第145話 チームの結束と崩壊

「ホーッホッホッホウ!!」

「ギャッギャッギャ!!」

「くそ! 数が多いし休んでいる暇もあらへんわ!」

「ヤクト殿、奴等のペースに乗せられてはなりません!」

「ああ、分かってる!」


 火山の麓へと近付くにつれてエンマ達の攻撃は苛烈さを増し、流石の私達も足止めを余儀なくされつつあった。既に六回……いや、現在進行形を含めて七回もの襲撃を受けており、その都度にエンマの数は増加する一方だ。

 戦力の逐次投入は愚策と言われているが、何度打ち倒しても終わりが見えないという状況は精神的に中々どうして堪えるものだ。とは言え、それだけで簡単に挫けるほど私達も軟ではないが。


「ヤクト殿、私が突っ込みます! 援護をお願いします!」

「おう、任せろや!」

「では……行きます!」


 その掛け声と共に角麗は勢いよく駆け出し、30匹を裕に超すコエンマの群れへと突っ込む。コエンマ達は一斉に口から火球を吐き出して相手の接近を阻止しようとするが、角麗の動きを捉えるには余りにも遅過ぎた。


「はっ!!」


 ドンッと地面を踏み付けて、宙に飛び上がる角麗。その下を30を超す火球の絨毯が通り過ぎていくのを見送ってから、彼女は群れの中心部にライダーキックさながらの飛び蹴り――それも爪先に闘気を凝集した渾身の一撃――を叩き込んだ。

 直後、爪先に溜め込んでいた闘気が弾け、中型ミサイル並の爆発が巻き起こる。爆心地に最も近かった5匹が跡形もなく吹き飛び、更に爆風に吹き飛ばされた8匹程のコエンマも両側の岩壁に叩き付けられる。

 その絶大な威力を目の当たりにして誰もが目玉を引ん剝いて驚愕する中、真っ先に我を取り戻したのは、散り散りとなって浮足立つコエンマの群れに好機を見出したヤクトであった。


「ガーシェル! 生き残ったヤツを仕留めるで!!」

『りょ、了解しました!』


 統制が乱れた上に混乱の坩堝に叩き落されたコエンマの群れなど戦意を失った残党に等しく、そんな彼等を屠るのは造作も無かった。ヤクト特製の氷結弾がコエンマを凍死させ、私の水魔法がコエンマの身体と命の灯火を鎮火していく。

 あっという間にコエンマの群れを掃討して(ついでに息絶えたコエンマ達をペロリと平らげた)静けさを取り戻すと、本日だけで何度目となるかも分からない溜息がヤクトの口から零れ落ちた。


「ふぃー、これで六度目……いや、七度目か? 兎にも角にも、屠っても屠っても次から次へと湧いて出てくるさかい、キリがあらへんなぁ」

「仕方ありません」角麗が此方に歩み寄り、苦笑を閃かす。「これがコエンマの常套手段というヤツです。戦力を小出しにして相手を弱らせ、そして此処ぞという所で一気に大量の戦力を投入して蹂躙する。繁殖能力の高さが取り柄の魔獣だからこそ出来る戦術ですね」

「所謂、人海戦術っちゅーヤツやな。魔獣のくせして軍隊みたいな嫌らしい戦い方をしおってからに……」

「ですが、逆を言えば個々の能力は然程高くはないという証拠ですね。奴等のリーダー格であるダイエンマにしても、その実力は上位魔獣に届くかどうかという程度でしかありません。無論、私達のような人間からすれば十分に脅威である事に変わりはありませんが」

「まぁ、こっちには腕の立つ魔法使いも居るし、ガーシェルだって居るんや。そう簡単にやられはせぇへんけど、そろそろ向こうもコエンマだけでは歯が立たんっちゅー認識を持ち始める筈や」

「ええ、そうなると次は―――」


 と、角麗が予測を打ち立てた矢先、右手の崖上から二発の火球が飛来してきた。弧を描いたソレらは上手くいけば私達の頭上に落ちる筈だったが、寸でのところで私がウォーターバリアを張ったおかげで事無きを得た。

 しかし、アクリルを除く面々も火球の存在に気付いていたのだろう。驚く素振りも見せず、最初から見抜いていたかのように右手の崖を見上げ、其処に居る魔獣達の姿を視界に捉えた。


「やはり、来ましたね」

「成る程な、アレが中間に位置するエンマか」


 見上げた先には日本の成人男性の平均身長に匹敵する背丈を持ちつつ、テナガザルを彷彿とさせるスラリと伸びた両腕が特徴的なエンマの姿があった。しかも、向こうも此方を過大評価しているらしく、エンマ十匹に加えてコエンマ四十匹と中々の戦力が勢揃いしていた。


「ほう、どうやらヤクトの予想が当たったみたいだな。連中は我々を強敵と認めてくれたみたいだぞ」

「そりゃ嬉しいねぇ。せやけど弾の無駄遣いはしたくあらへんのやけどなぁ」

「なら、百発百中の覚悟で頑張るしかありませんね。期待していますよ」

「ははっ、美人な御姉様の頼み事に応えられへんかったら男が廃るっちゅーもんや。こりゃ奮起せなあかんなぁ」

「アクリルとガーシェルちゃんもがんばる!」

『勿論です!』


 そう言いながら私達が迎撃態勢を整えた矢先、エンマの咆哮が響き渡った。それを皮切りに小柄なコエンマ達が一斉に崖を駆け下り、新手のエンマ達は崖上から火球を投擲してコエンマ達の援護を試みる。長いリーチを有する腕を存分に活用している事もあり、単純な威力だけでなく狙いも正確だ。


「今度は援護付きかいな! 益々厄介やな……!」

「ヤクト殿! 私が崖上のエンマを仕留めます! 援護を頼みます!」

「ああ! 任せとけ!」

「では、行きます!」


 角麗が崖に向かって突撃し、ほぼ絶壁に近い岩壁を駆け上がって……いや、まるで忍者のようにジグザグに蹴り上がっていく。途中で数匹のコエンマと擦れ違ったが、尽くを無視して只管にエンマ達の居る崖上を目指す。

 コエンマ達も擦れ違った角麗に見向きもせず、私達が通る道に降り立つと此方に向かってきた。彼等も狙うべき標的を固定しているところを見るに、行き当たりばったりの魔獣とは違って戦略や戦術の重要性を理解しているみたいだ。


「俺っちは角麗の援護に徹するさかい、コエンマの群れはクロニカルドに任せたで!」

「心得た! ガーシェル! アクリル! 遠慮はいらん! ありったけの水魔法を子猿共に喰らわせるのだ!」

「分かったー!」

『分かりました!』


 ヤクトが狙撃銃を取り出して角麗の援護を開始し始める傍らで、私は眼前のコエンマ達に意識を注いだ。全身に纏った炎を一段と激しく燃え上がらせており、まるで導火線に付いた火を連想させる。が、この見立ては強ち間違っていない。

 コエンマの技の一つにある自爆と呼ばれる列記とした技であり、全身に纏った炎を激しく燃え上がらせるのは自爆を発動させる際に見られる兆候なのだ。無論、自爆なのだから彼等自身の命と引き換えだが、それ故に爆発の威力も強大であり侮る事は出来ない。

 しかも、厄介なことに自爆を発動させたらコエンマ自身も止める手立ては無いらしく、死兵となって我武者羅に私達標的に突っ込もうとする。前世では自爆テロなんて狂気の沙汰があったが、よもや異世界でもソレを目の当たりにしようとは思わなかった。

 だが、決して止める手立てが無い訳でもない。自爆のタイムリミットが訪れる前に、此方から攻撃を仕掛けて仕留めれば良いだけだ。


「今だ!! 水魔法を浴びせ掛けろ!! 大瀑布!!」

「ウォーターキャノン!」

『ハイドロポンプ!!』


 コエンマとの距離が目と鼻の先に達したところで、クロニカルドが号令と共に洪水のような上位級の水魔法を繰り出す。彼に合わせてアクリルは巨大な水球を、私は二本の触腕から凄まじい勢いの放水を繰り出し、各々の水魔法でコエンマの炎を鎮火させていく。

 どういう理屈なのかは定かではないが、エンマ達にとって身体を覆う炎は命の灯火でもあり、それが消されるのは死を意味する事のようだ。事実、水魔法を浴びて鎮火させられたコエンマ達はバタバタと斃されていき、そのまま二度と起き上がる事はなかった。

 だが、向こうもやられてばかりではない。私達の水魔法が道を埋め尽くすのならば、壁を伝って接近しようと試みるコエンマが現れたのだ。一匹が試みれば、他の数十匹もソレに続く。魔獣にしては素晴らしい閃きだが、そうは問屋が卸さない。


『ガイアウェーブ!』


 二本の触腕で地面を叩き付ければ、両方の壁から岩盤の津波が発生してコエンマ達に襲い掛かる。ある者は水魔法で埋め尽くされた道に落ちて水没し、ある者は隆起した岩盤に挟まれる格好で押し流された挙句、自爆のタイムリミットを迎えて命を散らした。

 やがてコエンマの群れをあらかた全滅させて余裕が生じ始めたところで、私はチラリと崖上に駆け上がった角麗を見上げた。流石は金ランクと言うだけあって、複数のエンマに囲まれながらも対等に渡り合っている。


「ホァ! ホァ! ホァー!!」


 リーチの長い腕で間合いを活かしつつ、勝負を有利に進める……それが接近戦におけるエンマの戦闘バトルスタイルなのだろう。大抵の人間であればリーチの差に警戒を払い、変幻自在に襲い掛かる両腕を脅威と見做すに違いない。が、その戦法は格闘家である角麗の前には何の意味も成さなかった。


「ふっ!」


 角麗は大きく振り抜かれた腕をスレスレで潜り抜け、あっさりとエンマの懐に飛び込むのと同時に鋭い一撃を鳩尾に叩き込む。

 それも拳ではなく手刀の形……所謂『貫手ぬきて』と呼ばれるものであり、鳩尾から引き抜いた彼女の手にはべっとりとエンマの血が付着していた。同時にエンマの口と空いた腹部の穴から血が溢れ出し、ついでに身体に纏われていた炎も掻き消された。


「キィー!!」


 仲間を倒された事に他のエンマが怒りの雄叫びを上げ、無防備な角麗の背後に襲い掛かろうとする。が、その拳が振り下ろされる前にヤクトの狙撃銃が火を噴いた。流石にコエンマみたいに一発だけでは倒れず、二発、三発と入れて漸く全身の炎が消え去った。

 角麗の武術とヤクトの援護によるコンビネーションの前にエンマは手も足も出せず、三匹以下になったところで尻尾を巻いて逃げ始めた。しかし、角麗は深追いせずに闘気を解除し、構えた拳を緩やかに下ろした。


「ふぅ、何とか片付いたみたいやな」

「はい。有難うございます。見事な援護でございました」


 崖上から滑り落ちるように戻って来た角麗は、にっこりとはにかみながらヤクトの援護に感謝を告げる。しかし、当の本人は大した事ではないと少し気恥しそうに苦笑しながら頬を掻いた。


「別に大した事あらへんよ。仲間を援護するのが俺っちの仕事や」

「ですが、ああも正確な援護が出来る人はそうそう居りませんから」

「ほな、誉め言葉として素直に受け取っておこうかな」そこでヤクトは角麗から視線を外し、自分達が倒したコエンマを見渡した。「……せやけど、中々に厄介な魔獣やな。エンマっちゅーのは。まさか自爆まで用いようとするなんて、常識外れにも程があるやろ」


 ヤクトの意見にクロニカルドも同意を込めて頷く。


「大を生かす為に小が犠牲になるのは世の常だが、奴等の行動はソレとはまた違っていた。何と言うか……そう、誰かに命令されて嫌々自爆するのではなく、死なば諸共と自分の意思で自爆を選んだかのような思い切りの良さがあった」

「エンマ達にとって群れを守る事は一種の使命みたいなものであり、その為ならば自分の命を投げ出す事も厭いません。これはコエンマだけではなく、他のエンマやダイエンマにも当て嵌まります」


 まるで第二次世界大戦時の日本が唱えていた一億総玉砕みたいだな。しかも、その特攻精神は最も貧弱なコエンマだけでなく、エンマという名前が付く種族ならば誰もが兼ね備えていると言うのだから恐ろしい。

 もしも彼等に囲まれた挙句、一斉玉砕なんて仕掛けられたら……想像するだけで背筋がゾッとする。と、そんな私の傍らでアクリルが首を傾げながら疑問の声を上げた。


「何で命を大事にしないのー?」

「この世はアクリルが思っている程に生易しくはないし、生きとし生ける全てが命を尊重している訳ではないのだ。弱肉強食……弱者が食われ、強者が生き延びるのも然り。ましてや戦争となれば、人間は個々の命よりも勝利という大きな目的を優先するようになる。そして戦争が終わった途端に命よりも大事なものはないと気付くも、暫くすれば……」

「クロニカルド、ストップや。姫さんがフリーズしとる」


 命の重さは常に平等という訳ではなく、それを計る天秤も時と場合によっては簡単に均衡を崩してしまうという世の理を説こうとしたクロニカルドであったが、流石に五歳児アクリルの理解力では無理があり、目を白黒させたまま硬直してしまっていた。

 そこへ助け船を出したのはヤクトだ。アクリルの頭に優しく手を乗せると、彼女の硬直が解けて彼の方へと見上げる。


「まぁ、要するに世の中は姫さんみたいな考えが通用するほど甘くはないってこっちゃな。せやけど、姫さんの優しさが間違っている訳ではあらへん。寧ろ、その考えはとても大事なことやで」

「うーん、難しくてよく分かんない……」

「はは、今は無理して理解せんくてもええ。追々、姫さんが自分の頭で考えられるようになってから自分なりに答えを出せばええだけや。それまで御預けにして、今は目の前の仕事に取り組もうや」

「うん!」


 アクリルの表情に笑顔が取り戻ったところで、私達は再び前進を再開した。因みに倒されたコエンマ及びエンマはペロリと頂きました。レベルに変動は無かったけど、胃袋が満たされる多幸感に暫し酔い痴れた。



 まるで溶岩に含まれた地熱エネルギーを循環させているかのように、洞窟内は膨大な熱量で満たされていた。ジリジリと肌を焼き付ける強烈な熱波が空気に伝導し、ソレを吸い込むだけで肺が焼け爛れてしまいそうだ。

 おまけに漆黒の牙の面々が身に纏っている豪奢な鎧の内部では、サウナに匹敵する程の蒸し暑さが渦巻いており、既に全員の不快指数は天井を突き抜けて遥か彼方にまで伸び切っていた。

 暑さと熱さ、この二つが生み出す灼熱地獄は時を追う毎に彼等の体力と精神力をゴリゴリと削り取っていく。あのオービルですら熱さに参ったかのように辟易した顔を浮かべている。特に体力の消耗は身を守る鎧を何倍にも重くさせ、進行の足取りを鈍らせる。

 しかし、だからと言って鎧を脱いで軽さと涼を求める訳にはいかない。何時何処から敵が襲ってくるかも分からないのに、防具を脱ぎ捨てるなんて自殺行為だ。とは言え、その防具に殺される可能性も無きにしも非ずなのだが。

 誰も彼もが濁流のような汗で顔をしとどに濡らし、気力どころか生気すら失った顔色を浮かべながらも歩みだけは止めなかった。そして彼等が心身共に疲弊し切り、意識が浮付き始めた所を突くかのように、魔獣達は牙を剥いて襲い掛かってきた。


「ウキャー!!」

「うああああああああ!! は、離れない!! た、助けて!!」


 ボンボンの一人が数匹のコエンマに捕まり、少し前まで見せていた勝気な態度をかなぐり捨てて仲間に助けを求める。しかし、仲間達は誰一人として助けに向かわないどころか、助けを求める当人から距離を置くように後退った。

 無理もない。既にコエンマ達は全身の炎を逆立たせた――着火した導火線のように激しい火花を散らしている――自爆体勢に入っており、今から助けに向かおうとすれば自分までも巻き添えを食らってしまうのは目に見えていたからだ。

 常に(無謀且つ向こう見ずだが)果敢なオービルでさえも、危機に陥った仲間に近付くのを躊躇っている。それでも本心では助けたいのか、板挟みで苦しむ心境が表情に現れていた。


「頼む! 助け―――」


 必死の懇願も空しくタイムリミットが訪れた瞬間、彼の身体に貼り付いていたコエンマ達は一斉に自爆した。まるでスプレー缶が破裂するかのように彼という存在を構成していた肉体は木端微塵に吹き飛び、何の意味も成さない肉と骨の破片が上下左右の岩盤に叩き付けられる。

 自爆の巻き添えを食らわないよう距離を置いていた仲間達だが、必ずしも無傷ではなかった。洞窟のような狭い空間だったが故に、指向性の備わった爆風に見舞われたのだ。高熱混じりの衝撃が身体を貫き、それに便乗してやって来た粘着質な何かが顔や鎧にビチャビチャと音を立てて付着する。


「う……うげえええええ!!」


 と、その内の一人が地面に胃液を吐きながら蹲った。自分の顔に付着したのが人間の臓器だと知って、その感触や匂いに対する嫌悪と気持ち悪さに耐え切れなくなった結果だ。

 二人目の犠牲者を目の当たりにして、漆黒の牙の士気はダダ下がりだ。因みに最初の犠牲者は、少し前にエンマの火球をもろ顔面に受けて命を落とした。せめてもの救いは火球の直撃で頭が吹き飛び、火達磨の苦しみを味わわずに逝けた事だろう。

 だが、それでもオービル以外の二人の精神は限界に達していた。それまでは爵位だの貴族間の暗黙の了解だので黙ってオービルに付き従っていたが、とうとう胃液を吐いていた仲間が反論を呈した。


「お、オービル殿……。これ以上の進行は無理です。ここらで引き上げましょう」

「何を言うか! 此処までやって来て、今更引き返すことなど出来るものか!」

「し、しかし……我々三人だけでは……」

「弱音を吐くな! 此処で私達が諦めてしまえば、彼等の死は報われぬではないか!」


 今此処で命を落とした彼等とて、別にハンターとして死にたかった訳ではない。貴族として裕福な暮らしを謳歌し、恵まれた一生を過ごしたかった筈だ。なのに、時代錯誤も甚だしい正義漢の暴走が全てを台無しにしてしまった。

 何時もならばオービルの顔を立てて何も言わずに引き下がるところだが、灼熱地獄による精神力の疲弊は彼等の堪忍袋の緒を擦り減らし、そこへ仲間の死という追い打ちが加わったことでとうとうブツンッと音を立てて千切れた。


「ならば勝手にしろ!! オレは戻るぞ!!」

「何だと!?」


 仲間の一人が急に癇癪を起したかのように怒鳴り声を上げながら踵を返す。この展開を予期していなかったと言わんばかりにオービルは驚愕を露わにするが、予期出来ていないのは彼一人だけだ。

 残りの一人も申し訳なさそうに表情を歪めつつも、身体だけでなく心も離反した仲間側に寄っていた。即ち、此処に来て漆黒の牙は空中分解を引き起こしてしまったのだ。

 オービルは仲間達が自分の思想に賛同してくれているものだとばかり思い込んでいた。しかし、その思い込みに微塵の疑問も向けず、仲間への配慮を欠いたまま、独り善がりの正義と尊大にして身の丈に合っていない誇りを暴走させた結果がコレだ。

 誰が見ても至極当然の結末であり、オービルの自業自得なのだが、明白な答えを突き付けられながらも当人は原因が己にあることすら気付いていなかった。もしかしたら気付かぬフリをしているだけかもしれないが、だとしても愚鈍を通り越して暗愚と言わざるを得ない。


「おい、勝手な事をするな! ハンターの使命を放棄するのか!?」

「何が使命だ! ハンターなんてクソ喰らえだ! こっちは楽して銭を得られれば良かったのに、アンタが下らない正義感を燃やした結果でこのザマだ! 死んだ仲間だって、こんな惨めな終わりを望んじゃいなかった!!」

「下らないだと!?」

「これ以上無謀な戦いを続けるって言うんなら、アンタ一人でやってくれ! オレは此処で降りるぜ! 今後どうなろうが知った事か!」

「おい、待て!」


 感情を爆発させた仲間はオービルの呼び掛けを無視して来た道を戻り、もう一人も少し間を置いてから立ち去った仲間の後を追って洞窟の闇へと溶け込むように消えていく。

 こうして一人取り残されてしまったたオービルだが、仲間に見捨てられた事による恐怖心よりも、仲間に裏切られた事への怒りが勝っていた。


「何という奴等だ! 薄情なうえに臆病風に吹かれるとは!! もういい! 私だけでも使命を果たしてみせる! 我が誇りと意地にかけて!!」


 そして仲間との決別を意味するかのように、覚悟を決めたオービルは単身で洞窟の奥へと進んでいった。

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