅れた原因の一つだ。


「ガーシェルちゃん!」


 不安に満ちたアクリルの叫びが火山帯に木霊する。


『堅牢!』


 火属性の攻撃は苦手だが、此処は自分の防御力に賭けるしかない。その一心で堅牢のスキルを発動させ、防御力を底上げさせる。そして振り下ろされたダイエンマの拳が私の貝殻に激突した瞬間、まるで手榴弾を直接ぶつけられたかのような爆発が巻き起こった。


『あづっ!!?』

「ダイエンマの拳が自爆したんか!?」

「いや、違う。爆発こそしているが拳は損なわれていない。恐らくアレは拳に魔力を凝縮させた炎魔法の一種だ」

「クロニカルド殿の言う通りです。あれが大炎魔の得意技である爆熱拳です。下手な爆弾よりも威力があるので、大炎魔に接近戦を仕掛ける際には注意が必要なのです」

「へー、そうなんかー……って、説明を聞いて感心しとる場合やあらへんな!」

「ガーシェルちゃんをいじめるなー!」


 角麗から解放されたアクリルがダイエンマに向けて水球を放ち、ヤクトも氷結弾を連射してコレに続く。しかし、ダイエンマは二人の攻撃に気付くや、西部劇のテーブルのように私を引っ繰り返して盾代わりにした。


「ウホホォォォ!!!」


 更にダイエンマは力強い雄叫びを上げながら貝殻の底部を掴むと、重量挙げでもするかのように私を軽々と頭上に持ち上げた。そのまま私をアクリル達目掛けて放り投げる魂胆なのだろうが、そうはいかない。


重岩鎧ヘヴィロックアーマー!!』


 吹き出物のように貝殻の表面に大小様々な岩石が浮き上がり、更に増殖して私の身体そのものが泥団子ならぬ岩団子へと変貌する。それに比例して重量が増していき、やがてダイエンマも投げるよりも支えるのが精一杯になり、両腕と足腰が徐々に折れ曲がっていく。


「今だ! ダイエンマに集中砲火を浴びせ掛けろ!!」

「分かったー!」

「任せとけや!」


 クロニカルドとアクリルが発動させた水魔法『矢の雨レイン・ボゥ』をダイエンマに浴びせ掛け、ついでにと言わんばかりにヤクトも分厚い巨体に銃弾を数発叩き込む。そこでダイエンマの体力は殆ど失われたらしく、最後は私の重みに支え切れなくなってグシャリと押し潰された。


【相手の体力がレッドラインを越えました。丸呑みが可能です。標的を丸呑みしますか?】


 そして御馴染みのステータスが脳裏に表記され、私は鎧を解除するのと同時に丸呑みを選択した。押し潰されたせいで少々グロテスクだが、胃袋に収まってしまえば全て同じなのだから気にしませんよ。


『いただきます!』


 バクンッ! ついでにダイエンマに押し潰されたエンマとコエンマもバクリッ!


【経験値が規定数値に達しました。レベルがアップして33になりました。各種ステータスが向上しました】

【経験値が規定数値に達しました。レベルがアップして34になりました。各種ステータスが向上しました】

【戦闘ボーナス発動:各種ステータスの数値が通常よりも多めに獲得します】


 ふぅ、胃袋が満たされて幸せでござんす。それにチタン火山に入ってから、もう既にレベルが7つも上がってしまった。まぁ、エンマ達の襲撃を二十回以上も退けている上に、戦闘と丸呑みという名の経験値取得もしていればレベルが上がるのも当然なのだが。


「ガーシェルちゃん、だいじょーぶ?」


 と、そこでアクリルが私の傍へと駆け寄って来た。

 ダイエンマに殴られた部分を撫でようとするも背が届かず、プルプルと震わせながら背伸びをするも彼女の手が其処に届くことは無かった。とは言え、幼女の頑張る姿は見ているだけでホッコリするが。

 しかし、アクリルの頑張りを無駄にするのもアレだったので、最終的には彼女を触腕で持ち上げて傷跡(レベルが上がったのと同時に完治したが)を撫でて貰った。


『もう大丈夫ですよ。有難うございます』

「うん、ガーシェルちゃんの貝殻きれーだからだいじょうぶだね!」


 アクリルからの御墨を頂いたところで、ヤクトが見計らったかのように言葉を投げ入れた。


「ほな、この泥に嵌まったエンマを始末したら先へ行こうか。まだまだ仕事は山積みやからな。用心して行くで」

「はーい!」

『了解しました』


 泥沼に嵌まって身動きが取れなくなっていたエンマ達をきっちりと駆除し終え――ついでにペロリと平らげて経験値も手に入れて――、私達は険しい坂が続く山道を進み始めた。

 それまでとは打って変わって山道での襲撃は、先程のを除いて皆無であった。まさか奇襲を仕掛けてくるのではとソナーを常時発動させていたが、エンマ達の反応はキャッチ出来なかった。

 安心しても良いのか、それとも嵐の前の静けさだと危惧すべきか。だが、此処は敵地のド真ん中なのだから警戒しておいて損は無いだろう。襲撃が無かったら無かったで、単なる気苦労で済むだけだ。

 それから更に山道を道なりに進んで上を目指し、やがてチタン火山の中腹に差し掛かった時だ。先頭を進んでいた角麗が足を止めるのと同時に片腕を持ち上げ、後続の私達に制止のジェスチャーを送る。


「どないしたんや、カクレイ?」

「ヤクト殿、アレを見て下さい」

「アレ?」


 ヤクトだけでなく他の全員も角麗の隣に並び立つと、そこで道が二手に分かれている事実に初めて気付いた。一つは更に上にある火口付近を目指す正道、もう片方は崖沿いに続く下りの脇道だ。そして角麗が見据えていたのは後者だ。

 緩やかに続く下りの脇道に沿って目線を走らせると、その途中で洞窟のような入り口を発見した。火山洞窟自体は珍しいものではないけど……と思っていたら、ヤクトが顰め面を浮かべながら口を開いた。


「妙やな、こんな洞窟があるなんて聞いてへんで?」

「向こうが知らないだけでは? 或いは話さずとも良い判断したのか?」

「いや、その可能性はあらへん」クロニカルドの予想にヤクトは首を横に振って否定する。「エンマの殲滅が目的やのに、そいつが逃げ込みそうな場所を言わんのは辻褄が合わん。ましてやギルドマスターはチタン火山に関しては熟知しとる。洞窟の存在を知っていれば、打ち合わせの際に教えている筈や」

「では、何か? まさかエンマが掘ったとでも言うのか?」


 クロニカルドの疑問はヤクトだけでなく、エンマの生態に比較的詳しい角麗にも向けらていた。そして彼女は洞窟に目を張り付けたままコクリと頷いた。それはクロニカルドの疑問も尤もであるという肯定ではなく、その疑問が正解である事を意味していた。


「エンマは最も熱さを好む魔獣であり、そして賢い種族でもあります。自分達の暮らしを都合良くする為に、住み付いた火山自体に手を加えるのは珍しい事じゃありません」

「じゃあ、あそこを通ったら今みたいなおサルさん達が居るの?」

「その可能性は高いでしょう。もしも洞窟の先で居住区を設けているとなればの話ですが……」


 此方の目的はエンマの殲滅だ。しかし、エンマの居住区に私達だけで突入するのは些か危険が過ぎる。ヤクトだけでなくクロニカルドも同じ考えを抱いているのか、二人とも険しい顔を作りながら洞窟の入り口に視線を張り付けている。


「取り合えず、連絡だけはしておいた方がええやろうな。何があるのかは分からんけど、連絡しておいても損は無いやろ」

「出来るのですか、連絡の術は狼煙球ぐらいしか渡されていませんでしたよね?」


 このクエストが始まる前、マグラスのハンターギルドがチタン火山へ向かうハンター達の為に狼煙球を用意してくれたのだ。これを地面に叩き付けると膨大な煙が吐き出されるという物であり、各ハンター達には赤と緑の二種類が手渡されている。

 因みに緑は任務の完了を意味し、赤は緊急事態トラブルが起こって撤退する事を意味する。しかし、当然ながらコレだけでは洞窟のことを伝えられる筈が無い。するとヤクトが外套の下で腕をごそごそと動かし、一枚の用紙を取り出した。


「ああ、それなら大丈夫や。俺っちは万が一に備えて魔法紙マジックペーパーを常時してあるねん。これに情報を書いてドルカスのところへ飛ばせばええだけや」

「魔法紙?」


 何だソレは?と言わんばかりに興味深げな眼を向けるクロニカルドに対し、ヤクトが両目を大きく見開いて意外そうな表情を閃かせる。


「何や、知らんのか……って、この技術が生み出されたのは今から百五十年程前やからクロニカルドが知らんのも無理あらへんか。この魔法紙は一見すると単なる紙に見えるけど、透明な魔法陣が仕込まれとるんや。そんで文章と宛先を書いてから魔力を流し込むと、紙が独りでに宛先に向かってくれるっちゅー訳や」

「成る程、つまり自動的に手紙を送り届けてくれるという訳か。しかし、魔力を持たぬ貴様には無用の長物ではないのか?」

「俺っちもそこまでアホちゃうわ。こういう時に使う魔石をちゃーんと用意して―――」


 と、ヤクトが説明していた最中、不意に彼の説明が途切れた。何事かと思いヤクトの表情を窺えば、彼は私達ではなく彼方の方に目を向けていた。

 その目線の先へと私達も振り向くと、一筆書きの墨絵みたいに鮮やかな赤の狼煙が殺風景な火山地帯を背景バックに天へと昇っていた。

 そう、赤だ。つまりは他のハンター仲間が何かしらのトラブルに見舞われて撤退した事を意味する。この場合に置いては、任務の失敗と受け取ってもおかしくはない。


「ねぇ、見て! あっちも赤いのが上がってるー!」

「何やと!?」


 アクリルが指差す方向にパッと振り向けば、其方にも同じような赤い狼煙が壮大な青空を寸断するかのよう立ち昇っていた。それも一つだけではなく、二つ……いや、程無くして三つに増えた。


「まさか……皆、エンマにやられてしもうたんか!?」

「まだ全滅したと決めつけるのは早急だ。しかし、奴等の戦力を甘く見ていたのも事実だ。兎に角、先ずは洞窟の件で連絡を―――」

『皆さん! 敵が来ます!』


 常時発動していたソナーのセンサーが複数の反応をキャッチし、私は貝殻の隙間から泡の吹き出しを吐き出した。全員の目が吹き出しに触れた途端、ピリッとした緊張感が周囲に張り巡らされた。

 そして何処から敵が来るのかと誰かが問い掛けるまでもなく、向こうから姿を現してくれた。私達が来た道から、火口へと続く道から、右手の山頂から、そして左手の崖下から……つまりは、脇道を除いたほぼ全方位だ。

 それも押し寄せてくる数は百や二百どころではなく、千以上は……兎に角、ソナーセンサーに収まり切らない膨大な数なのは確かだ。今までの襲撃が生易しく思えてしまう程の数の暴力に、ヤクト達も思わず表情筋を引き攣らせてしまう。


「何や、この数は!?」

「今までとは比べ物にならん! これでは極大魔法の一度や二度では殲滅し切れん!」

「逃げようにも退路も断たれています! 如何なさいます!?」


 全員の視線がリーダー格であるヤクトに向けられる。その時、皆の命運を預けられたヤクトの眼の奥で知略の火打石が何度も激しく衝突し合うのが見えた気がする。そして火花が発せられては消えを繰り返した末、やがて一つの灯火が目の奥に煌いた。


「洞窟や! あそこに逃げ込むで!」

「正気か!? 魔獣の巣に飛び込むのかもしれんのだぞ!?」

「他に道はあらへん! 洞窟に入った後、ガーシェルの岩魔法で入り口に蓋をすれば多少の時間は稼げる!」


 その意見に角麗は正面から迫って来るエンマの大軍に向き合ったまま、賛成の意を込めて短く頷いた。


「私もヤクト殿の意見に賛成です! こうも四方八方から攻められては、此方が不利になるのは明白です!」

「くっ、仕方があるまいか……!」


 二人の意見に慎重派だったクロニカルドも折れ、私達は洞窟がある脇道へと進路を切り替えた。幸いにも脇道から猿達が迫ってくる様子も気配も無いが、それが余計に不安や不気味さを駆り立てる。尤も、この状況では漠然とした危惧に思考を割いている暇など無いが。

 崖下から這い出てきた猿達を各々の手段で蹴落とし、後ろから迫って来る猿達に至っては水魔法の牽制で足止めする。どうにかという体で私達が洞窟の中へと駆け込んだ直後、ヤクトは私達を追って洞窟に殺到しようとしている猿達を睨みながら、切羽詰まった声で叫んだ。


「今や! やれ!!」

鉄壁アイアンウォール!』


 ヤクトの台詞には主語が抜け落ちていたが、そこを理解出来ない程に私も愚鈍ではない。すぐさま魔法を発動させると私達の背後で分厚い鉄のカーテンが競り上がり、此方を追い掛けていた猿達との分断に成功する。

 姿だけでなく声も遮断された事で皆の顔に一応の安堵が浮かび上がるが、直ぐに洞窟内に充満する蒸し暑さが嫌気と鬱陶しさを誘発した。因みに洞窟内に蔓延っていた暗闇に関しては、ヤクトが取り出した光の魔石ライトストーンのおかげで大分薄らいでいる。


「あつ~い……」

「火山洞窟やから仕方ない事かもしれへんけど、こりゃ尋常じゃない蒸し暑さやな」

砂漠の一本道ディザートロードも中々の暑さでしたが、此方はそれ以上ですね。何と言いますか、湿気が段違いです」

「このままでは体力を奪われる一方だ。温度調整の魔法をかければ多少はマシになる筈だ。温度低下クールダウン


 サッとクロニカルドが腕を振るうと、冷気を纏った心地良い風が身体を周回しているような感覚になり、茹だるような暑さが何処かへと吹き飛んでしまった。


「おお、こりゃええわ。流石は大魔法使い様やな。助かったで」

「有難うございます、クロニカルド殿」

「ありがとー!」

『おかげさまで楽になりました』


 私達が口々にクロニカルドに感謝を告げるも、当の本人は感謝を受け入れるどころか困難を目前にしたかのような険しい顔付きのままだ。そこから『油断大敵』という彼の心境が読み取れる。


「ふんっ、礼を言うのは早いぞ。我々は洞窟の先へ進まねばならないのだからな」

「ああ、せやな」


 そこでヤクトも笑みを引っ込め、暗闇が続く洞窟の先に厳しい眼差しを投げ掛けた。ヤクトが手にしているライトストーンの輝きすら容易に飲み込んでしまう漆黒の闇が広がっており、暗闇に慣れていないアクリルは不気味さを覚えて私の貝殻にぎゅっとしがみ付いている。


「はてさて、鬼が出るか蛇が出るか……てな」

「この場合、高確率で出てくるのは猿だろうがな」

「言葉の綾に対して真面目に突っ込むのやめーや」


 こうして私達は未知の世界とも言うべき火山の地底へと足を踏み入れた。

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