第139話 緊急クエスト

「初めまして、私の名前はボーン・ぺリル。この街にある教会で神父をしている傍ら、ハンターギルドの副マスターを務めさせて貰っています。……と言っても、後者に関しては自慢出来る程の活動はしてませんけどね。強いて言えば、マスター不在の際に職務を肩代わりするぐらいでしょうか」


 皆の視線を集め易い位置――やや右寄りの中央座席――に腰を下ろしたボーンは、気さくな笑みを浮かべようとして失敗に終わった。

 愛想笑いが下手なのか、それとも笑う余裕すら失われているのか、表情に現れたのは憔悴し切った苦笑いであった。そこに顔色の悪さも加われば、末期患者が時折浮かべる諦念の笑みにしか見えない。


「神父なる者が副マスターも務めるとは珍しいな」


 クロニカルドが関心を込めて尋ねると、ボーンは「いえ…」と否定を前置きしながら力無くかぶりを左右に振った。


「私自身も自分がハンターギルドの副マスターに選ばれるなんて思ってもいませんでした。ですが、此処のギルドマスターが嘗てチームを組んでいた旧友と言いますか悪友でして……」

「成る程、その友人が自分の右腕にと貴様を推奨したという訳か」

「御明察の通りです。書類仕事だけならばまだしも、ハンターと依頼者……所謂、労使間の折衝もこなさなくてはいけないので苦労が絶えません。人に説法を聞かせるのとは訳が異なり、中々ままなりませんね」


 そう言ってボーンは困ったように頭を掻いた。大幅に後退して額と頭部の境目が怪しくなりつつあるグレーのショートカットヘアーは、只単に彼の年齢層を表しているだけではなく、彼が人生を歩む中で積み重ねられた苦労の連続を物語っていた。


「ところでギルドマスター殿は不在と言っていましたが、何かあったのですか?」


 そう問い質す角麗の声色には、微弱ながらも不安のアクセントが付け加えられていた。しかし、ボーンは手を左右に振って大した事ではないとアピールする。


「ああ、大した事ではありませんよ。年に一度だけ開かれるギルドの総会に出席しているのです。中央の王都だけでなく、各方面に設けられたギルドの長は必ず出席しないといけないという決まりがありまして、その為に私が副マスターとして彼の居留守を預かっているのです」

「成る程、そうだったのですか」


 納得した角麗の声から不安のアクセントは消えたものの、彼女とは対照的にボーンの表情に浮かんでいた精一杯の微笑みが掻き消され、代わって思い詰めた表情が急浮上した。


「しかし、そういう時に限って厄介な依頼が舞い込んでしまうのです」


 ボーンは小さく丸められた一枚のクエスト用紙を袖下から取り出し、それをヤクトに手渡した。この時点で既に苦い顔を浮かべていたヤクトは嫌々と差し出された用紙を受け取ると、用紙を丸めていたリボンを紐解いて内容に目を通した。


「何と書かれてあるのだ?」

「どのような依頼ですか?」


 それに伴い角麗とクロニカルドがヤクトの両脇にピッタリと身体を摺り寄せ、彼が読んでいる手元の用紙を一緒になって覗き込む。そして三人揃って用紙を覗き込み、文字を目で追い掛けるにつれて理解に苦しむような気難しい顔が形成されていく。


「ねーねー、何がかいてあるのー?」


 痺れを切らしたアクリルが焦れたように尋ねると、ヤクトが口を開いた。しかし、それはアクリルの質問に答えるものではなく、ボーンに聞き返すという意味合いが強かった。現に彼の視線はボーンを真っ直ぐに射貫いていた。


「こりゃ東部地方にあるチタン火山のクエストやな」

「ええ、その通りです」


 ボーンが弱々しく頷いたところで、角麗が思い出したかのように呟く。


「聞いた覚えがあります。確か火山地帯のすぐ近くには豊富な鉱脈があり、その中でもチタン鉱石の産出がクロス大陸一である事からチタン火山と名付けられたとか」

「チタン?」


 アクリルがコテリと首を傾げると、クロニカルドが人差し指を立てながら説明してくれた。


「チタンとは金属の一種だ。『軽い』・『強い』・『錆びない』と理想を詰め込んだような特性を有しており、それ故に汎用性の高い……つまりは使い勝手の良い金属なのだ」

「へー、そうなんだー」

「己が活躍していた時代では希少な金属であった為、王族の武具にのみ使用していたのだが……まさか東方に産出地があったとは思わなんだ」


 へー、この世界では既にチタンが発見されて実用化されているのか。まぁ、チタン以外にも様々な鉱物があるから、珍しい金属や前世には存在しない合金が生み出されていてもおかしくはない。


「それでクエストの内容やけど……火山地帯に繁殖したエンマの排除ってあるけど、エンマって何や? 余り聞き覚えの無い名前やけど?」

「ええっと、それは……―――」

「……もしかしてトウハイに居る炎魔えんまの事ですか?」


 ボーンの説明を遮るように飛び出した角麗の予想は、限りなく確信に近い自信を孕んでいた。そしてボーンが「そ、そうです」と若干声を詰まらせながらも肯定を告げると、私達の視線は彼女の方へと括り付けられた。


「知ってるんか、角麗?」

「はい、私達の故郷近くにある火山帯に生息する魔獣です。炎の魔獣と書いて炎魔と呼んでいますが、猿に酷似した魔獣でもあるので猿魔えんまと呼ぶ人も居ます」

「成る程、要するに炎属性を持った猿の魔獣っちゅー訳やな」

「厳密に言うと炎魔は機動力と運動性に優れた中型を指す名前であり、子猿のように小さいですが数の多い小炎魔こえんま、最も大柄で高い戦闘力を誇る大炎魔だいえんまと細かに分類されています」

「成る程、となればクエストに書かれているエンマの排除とは、大・中・小、これら全てを含むと捉えるべきだな」

「その可能性が高いかと。何せ彼等は基本的に百匹単位のコミュニティ群れを形成する事で有名な魔獣ですからね。私の故郷では過去に増え過ぎた炎魔の群れが、人間の生活圏にまで縄張りを広げようとした例があります。彼等が害成す存在となる前に数を減らすのは、よくある手段の一つです」


 へー、角麗の故郷であるトウハイではエンマは相当にポピュラーな魔獣だったんですなぁ。だけど、一つだけ気掛かりな点がある。


「そのエンマの事は大体分かったけど、そないなヤツが何で西部のチタン火山におるん? 角麗の話を聞く限りだと、そのエンマはトウハイの火山地帯に定住してる魔獣みたいやけど?」


 そう、ヤクトの言う通りだ。彼女の話を聞く限りだと、エンマはトウハイでしか御目に掛かれない固有種と思われる。

 そんな魔獣が遠路と呼ぶには遠過ぎる(西の最果てにあるトウハイからクロス大陸まで一年以上は掛かるのに、更に東端へと向かうのだから猶更だ)道則を渡って、チタン火山に住み付くなんて有り得るのだろうか?

 すると只でさえ血色の悪いボーンの顔色が一層悪化し、病人のような肌の上から噴き出した冷や汗をハンカチで拭い始めた。その態度はと言外に自供しているも同然であり、容疑者を追及する刑事のようにヤクトの眼差しが鋭く細まる。


「……何か裏があるんやな?」

「は、はい。というか、その依頼者の名前を見たらピンと来る筈です」

「依頼者の名前? ええっと……」そう言いつつ再び用紙に視線を落とすヤクト。「オリヴァー・フォン・ゲマルーク? 貴族みたいやけど、何処かで聞いた覚えのある名前やな」


 ゲマルークの情報を引き出そうとヤクトは苗字を繰り返し口にするも、忘却と言う名のつっかえ棒が記憶の引き棚に引っ掛かってしまい、思うように情報が出て来ない。それが外れたのは、ゲマルークの名前を五回繰り返した直後の事であった。


「ゲマルーク……ゲマルーク……あっ! もしかして例の成金貴族かいな!?」

「ええ、そうです。彼のことです」


 漸くヤクトが記憶の海底からゲマルークの情報をサルベージすると、ボーンは弱々しく頷いて肯定する。本来ならば記憶を思い出した事で一種の快感が脳裏を駆け抜ける筈なのだが、ヤクトの場合は快感を差し置いて嫌気混じりの怒気が爆発した。


「またアイツかいな!? これで何度目やねん!?」

「五度目……いえ、今回を含めて六度目ですね」

「ホンマにアイツは失敗を学ばへんやっちゃな! せやから自分勝手で欲深い金持ちは嫌いやねん!」

「ヤクトよ、少し落ち着け。話が進まぬではないか」


 クロニカルドは怪訝そうに片眉を持ち上げながら、カッカと怒りで我を忘れているヤクトを嗜める。クロニカルドの助言が功を奏したのか、ヤクトは体内に溜まった怒気を外へ吐き出すかのようにフーッと深呼吸し、怒りで滾った感情を冷却した。


「すまへん、俺っちとした事が我を取り乱してしもうた」

「構わん、それよりもゲマルークとは一体何者なのだ?」

「チタン火山で鉱脈を掘り当てて、一財産を成した豪商や。その功績……ちゅーか財力を背景に貴族の爵位を得た通称『成金貴族』であり、金さえ有れば手に入らぬものはないと豪語する拝金主義者でもあるんや」


 そう説明するヤクトの表情どころか声すらも嫌悪で満たされている所から察するに、どうやらゲマルークなる者は悪い意味で有名人のようだ。更にヤクトは顰め面のまま言葉を続ける。


「ゲマルークは興味の矛先を次々と変える飽き性のくせに、何でもかんでも手に入れたがる性質の悪い収集家コレクター気質を有しとった。これがハンターギルドに災いを齎す火種やったんや」

「と言うと?」


 クロニカルドが問い掛けるように続きを促し、ヤクトも口を開く。


「収集対象が美術品や骨董品なら個人の趣味として許容出来るところやけど、ゲマルークが熱を上げてたんは魔獣の収集やった。手に入れたばかりの頃は目一杯可愛がっていたやろうけど、興味の熱が冷めるとお荷物のようにポイ捨てして後は知らんぷりや」

「そして捨てられた魔獣が野生化し、人畜に害を成す存在となる度にハンターギルドに討伐を要請するのです。謂わば、ハンターはゲマルークの尻拭いをさせられているも同然なのです。故に、彼に対するハンター達の印象は最悪と言っても過言ではありません」


 と、ボーンがヤクトの説明を引き継ぐ形で締め括った頃には、角麗とクロニカルドも全てを察したかのような納得の色を顔に浮かべていた。


「では、炎魔がクロス大陸へとやって来たのは……」

「ああ、今回もゲマルークが個人的な伝手を使ってエンマを入手したんやろうな。最初の内は可愛がっていたんやろうけど結局は飽きてポイ捨てした結果、あっという間に数を膨らまして手に負えなくなった……という所やろか?」


 そこで確認の意を込めてチラリとボーンを見れば、彼は肩を落とすように頷いた。


「ええ、仰る通りです。地元のハンター達も最大限の努力を払っていますが、既にチタン火山はエンマ達の楽園となっており、容易に殲滅出来ないのが実情です。かと言って、これ以上の繁殖を許せば火山帯のみならず西部一帯に甚大な災禍が齎されかねません」

「そうなる前にエンマを根こそぎ討伐して欲しいという訳か……」

「既に幾つかのハンターチームをチタン火山に送り出してるのですが、エンマの抵抗が思った以上に激しく、苦戦を強いられているみたいなのです。そして今さっき増援を要求する伝書鳩が届きまして、その中に水魔法を得意とする人間、もしくは従魔を欲すると書かれてあったのです」

「成る程、それで俺っち達に白羽の矢が立ったっちゅー訳やな」


 納得の意を込めて大きく頷いたヤクトは、白羽の矢が立った原因である私を一瞥する。それに釣られてクロニカルドと角麗も此方を見遣り、最後に貝殻の上に乗っていたアクリルが皆の視線に気付いて俯くように見下ろす。

 まるで見えない鎖で雁字搦めにされたかのように、注目の的となった私はぎこちない緊張を覚えて巌のように身を固めてしまう。だが、程無くしてボーンが口を開き、皆の目線を引き受けてくれたおかげで私は視線の束縛から解放された。


「理由はロックシェルだけではありません。キミ達の実力も買った上で、今回のクエストを持ち掛けたんです」

「俺っち達の実力?」


 ヤクトが怪訝そうに尋ねると、ボーンは自信を持って頷いた。


「ええ、そうです。このギルドでは様々な話題が持ち上がっていますが、特に今現在はキミ達に関する話題で持ち切りなんですよ? 『裏組織から人々を救ったナイツの傍に、ロックシェルを引き連れたハンターの影あり』と専らの噂ですよ」


 まるで自分の事のように自慢げに語るボーンに対し、ヤクトは豆鉄砲を受けたかのように眼を皿みたいに丸くするばかりだ。それは彼だけでなく、アクリルを除いた残りの二人も同様であった。

 無理もない、そんな噂が自分達の与り知らない場所で持て囃されているなんて、この瞬間まで知る由もなかったのだから。ひょっとして自分達に向けられる視線の矢が何時も以上に多く感じたのは、これが原因なのだろうか?


「そんな噂になってたなんて知らなんだわ……」

「まぁ、ギルドで繰り広げられる噂はさて置き……キミ達を高く評価しているという事実だけは頭の片隅に置いといて下さい。その上で改めてお願いします、クエストを引き受けてくれませんでしょうか?」


 ボーンが腰を下ろした姿勢のままで深々と頭を下げると、ヤクトは考え込むように両腕を組んで気難しい唸り声を上げる。実質的なチームリーダーである彼に視線が集中するが、私の場合とは異なりヤクトは緊張した素振りすら見せなかった。

 そしてヤクトは角麗とクロニカルドの顔をそれぞれ一瞥し、交わし合った目線に含まれた感情から各々の意思を汲み取ると結論を出した。


「……分かった、そのクエスト引き受けたる」

「おお、本当ですか!」

「俺っちもポイントの大きいクエストを探していたところやし、金ランクを目指すには丁度ええ。せやけど、急な依頼やから準備が出来てへん。せめて今日と明日をクエストの準備期間に充てたいんやけど、ええやろか?」

「ええ、勿論です! その間に私は他のハンターチームにも声を掛けて、増援部隊を編成しておきますから気になさらないでください!」

「ほな、商談成立やな」


 そう言ってヤクトが気軽に手を差し出すと、ボーンは晴れ晴れとした安堵の破顔を浮かべながら両手でガッチリと挟み込んだ。



次回は明後日の予定

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