第八章 燃え盛る山猿編

第138話 ハンターランク

「わー! 広くて大きいねー!」


 尤も喧騒が激しい昼が過ぎ、都会の活気が一息を付いた頃、私達は王都の北部にあるハンターギルドの本部に足を運んでいた。

 因みに私達が先程まで過ごしていたナイツの総本部は王都の西部にあり、反対側に当たる東部には特権階級者――貴族や豪商や政治家――のみが住まう事が許される通称『花園』と呼ばれる住宅街があるらしい。そして南側には商業ギルドの本部が置かれている。

 何処も彼処も本部が乱立しているようなイメージを抱きそうだが、王都の広さを考えればコレでもほんの一部に過ぎない。残りは王都で暮らす庶民の家や、彼等の暮らしを支える多種多様な店で埋め尽くされており、その人口密集度はクロス大陸でトップなのは言わずもがなだ。

 それはさて置き、ラブロス王国の首都に築かれているというだけあってハンターギルド本部もまた立派を超越して壮大である。英国美術館のような佇まいは威厳に満ち溢れており、ノコギリのような細かいギザギザが彫られた円柱の間を潜り抜ければ、建物の中は種族問わず大勢の人間でごった返していた。

 海外などに見受けられる大型ショッピングモールのような広々とした構造だが、各階層には今にも零れ落ちそうな程の人・人・人で溢れている。人だけでなく従魔と思しき魔獣も見受けられ、おかげで私も気兼ねなく建物の中に足を……いや、車輪を踏み入れる事が出来る。


「しかし、想像以上の人数だな。此処まで盛況しているとは思わなかったぞ」

「当たり前や。此処は王都なんやから、その分金の巡りもええんや。せやから一獲千金で成り上がろうと試みる奴や、地方で技量を積んでから鳴り物顔で王都に入る輩とかも居るねん」

「しかし、この人込みの中だとアクリル殿みたいな子供は踏まれてしまうのではないかと心配になってきますね。この場はガーシェルの上に乗った方が無難かもしれませんね」

「ガーシェルちゃん、のーせーてー!」

『はーい』


 角麗の助言を受けて、アクリルを貝殻の上へと乗せる。それから私達は人込みの中へと慎重に進入するものの、やはり此方――というか貝殻の上に乗っているアクリル――に視線が集中するのは避けられなかった。


「まぁ、流石に注目はされるか」

「こんな場所に子供連れで来るヤツなんて滅多に居らんしなぁ。両親がハンターで共働きでも無い限りは」


 そう言いながらヤクトが人込みを縫うように視線をさり気無く走らせると、魔道士の父と剣士の母に挟まれた子供の姿があった。しかし、子供と言っても少年から青年への階段を駆け上りつつある年頃で、その身形も駆け出しのハンターと呼んで差支えのない最低限の装備で身を固めている。

 恐らく両親に憧れてハンターを始めたのだろう。そして両親は我が子の指導兼牽引役と言ったところか。どちらにせよ、子供はハンターギルドの空気に馴染んでおり、アクリルと比べて何ら違和感は感じられない。


「ほな、俺っちは二階に行って来るさかい、カクレイ達は一階の突き当りにある食堂で待っとってや。そん中に魔獣との相席テーブルがあった筈やから、そこで落ち合おうや」

「分かりました」


 角麗の返事に感謝の意を込めて軽く頷いたヤクトは、右手にある階段へと向かい人込みの中へと消えていった。そして私達はヤクトが待ち合わせに指定した、魔獣との相席が可能な食堂へと向かった。

 食堂の中は某モンスターハントゲームの世界観に沿ったかのような作りをしていた。しかし、その広さは千人近い人間を収容出来るほどに広々としており、そして其処もまた大勢の人間で埋め尽くされていた。

 高い天井には巨大なチューリップを彷彿とさせる照明器具が列を成し、明るさだけでなく暖気を感じさせる白色に近い橙色の光を食堂全体に降り注いでいる。

 その光の下では丸太を縦に切断したかのような長机に大勢のハンター達が腰を掛けて酒盛りをしている所もあれば、こじんまりとした丸テーブルで一人気長に料理を楽しんでいる者も居る。

 そんな人々の賑わいと活気を横目に私達は通り過ぎていき、やがて角麗が目的の場所を見付けて声を上げた。


「ああ、ありました。此処ですね」


 食堂の左側面にはコの字に区切られた奥行きと横広に優れたスペースがあり、入り口の柱には魔獣との相席が可能な事を意味する『手を取り合う魔物と人間』を描いたプレートが埋め込まれてあった。

 他の席にも従魔を引き連れたハンターの姿がチラホラと見受けられる。ハンター達は食堂から貸し出された折り畳み式のテーブルの上に料理を並べ、従魔はテーブル代わりの木箱に置かれた餌入りの受け皿に顔を突っ込んでガツガツと貪っていた。

 その中で誰も居ない空白のスペースを見付けると、私は可能な限りスペースを圧迫しないよう左手に寄り、角麗とクロニカルドは向かい側の(壁と一体化した皮張りの)座席に腰を下ろした。因みにアクリルは相変わらず私の真上だ。


「さて、ヤクトが来る前にガーシェルに色々と事情を説明しておかねばな。我々がこれから何をするのかを」


 クロニカルドは腰を落ち着けると周囲をチラリと窺い、それから私達を見回しつつ言葉を告げた。

 そう、実を言うと何故ハンターギルドに態々足を運んだのか全く知らされていないのだ。少なくとも私は。なので、事情を知りたいと思うのは当然なのだが、此処で角麗が端麗な眉を顰めながら疑問を呈した。


「事情を説明? 失礼ですが、ガーシェルは魔獣ですよ?」


 うん、でしょうね。魔獣に人間の話なんて分かる筈がないと思うのが普通ですよね。しかし、クロニカルドは本の体を左右に振って彼女の疑問を打ち消した。


「まぁ、普通の人間ならばそう思って当然だな。実は……おっと、その前に消音サイレントを掛けておくか」


 ヒラリと手を翻した途端、出入り口付近に青い結界が薄く張られるも、直ぐに透明化して見えなくなった。向こう側に居る人々もクロニカルドが魔法をかけた事に気付いていないらしく、誰一人として此方に見向きもしない。


「この魔法は我々の会話を遮断してくれる効果を有しており、コレで気兼ねなく会話することが可能だ。……話に戻るが、実はガーシェルは特異種と呼ばれる他とは一線を画す魔獣なのだ」

「特異種?」

「極稀に生まれる、中々にレアな魔獣だ。見た目こそ何ら変哲の無い他の種族と同じだが、一部の能力値が突出しているのだ。特にガーシェルは優れた知能を有していてな、我々との会話が可能なのだ」

「ええ!?」それを聞いた途端に角麗の首がぐるんと回り、驚愕の眼差しが私を射貫く。「本当なのですか!?」

「本当だよ! ガーシェルちゃん、とーってもすごいんだから!」


 と、答えたのは私ではなくアクリルだ。まぁ、人目の多い場所で吹き出しなんか出せませんからね。今は貝らしく大人しくしていますよ。

 しかし、未だに角麗は信じられないのか「そ、そうなのですか……?」と呟いた声には半信半疑の響きが含まれていた。そしてクロニカルドもフォローするかのようにコクリと頷く。


「まぁ、貴様の気持ちも分からんでもない。……だが、コイツのおかげで幾度と窮地を救われたのは事実だ。それだけは念頭に置いといてくれ」

「分かりました。そう仰られるなら、私はクロニカルド殿の話を信じます」

「うむ。」そこでクロニカルドは角麗から私へと視線をスライドさせた。「……話は逸れてしまったが、シルバーランスのジルヴァとの話し合いで幾つかの事実が判明したのだ」


 そういってクロニカルドが満を持して語ってくれたのは、ジルヴァが教えてくれたアクリルの父親に纏わる話だった。アクリルが父親の居場所を知る為には病床に臥せっている国王陛下の病を治す必要があり、その病を治すには北方にあるダンジョンに眠る魔剣が必要だとの事だ。


「―――此処までは理解出来たな?」


 と、クロニカルドが確認の意を込めて尋ねるので、此方は〇の形を作った泡を作り出す。これぐらいは許容範囲だし造作もない芸当だけど、初めて目にする角麗はギョッと両眼を見開いていた。恐らく『本当に意思疎通出来るんだ』と内心で驚愕しているに違いない。


「そして今すぐにでも北方のダンジョンに向かいたいのも山々なのだが、そう簡単にはいかんある事情があるのだ」

(ある事情?)

「そのダンジョンはギルドから高難易度指定を受けているらしく、入れる人間ハンターが限られているのだ。この辺に関しては己も詳しく知らんが、クロス大陸でハンターとして活躍している角麗ならば詳しかろう」


 そう言ってクロニカルドは角麗へ目配せすると共に話のバトンを託し、彼女もまた真剣に頷いてコレを了承した。


「ハンターにはランクと呼ばれる階級制度が設けられています。最初は石(ストーン)から始まり、ブロンズアイアンシルバーとランクが上がるにつれて肩書きの鉱物も価値の高いものになります」


 へー、そんなランク基準がハンターにあったのか。しかし、一番下が銅かと思いきや石とは……。まぁ、確かに平凡で魅力に欠ける鉱物と言えば石ですわな。

 子供の頃は妙な形をした石を集めたりしてた次期がありましたけど、何故に集めていたのかは今では永遠の謎である。ひょっとしたら石には子供を魅了する何かが潜んでいるのかもしれない。


「表向きに一番上のランクはゴールドとなっているのですが、ズバ抜けて高い功績を残した極一部のハンター達には白銀プラチナだったり金剛石ダイヤモンドだったり、果てにはアダマンタイトと伝説級の鉱物名が与えられたりもするんですよ」


 で、出たー! 異世界ファンタジー系のライトノベルにちょくちょく登場するアダマンタイト! この世界にもやはり存在するのだろうか? いや、仮にあったとしても『伝説級』と銘を打たれていたことから察するに、恐らく御目に掛かれる機会は無いと見るべきだろう。ちょっぴり残念である。


「話は戻りますが、これまでに多数のハンターが挑んだ北方のダンジョン攻略ですが、未だに成功者はいません。そこでギルドは最低でも金ランク以上のハンターでなければ参加は不可能だと制限を設けたのです。因みに私は金ランクですので、ダンジョン攻略に参加する権利切符を有しています」

「わー、カク姉すごーい」


 アクリルがパチパチと無邪気に拍手し、私もアクリルに倣って触腕の先っぽでペチペチと拍手を送る。一人と一匹の拍手に角麗は照れ臭そうな微笑を浮かべながらも、そこに誇示や自慢と言った尊大な要素は一切もなかった。

 この御淑やかさと謙遜さが彼女の長所であり、皆が抱く好感がグッと押し上がったのは言うまでもない。が、その照れ笑いも束の間で引っ込み、代わって浮かび上がったのは眉間に皺を寄せた困り顔であった。


「ですが、そのランク制度が私達の前進に歯止めを掛けているのです。と言いますのも、先程も述べたようにダンジョン攻略が可能なのは金ランク以上のハンターです。即ち、アクリル殿のようなランクを持ち合わせていない人物は攻略に参加出来ないのです」

「そしてアクリルの所有物であるガーシェル、貴様もダンジョン攻略に参加出来んという訳だ」


 何と、それは死活問題ではありませんか。流石に角麗だけでダンジョン攻略に挑むのは難しいですし、ヤクトだって(私が居なければ)持ち運び出来る武装に限度があり、結果的に戦闘力が半減してしまう。

 あれ、ちょっと待って下さいよ。この場合、クロニカルドはどうなるんです? 『分厚い辞書のような身形ですけど、実は600年以上前に実在した魔道士なんですよ』と説明してハンター登録するのは流石に不可能ですよね?

 そんな疑問も兼ねて尖った触腕の先でクロニカルドを指し示せば、角麗は苦(にが)さが大勝した苦笑いを溢し、本人は何処か気まずそうに私から目線を逸らしてしまった。


「まぁ、オレは……アレだ。この身体だから魔道具マジックアイテムの一つとして見做せばセーフだろう」


 わー、こういう時だけ自分の見た目を利用するなんてズルーい。まぁ、クロニカルドの存在意義で哲学的な論争を繰り広げた挙句、無駄な時間を浪費するのに比べれば遥かにマシか。と、何処か奇妙になりかけた空気を仕切り直すように角麗がゴホンッと咳払いをした。


「ですが、アクリル殿もダンジョンに参加できる手段が一つだけあります。『宿主と寄生虫』と呼ばれる手段を利用するのです」


 な、何ですか。その不気味とか不吉とか吹っ飛ばしてしまうような嫌悪感溢れるネーミングは……。


「まぁ、これは所謂俗称というヤツでして、正式な名称はありません。初心者が上級者と組んでクエストに当たるという、ハンターギルドが推奨している教育プログラムの一環です」

「ふむ、という事は若手の自立を早めるのが目的だな。上級者と組むことによって彼等の技術や戦術を見て学べる上に、危険に見舞われても上級者が一緒だからサポートして貰える。初心者の面倒を見ずに済むし成長もしてくれる、ハンターギルドにしてみれば一石二鳥と言ったところか?」

「はい、クロニカルド殿の仰る通りです。しかし、単独を好むソロハンターや力量の不揃いを嫌うハンターチームは、ギルドが推奨する教育プログラムに反発していますけどね。事実、何時まで経っても成長せずに上級者の尻を追い掛けるばかりの成長が見込めないハンターも居るみたいですし」

「成る程。それで上級者を宿主と見立て、初心者を寄生虫と揶揄する言葉が生まれたから『宿主と寄生虫』……という訳か」

「その通りです。しかし、アクリル殿が一緒とダンジョンに潜るにはこの上ない方法でもあります。そして彼女のような無名なハンターがダンジョン攻略に参加する場合、最低でも二名の金ランクハンターが必要となります」


 二名……という事は、彼女の他に金ランクを有するハンターがもう一人必要という訳か。しかし、それが果たして誰なのかという疑問は浮かばなかった。何故なら、私の中で既に見当が付いているからだ。

 ヤクトだ。彼もバウンティハンター賞金稼ぎとして活躍しているという話を耳にしているが、ランクに関しては聞かされていない。と思っていた矢先に、クロニカルドが良いタイミングでヤクトに関する話を切り出してくれた。


「そう言えばヤクトは銀ランクと言っていたな。金に昇格するには、やはり何かしらの手柄を立てねばならんのか?」

「手柄と言うよりも請負う任務に振り分けられたポイント次第ですね」

「ポイントってなーに?」


 アクリルが首をコテリと傾げながら角麗に尋ねる。


「ハンターが受注する依頼には賞金の外、難易度に応じてポイントが振り分けられているのです。そしてポイントが規定値に達すれば、自動的に昇格が成されます。

 例えば石ランクのハンターが銅に上がるには100ポイントを貯め、銅から銀へ上がるには300ポイントを貯めると言った具合に。またポイントを別のサービス――武器制作や食料品の購入――に充てる事も可能です」

「ほぉ、そのような仕組みになっているのか。中々に興味深い」

「はい。しかし、ポイントが得られない場合もあります。例えば銀ランクのハンターが金ランク相当のクエストをこなせばポイントは入りますが、銅ランク相当のクエストをこなしてもポイントは加算されません。あくまでも肩書きのランクに沿ったクエストでなければポイントは下りないのです」

「要するにセコい小遣い稼ぎみたいな手法は認められないという訳だな。因みに今言っていた宿主と寄生虫プログラムでクエストを受けるとなれば、ポイントはどうなるのだ?」

「その時に得たポイントは等分されます。しかし、等分と言っても厳密には宿主の方に多く振り分けられます。私達のチームで例えるならば私とヤクト殿がそれぞれ4割、アクリル殿が2割と言ったところでしょうか。因みに力量が統一されたハンターチームならば、きっちり平等です」


 はへー、ハンターなんて魔獣を討伐するなり悪党を退治するなりで大金がポンポンと入る職業だと思っていたけど、意外と奥が深いんだねぇ。とは言え、私達の目的はダンジョンに入る事であり、ハンターだのポイントだのは正直どうでも良いのだが。


「取り合えずヤクト殿が自分のハンターランクを再確認したら、アクリル殿もハンター登録しようかと考えています。既に従魔許可証を持っているみたいですし、何ら問題は無いでしょう」

「確かにな。子供と言えども従魔が強力ならば問題は無かろう」

「うん、ガーシェルちゃんはつよいもんね!」


 成る程、確かにアクリル個人がハンターになるのならば色々と突っ込まれそうだが、ロックシェルと言う従魔を従わせているのならば無問題ですわな。


「すまんすまん、遅うなってしもうた」


 そこでタイミングよくヤクトが私達の所へ戻って来た。彼の姿を見るやアクリルが「おかえりー」と気さくに呼び掛けるものの、ヤクトは返事をするどころか眉を傾げて怪訝な表情を浮かべてしまう。


「あれ、何だか声が聞こえへん気がするんやけど……?」

「おっと、いかん。消音のせいか」クロニカルドがスッと手を横にスライドさせ、消音の効果を解除する。「すまんな、話し合いを聞かれるのが嫌で結界を張っていたのだ」


 漸く耳に届いた仲間の声にヤクトはホッと安堵の笑みを溢し、そのまま角麗の隣に腰を落ち着かせた。


「さてと、話をする上で良い報せと悪い報せがあるんやけども……」

「典型的なパターンだな」クロニカルドが軽く頷いて相槌を打つ。「取り合えず、良い方から聞こう」

「良い方は今までの旅路でこなしたクエストが認められ、大幅にポイントが加算されとった。テラリアの騒動と、湿地帯でのレッドオークとの戦いやな」

「なら、金ランクに昇格出来たのですか?」


 心成しか微弱に弾んでいる角麗の声は、少なからぬ期待感の現れであった。しかし、彼女から寄せられる期待の声も空しく、ヤクトは無念そうに表情を顰めながら首を左右に振った。


「残念ながら、そこまでは届かへんかった。あと少しで届きそうやったんやけどなぁ~」

「じゃあ、それが悪い報せなのですか?」


 今度はトーンを落とした控え目な声で尋ねるが、これに対してもヤクトは首を横に振って否定した。しかも、その報せ以上に悪いと言わんばかりに心苦しそうな表情で。


「いいや、それは悪い報せでも良い報せでもあらへん。単なる事実の一つに過ぎん。悪い報せは―――」


「ヤクトくん、ちょっと良いかな……?」


 と、私達の会話に第三者の声が恐る恐る割り込んできた。それに気付いて声の方へと振り向くと、全体的な線の細さが際立つ――肉体労働の頂点に立つハンター達が賑わうギルドにおいては珍しい――華奢な男が立っていた。

 少々草臥れた感がある黒の修道服――頭巾が付いた黒の袖なし肩衣――を身に纏っている所から察するに、恐らく神官を本業とする聖職者なのだろう。ハンターのように最前線で闘うのではなく、主に回復役として後方支援に従事しているのならば華奢な肉体なのも合点が付く。

 御立派な鷲鼻も含めた温和な――悪く言って気弱な――顔立ちは修道服にマッチしており、どんな人間をも温かく受け入れて導いてくれる古き良き理想の神父を彷彿とさせる。

 しかし、現在の彼には万人を導くどころか受け入れる余裕すら無かった。ほとほと困り果てたと言わんばかりに両眉は八の字を描き、鷲鼻の上に乗っかった丸眼鏡を挟んだ向かいには助けを求めてSOSを発信する円らな瞳があった。

 どんな問題を抱えているのかは分からないが余程のストレスに苛まれているらしく、困惑と疲弊を混合させた顔色は鉛のように淀んでおり、温和さや気弱さを差し置いて虚弱さだけが強調されてしまっている。


 そしてヤクトは新たに現れた神父を親指で刺しながら“悪い報せ”を口にした。


「……悪い報せはコレや。ギルドの副マスターに目を付けられてしもうた」


 そう言ってヤクトは嫌気を隠そうともせず、あからさまな溜息を吐き出した。



次回は明後日更新

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る