第五章 テラリア編
第72話 従魔契約発祥の街
「おっきー!」
街の規模と一つ一つの建物が!!
「おっきー!!」
街を行き交う、無数の魔獣達が!!
「おおおおおお―――!」
「姫さん、静かにしぃ」
「むぎゅ」
そしてアクリルさんの声が。
感動を覚える事は悪くない。純粋に凄いと思った事を口に出す事も許されるだろう。とは言え、街中で大声を出すのは流石に良くないと判断したヤクトの手によって、アクリルの可愛い御口はやんわりと封じられた。
しかし、アクリルが興奮を覚えるのも無理ない。今、私達の目の前には大都会が広がり、街中の至る場所では従魔と主のワンセットが何十何百と闊歩しているのだから。
街道は魔獣も通る事を想定してか幅広に作られているが、それでも私以上に大きな魔獣の姿もチラホラと見受けられる。そのせいで広い道幅が圧迫され、足の踏み場もない程に窮屈な印象を与える。まるで前世の大都会で見られた通勤ラッシュを思わせる程の混雑っぷりだ。
半月程前に立ち寄ったドルクとは大違いだ。此方には巨大な街の規模に見合うだけの人々の活気と勢いが溢れている。
此処は魔獣と人間が共存する奇跡の街――テラリア。200年以上前までは魔獣が犇めく恐怖の最前線として恐れられていたが、今では従魔契約発祥の地として大規模発展を成し遂げた、所謂成功した街の一つである。
しかし、本来ならばテラリアに寄る必要も無ければ、そもそも近寄る気すら無かった。だが、ちょっとした問題が発生してしまい、私達はこの町へ足を踏み入れる羽目になってしまったのであった。
☆
今から一週間程前、バートン山岳からの脱出に成功した私達は、湿原地帯を抜けた先にあった村へと辿り着いた。村と言っても鍛冶屋があれば、雑貨屋や宿屋も揃っており、旅の疲れと物資の補充を済ますには十分な設備が整っていた。
その日一日はダンジョンの疲れを落とす事に専念した。久し振りのベッドとシャワーの温もりを満喫するアクリルとヤクトに対し、私は獣舎でポツンと独り寂しく過ごしましたよ。
これに関しては私が魔獣だから仕方が無いけど、「暇だから」と言う理由だけで態々私の所にまでやって来て散々愚痴を零すだけ零して帰って行ったクロニカルドに関しては解せぬ。
そして翌日、私達は村の雑貨屋へと赴いた。目的は食糧を始めとする物資の買い入れ、そして鉱床から手に入れた鉱物資源を売り捌く事だ。
鍛冶屋に持って行くのも手だが、この国の鍛冶屋は鉱物を取り扱う専門業者と個人契約を交わしているのが殆どで、下手をしたら両者の需要と供給に乱れが生じる場合がある。そこで雑貨屋に売る事にしたのだ。
因みにヤクトが言うには、私が大量に採掘した鉱物資源だけでも、1年近くは遊んで暮らせる程の大金を生み出してくれる――筈だった。
「はぁぁぁぁぁぁ!!? 買い取りが出来へんってどういう事やねん!!」
「悪ぃな、兄さん。出来ないもんは出来ないんだ」
ところが、いざ雑貨屋に持ち込んだら、買い取りの商談をするどころか門前払いにも等しい扱いを受けてしまった。当初は此方が余所者だからとかいうチンケな理由で足元を見ているのかと思いきや、酒さのような赤鼻をした店主から返って来たのは意外にも真面目な懸念であった。
「兄さんよぉ、アンタが手に入れた鉱石だけど……それアンタ一人の実績じゃないだろう?」
そう言いながら中年の店主は、粘着質な視線で私を舐め回した。既に答えを把握しているんだぞと物語っているかのような眼差しだが、敢えてソレを口に出さずに相手の反応を待つのは彼なりの駆け引きなのだろうか? そしてヤクトは胸前で腕を組み、少し不機嫌そうにムスッとしながら愛想無く答えた。
「ああ、せやけど……それがどないかしたんかいな?」
「従魔を使って手に入れた品物を売買する場合には、従魔許可証が必要なのは知っているか?」
「許可証ぅ?」
「何だ、知らないのか?」
店主の質問に対しヤクトが調子っぱずれな声で復唱すれば、店主は呆れを隠そうともせずやれやれと首を振った。その態度にヤクトは若干苛立ちを覚えるも、許可証の存在を知らないのは事実だったので、怒りを腹の底に沈めて相手の台詞を待った。
「それまで従魔は個人的なスキルの一つとして数えられていたから、罰則はあっても法の縛りは無かった。だが、ここ何十年の間に従魔を持てるようになった奴が増え、それに比例して従魔を利用した犯罪行為も増加した。それを阻止する為に始まったのが従魔許可証制度だ」
「つまり何や。その許可証が無いとコレは売れへんって事かいな?」
ヤクトが鉱物の一つを御手玉のように片手で弄びながら尋ねると、店主は「そうだ」と断言した。
「その許可証には従魔と主人の登録が義務付けられていてな。仮にアンタ達が違法な手段でソレを手に入れたとしても、従魔許可証に情報がある訳だから直ぐに身元がバレるという訳だ。無論、許可証の偽造なんて論外だ」
「俺っち達が真っ当な方法でコレを手に入れたとしても駄目なんかいな?」
「ああ、駄目だ。アンタ達みたいな許可証を持っていない従魔契約者から勝手に品物を買い取っちまえば、こっちが違反したと見做されて法の処罰を受けちまう。だから、鉱物は買い取れんのよ。悪く思わんでくれ」
成程、前世で言うところの車の免許みたいなものか。コレが無ければ、今後私がどれだけ活躍しても無免許だからという一言で突っ撥ねられてしまう。今後の旅路に与える影響は少なくなさそうだ。
そして従魔とその契約者による犯罪行為か。前回、バートン山岳でガラージャに乗っていた連中も、ひょっとして法に反する違法な契約者だったのだろうか? 何であれ物騒な話を聞いてしまったものだ。
「ねーねー、おじちゃん! きょかしょーって、どうしたらもらえるの?」
私の貝殻の上にちょこんと乗っていたアクリルが尋ねると、店主は孫を可愛がる祖父のように目を細めながら優しい声色で教えてくれた。
「なぁに、別に難しい事じゃないさ。此処から東北にあるテラリアという従魔契約発祥の街に行けば許可証を貰えるよ。初めて許可証を貰うのならば試験をクリアしなければならんが、深刻に受け止める必要はない。主人と従魔が世間に迷惑を掛けなけりゃ良いという事を学び、理解すれば十分さ」
そう言って彼は明るく笑い飛ばしたが、それが返って私達の不安を増長させた。何故ならば試験を受けなければならないのは、世の中の現実すら理解し切れているかどうかすら危ういアクリルなのだから……。
☆
………とまぁ、こんな遣り取りを経て私達はテラリアにやって来たという訳だ。予定には無かった思い掛けない寄り道ではあるが、アクリルが楽しそうなので結果オーライです。
ヤクトとしては一刻も早く許可証とやらを手に入れ、宝の持ち腐れを解消したい所だろう。だが、何度も言うが許可証の試験を受けるのは彼ではない。アクリルだ。
そもそも幼子である彼女に試験を受けさせるのは無謀なのでは? 村で説明を聞いた時に植えられた不安は発芽し、その蔦は私の精神をキツく締め上げる。そして新たに私達の仲間となったクロニカルドも同様の不安を覚えていたらしく、眉間に皺を寄せながらアクリルとヤクトを交互に見遣った。
「しかし、本当に大丈夫なのか? 試験を受けるのはアクリルなんだぞ? いや、たかが五歳児に試験が受けられるのか?」
「クロニカルドの不安も尤もやけど、ガーシェルと従魔契約を交わしたんはアクリルや。部外者の俺っち達がああだこうだ口を挟んでも、状況は何一つ変わらへん。それなら物は試しで試験を受けさせた方がええやろ?」
ヤクトの尤もな意見にクロニカルドも異論を見失い、「むぅ……」と唸るような声を上げたっきり口を閉ざした。と、そこでアクリルが私達の間に沈殿した不安を吹き飛ばすように口を挟んだ。
「だいじょーぶだよ、クロちゃん!」
「む?」
「アクリル、皆のためにしけんガンバるから! しけんを合格したら、ガーシェルちゃんも色々かつやく出来るしね!」
既にアクリルは従魔試験が己一人の為ではなく、皆の為であり、そして今後の私の為にもなると気付いていた。正直に言えば不安は依然残っている。が、彼女の健気な姿勢を目の当たりにすれば、不安よりも彼女を応援したいという気持ちが上回る。
「そうだな。別に試験に落ちたところで命が奪われる訳ではないのだ。ここはアクリルを信じる事にしよう」
『私もアクリルさんが合格出来るよう応援させて頂きますね』
「うん! アクリル、ガンバる!」
「その意気や。ほな、試験が行われる会場へと行こか」
ヤクトの言葉を皮切りに、私達は人と従魔がごった返すテラリアの街に足を踏み入れた。
テラリアの街が無数の人間と雑多な魔獣で埋め尽くされていたのは一目で分かっていたが、いざその中へ踏み込んで混雑に呑まれた途端、改めて人と従魔の多さを実感した。やっぱり見るのと体験するのとでは、感受性も大きく異なるものだ。
それに雑多なのは従魔だけでなく、人間も同じだ。騎士のようなガチガチの鎧に身を纏った人間も居れば、その鎧と巨大な獲物を差し引いたかのような冒険者風の出で立ちをした人間も居た。中には医者っぽい人も居るし、黒魔術が得意そうな黒で埋め尽くされた人も居る。
前世には人種のサラダボールという言葉があったが、さしずめテラリアは人種と魔獣のサラダボールと言ったところか。
「しかし、このような光景を見れるとは思いもしなかった。人間と魔獣が一緒くたに居るなど……600年前では考えられなかったな」
「そーなのー?」
「うむ、己の時代で魔獣は恐怖の対象みたいなものだったからな。それを倒せば莫大な財を得られる事から、富の対象としても認知されていたがな。だが、こうも肩を並べて歩めるような存在でも対象でもなかったのは確かだ」
「へー、そうなんだー。……あれ?」
クロニカルドの昔話にアクリルは興味津々な表情を浮かべていたが、突然その表情をパッと掻き消して天を見上げた。それは彼女だけではない、ヤクトや街中を歩いている人々、そして従魔ですらも足を止めて空を見上げている。
頭上に何かがあるという訳ではない。だが、空一杯に音が響いているのだ。まるでプロペラ機のエンジン音にも似ているが、よくよく耳を澄ませばソレは羽音だった。羽音と言っても柔らかな羽毛ではなく、昆虫の持つ硬質的な羽だ。
「何や、この音は?」
そう言ってヤクト辺りを警戒していた最中、私達の頭上スレスレを巨大な魔獣が高速で通り過ぎた。魔獣の分厚い影が通り過ぎた直後には凄まじい風圧が街道を吹き抜け、辺りに大小様々な悲鳴が上がる。
「きゃあ!」
『アクリルさん!』
貝殻に座っていたアクリルからも悲鳴が上がり、私は咄嗟に彼女の小さい体躯に触手を巻き付けた。そのおかげで彼女が貝殻から転げ落ちるという事態は免れたが、風圧に荒々しく撫でられた自慢の髪の毛は所々がささくれ立ったボサボサの髪になってしまった。
『アクリルさん! 大丈夫ですか!?』
「う、うん。大丈夫だけど……ビックリしたぁ~」
「今のは何や?」帽子や身体に纏わり付いた埃を払い落とすヤクト。「もしかして野良魔獣かいな?」
「いや、一瞬だが今の魔獣の腕に人間が乗っているように見えた。恐らくアレも従魔だろう」
そう語るクロニカルドの視線は私達ではなく、先程頭上を通り過ぎた魔獣に向けられていた。私も彼に倣って同じ方向に目を遣るが、既に相手は遥か彼方へと飛び去っており、その後ろ姿は点のように小さくなっていた。もし今のが従魔だとしたら、あんな飛行の仕方を許可した主人は何を考えているのだろうか?
そして周囲の人々も混乱から立ち直ると、口々に今の魔獣に付いて文句や愚痴を零すかのように言及し始めた。
「はぁー、ビックリしたぁ。今のは何だよー?」
「アレって多分昆虫系の魔獣だよな? しかも、かなりデカかったよな?」
「ああ、チラッとだが馬鹿でかいハサミみたいなものが見えた。恐らくありゃヘルスタッグじゃないか?」
「おいおい、ヘルスタッグって……昆虫系魔獣の中でも一二を争う凶暴な奴じゃないか。そんな奴を従魔にするような酔狂な輩が何処に居んだよ?」
「あっ、そう言えば噂で聞いた事がある。ヴァークナー男爵家の一人息子が腕利きの
「はぁ!? あのドラ息子かよ!? 勘弁してくれよ……」
そんな遣り取りが何処かから聞こえると、瞬く間に人から人へと伝染するかのようにドラ息子の話題が広がっていく。唯一感染していないのは、話題の要であるドラ息子を知らない私達だけだ。周囲から取り残される事に抵抗を覚えたヤクトは、近くにいた赤の他人に恐々と話し掛けた。
「なぁ、ちょっと聞きたいんやけど……ええかな?」
「ん? どうしたんだ?」
「実は俺っち達は此処に来たのは初めてで、ここの事情も大して詳しくあらへんのや」
そこまで言うと行商の出で立ちをした若い男はヤクトの聞きたい事を理解したのか、「あぁ~」と納得の声を上げた。但し、その表情は若干苦々しかったが。
「街の人々が言ってるドラ息子の事だね?」
「せや、有名人なんか?」
「有名人ねぇ……。まぁ、有名人と言えば有名人だねぇ。良い意味ではないだけど」
でしょうね。先程からドラ息子に対する非難と怒りの声が其処彼処から聞こえてくるし、ヤクトの質問を受け答えている男性も苦みと笑みが8:2という極端に偏った苦笑いを浮かべている。コーヒーに例えるならば、間違いなく微糖入りのブラックだ。
「この町を含めた東南一帯の土地は代々ヴァークナー家が治める領土なんだ。今、皆が噂しているのは、そのヴァークナー家の跡取りであるシュターゼン・ヴァークナーの事さ」
「そいつを知っている人は口々にドラ息子って言うてるけど、一体何をしたんや?」
「そりゃ色々さ。我儘し放題で揉め事も起こし放題。この町で起こるトラブルの大半はシュターゼン絡みと言っても過言じゃないさ。過去には傷害事件も引き起こし、流石の住人も奴の悪童っぷりに堪忍袋の緒が切れて、現領主に対して直訴を申し出た事もあった」
「でも、今もこうして傍若無人を振る舞ってるっちゅーことは……」
「そう、結局は駄目だった。どれだけ訴えても裁判には至らず、詫びと称してみみっちい賠償金が被害者に支払われただけ。おまけにドラ息子は反省せず、そしてまた同じことを繰り返す。まさにイタチゴッコだよ」
何というか絵に描いたような異世界貴族のボンボンという感じですねぇ。しかし、息子を監督する役目を担う両親は一体何をしているのでしょうか。と、思っていると私と同じ考えに至ったヤクトが片眉を曲げながら訝し気に尋ねた。
「そんな問題児やったら親も放置しとらんやろ。一体何してんねん?」
「その気持ちも分からないでもないけど、先ず無理だね。」
ヤクトの疑問に対し、男は惜し気もなく眼に失望を浮かべながら溜息を吐き出した。
「何でや?」
「先ず現領主と言ったけど、これには少々語弊があってね。実は本当の領主であらせられるシュトライド・ヴァークナー氏は病床に伏せってて、その後釜にブダッシュ・ヴァークナー氏が付いただけ。要は仮の領主なんだ」
「仮の領主? って、ことは……そのブダッシュっちゅー領主はシュトライドの弟か近親者なんか?」
「その通り。だけど、実際に権力を握っているのは彼の奥方であるキャロライン・ヴァークナーだ」
そう語り始めると、その後も怒涛の勢いで男はヴァークナー家に纏わる複雑な物語を語り始めた。その全てを紹介すると無駄に長くなってしまいそうなので、端的に説明するとこうだ。
今から十数年前、このテラリアを含めた一帯を統治していたヴァークナー家当主ドノバン・ヴァークナーは病に倒れて急死した。突然の急死に伴い、当主の座を受け継いだのがドノバンの一人息子であるシュトライド・ヴァークナーであった。
彼は聡明な男であり、また公私混同を良しとせず、地位も階級も関係なく公平に扱う事に重きを置く男であった。そういった本人の人柄もあって民からの信頼も厚かった。
ところが、彼の治世は続かなかった。今から5年前に原因不明の病に罹ってしまい、領地を治める事もままならぬ状態となってしまったのだ。
シュトライドも駄目となれば、必然と次の跡取りが当主の座に居座る筈だった。だが、ここで問題が発生してしまう。彼は独身だったのだ。まだ三十路手前だから婚約に付いては後回しでも良いという油断もあったのだろう。しかし、当主の座が空白となった事で一時は家臣達の間で内輪揉めが起こったようだが、そこは割愛する。
そして最終的にヴァークナー家当主の座を射止めたのは、ほぼ赤の他人と呼んでも良い程の遠縁であるブダッシュ・ヴァークナーであった。実を言うと彼はヴァークナー家の跡継ぎになるつもりはこれっぽっちも無かったのだが、彼の妻――キャロラインはそうではなかった。
弱気な夫を尻目に彼女は手始めとして、自分にとって都合の良い理解者を家臣として据え置き、代わりにシュトライドやドノバンに仕えていた旧家臣達を追放してしまった。そして当主の座に夫を座らせたものの、実権や利権と呼ばれる権力の重要中枢を自分の手中に収めてしまった。
こんな勝手な真似をさせて旦那は怒らないのかと思う人も居るだろうが、ブダッシュにはキャロラインに頭が上がらない理由があった。
彼は今でも貴族の肩書を名乗れてはいるが、十数年前に本人が立ち上げた事業の失敗によって没落の淵に立たされた。そこを豪商の娘であったキャロラインに救われ、以後は彼女に顎を使われる存在と成り下がってしまった。要は彼女に対し返し切れない恩義があり、それを盾にされて逆らえないのだ。
またキャロラインは放蕩のきらいがあり、数多くの愛人を抱えているのは公然の秘密だ。そして彼女が溺愛する息子のシュターゼンも、実はブダッシュとの間に出来た子供ではなく、愛人の子供ではないかと噂されているが……そこは噂の領域を出ないので正否は定かではない。
「―――とまぁ、そういう理由もあって今じゃキャロライン婦人とドラ息子の天下って訳さ。ブダッシュ氏は臆病でうだつの上がらない男だが、まだ詫びとして賠償金を支払ってくれるだけマシだよ。もしキャロラインが相手だったら、逆に此方が潰されちまうぜ」
「成程なぁ」外套の下から覗かせた両腕を自身の胸前で組むヤクト。「ドラ息子が猛威を振る舞っとるんは、そういう理由があったからかぁ。そりゃ恨まれるし、街の人々の反応も納得やな」
「そういう事だ。まぁ、一番良いのはヤツと関わらない事だ。……そう言えば、アンタ達は何をしに此処へ来たんだい? 観光?」
「いや、ちょいと従魔許可証の登録に……」
ヤクトがチラリと背後に居る私とアクリルに視線を注ぐと、行商人も彼の視線に釣られて私の姿を瞳に納めると「ああ」と理解を込めて頷いた。
「岩石魔獣かと思ったけど、よく見たら貝の魔獣か。陸地の魔獣はよく見るけど、水棲魔獣は珍しいな。何て名前なんだ?」
「ガーシェルちゃんって言うんだよ!」
質問されたヤクトではなくアクリルが自慢気に、そして嬉しそうに答えを横取りすると、ヤクトも男性も子供の無邪気さに笑顔を綻ばせた。と、そこでヤクトは何かを思い出したかのように両目を瞬かせ、改めて男性の方へ向き直った。
「せや、ついでで申し訳あらへんけど、その従魔許可証の登録を行える場所って何処にあるん?」
「ああ、それなら今居る街道を突き当りに進んだ場所あるよ。建物自体が無駄に壮大だし、敷地も広いから初めて訪れた人でも一目で分かる筈だよ」
「そうかぁ。色々と話を聞かせて貰って世話になったわ、おおきにな」
「ああ、試験頑張れよ」
「うん! アクリル、がんばる!」
行商の男性から情報と声援を貰い、私達は再び人混みの中を進み始めた。そして互いに離れ離れとなった頃、行商の男性はポツリと独り言を呟いた。
「あれ、そういえば俺が応援した時に小さい女の子が元気に応じていたけど……まさか、あの子が試験を受けるのか?」
そう言って彼は振り向いたが、既に私達の姿は人と従魔の混雑に呑まれて判別出来なくなっていた。
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