第126話 ヤクトVSベラルド

 クロニカルドが戦いを終わらせた頃、鉄塔の地下深くにある魔力制御室ではヤクトとベラルドの戦いが繰り広げられていた。


「シャードショット!」

「ちぃ!」


 ベラルドが掲げた掌から無数の黒いシャードがショットガンのように発射され、それをヤクトは横っ飛びで躱しながら両手にそれぞれ握り締めた二丁の拳銃で反撃する。


「無駄ですよ、二重障壁ダブルバリア!」


 しかし、ベラルドの正面に二重構造の障壁が張られ、最初の障壁が五発の弾丸を受け止めたところで消失するも、残りの弾丸は一枚の障壁に受け止められてしまう。結果的に無傷な相手を見て、ヤクトは苛立たし気にギリッと奥歯を鳴らした。


「ほんまに面倒な相手やな、魔法使いっちゅーのは」

「誉め言葉として受け取っておきましょう」

「はっ、そのスカした態度……ほんま気に入らへん!」


 ベラルドの正面に残っていた障壁に銃弾を数発撃ち込み、それが割れるのと同時にヤクトは駆け出す。疾走する傍らで空になった拳銃の弾倉を抜き取り、新たな弾倉を銃座に滑り込ませる。

 この遣り取りは今ので初めてではない。ベラルドと戦い始めてから既に十回以上は繰り返しており、その間にヤクトはベラルドに一撃を入れる手段を只管脳内で模索した。


(やはり拳銃程度では歯が立たへん。二丁の銃弾を全て撃ち込んで、漸くあの二枚構造の障壁を破壊出来るけど……その後に攻撃が続かへんかったら意味が無い。手榴弾やグレネードランチャーは万が一に備えてに取っておきたい。となれば―――方法はアレしか多い浮かばへん)


 それまで相手の攻撃を躱し切れる間合いの外側ギリギリを走っていたヤクトは靴底で床を鳴らしながら鋭く方向転換し、そのまま間合いの内側へと踏み込んだ。


「おやおや、頭がイカれましたかぁ?」自分に向かってくるヤクトを見て、ベラルドは無表情で嘲笑う。「もしくは策があるのでしょうが……私の二重障壁を破るのは不可能ですよ!」


 再びベラルドが自身の正面に二重の防壁を張り、障壁の枠外から蛇のような細い手を覗かせながらシャードショットを撃ち込んでくる。これに対しヤクトは素早いジグザグを描くことで狙いを困難にさせつつ、尚且つ相手への接近を続行した。


「ほう、まだ近付いてきますか。何処まで近付ける見物ですが、近付いた所で答えは同じですよ」


 二重障壁を破れはしないという絶対の自信があるのか、ベラルドは特段に警戒する訳でもなく、シャードショットを何時でも撃てるよう右掌に魔法陣を出現させて身構えるだけだ。

 やがて互いの距離が目と鼻の先という残り僅かとなったところで、ヤクトは外套の下から武器を取り出した。その瞬間、初めてベラルドの表情に緊張が走った。ヤクトが手にしたのは、人間の前腕に匹敵する巨大な銃……ショットガンだったからだ。

 てっきり今まで使っていた二丁の拳銃を取り出すものだと完全に思い込んでいたベラルドの予想は見事に裏切られ、咄嗟にシャードショットを撃とうとするもヤクトが引き金を引く方が一足早かった。


「ほれ!」


 ヤクトの掛け声と共にズドンッと重々しい銃声が鳴り響き、銃口から撃ち出された無数の礫が障壁に激突した。一発ずつの銃弾ならば数発まで耐えられる障壁も、何十と言う細かい礫を纏めて撃ち出すショットガンの弾丸には耐え切れず、たったの一撃で易々と粉砕されてしまう。


「なっ!? たったの一撃で!?」


 ショットガンの威力にベラルドが目を奪われている隙に、ヤクトはショットガンのポンプを素早くスライドさせて次弾を装填させる。そのスライド音と共にベラルドの意識も驚愕から戦闘へと切り替わり、咄嗟にシャードショットの魔法陣を張り付けた右手を障壁越しに掲げた。

 最後の障壁が打ち砕かれた瞬間にシャードショットを撃ち込もうと目論んでいたのだろうが、ここでも彼の未来図は裏切られる事になる。

 ヤクトは次弾を装填したショットガンを抱えたまま前へと飛び出すと、薄らと丸みを帯びた障壁を足蹴にしてベラルドの頭上を跳び越したのだ。


「何!?」


 二重障壁は正面からの攻撃に対しては相応の防御力を発揮するが、それはあくまでも正面のみの話だ。正面以外の方向や頭上に対しては無防備であり、仮に防御しようものなら攻撃が来る方向へ向き合わないといけない。戦いの最中でじっくりと観察した末に、ヤクトは二重防壁の弱点に気付いたのだ。

 そして障壁を足掛かりにして頭上へと飛び上がったヤクトは、天地が逆様になった格好のままショットガンを構えた。大口径の銃口が狙う先は、無防備を晒したベラルドの背中だ。


「くっ! シャード―――」

もろたで!」


 ヤクトが指に引っ掻けた銃爪を引くのと同時に、振り向くと言うよりも苦し紛れに上半身を捻らせるベラルド。恐らく反撃を試みようとしたのだろうが、シャードショットが発動するよりも先にショットガンの銃弾がベラルドの背中を切り裂いていた。

 全身を覆い隠すように纏っていた紫色のローブを一瞬で細切れにし、その下から現れた爬虫類のような細かい鱗に覆われた固い皮膚をも難無く穿つ。だが、それによって出来上がった無数の銃傷からは肉片はおろか血の一滴も出ない。

 異変に気付いたヤクトは猫背のように丸めた背中から着地すると、素早い身のこなしで立ち上がって相手から距離を置いた。直後、ベラルドの身体がボコボコと急速かつ歪に膨れ上がり、あっという間に面影を失ったかと思いきや風船を割るかのように弾け飛んだ。


「何や、これは……!?」


 破裂したベラルドの体から溢れ出したのは生々しい血肉ではなく、見るからに毒々しい大量の紫煙だった。それは爆風のように室内全域へと拡散し、距離を置いていたヤクトをあっという間に飲み込んでしまう。

 ヤクトは紫煙を警戒して口元を手で覆うが外気を完全に遮断するには至らず、息を吸い込んだ際に手の隙間から紫煙も招き入れてしまい、ピリピリとした微弱だが不快を覚える麻痺が手足に走る。


「こりゃ……やっぱり毒やな」

『ははははは! 残念ですね! 貴方が苦労して倒したのは、私が作った毒分身ですよ!』


 紫煙の正体が毒だと身を以て確信した直後、甲高い男の笑い声が何処からともなく降り注いだ。その声にヤクトはうんざりとした表情を浮かべながらも、口元から手を放さず視線だけを周囲に散らばせた。


「……やっぱり今のは偽物やったんやな?」


 ヤクトは本物のベラルドを探そうと辺りに目線を配るも、既に室内は毒の紫煙が充満して煙幕が張られたかのような状況となっている。おまけに相手の声は反響に次ぐ反響で室内中に響き渡っており、最早何処が音源なのかも分からない。


「態々毒魔法で分身を作って仕掛けるなんて、回りくどい真似が好きやな」

『いえいえ、これは私の常套手段ですよ。話は変わりますが、魔法使いの三大タブーをご存じで?』

「魔法使いのタブー? そんなもん知る訳あらへんやろ」


 ベラルドが投げ掛けてくる質問に意味など無く、単なる時間稼ぎに過ぎない事は明白であった。しかし、相手の姿が見えない以上は成す術が無いのもまた事実であり、ヤクトは焦りを抑えながら相手の出方を根気強く待ち続けた。そして数秒の間を置いた後、ベラルドの声がやって来た。


『答えは簡単です、目立たない・出しゃばらない・前に出ない……この三つです。魔法使いは完璧な後衛職であり、前衛職のように必要以上に前へ出ることは己の死に繋がりかねません。即ち、本物の私が貴方の前に出る時は、私が絶対に勝てると確信した時だけです』

「はっ、それまた慎重を通り越して臆病なこって……」

『何とでも言いなさい。それが私の基本戦術でありモットーですからね』


 魔法使いにとって一対一の戦いは、絶対に避けねばならない戦闘シチュエーションだ。例え同職や相性の良い相手でもソレは例外ではなく、そういった観点から魔法使いが如何に前衛職のような直接的な戦闘を不得手としているかが窺える。

 それ故にベラルドが堂々と眼前に立ち塞がったのを見た時は、ヤクトも不思議に思っていた。しかし、それの正体が毒分身で作られた偽物だと分かった瞬間、騙されたという驚きよりも、やはりそうかという腑に落ちた納得の方が遥かに上回っていた。

 そして今では毒という厄介な状況が加わったおかげで、ヤクトの内心で焦りが渦巻きつつあった。今はまだ微弱な麻痺で済んでいるが、やがて呼吸を繰り返す内に酸素と共に紫煙が肺に送り込まれ、それが全身に巡って毒状態となるのも時間の問題だ。


(くそっ、こうなるんやったら瘴気用のマスクを持ってくるべきやったわ。そうすりゃ毒なんて―――)


 と、そこでヤクトの背中に鋭い痛みと焼けるような熱が走り、内心で思い浮かべていた後悔の言葉が途切れた。

 よろめき掛けた足腰に活を入れてバッと素早く後ろへ翻ると、そこには薄紫色の刀――その刀身はヤクトの血と思しき赤い雫で濡れている――を握り締めたベラルドが紫煙の中で佇んでいた。


「どうですか、私の毒剣ポイズンソードは? 魔法攻撃そのものの威力は低いですけど、命中すれば完全に毒状態になる上に、刀傷と共に毒が体内に染み込む事で苦痛が倍増するんですよ? 中々に面白いでしょぅ?」

「こいつ……!」


 ベラルドの握っている刀が毒魔法だと認識した途端、袈裟懸けに走った背中の傷口が激しい熱を帯び始め、まるで不可視の炎を背負っているような錯覚にヤクトは顔を顰めた。

 錯覚から来る汗と状態異常から来る汗の双方が入り交じって彼の額をしとどに濡らすが、毒状態になった事で返って踏ん切りが付いたらしく、(無意味だと知りつつも)口元に被せていた手を離すと正面のベラルドに向けてショットガンを撃ち放った。

 が、放たれた弾丸はベラルドに命中しなかった。命中する寸前で彼の姿が一瞬だけ紫煙に戻り、空を切るように何事もなく素通りしてしまったからだ。そして素通りした後は濃密な紫煙が凝縮されるかのように密集し、再びベラルドを形作った。


「こいつも偽物かいな!?」

「ええ、そうですよ。私は様々な魔法を扱えますが、その中でも毒魔法は大の得意でしてね。こんな芸当も可能なのですよ!」


 そう言って偽物のベラルドが仰々しく両腕を広げると、辺りに充満していた紫煙が意思を持ったかのように密集し始め、幾つかの小さな核を成す。そして核の上から更に紫煙の膜が被せられ、最終的にはヤクトと言葉を交わした初代を含めて7人の偽ベラルドが生み出された。


「嘘やろ!?」

強酸の蛇アシッドスネーク!」

 増殖するや一人の偽ベラルドが“蛇に酷似した緑色のスライムアシッドスネーク”を袖下から繰り出すように投げ付け、それに対しヤクトは咄嗟にショットガンを盾代わりにして攻撃を受け止める。

 しかし、それこそが狙いだと言わんばかりにアシッドスネークはショットガンの銃身に蜷局を巻かせると、化学反応を起こしたかのようなバチバチと弾ける音が鳴り響いた。そして銃身から立ち上った異臭混じりの白煙がヤクトの鼻腔と眼球を刺激し、思わず彼はショットガンを手放した。

 床に叩き付けられた自信作ショットガンは――強酸で脆くなっていたという事情もあるが――出来立ての泥人形のように呆気なく壊れ、生みの親であるヤクトも悔し気に表情を歪ませる。

 しかし、何時までも悔しい気持ちを引き摺る訳にはいかず、瞬時に意識を切り替えるのと同時に外套下から拳銃を取り出そうとしたが、直後に別の偽ベラルドが放った紫色のシャードがヤクトの右上腕に突き刺さり、その激痛で反射的に拳銃を落としてしまう。


「くっ……!?」

「ふふふふ、貴方の行動は手に取るように分かりますよ」


 と、正面に立っていた偽物のベラルドがニヤニヤと笑いながらヤクトに挑発する。だが、ヤクトは何も言い返さなかった。否、言い返せなかった。

 毒に蝕まれた体は思った以上に体力を消耗させるだけでなく、纏まった考えを導き出すのに必要な思考の働きを鈍化させている。その上、ヤクトの中にあるユーモアの泉は度重なる苛立ちや焦りで蓋をされているも同然の状態だ。

 ヤクトは人一人射貫き殺せそうな鋭い眼差しで睨みながら、取って置きの奥の手を切り出そうとした。が、ソレに手を伸ばし掛けた所で身体がビクンッと痙攣し、それまで脳髄から発せられていた指令がプツンと途絶えたかのように四肢の力が抜け落ち、その場に蹲ってしまう。


「な、何や……!? 体が……!」

「いやぁ、漸く私の魔法が効いてきましたね」


 一人のベラルドがクスクスと笑い出すと、他の六人にも感情が伝染したかのようにクスクスと不気味に笑い出す。


「今現在、この空間内には毒麻痺と呼ばれる魔法が発動中でしてね。毒属性の効力と同じ分だけ、麻痺属性も付与されるのです」

「く……そが……!」

毒煙ポイズンスモッグ毒剣ポイズンソード、そして先程の毒礫ポイズンシャード。大抵の人間は先の二つを受けただけで動けなくなるのですが、そこまで耐えられるという事は貴方も戦士としての素質が十二分にあるという事ですね。まぁ、それも直ぐに無意味となりますが」


 既に勝気でいるベラルドに対して強がりの一つも見せたいのも山々だが、既にヤクトの身体を蝕む麻痺は舌にまで及んでおり、満足に言葉を話す事も出来なくなっていた。相手が動けなくなったのを良いことに、偽ベラルド達はゆっくりとした足取りで緩い円陣を作ってヤクトを取り囲んだ。

 何をする気だと警戒心に富んだ目線で視野で捉えられる一部の偽物を観察していると、偽ベラルドが作った円陣の中に巨大な魔法陣が描き出された。そこでヤクトは自身が生け贄のように魔法陣の中央に置かれている事に気付いた。


(何や、これは……!?)

「驚いていらっしゃいますね? では、先に答えをお教えしましょう。これは私が編み出した吸収魔法です。吸収魔法は余り日の目に当たらない地味な魔法ですが、私は好きでしてね。おまけに、こういう裏世界では人体実験も容易ですからね。私の研究には打って付けと思いませんか?」


 その問い掛けにヤクトは何も答えないが、べらべらと喋る偽ベラルドに向けられる目には「クソ喰らえ」の罵倒がありありと浮かんでいた。しかし、ベラルドからしたらヤクトの目線なんて負け犬の遠吠えでしかなく、益々調子付いたように口調を早めさせた。


「そして今回のは対象者の魔力を徹底的に吸い上げて死に至らしめる魔法です。とは言え、初めて使用する魔法ですので、どれだけの効果があるのか分かりません。従って、貴方は栄えある実験鼠モルモットとして私の魔法に協力する事になります。それを誇りとして、儚き人生に幕を下ろして下さい」


 そう宣告した直後、魔法陣の上で舞い踊り始めた赤紫色の紫電がヤクトに襲い掛かった。魔法陣の輝きが増すに連れて肉体に注ぎ込まれる電流も苛烈さを増し、麻痺のせいで声も出せないが唇は明らかに悲鳴の形を作っていた。

 夥しい電流の暴威は一分近くも続き、それが消えたのと同時に床に描かれた魔法陣も消失した。しかし、その魔法陣の中央に居たヤクトは俯せに倒れ込んだままピクリとも動かず、黒い外套から立ち昇っている白煙が只事ではないという印象を強調している。

 その印象でベラルドは勝利を確信したのか、七人の偽物が靄のように掻き消され、室内を埋め尽くしていた紫煙も霧が晴れるかのようにみるみると薄れていく。やがて完全に紫煙が消えると、その場にはヤクトと本物のベラルドの二人だけが取り残されていた。


「ふふふふふ、呆気ないものですねぇ。まぁ、姿無き魔法使いを倒そうという事自体が無理な話ですけどね」


 自分の勝利を信じて止まないベラルドは、勝ち誇ったかのような薄い笑みを溢しながらヤクトの傍へと近付いた。戦いに勝った上に新魔法の実験も出来たのだから、今の彼は上機嫌の極みで満たされていると言っても過言ではない。

 そしてベラルドがヤクトの前に立つと片膝を床に着け、新魔法によって亡くなった人間のステータスを確認すべく、微動だにしないヤクトの後頭部に手を置こうとした――その時だ。

 死んだとばかり思っていたヤクトが素早く膝立ちで起き上がり、相手の白い額にデチューンが施されたマグナムの銃口を押し当てた。


「なっ!?」


 流石のベラルドも事態の急変に反応出来ず、漸く状況を飲み込んだ時にはヤクトのマグナムが火を噴いていた。今までの拳銃とは比べ物にならない轟音と共に発射された弾丸は彼の頭蓋を易々と貫通し、その衝撃でベラルドは脳漿と血飛沫を撒き散らしながら大きく後ろへ吹き飛ばされた。


「な……なぜ……いきて……い………る……?」


 あの世から死神が迎えに来る直前、ベラルドは最後の力を振り絞って疑問を天に向けて吐き出した。尤も思考の要である頭部を打ち抜かれてしまっては、ヤクトからの答えを聞いたところで理解に至るか怪しいものだが。

 それに対しヤクトは右腕に刺さったままのシャードを乱暴に引き抜くと、瀕死のベラルドの方へと歩み寄った。そしてヤンキー座りの格好でしゃがみ込み、彼の質問に応じた。


「先ず一つ目の答えや。俺っちが毒と麻痺で動けへんと思ったんやろ? せやけど、俺っちはこういうもんを持ってるんや」


 そう言ってヤクトがポケットから取り出したのは、美しい緑のルビーが備わった金の指輪……もとい状態異常を(一回限りだが)無力化してくれる魔法具マジックアイテムだった。


「これは俺っちが作ったマジックアイテムや。一回限りしか効かへんけど、それでも状態異常を無力化してくれる貴重品や。コイツのおかげで俺っちは命拾いしたんや」

「だ……だが……きさまは………わたしの…まほうを……」

「ああ、それについても教えちゃうるわ。二つ目の答え、どうして俺っちが魔法を受けてもピンピンしているのか不思議で堪らへんのやろ? 答えは簡単や、俺っちにはあって当然の魔力があらへんねん」

「なん…………だと?」


 この世界において魔力は多かれ少なかれという差こそあれど、誰もが持って当たり前というのが常識として認知されている。しかし、ヤクトにその当たり前の常識が存在しないと知るや、ベラルドは目を見開いた。そこには驚きもあるが、それ以上に己が犯した失態への衝撃が圧倒的に含まれていた。


「アンタが繰り出した魔法は魔力を通して相手を死に至らしめるんやろ? せやけど、魔力という入り口が存在しなければ、その魔法は成立しない。つまり、アンタがしていたのは枯渇した川に向かって一生懸命バケツを放り込むようなモン無意味な行いやったっちゅー訳や」

「ばか……な。そんな………ヤツがいる……なん………て………」


 その言葉を最期にベラルドの言葉が途切れ、蛇目からは光が失われた。彼の魂が死神の手によって現世から黄泉へと連れ去られた途端、室内に張り巡らされた結界魔法の輝きが終息し始めた。

 そして完全に元の状態に戻った事を確認すると、ヤクトはゆっくりと立ち上がって制御装置の方へ向かおうとして、ふと足を止めて亡骸となったベラルドを肩越しから見遣った。


「せや、アンタの言っていた魔術師の三大タブーやけどな、もう一つだけ項目を付け加えておけや。ってな」

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