第127話 暗転

風矢ウィンドアロー!!」

『ウォーターライフル!』


 ジヴァが放った旋風の矢と、私が撃った水の弾丸が互いを相殺し合い、空が存在しない闘技場に刹那の雨を降らせる。天井から降り注ぐライトストーンの輝きが宙を舞う雫を照らし、単なる無機物に宝石のような美しい煌きを付与させるが、それも乾き切った砂地が偽りの雨を貪欲に飲み干すまでの短い間だった。


「拙速!」


 短い雨が上がるのと同時に速度強化の魔法を自身に付与したジヴァは、水分を吸って固まった砂地を盛大に蹴飛ばすように駆け出した。

 ジヴァの機動力に関しては辛酸と一緒に十分味わってはいるが、何度見ても速いと思わざるを得ない。砂地という人間の二足歩行には適さない悪路にも拘らず、彼は滑るように柔らかな砂地を駆け抜けていく。

 だが、此方も只々相手の速力に圧倒されっ放しという訳でもない。確かに始めの内は相手の姿を捉える事もままならず一方的に嬲られていたが、徐々に速さに慣れてくるとジヴァを目で追い掛けられるようになり、今では彼の行く先を狙って攻撃を撃ち込める程にまでなっていた。


『ウォーターマシンガン!!」


 貝殻の隙間から二本の触腕を覗かせ、此方に向かってくるジヴァに向かって多量の水弾をバラ撒く。彼は抉るような急カーブを左右に描いて水の弾幕を回避しようとするが、私が触腕をくねらせて弾道に変化させる芸当を披露すると、警戒を覚えたのか不用意に前へ踏み込まなくなった。


早撃ちクイックショット! 赤熱の銛レッドハープーン!」


 そこで彼女は右手に持っていた剣を左手に持ち替え、空いた手を私に向けて翳した。すると掌に魔法陣が出現し、中から熱した鉄のように赤熱化した銛が三本ほど打ち出された。

 クイックショット早撃ちの効力によって発射速度を高めた銛が水の弾幕へ切り込んだ途端、煙幕のような大量の水蒸気が発生して眼前を埋め尽くした。これによって標的を見失ってしまったのは痛かったが、私の意識は直後に煙幕を突破した赤い銛へと向けられる。


「ロックウォール!」


 砂中から分厚いロックウォールがせり上がって頭を出した直後、赤熱した銛が壁の岩肌に深々と突き刺さる。刺さった後も銛はドリルのようにスピンしながら少しずつ岩壁を掘削していたが、最終的には射出口を作り掛けた所で回転が止まって無力化された。

 攻撃を凌いでホッと胸を撫で下ろしたい気分に駆られたが、即座に私の頭上に影が降り注いだ。見上げれば岩壁を飛び越えたジヴァが獲物を見付けた猛禽類のような眼差しで私を見下ろし、色気たっぷりに口の端を舐め取っていた。


火属性付与ファイヤーエンチャント!!」

爆泡装甲ウェラバブルアーマー!!』


 最後の一枚を突破したジヴァはレイピアの剣に炎を纏わせると一気に肉薄し、対する私も無数の気泡で出来た泡の鎧を貝殻の上に張り付かせ、更にその上から岩盤の鎧を被せる多重装甲でコレに応じた。

 ジヴァが鋭く繰り出した炎の剣が私の多重装甲を穿つように突き、硬くてぎこちない衝突音が響き渡る。と、直後に私の岩盤が爆発した。しかし、これはジヴァの仕業ではない。岩盤の下に仕込んであった無数の泡の気泡――密集した小型のバブルボム――が爆発したのだ。

 これによって刺突の威力は完全に殺された上に、続いて起こった連鎖爆発の爆風でパージされた岩盤がジヴァの身体を吹き飛ばした。その隙に私は自らの意思で後退して距離を置き、再び両者の間に踏み込み難い間合いが形成された。

 そして吹き飛ばされたジヴァは砂地が緩衝材となってくれたのか、スクッと何事も無かったかのように立ち上がると体中に付いた砂を払い落とす。


「ははは、中々面白い真似をしてくれるじゃないか。キミと戦っていると全然飽きないし、こんなに楽しいのは初めてだよ」

『それはどうも……』


 泡の吹き出しは敢えて出さず、私の声が聞こえない事を良いことに適当な言葉を返す。

 私とジヴァの戦いが始まってから既に数十分程が経過している筈なのだが、一向に決着がつく気配は見当たりそうにない。これは互角に渡り合った勝負をしていると言うよりも、どちらも決め手に欠けているからだが。

 流石にこうもダラダラと戦いが長引くと、観客達も死合の興奮よりも飽きを覚えるらしく、既に一部からは決着を望む声と書いてブーイングが起こっている。だからこそ、私は自分が置かれた状況をどう凌ごうかと内心で思案を巡らす。

 言うまでもなく、観客達の望みは人間と魔獣の殺し合いだ。しかし、私とてしては相手を殺したくない。とんでもない悪党ならば容赦はしないが、目前に居るエルフの美人さんは悪人とは思えない。少々戦闘狂の気があるが、根が腐った悪党ではなさそうだ。

 魔獣としての生を尊重するとなればエルフは倒すべきなのだろうが、未だに私の中に残っている前世の人間性が「流石にソレはいけない事だ」と良心に訴え掛けてくる。

 それに無実の人間を殺したとなれば、私の主であるアクリルにも責任が回って来るのは明白だ。従魔としての忠誠も良心に加担し、その結果どっちつかずの板挟みを生み出してしまっているのだ。


 さて、どうしたものか……と、ひっそりと悩んでいた矢先だった。


「ガーシェルちゃん!!」


 噂をすれば影と言うが、まさか相手を思った直後に声を聞くとは思ってもいなかった。声を耳にした途端にビクンッと心臓を跳ね上がらせた私は、此処が戦いの場である事も忘れて声のする方向へ振り返った。

 そして見付けた。金網を挟んだ向かい側……闘技場に面した観客席の最前列にアクリルは居た。しかし、アクリルの傍にヤクトやクロニカルドといった信用の置ける人物の姿は見当たらず、代わりに居たのは豪奢な赤いドレスを着飾った六腕の亜人だった。

 そいつは荷物のようにアクリルを小脇に抱え、反対側の手に握り締めたナイフを顔の輪郭スレスレに沿えている。その様子からして、亜人が彼女を人質に取っているのは明白であった。


『アクリルさん!』

「ほれ、さっさとロックシェルに向かってエルフを殺せって命令するでありんす。そうすれば痛い目を見ずに済みんすよ」

「やだ!」

「やだではありんせん。この会場に居るお客さんもいい加減飽きてるんでありんすから、早く終わらせんと此方としても困るんでありんす」

「やだー!」


 亜人が彼女の眼前でナイフをチラつかせながら強迫するが、善悪の区別が付くアクリルはソレを良しとせず断固拒否するかのように激しく首を左右に振った。

 すると亜人は「仕方が無いでありんすね」と呆れた表情で呟くや、ナイフを握っていた手を素早く縦に走らせた。直後、シュパッと皮膚が切り裂かれる音がし、アクリルの柔らかな左頬から赤い雫がボタボタと垂れ出した。


『アクリルさん!!!』


 その瞬間、私の中で爆弾が炸裂したかのように怒りが弾け飛んだ。後先を考えずにウォータカッターを亜人に向けて放ったが、薄っぺらい金網を突き破る事は叶わず、その数センチ手前で不可視の壁に激突したかのように木っ端微塵に砕けてしまう。

 最前列に居た観客達は私の攻撃に慄いて反射的に体を仰け反らせるが、亜人は口元に手を添えてクスクスと愉快気に笑っており、その余裕綽々な態度が怒り狂った私の精神を逆撫でする。


「おやおや、見掛けに寄らず忠実じゃないでありんせんか。でも、無駄でありんす。この金網も結界で守られていんす。魔力が途切れない限り、たかが一魔獣がコレを打ち破るのは不可能でありんすえ」

『くそ!!』


 と、そこでザリッと砂を踏み締める音が聞こえ、そこで漸く私は相手に無防備な隙を晒している事に気付いて振り返るが、ジヴァも私が攻撃した相手……いや、アクリルを見て目を丸くしている。


「まさか、そんな……! どうして此処に!?」


 何かを知っているような口振りに訝しい気持ちが私の中で芽生え掛けたが、チラリと目の端でアクリルの姿を捉えた途端、そんな疑念は一瞬で吹き飛んでしまう。

 アクリルは涙こそ流しているが泣き喚きはせず、只管に切られた頬の痛みに耐えるかのように唇をギュッと噛み締めている。まるで私が暴走させまいとして必死に耐えているように見え、その痛々しい姿が余計に私の心を締め付ける。

 しかし、亜人はソレが気に入らないのか、マスク越しからアクリルを見詰める目には物足りなさが含まれていた。


「おやおやぁ? 泣かないでありんすか? ここで子供らしくビービー泣いたら、きっとアナタの従魔は盛大に暴れ狂って会場を盛り上げてくれるでありんしょうけどねぇ?」

「泣かない……! アクリル、ガーシェルちゃんと約束したから……! それに、ガーシェルちゃんにイヤな思いや苦しい思いをさせたくないもん……!」

「……仕方が無いでありんすねぇ」


 そう言うと亜人はナイフをスッと持ち上げて、その鋭い切っ先を彼女の円らな瞳の前に向けた。


「それじゃ可愛い御目眼を刳り貫いても泣くのを我慢出来るか、試してみるでありんしょうかねぇ?」


「『やめろ!!』」


 私とジヴァの叫びが被さり、亜人が彼女の目にナイフを突き立てんとした瞬間―――ブレーカーが落ちたかのように、室内の明かりがバッと消えて暗転した。


「おい! 一体何が起こったんだ!?」

「明かりが消えたぞ! ライトストーンが壊れたのか!?」

「何も見えねーじゃねぇか!!」

「地下の魔力装置に異常が起こったのか?」

「誰でも良い! 復旧に向かわせろ!!」


 観客席から動揺と文句の声が噴出し、地下闘技場の関係者達の間でも原因を予測する声と、原因を解明するよう命じる声の二つが起こる。

 ちょっと待てよ。魔力装置に異常が起こったとなれば、結界は無力化されているのではないだろうか。その可能性に気付いた私は聖鉄で作った巨大ドリルを前方に装着し、アクリルと亜人が居た方向に向かって突撃した。

 この時の私は『もしも失敗したら……』なんて万が一は一切考慮していなかった。只、アクリルを救うという一心が私を突き動かしていた。


『アクリルさん!!!』

「ガーシェルちゃん!!」


 私はアクリルの名を叫び、アクリルも私の声に応じて呼び返す。そして闘技場を囲んでいた金網をドリルで突き破ると、私はアクリルの居る観客席へと巨体を飛び込ませた。



 部屋が暗転する数分前、勝利を収めたヤクトは制御装置の制御盤パネルに齧り付くように屈み込み、傷付いた身体に鞭打ちって作業に没頭していた。画面に触れた指が踊る都度にホログラムのように浮かび上がる画像が切り替わり、ヤクトは一つも見落とさないように小刻みに瞳を動かし続ける。

 幸いにも室内にはベラルド以外の人間は居なかったらしく、彼が倒れた今、この場に居るのはヤクト一人だけだ。

 しかし、組織を裏切りヤクト達を地下街へと案内した男が言うには、地下へ日常的に出入りする人間は一握りだけだが、ベラルド以外に居ないわけではないとのこと。即ち、何れその一握りが戻ってくるのも時間の問題という訳だ。


(恐らく、俺っち達の誰かが此処へ足を踏み込むだろうと予測して、事前に退避していたんやろうな。せやけど、あのベラルドの性格を考えると味方が巻き込まれないよう配慮したっちゅーよりも、只単に自分の実験の邪魔になりそうだから追い出したっちゅーんが正解やろうな。せやけど、今は好都合や)


 この制御装置に関して初心者どころか無知に等しいヤクトが難無くパネルを動かせているのは、自身が有する天才スキル――学術・技術問わず、全ての分野を瞬時にマスターする――の影響が大きい。もしも天才スキルが無ければ今頃はパネルの前で右往左往し、最終的にはクロニカルドに泣き付いていたかもしれない。

 現状と己のスキルに感謝しながら供給を停止させる手順を探っていたら、不意に懐かしい声が脳内に響き渡った。


『おい、ヤクト! 聞こえているか!?』

「クロニカルド! 無事やったんやな!?』

『己は無事だ! しかし、アクリルが連れ去らわれた!』


 仲間の無事に頬が緩んだのも束の間、クロニカルドからアクリル誘拐の報を受けた途端に表情が険しくなる。


「はぁ!? 何しているねん! それじゃお前が一緒に居た意味が無いやんか!!」

『分かっておる!! アクリルを連れ去ったヤツは闘技場に向かったと言っていた! 今塔の内部に忍び込んだ所だ!!』

「闘技場……つまりガーシェルが居る所やな?」荒ぶった気持ちを抑えるように物静かな口調で呟き、小さく溜息を吐き出した。「ガーシェルを探す余計な手間が省けたと喜ぶべきか、それとも姫さんが攫われて面倒事になったと頭を抱えるべきか難しいところやな」

『何にせよ、作戦を前倒しするしかあるまい。そっちの状況はどうなっているのだ?』

「こっちは制御室を守ってた幹部をブチのめして、パネルを操作しとる所や。魔石の魔力で動いているおかげで、俺っちでも操作出来るのが幸いやったわ」

『では、何時でも止められるのだな?』

「ああ、3分ほど頂けたら……」と、言い掛けた矢先にヤクトは前言を撤回した。「いや、たった今供給を止める手順が判明した。今から取り掛かる……せや、カクレイはどうなったんや?」

『未だに応答が無い。もしかしたら既に……』


 そこでクロニカルドは言い淀んで台詞を止めてしまうが、その区切り方は最悪の結末が起こったかもしれないと連想させるには十分だった。

 親しい間柄ではなかったとは言え、ガーシェルを救う為に色々と手伝ってくれたという恩義がある事に変わりはない。角麗の死にヤクトは沈痛な面持ちを―――


『勝手に殺さないでください!!』


―――浮かべようとして、脳内に響き渡った甲高い女性の声にビクンッと両肩を跳ね上げた。


「カクレイ!? 生きてたんか!?」

『ええ、生きていますよ! 私の方にも罠が張られていて、それから抜け出すのに手間取っていたんです! どうやら、あのスライムには魔法を阻害する能力があったみたいですね』

『スライムだと? 一体、どんな罠に――』

『兎に角!!』クロニカルドが出来心で尋ねようとするも、何処かピリピリと苛立つ角麗の声に遮られてしまう。『友人は今、闘技場に居ます! そこで魔獣と……ガーシェルと戦っているのです!』

「何やて!?」

『いかん! ガーシェルは角麗の友人の件に関して何も知らんのだぞ!! もしも互いに殺し合い、どちらかが死んでいたら元も子もないぞ!!』

『ですので、今すぐに御二人は友人の救出に動いて下さい! 私は使命を果たしてから合流します!!』

「あっ、おい! カクレイ!!」


 ヤクトが再度呼び掛けたが、彼女の声はやって来なかった。角麗が使命に固執しているのは今に始まった事ではないが、脳内に響き渡った声には何処となく焦りの一端が見えた気がした。


(もしかして標的である仇を見付けたんやろうか……?)

『おい、ヤクト!! 急げ!! アクリルが危険だ!!』


 と、ヤクトが推測を立てた直後に余裕を失ったクロニカルドの声が頭の中にキンッと響き渡り、まるで耳元で怒鳴られたかのような軽い頭痛を齎した。


「な、何やねん!? 危険って!?」

『敵がアクリルを人質に取り、ガーシェルに友人を殺させるよう命じるつもりだ!』

「何やと!?」

『敵の手の中にアクリルが居るのでは下手に手が出せん! 照明でも何でも良いから魔力を寸断して攪乱しろ! あとは己が何とかする!』

「分かった! 今すぐに実行する!!」


 ヤクトがパネルに素早く指を走らせると、ホログラムのボタンが画面上に出現する。このボタンを押せば制御装置から送り出される魔力は供給を停止し、地下街に巡らされている魔力が断ち切られて混乱に陥る筈だ。

 念入りに確認すべき手順の段階を素っ飛ばし、ヤクトは実行ボタンのホログラムを指の腹で叩いた。直後、パネルの映像がパッと切り替わり、右から左へと文字がゆっくりと流れた。それを目線で追い掛けて読み込むと、ヤクトは盛大に舌打ちを飛ばした。


「……くそ!! 嘘やろ!」

『どうしたのだ、ヤクト!?』

「魔力を遮断するには関係者の承認……もとい魔道士の魔力をパネルに流し込まなあかん! この最後の確認を突破せん限り、装置を止めることが出来へん!!」

『何だと!? そんな悠長な余裕は無いぞ!! 急がねばアクリルの身に危害が加えられてしまう!』

「分かってる! 何とかするから少し黙っとれや!!」


 ヤクトの脳内コンピュータが目まぐるしく回転し始め、天才スキルも並行して働いているのか何時もよりも格段の速さで情報処理が成されていく。数多の仮説が脳裏に浮上し、実現の可否を確率で弾き出し、後者ならば即座に脳内から排除する。


(今更魔道士を捕まえて脅すのは無理や。パネルの仕組みを理解して改竄する? いや、それやと時間が掛かり過ぎてまう。それやったら装置そのものに直接手を付けて、改造する方がまだマシ―――いや、ちょい待ち)


 そこで一つの天啓がヤクトに舞い降り、彼はパネルの上で指を素早く踊らせた。すると制御装置の見取り図を表すホログラムが眼前に出現し、ヤクトはそれを隅々まで見渡した。

 エッグスタンド制御装置の真下には魔石から抽出された魔力を他方に回す管が組み込まれており、複雑に入り組みながら四方八方へと伸びている。一見するとデタラメに紡いだ蜘蛛の巣のようだが、その一つ一つが地下街の機能に欠かせない重要な役割を担っている。

 制御装置に用いられた技術力の高さにヤクトも思わず舌を巻くが、見取り図の中から二つの管――結界魔法へと繋がる管と、魔電灯を始めとする街の至る場所に存在する光源に直通する管――を発見すると口角を釣り上げた。


「クロニカルド! 一つだけ方法を見付けたで!」

『何でも構わん! さっさと急ぐのだ!!』

「了解や!」


 そう言ってヤクトは制御装置に近付き、剥き出しのパイプに有らん限りの手榴弾とグレネードランチャーの弾丸を括り付けていく。ヤクトの狙いは魔石に内蔵された魔力を抽出する装置や、ソレに繋がっている配管だ。そこを破壊してしまえば、魔力の供給を止められると踏んだのだ。

 もしも完全な破壊を目指すのであれば、部屋の中央に置かれた巨大魔石を狙うのが確実だろう。だが、今のヤクトが所有している武器の火力を総合しても、巨大魔石を破壊するのは難しいだろう。

 そもそも魔石は読んで字の如く、魔力を封じ込めた石だ。含まれる魔力の大小こそ有れど、内臓された魔力を使い切ったり取り込んだりしない限り、滅多な事では壊れないという性質を秘めている。ましてや、4m近い巨大さともなれば破壊は到底不可能だ。

 とは言え、単純に管や装置に爆発物を取り付けるだけでは意味が無い。装置の仕組みや設計を理解し、要所に仕掛けなければ期待した効果は得られない。

 やがて全ての管に巻き終えた頃、再び脳内にクロニカルドの――怒りと焦りが混ざった――声が響き渡った。


『急げ、ヤクト! アイツめ、アクリルの顔に傷を付けおった!!』

「……そりゃ一刻の猶予もあらへんな」


 自分でも驚くほどに冷たく低い声が喉元から競り上がり、そしてヤクトは部屋にある唯一の扉の前まで距離を置いてから拳銃を引き抜いた。


「クロニカルド、行くで! 一か八かやけど、もしも一を引き抜いても恨むなや!!」

『それは結果次第だ! やれ!!』

「それじゃ……行くで!!」


 そう言ってヤクトは両手で構えた拳銃の引き金を二連射し、素早く外へと飛び出して扉を閉めた。直後に分厚い扉越しからズズンッと激しい地響きが響き渡り、次いで此処まで続く階段を照らしていた小型のライトストーンの輝きが蝋燭を吹き消すかのようにフッと消えた。


 その暗転は一か八かで八を引き抜いた成功の証であり、ヤクトは左腕で力強いガッツポーズを作った。そこへ複数の魔道士達が押し寄せるも、既に彼は転移を発動させて消えていた。

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