第76話 従魔試験 開幕

 キューラの研究に付き合わされたり、街を観光したりと濃密な三日間を経て、いよいよ数日以上にも渡る試験の開始日を迎えた。

 私達が講習所の裏手にある――テラリアが有する土地面積の4分の1以上を占める――野外広場を訪れると、既に従魔と契約者のセットが二百近くも詰め掛けており、アクリルの保護者として特別に参加していたヤクトとクロニカルドも驚嘆の声を上げた。


「はぁー、こりゃ凄いなぁ」

「うむ、このような活気に溢れているとは思いもしなかったな」

「わぁー! まじゅうが一杯だね! ガーシェルちゃん!」

『そうですね。ですが、これほどとは思いもしませんでした』

「しけん、どんなのするのかなー? アクリル、楽しみ!」

「こらこら、姫さん。試験を楽しんでどないするねん。そこは真面目にやらなあかんで」

「その通りだぞ。簡単だからとは言え、気を抜けば足元を掬われるぞ」

「うん、分かったー!」


 本当に分かっているんでしょうかねぇ。アクリルの中で試験に対する印象は、不安よりもドキドキ感が勝っているようだ。一応ヤクトとクロニカルドの注意に耳を傾けているみたいだが、実際どうなるかは未知数としか言い様がない。


「まぁまぁ、そんな肩に力を入れなくても良いわよ。従魔試験は一週間掛けてやるんだから、今から気張っていると逆に疲れちゃうわよ」


 そう言いながら私達の輪に割り込んできたのはキューラだ。研究用の白衣ではなくセットアップのスーツ一式を身に纏っており、今回は従魔試験に参加する受講者を監督する一試験官として参加している事を表していた。

 また彼女の言う通り、試験と言う割には会場の空気は軽かった。てっきり大学受験と言う名の戦場と同じぐらいの重みや真面目さがあるのかと思っていただけに、実際に目にすると拍子抜けしてしまう程だ。まぁ、それでも真面目な面持ちを浮かべている人もチラホラと見受けられるが。

 そして一通り見回せば……やはり昨日出会ったシュターゼン・ヴァークナーとヘルスタッグの厄介者コンビも居た。

 余り人混みに居たくないのか、それとも貴族である自分が試験を受けなければならない事実に不満があるのか、苛立ちを張り巡らす事で見えない壁を作り、自分の空間を保っている。とは言え、この場には彼を毛嫌う人間も居るので、どのみち彼の周りは空白が相席するしかないようだ。

 と、そこでヤクトもシュターゼンを見付けたらしく、苦手な相手に出会ったかのようにゲッと露骨に顔を歪めた。


「やっぱりとは思うたけど、あのドラ息子も居るんか……」

「そりゃ試験に合格しないと許可証は得られないからね。参加せざるを得ないでしょ」

「しかし、大丈夫なのか? もし奴が我儘やヒステリックを起こして場を乱したりでもしたら、面倒になるのでは?」


 クロニカルドが私だけでなく、彼の人柄を知る人間ならば誰もが抱くであろう危惧を代弁すると、キューラも不安が伝染したかのように「そうねぇ」と困った口調で相槌を打った。


「一応、方法は考えてあるんだけど……もしかしたら間に合わないかもしれない」

「どういう意味や?」

 ヤクトの問い掛けに、キューラはニコリと笑顔を閃かして明快な答えを避けた。

「流石にこの手の話は部外者には打ち明けられないわね。まぁ、試験が終わるまで無事を祈ってちょうだい。……それじゃ、もうじき試験が始まるからね。その時までは静かに頼むわよ~?」

「はーい!」


 そう言ってキューラが立ち去ってから数分後、広場に設置された御立ち台に立って従魔試験の開催を宣言及び注意事項を述べる彼女の姿があった。何と言うか、その立ち振る舞いは物凄く様になっていて、昨日まで変態とも醜態とも言える姿を晒していた人物と同一とは思えないよ。

 先程キューラも言っていたが、従魔試験は一週間以上掛けて行われる。その内容は大まかに分ければ、契約者の道徳観念を確かめる筆記テスト、そして従魔の忠誠度及び社会常識を認知させる為のテスト、以上の二つだ

 どれもこれも戦闘とは無関係なので、非力な従魔でも気兼ねに参加出来るというのが利点だ。あとは魔獣の属性に関する話(弱点や相性といったもの)も勉強の一環として聞いたりするが、果たして幼いアクリルに理解出来るかが不安だ。


「それでは最初に従魔と契約者の健康診断を始めます。男性はAホールへ、女性はBホールに向かって下さい。また従魔の健康診断も並行して行いますので、各々の従魔も一緒にホールに入れて下さい」


 キューラによる従魔試験開催の宣言が終わるや、彼女とは別の試験官が従魔と契約者の健康診断を呼び掛けた。健康診断なんて必要なのかという疑問もあったが、これは国に提供する為の情報データ集めみたいなものであり、従魔許可証を発行する上で欠かせない重要項目だと後にキューラが教えてくれた。


「ヤー兄達もいっしょに来るのー?」


 アクリルの言う『一緒に』とは言うまでもなく健康診断の事だが、ヤクトは至極残念そうな面持ちで、クロニカルドは眉間に皺を寄せながら本体を左右に振った。


「姫さん、それは流石に無理な話やで。女性の健康診断に男が踏み込んだら、ケツを蹴り飛ばされるのがオチや」

「我々は廊下で待っている。兎に角、燥がず大人しくし、相手の言う事に従うのだぞ? 良いな?」

「うん、分かったー」


 そしてBホールの手前で保護者達と別れ、私達はホールの中へと入っていった。

 ホールの中は体育館二つ分ぐらいの広さもあり、高さもそれよりも二階分高めに設定されている。そこでは契約者と従魔が並列しながら進んでおり、それぞれの身長と体重を測定していた。

 というか、この手の測定は一昨日にキューラが手ずから行った筈なんですけどねぇ。やっぱり再度受けた方が良いのかな。なんて考えている内に私達の番が回って来た。


「やっほー、アクリルちゃん。暫くぶりー」

「こんにちは! キューラおねーしゃん!」

「うんうん、元気が良くて宜しい」微笑を携えながら満足気に頷くキューラ。「とりあえず、この書類にアクリルちゃんの名前と、ガーシェルちゃんの名前と種族名を記入してね」

「はーい」


 一昨日に出会ったばかりだと言うのに、まるで勝手知ったる仲のようなキューラとアクリルの遣り取りに、周囲に居た何人かは目を丸くして両者を交互に見遣っていた。無理もない、今のキューラは試験官ではあるが、同時に国家機関の所長という偉い肩書を持っているのだから。

 所々に歪んだ下手な字ではあるがアクリルなりに頑張って名前を記入すると、今度は体重と身長の測定へと移った。

 前世では個々の器具に乗ったりしていたが、流石は異世界ファンタジー。床に刻まれた魔法陣に乗っただけで身長と体重が一瞬で測定された上に、続いて血圧と脈拍、更には内臓の検査も済んでしまった。今更ではあるが、魔法凄いの一言に尽きる。

 当然ながら優良健康児であるアクリルに異常は無く、私もコレと言って目立った異常は皆無であった。これで終了かと思われたが、この世界ならではの健康測定が後一つだけ残っていた。


「それじゃアクリルちゃん、ガーシェルちゃん。最後は魔力測定しましょうね」

「まりょくそくてい?」

「言葉通り、アクリルちゃんが持つ魔力を測定するのよ。アクリルちゃんは五才だから、そろそろ魔力を発現出来る年頃の筈よ」

「でも、どうやってするのー?」

「それを今から説明するから、ちょっとこっちに来てちょうだい」


 キューラの手招に従って素直に付いて行くと、辿り着いたのは最初に踏んだ魔法陣から3m進んだ先にある別の魔法陣だった。模様が円形から菱形へ変わった他、陣の中央にはボーリングボール大の岩石がポツンと置かれてある。その岩石に早速興味を抱いたアクリルは、ソレを指差しながらキューラに尋ねた。


「何これー?」

「これは魔感石まかんせきと呼ばれる特殊な魔石よ」

「まかんせき?」


 アクリルが首を傾げて不思議そうに呟くと、キューラは「ふふん」と得意気に鼻を鳴らして胸を張り出した。


「そう! この魔感石に魔力を注ぎ込めば、魔力の強さだけでなく、その人の得意とする属性も分かるのよ!」

「それってすごいの?」

「凄いと言うよりも大事な事ね。自分の得意とする属性を知るって事は、魔法使いを夢見る人ならば必要な事よ~?」


 魔法使いという言葉が出た途端、アクリルの眼が夢に満ちた煌びやかな輝きを放った。御伽噺に登場する白の魔法使いになりたいという夢を持っていただけに、今の一言はアクリルの好奇心を刺激するには十分だったようだ。


「分かった! アクリル、がんばるね!」


 やる気を出したアクリルが魔感石に手を伸ばして魔力を込めようとするも、魔石はコレと言って特徴的な反応を示さない。その沈黙にアクリルは不安げに眉を傾げ、キューラの方を見上げた。


「キューラおねーしゃん。何も起こらないよー?」

「おかしいわねぇ、魔力を込めたら直ぐに反応を示すなんだけど……ん?」キューラが何かを見付けて、制止の声を上げた。「ちょっと待って、アクリルちゃん」

「どうしたの?」

「アクリルちゃんの手首に嵌めてるブレスレット、魔力の流れを封じ込める特殊な術が施されているわね」

「そうなの?」

「うん、試しにブレスレットを取り外してからやってみて」

「分かったー!」


 ああ、そう言えばそうだった。あのブレスレット、実はアクリルの膨大な魔力を制御する為の魔法具だったんだ……って、そんな大事な物を外しちゃ駄目じゃありませんか! ましてや、魔力を制御するコツすら覚えていないのに!

 過去を振り返り危険性を再認識した途端、身体の奥底から湧き上がった強い不安が見えない鎖と化して心臓を締め上げる。だが、時既に遅く、アクリルは手首のブレスレットをキューラに預け、意気込んだ表情で魔感石に手を伸ばしていた。


「いっくよー!」

「ええ、思い切りやっちゃって!」

『アクリルさん! ちょっと待って―――』


 せめて気持ち半分で魔力を出して下さいと続く筈だった言葉は、アクリルから大放出された強大な魔力と、視野が焼かれるような眩い閃光が彼女の魔力を浴びた魔感石から溢れ出した事によって遮られてしまう。


「わー! すごーい!! ものすごく光ってるー!」

「う、うそ!? アクリルちゃん、こんな凄い魔力の持ち主だったの!?」


 驚きの声を上げているのはキューラだけじゃない。このホール内に居る人間は勿論、ホールの外に居る人々もアクリルの魔力に反応した魔感石の光に気付いて大騒ぎだ。このままではアクリルの力に注目が集まってしまい、面倒な噂が立ちかねない。今すぐに光を止めたい所だが……。


「アクリルちゃん! もう十分だから魔力を止めて!」

「どうやってー!?」

「どうやってって……もしかしてアクリルちゃん、魔力の扱い方をまだ身に付けてないの!?」

「そうだよー!」


 いやいやいや! 「そうだよー!」って自信を持って言う場面じゃありませんよ! 辺り一面が眩い閃光に呑まれているせいで視覚は一切利かないものの、白光の向こうから「嘘でしょ!?」と割りとガチな絶望の叫びが聞こえて来た。どうやら従魔研究の権威と呼ばれたエルフさんもテンパっているみたいだ。

 確かに魔力の扱い方を知らないという点にのみ言及すれば、非があるのはアクリルだろうが、彼女だって自ら望んで学びを疎かにしていた訳ではない。理不尽な問題が次々と舞い込んだ事で、学ぶ機会を奪われてしまったのだ。それを考慮すれば、一概に彼女一人の責任とは言えないのは明白だ。

 だが、今はアクリルの事情に付いて論じている場合ではない。この光を鎮めないと、騒動は大きくなる一方だ。眩い光で視界を封じられてはいるが、幸いにも聴覚は正常に機能している。つまり私だからこそ打てる手は残されているという事だ。


『アクリルさん! 聞こえますか!!』

「聞こえるよ! ガーシェルちゃん!」


 ソナーとマッピングのスキルでホール内の見取り図と人員の配置を脳内で記録し、更にアクリルの声を頼りに彼女の立ち位置を特定する。そして彼女が魔力を注いでいる魔感石を触手で引っ手繰ると、素早く貝殻の中へと放り込んだ。

 ごくんっ……あっ、つい癖で飲み込んじゃった。まぁ、騒動の源を胃袋に放り込んだ事で事態も収束したので結果オーライという事にしよう。

 だけど、騒動が終わった途端、ザワザワと動揺と困惑が混在した声が小波のように静かに広がっていく。振り返れば畏怖や奇異に満ちた複数の眼差しが私達……いや、アクリルを捉えていた。余り目立ちたくはなかったけど、こんな事をしでかした後じゃ嫌でも目に付いてしまうか。


「? どうしたんだろう?」


 周囲の反応にアクリルは不思議そうに首を傾げていると、我を取り戻したキューラがサッとさり気無くアクリルの手首に魔力制御を担うブレスレットを嵌め込む。


「ええっと、アクリルちゃん。お疲れ様。あとの事は私達に任せて、アクリルちゃんとガーシェルちゃんは先にヤクトちゃん達の所へ戻ってて頂戴」

「はーい」


 キューラに促されて一旦ホールを後にするも、その時のキューラの声は何時もの気楽さを欠き、代わりに動揺を意味する硬い強張りに覆われていた。

 無理もない。只の魔力とは言え、あんな膨大な量を目の当たりにしてしまえば誰だって脅威と捉えるだろう。ましてや相手は子供だ。どんな対応を取れば良いのか迷うと言うものだ。


「おい、大丈夫かいな!?」

「一体何があったのだ!?」

「あっ、ヤー兄! クロちゃん!」


 ホールから出ると、約束した通り廊下で待っていた二人が私達の元へと駆け寄って来た。やはり二人とも今の光と魔力が気掛かりだったらしく、クロニカルドは純粋な疑問を表情に宿していたが、ヤクトの方は面倒な予感がしていたのか不安気な面持ちを浮かべていた。


「あのねー、アクリルがキューラおねーしゃんに言われてまりょくをぶわーって出したら、まかんせきって言うのがピカーって光ったのー!」

「なんだと? では、今の魔力と光はお主の仕業なのか!?」

「うん!」


 アクリルが自信満々に断言した途端、クロニカルドは険しい眼差しを一転させて皿のように丸くし、ヤクトは顔を手で覆い「あちゃー」と天を仰いだ。


「やっぱりなぁ……。今の魔力は姫さんやったかー……」

「やっぱりだと? 貴様、まさか知っていたのか?」

「あー、そういやクロニカルドには説明しとらんかったなぁ」


 ヤクトの呟きを聞いた途端、皿のように丸くなっていたクロニカルドの目付きが鋭く切り替わり、そのまま隣の相手を視線で糾弾するかの如くジロリと睨み付ける。だが、ヤクトの方も隠す気は更々無いらしく、クロニカルドの方へ顔を寄せてヒソヒソと内緒話をするかのようにアクリルの秘密を打ち明けた。


「……と、言う訳や」

「成程な。そのような力があったとは……。だが、これは素晴らしい逸材だ。磨けば希代の魔法使いになれよう」

「ほんとー!? やったー!」


 嘗てゾルネヴァ帝国の懐刀と呼ばれた大魔法使いからのお墨付きに、アクリルは無邪気に喜びを露わにするが、彼女とは対照的にヤクトは渋い表情のまま不安を述べた。


「せやけど、まずは魔力の制御を覚えなあかんやろ。今みたいに魔力を大放出しとったら、魔獣だけやなくて欲深な金食い虫も食い付いてくるで」

「当然だ。故に魔導教育を施してやる必要がある」

「そう気軽に言うけど……誰が姫さんに魔導を教えるん? 先に言うとくけど俺っちは無理やで、魔法なんてこれっぽっちも使えへん」

「馬鹿者、貴様の目の前に居るであろう。ヨハルド大帝の魔剣と呼ばれたクロニカルド・フォン・ロイゲンタークという名の男が」


 その一言にヤクトは石のように固まり、何度も目を瞬かせながらクロニカルドを凝視した。


「クロニカルドが?」

「うむ」

「姫さんに?」

「うむ」

「魔力制御と魔法を教える?」

「その通りだ。何か文句でもあるのか」

「文句っちゅーよりも、ホンマに大丈夫なん? 何かこっそりと禁断魔法を教え込んだり、余計なゾルネヴァ帝国の歴史を仕込んだりしそうで怖いんやけど」

「己とて魔導教育の心得と、教師としての道徳心ぐらいは持ち合わせておるわ! あと偉大なゾルネヴァ帝国の歴史を余計扱いするとは何事だ! この不敬者め!!」


 うがーと怒鳴りながらヤクトに詰めよれば、「まぁまぁ」とクロニカルドを宥めるように両手をやんわりと押し出して制止を掛けた。


「確かに魔力制御に関してはクロニカルドの教育で大丈夫かもしれへんけど、魔法の方は600年近くを経て大幅に進歩しとるんやで? クロニカルドにとっては最先端の魔法も、今では過去の遺物となっている可能性も捨て切れへんで?」

「ふんっ、これだから魔法を知らぬ人間は困る。では試しに聞くが、最先端の魔法とは一体何を指すのだ?」

「へ? それは……」


 突然の質問にヤクトが片眉を傾げながら固まってしまうと、クロニカルドは勝ち誇ったかのような眼差しで彼を見下した。


「答えられぬであろう? つまり、それこそが答えだ。最先端の魔法なんてものは存在しない。極論してしまえば、魔法とは無限の可能性を秘めた術なのだ。魔力量が多ければ多い程に、様々な魔法を生み出せる。

 どの魔法が最先端で、どの魔法が過去の遺物かなんて線引きは存在しない。どちらも込められた魔力の量で優劣が変わるのだからな。あるのは既に発見されたか未発見かのどちらかだ。」


 へぇ~、魔法ってそういうものなんだぁ。と感服していると、程無くしてヤクトも「そういうもんなんかぁ~」と私と同じ言葉を繰り出しながら感心を示し、クロニカルドに尊敬の念を注いだ。

 ヤクトの不安(特に歴史云々)は一理あるけど、確かに魔導教育の先生として考えればクロニカルドは適任かもしれない。

 豊富な魔法知識を持っている上に、彼の実績は過去の歴史が保障してくれている。魔法使いを目指しているアクリルとしては、この上ない人材ではないだろうか。


「ほな、アクリルの魔力関連はクロニカルドに一任しようかいな。んで、その魔力の制御ってどれくらいで出来るん?」

「そこはアクリルの実力によるな。魔力が貧弱でも扱いに長ける人間も居れば、魔力が膨大でも扱いが破滅的という人間も居る。万が一にアクリルが後者だとしたら、その道程は長く険しいものだという事だけは肝に銘じておいてくれ」


 上手く行くかは本人次第って事ですか。そこで私を含めた全員の視線が貝殻に乗っているアクリルに向かって走るが、当人は既に二人の間で交わされていた小難しい会話に付いて行けず、私達の横を通り過ぎていく魔獣達へ興味と好奇心の矛先を向けていた。

 こんな幼い子供に魔力だの魔法だのを教えて大丈夫だろうかという不安気な気配が私達の頭上に一瞬だけ擡げるも、気を取り直すようにヤクトはゴホンと咳払いを一つしてアクリルに話掛けた。


「あー、姫さん。これからクロニカルドが姫さんに魔力の操作や魔法を教えるっちゅー事が決まったけど、それでええかー?」

「アクリル、まほうを使えるようになるの!?」


 そう呼び掛けると、意外にもアクリルは弾かれたかのようにパッと此方に意識を振り向けた。その眼はキラキラとした喜びに満たされており、本当に魔法使いになりたいのだという彼女の心境を周囲に曝け出していたも同然であった。


「そこはお主の頑張り次第だ。しかし、己が手ずからに指導するのだ。下らん弱音や脆弱は許さんぞ? 今更逃げるなんて言っても手遅れだぞ?」

「うん、アクリルがんばるー!」


 クロニカルドのスパルタ宣言にも拘らず、アクリルの両目には健気なやる気が宿っていた。

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