第71話 念願の地上へ
ズモッ、ズモモモモ………ボコンッ
地上の柔らかな大地を突き破って顔を出した時、真っ先に目に飛び込んで来たのはダンジョン内では見る事も叶わなかった紺色の夜空と星の一幕だった。ダンジョンの窮屈さとは無縁の、何処までも続きそうな空を見上げながら息を深く吸い込めば、周りに群生している草木の青々しい新鮮な匂いが肺を膨らます。
そこで漸く自分がダンジョンから脱出できたのだとしみじみと実感していた所で、セーフティーハウスに居る三人が私に向かって声を投げ掛けた。
(ガーシェルちゃーん! アクリルもお外に出たいよー!)
(せやぞー! 自分だけ外の空気を満喫するなんてズルいでー!!)
(己にとっても久し振りの外なのだ! さっさと開けぬか!!)
『ああ、はいはい。今開けますねー』
カパッと貝殻を開ければ、中から我先にと言わんばかりの勢いで三人が飛び出した。そして私がしていた事と同様に外の空気を口と肺で味わい、広い夜空を瞳に映して外の開放感を実感したところで、漸く三人は喜びを爆発させた。
「いやぁ~! 一時はどうなるかと思うたけど、運良く脱出出来て良かったわ~!」
「うん! クロちゃんもお外に出られて良かったね!」
「ふふっ、そうだな。あのままアソコで一生を終えても構わんと思っていたが……こうして出てみると、やはり外は良いものだなと考えを改めさせられる」
「せやなぁ~。あっちは何か気分的に息が詰まりそうやったしなぁ~。人間、やっぱり外が一番やな!」
そう言いながらヤクトは活き活きと世伸びをし、自由と喜びを噛み締めるたような笑顔を綻ばす。すると辺りを見渡していたアクリルが眉を顰めながら疑問を口にした。
「でも、ここどこだろう?」
「己の記憶と方向感覚が正しければ、ここはバートン山岳の北側に広がる湿原地帯の筈だ」
「ほな、無事に山を抜けやっちゅー事でええんやな?」
「左様。しかし、どちらにせよ間もなく夜が明ける。そうなれば自ずと山を抜けたと言う事実が明らかになるであろう」
クロニカルドが空を見上げれば、夜空の紺色が西の彼方へと追い遣られ、代わりに早朝の爽やかな青が東上してくる。そして青空が太陽を引き連れ、朝日の眩い光が周囲の風景に艶やかな色を齎してくれる。
そして南方へと振り返れば、私達に様々な試練を与えてくれたバートン山岳が―――無かった。あるのは天を貫かん剣を彷彿とさせる険しい山脈ではなく、背の低い平凡な山々だった。
『あれ? どうなってるんですか?』
「お山、どこにも無いよー?」
「おい、クロニカルド。どうなってんねん」
「お、己に言われても知らぬわ!! だが、間違いなくアソコに山岳があったのだ! いや、あった筈なのだ!!」
クロニカルドは無実を訴えるかの如く必死に言い返すも、何処をどう見渡してもやはりバートン山岳の姿は無かった。これは一体どういう事だろうかと誰もが不思議そうに首を傾げていたら、何処からか大勢の人間がドタドタと隠密とは無縁の駆け足で走り抜ける足音が聞こえて来た。
「だれか来るよ!」
「姫さん、静かにするんや……!」
その音を耳にした途端、ヤクトは片膝を着いてしゃがみ込み、アクリルの口を片手で塞いだ。クロニカルドも高度を地面スレスレにまで下げ、足音のする方へ鋭い視線を投げ掛けている。
程無くして数人の人間が私達の傍を横切っていった。どうやら直ぐ近くに湿原地帯を横断する道が設けられていたらしく、また道の両脇に植えられた大きい灌木が死角となり、道の向こう側に居た私達の存在に気付けた人間は皆無であった。
そんな男達を視線で追い掛けると、彼等は平凡な山の麓まで残り2~3kmという所で足を止め、山を見上げながら口々に驚きの声を上げた。
「嘘だろ! バートン山岳が沈んじまっているぞ!」
「何かの災害の前触れか!? それとも祟りなのか!?」
「百年前の大地震で山が沈んだという伝説はあったが、ありゃ本当だったのか!?」
「兎に角、直ぐに村に知らせるんだ! それと暫くはバートン山岳に足を踏み入れないように―――!」
『「「「………」」」』
「さっ、そろそろ俺っち達も出発しよかー」
「そうだな。これ以上、此処に留まっていても意味はないからな」
「二人ともどうしたのー? 顔色が悪そうだけど、だいじょーぶ?」
『アクリルさん、今はソッとしておいてあげて下さい。それが一番の特効薬です』
「うーん、よくわかんないけど……ガーシェルちゃんがそういうんだったらソッとしとく!」
うん、そうです。顔色が悪い時は、彼是聞かずソッとしておくのが一番です。それにしても不思議ですねー。あのバートン山岳が沈んでしまうなんて、奇妙な事が起こる事もあるもんですねー(棒)
そんな現実逃避を脳内で繰り返しながら、私は極力目立たぬようコッソリとその場を後にしたのであった。
因みに地上へ脱出する際に出来た穴は、ヤクトの指示で適当な大きさの岩を作って栓をしときました。他人に見られて不審がられるのを避ける為と、此処に穴があったぞという目印的な意味も兼ねてとの事だ。
だけど、その真の目的は此処に作った穴――宝庫のような鉱床へと続く入口――の存在を他人に知られたくないだけである。そんなヤクトの欲塗れの思惑に私は内心で呆れ混じりの溜息を零したが、敢えて言及はしない。したら絶対面倒事になるのは、火を見るよりも明らかだからだ。
☆
バートン山岳の大部分が地中深くへ沈んだものの、山岳の端々は被害の中心部から離れていた事もあって、奇跡的に被害を免れた。そして西端に置かれた山脈の一角では、命辛々脱出した黒ローブ達が岩場の窪みに身を寄せ合いながら体を休ませていた。
「……して、此方の被害は?」
「辛うじて山岳から脱出出来たのは30名余り。残りは山岳の崩落に巻き込まれました」
部下からの報告にイゴールは、皺だらけの顔に意図的な歪みを付け加えた。だが、彼の胸中にあるのは部下の死を嘆くなどという健気なものではない。自分達の使命に支障が出る事への冷淡な苛立ちだった。
「残り30名か……。この数では標的の捜索も出来んし、山岳がこの有様では手の付けようがない。まぁ、この状況下では標的が生存している確立は限りなく絶望的であろう。出来れば死体を回収したい所だが……」
「では、標的は死亡したという事で任務を終了させて、一旦故国に戻りますか?」
部下の質問にイゴールは肯定しようとして、寸前で言葉を喉奥に押し止めた。そして顎に指を添えながら暫し考える素振りをした後、肯定とは真逆の言葉を絞り出した。
「いや、万が一の可能性がある。もう暫く、この大陸に残ろう。どちらにせよ、確固たる情報が無ければあの方に御報告出来まい」
「はっ、畏まりました」
部下はイゴールに恭しく頭を下げ、その場を引き下がる。そして一人残されたイゴールは視線を北に――王都のある方角へと固定した。まるで今の状況が気に入らず、八つ当たりするかのような鋭い眼差しで。
「頼りになるかは別として……協力者の下へ向かうとするか……」
【ロックシェル:中級魔獣に属する岩石魔獣。堅牢な貝殻の上に岩盤を張り付け、更なる硬度を獲得した。臆病寄りの大人しい性格な事もあって、常時地中や岩盤内に身を潜めて過ごしている為、目撃される事自体が極めて稀である。
何故シェルがロックシェルへと進化するのかは未だ謎とされているが、海に住んでいたシェルが河口へ迷い込み、そのまま遡上して山間の環境に慣れる為に進化したのではないかという説が現時点で濃厚である】
次回は1月明け頃に更新します。
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