第140話 前途多難な旅立ち

 それから瞬く間に二日が経過し、ヤクトが約束した三日目が訪れた。準備を万全に済ませた私達は、ハンターギルドの裏手に建てられた赤レンガ倉庫のような建造物へと足を運んでいた。

 此処はハンターギルドの繁栄を象徴する、転移魔法による人員移送を目的とした専用の施設だ。ハンターギルドの本部と比べると華やかさは皆無だが、壁や柱を成すレンガは隙間無く均等に積まれ、上下左右のレンガ同士をモルタルで連結し合っている所から察するに、堅実な作りを優先している事が窺える。

 施設の入り口を潜れば奥行きのある――二階建ての民家五棟分が余裕で収まりそうな――広い空間が広がっており、その真ん中には切り立った険しい山を彷彿とさせる巨大な魔石が置かれてあった。しかも、ソレは半ば石畳に埋もれた状態である事から、この大きさでも氷山の一角に過ぎない事が窺える。

 そして魔石を取り囲むように四つの大型魔法陣が床に刻まれており、陣そのものが薄らと発光しているのは何時でも転移魔法を発動出来る証だ。それを見たクロニカルドは顎に手を添えながら興味深そうに呟く。


「ほう、これが貴様の言っていた転移魔法か。確かに、この大きさと魔法陣は中々の出来だ」

「せやろ、これを使えば目的地までひとっ飛びや」


 通常の道則でチタン火山を目指そうとすれば最低でも三カ月近くは掛かってしまうが、これを使えば一瞬で目的地に辿り着く事が可能だ。

 しかし、発動させるには膨大な魔力が必要である上に、自由な往来を可能にする為に出立点だけでなく到達点にも膨大な魔力を秘めた魔石を設置しなければならない等の欠点も有している。それでも転移による人員移送が有利である事に変わりはないが。

 既に施設内では私達以外のハンターチームが数組ばかし集まっており、その中には副マスターであるボーンも混じっていた。しかし、屈強なハンター達で埋め尽くされる中、華奢な彼の存在は異物のように浮いており、混じると言うよりも囲まれたという印象が強い。


「あっ、皆さん! お待ちしていました!」


 副マスターのボーンが期待を募らせた声を上げながら此方に手を振ると、彼の目線に釣られて他の人々も一斉に私達の方へと振り返る。途端、ザワザワと大小入り混じった騒めきが起こり、次いでボーン同様の眼差し――期待感の外に、尊敬と羨望も混ざっている――が私達の全身に突き刺さる。

 どうやらボーンが言っていたというのは強ち嘘ではなかったみたいだが、よもや此処までとは思っていなかった。流石のヤクトや角麗も苦笑いを隠せず、アクリルは無数の視線に耐え切れず私の後ろに隠れてしまう。唯一堂々としていたのはクロニカルドだけだ。


「すんまへん、遅れてしもうて」


 ヤクトが頭をぺこりと下げて申し訳なさそうに謝罪すると、ボーンがハンター達の囲いから飛び出して私達の方へと近付く。


「いえ、大丈夫ですよ。まだ出発まで20分近い時間がありますから」

「それにしても……」角麗が集まったハンター達を見回しながら、感心を込めて呟く。「あの二日間という短期間で、これだけ大勢で且つ良質なハンターをよくぞ集められましたね」

「今回の一件は見掛け以上に事態が深刻ですからね。私も四方八方を駆け巡って直々に御願いしましたし、不在のギルドマスターが万が一にと紹介してくれた伝手も利用して出来る限りの人材を搔き集めたのです」


 今回のクエストには私達を除いて五人一組のチームが八つ……計四十人のハンターが参加しており、全員が相応の修羅場を潜り抜けた熟練のハンターであることは、良質な装備や鍛え上げられた武具が何よりの証拠だ。

 また緊急であったにも拘わらず、これだけの戦力を揃えられたのはボーン自身の努力も然る事ながら、彼自身が指摘したギルドマスターの伝手……即ち、その人が築いた豊富な人脈に他ならない。


「確かにコレだけの戦力を送り出せば、向こうの負担も大幅に減らせるやろうな」

「ええ、あとは転移魔法を操作する魔道士が来るのを―――」


「お待ち下さい! 勝手な真似は困ります!」

「今回のクエストを引き受けてやるという我々の恩情を拒むと言うのか!! 何様のつもりだ、貴様は!!」

 

 と、そこで建物の外から制止と怒声が入り混じった喧騒が押し寄せ、ボーンの台詞を押し流す。この建物に近付いているのか喧騒の主と思しき声と足音がどんどん大きくなり、それに釣られてハンター達の意識と集中力が扉の方へと割かれる。

 ハンター達の中には何事にも動じない豪胆な人間も混じっているが、意図的に迫って来る騒音を無視出来るほど能天気ではなかった。そしてギルドの女性職員の制止を振り切ってゾロゾロと施設に入って来たのは、比較的に若いハンターの集団であった。

 良く言って豪奢で煌びやかな、悪く言って目がチカチカする程に悪趣味な装備――金銀を始め、豊富な宝石をあしらえた武器や防具――は見るからに実用性を度外視しており、成金が好む観賞用や美術品と言っても過言ではない。

 しかし、悪い意味で派手な防具を着飾っている青年達は、ハンター達から注がれる(ドン引きに近い)嫌悪の眼差しなんて何処吹く風と言わんばかりに受け流している。それどころか金持ちが貧乏人を嘲笑するかの如く、侮蔑を織り交ぜた一笑を返す有り様だ。

 途端、ハンター達の間で不穏などよめきが起こり始め、室内を充満していた熱意が急速に冷めていく。そして熱意が失われた後に残ったのは、一触即発とまではいかぬものの、互いを牽制し合うような刺々しい雰囲気であった。

 幼児ゆえに空気を読み解く力は未だ備わっていないが、空気中に伝導する感情の変化に敏感なアクリルは不安気に眉を顰め、私の貝殻に寄り添った。


「みんな、どうしちゃったんだろう? 何だか怖い顔になっちゃった……」

『私も事情が分からないので何とも言えませんが、どうやら彼等の間には並々ならぬ軋轢があるみたいですね』

「あつれきってなーに?」アクリルは此方を見据えながらコテリと小首を傾げる。

『仲が悪いって意味です』

「ふーん。でも、どうして仲良くしないのかな?」

『さぁ、何でですかねぇ……』


 そう簡単に仲良く手を取り合えるほど、人間は単純な生き物じゃないんですよ……と諭したいのは山々だが、貝の魔獣となった私にソレを語る資格はない。と、そんな遣り取りを密かに交わしていたら、傍に居たヤクトが苦虫を噛み潰したような顔色を浮かべながら言葉を吐き捨てた。


「くそ、何で奴等が此処に居るんや……?」

「ヤー兄、あの人達のこと知ってるの?」

「知っているも何も、連中は性質の悪い厄介者で有名なハンターチームや」

「厄介者だと?」


 そう言って会話の輪に混ざったクロニカルドに対して「せや」と短い台詞で相槌を打つと、ヤクトは口元を手で隠しながらボソボソと耳打ちするかのように小声で語り始めた。


「奴等は貴族のボンボンで構成されたハンターチームや。ハンターとしての実力なんて微塵も無いくせに、上級ハンター達のクエストに無理矢理同行しては足を引っ張る役立たずや」

「聞いた覚えがあります」角麗もヤクトに倣ってか、低さと静けさを併せ持った声で会話に割り込む。「以前に述べた『宿主と寄生虫』の制度を悪用し、ポイントと金銭を荒稼ぎする者達が居ると。彼等の事だったのですね……」


 まるで軽蔑に値する人間を見るかのように角麗の目付きが鋭くなり、横目から放たれる眼差しだけで人間を射貫き殺せてしまいそうだ。しかし、当の本人達は誰一人として彼女から向けられる非難めいた眼差しに気付いていなかったが。


「そうなのか? しかし、その割には装備は立派そうだが……?」

「アレは金を持っている親におねだりして買って貰ったモンや。つまりは、自助努力で手に入れたモンやあらへんねん。苦心して上位にまで上り詰めたハンターからすれば、ボンボンのやり方は『邪道』の一言に尽きる。対する貴族様(笑)からすれば、汗臭くて泥臭いハンターの仕事は『醜い』の一言に尽きるんやとさ」

「成る程。一目見た時から両者の間に何かがあるとは思っていたが、そういう事だったのか。まるで水と油、絶対に相容れられない関係だな。しかし、何故に奴等はハンターになったのだ? 醜いと称する上に危険な仕事を率先する理由が有るのか?」

「さっきもカクレイが言うたやろ? ポイントと金銭を荒稼ぎしているって。つまり連中はハンターゴッコをするがてら、手軽に金銭を得たいだけやねん。奴等にとってしみればコレも金持ちの道楽っちゅーところやろうけどな。まぁ、中には本気でハンターを目指す性質の悪い奴も居るみたいやけど」


 そう言いつつヤクトは遠目から盗み見るように、ボーンと遣り取りを交わしている青年達を横目で窺う。仮にも相手は副マスターだと言うのにボンボン達は威圧的な態度で接しており、ボーンの中で奮い立たせているなけなしの勇気が今にも挫けてしまいそうだ。

 やがて私達の方へ戻って来たボーンだが、その顔色は蒼白色を通り越して土気色に変色し、勇気を使い果たしたせいか酷く憔悴し切った印象を与える表情と相まって廃人さながらだ。

 だが、酷い言い方かもしれないが重要なのは彼の顔色云々ではない。貴族のボンボン達との遣り取りで、どのような決着が着いたかだ。ハッキリとNOを突き付けてくれれば御の字なのだが、彼の疲れ切った表情を見る限りだと期待は望み薄のようだ。案の定、ボーンは私達に対して面目ないと言わんばかりに深々と頭を下げた。


「申し訳ありません、今回のクエストに漆黒の牙ブラックタスクも急遽参加する事になりました……」


 漆黒の牙が貴族のボンボンで構成されたチーム名であるのは言うまでもないが、防具や武器は金ピカの成金装備なのに漆黒とはコレ如何に……。

 そんな些細な疑問はさて置き、彼等の参加が決定したと知った途端にハンター達から不満と異論と疑問の声が相次いで噴出した。無理もない、傲慢で役立たずの人間を同行させるなんて不幸を齎す疫病神を味方に引き入れるのも同然だ。

 仲間の足を引っ張るのは確定だろうし、ましてや深刻な状況になりつつあるチタン火山に連れて行くなんて自殺行為も甚だしい。被害を被るのが当人だけならば構わないが、此方まで巻き添えを食らったら堪ったもんじゃない。

 その考えはハンター達も同様――但し、ソレを訴える彼等の言葉は切実か過激的かのどちらかだったが――であり、如何に今回のクエストが重要かつ高難易度なのかが窺い知れる。だが、彼等の訴えに対してボーンは力無く首を横に振った。


「実は今回のクエストの依頼主であるオリヴァー氏が漆黒の牙を指名依頼していたらしく、彼等の参加を拒否するのならばオリヴァー氏に訴えるしかないのです……」


 すると先程までギャンギャンと猛犬のように喚いていたハンター達の口がピタッと止まり、水を打ったかのような静寂が訪れた。それは副マスターの意見に納得したという訳ではなく、彼への訴えは無意味だと理解したからである。事実、何人かは悔しげにギリッと歯を食い縛っている。

 と、静寂が取り戻されたのを見計らうかのようにアクリルがヤクトの黒い外套をクイッと引っ張り、彼の意識を自分に向けさせた。


「ねぇ、ヤー兄。しめいいらいってなーに?」

「えーっとやな、ハンターギルドにクエストを依頼する際、依頼主にはハンターを選ぶ権利が与えられるんや。それが今言った指名依頼、そしてもう一つ任意依頼っちゅーのがあるんや」

「どう違うの?」

「指名依頼は依頼主側がハンターを指名するんや。この手の依頼は指名料も含まれとるから高額やけど、強くて人気のあるハンターが確実に請け負ってくれるという事もあって人気が根強いねん。せやけど、特定のハンターにクエストが殺到した場合、何ヵ月以上も待ち惚けを食らう恐れがあるけどな」

「ふーん、じゃあもう一つのは?」

「任意依頼はギルド側がハンターを指名し、クエストに送り出すんや。謂わば、完全御任せコースやな。せやけど、ハンターの事を良く知るギルドが適任者を選出してくれるさかいに損は少ないし、指名料も取られへんからリーズナブルや。世間一般的な依頼はコッチを指す場合が多いねん」

「へー、そうなんだー」


 はぁー、ハンターギルドの依頼にも様々な方法があるんですなぁ。そして漆黒の牙が指名依頼で選ばれたとなれば、外野である私達は勿論、ハンター達にも口を挟む権利などないという事も理解出来た。

 依頼主に直談判するという手段もあるが、成金貴族であるオリヴァーが一ハンターの言葉に耳を貸してくれるかどうかも怪しいものだ。そもそも彼が役立たずにも等しい漆黒の牙を選んだ理由すら不明だ。

 私以外の何名かは薄々と理由に勘付いているらしく、訝しげ眼差しをボンボン達に投げ掛けていると、漆黒の牙のリーダー格である浅黒い肌の好青年が一歩前へ踏み出して高らかに宣言した。


「ご安心頂きたい! 今回のクエストが如何に危険なのかは我々も承知である!! しかし、我々にも貴族としての意地と誇りがある! 必ずや、貴方達の期待に応えてみせるとオービル・フォン・エディールの名において約束しよう!!」


 その宣言に施設内が再びザワザワとどよめき始めた。青年ことオービルの口調や立ち振る舞いは紳士的な貴族を彷彿とさせるが、その言動の裏には『自分は貴族だから問題は無い』という慢心に近い自惚れが見え隠れしていた。

 またハンターにおいて自他の力量を見誤るのは尤も危険だと言うのに、彼は自分の力量を過信どころか妄信しているのが窺える。そんな彼の心を読み取ったかのように、ハンターの誰もが声にならない叫びを歪めた顔面に張り付けた。


『安心だと? 疫病神テメェのせいで不安なんだよ!』


 ……中々どうして、波乱に満ち溢れた幕開けですね。と、私は冷静を通り越して現実逃避にも似た呑気な考えを思い浮かべていた。しかし、後々になって私も彼等同様にオービルと言う青年の存在を心底憎む事になるのだが、この時は知る由もなかった。


次回は明後日の予定

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