第12話 上位種の戦いと書いて『とばっちり』と読む

「キシャアアアアアア!!!」

「グオオオオオオオオ!!!」


 けたたましい咆哮が海中にビリビリと響き渡り、海の森を構成している海藻群が咆哮の衝撃に負けて、地面スレスレに靡く。まるで爆雷が近場で爆発したかのような凄まじい雄叫びだ。砂中に隠れていても耳鳴りが引き起こされ、大音量に耐え切れなかったせいか頭の中でウニがピンボールしているかのようにガンガンと痛む。

 けれども、この世界で最高クラスに近い魔獣同士の戦いを見られるなんて滅多に無い機会だ。折角だから一部始終でも見ておきたい。そんな個人的な望みもあって、私は恐怖に耐えながら砂中から目玉を覗かせ、頭上で繰り広げられる二匹の戦いを目に焼き付けんばかりに凝視した。

 最初に攻撃を仕掛けたのはスキュラフの方だ。怪しげな手の動きと共に自分の周りに複数の魔法陣を出現させ、そこから黒いオーラを纏った氷を発射した。


【グラモール(凍結された死):呪詛魔法と氷魔法の融合技。攻撃を受けた相手は表面ではなく、内面から凍らされて死に至る。最上位魔法の一つ】


 鑑定スキルでどんな攻撃技が判明したけど、なんちゅーエグい技だ。内面から凍らされてしまうんじゃ、ヴァロッソも一溜まりも無いに違いない。しかし、ヴァロッソは骨だけの体をパーツごとに分解し、黒いオーラを纏った氷を回避してみせた。骨しかないアンデッドだからこそ出来る離れ業に、私は内心で拍手を送った。

 そして攻撃を躱すや今度はヴァロッソが攻撃に出た。眼窩の奥で煌めく炎のような瞳でスキュルフを暫し睨み付けていたら、不意に一段と強い眼光を放った。すると先程の咆哮が可愛いく思えてしまう程に強力な超音波がヴァロッソの広い額から発せられ、スキュラフに襲い掛かった。


【壊音波:超音波攻撃と衝撃魔法の融合技。その音波を浴びた者は肉体が千切られるような衝撃を受け、低位の魔獣が直撃すれば数秒も持たずに粉微塵に消し飛ぶ】


 こちらもこちらで末恐ろしい攻撃を繰り出してきた。しかし、攻撃技と魔法技の融合も可能なのか。これは勉強になった。もし使えそうな組み合わせがあればやってみよう。まぁ、その機会があればの話だが。

 壊音波を受けたスキュラフは自身の頭を抱えながらヒステリックな悲鳴を上げるも、粉微塵にはならない。流石は上位にランクインする魔獣なだけはある。そしてスキュラフは自分の周りに黒い灰を纏わせたかのような魔法防壁を張り巡らし、壊音波をシャットダウンした。

 更にその後も双方は互いの得意とする魔法技を惜しげもなく披露し、激しい戦いを繰り広げた。

 スキュラフが風魔法と水魔法が合わさった【ウォータートルネード】を発射すれば、ヴァロッソが衝撃魔法と暗黒魔法を組み合わせた【絶望の悲鳴】で打ち消す。

 ヴァロッソが骸の内側に抱える暗闇から暗黒魔法【闇千手】(実体を持たない影のような千本の手)をスキュラフに伸ばし、彼女は【五里夢中】(広範囲に幻を見せて惑わせる幻覚魔法)を使ってヴァロッソの狙いを外させた。

 レベルが違うとか、ハイレベルの戦いとか、最早そういう話ではない。次元が違い過ぎる。あそこで戦い合う二匹を見て勉強になるかもと思ったけど、凄まじ過ぎて返って勉強にならないぐらいだ。

 こんなものを見てしまえば悔しい気持ちなんて込み上がる筈がなく、諦めの境地に立ちながら乾いた笑いを零すしかない。いや、本音を言ったら少し悔しいかな。厳密に言えば、この感情は嫉妬にも似た羨望だ。

 生まれて二カ月ばかりしか経っていないが、此方は生き抜くだけで精一杯なヒエラルキーの最底辺の一角として生まれたのだ。生まれながらかどうかは知らないが、圧倒的な力を持つ上位種の存在は、最弱な生物として生まれ変わった私からすれば十分に羨望の的であった。

 私も上位種として生まれ変わっていたら、あんな苦しい思いをせずに堂々と海を渡れたのかなぁ……なんてボヤきを無意識に内心で漏らしていると、目の前の勝負は佳境に入りつつあった。

 スキュラフが無数の触手を使ってヴァロッソに取り付き、接近戦を仕掛けたのだ。ヴァロッソが物理無効のスキルを持っている事を知っているのか、両手には呪詛魔法と暗黒魔法を組み合わせた【手腐黒てぶくろ】と名付けられた、触れた物を全て腐らす闇オーラのグローブを纏って殴っている。

 幾ら魔法耐性を持っているとは言え、効いていない訳ではない。連続して殴られた部分が徐々に磨り減らされていき、スキュラフが殴る度に微かにだが粉末となったヴァロッソの骨が海中内に舞い上がる。

 更にヴァロッソの身体に巻き付いた蛸足は魔力吸収スキルを発動しており、スキュラフに魔力をぐんぐんと吸収されていくのがステータスで確認出来た。ヴァロッソも先程の闇千手で抵抗しようともがくが、魔法攻撃耐性+結界魔法を張っているスキュラフ相手では相性が悪く、硬化は今一つだ。

 このまま続けば、勝負はスキュラフに軍配が上がりそうだ―――そう思っていたら、ヴァロッソの身体に異変が起こった。

 ヴァロッソの骸内に充満していた闇が急激に減少し始めた。否、減少ではなく本体の中心部に闇が凝縮されているのだ。それに伴いヴァロッソの手と尾鰭が朽ち果てた骨のようにバラバラと崩れ落ちていき、眼窩に灯っていた炎の輝きも失われた。最終的に残ったのは立派な胴体と禍々しい頭部だけだ。

 勝負の敗北は免れないと悟って諦めたのだろうか? しかし、敵対してたスキュラフも相手の変化に驚いているのか、攻撃し続けていた手を止めて異変を観察するように凝視している。

 やがてヴァロッソの体内には闇色のコアが出来上がり、ドクンッドクンッと心臓のように鼓動を打ち始める。鼓動する度に不気味な暗紫色の光を放ち、海の青を塗り潰してしまう。

 あのコアは一体何だ? そんな好奇心でコアを見据えながら鑑定スキルを発動させ―――


【ダークマター:自身の持つ体力と魔力を闇魔法に変換し、強大な破壊力を持つ闇の核を作り上げて爆破させる技。主に奥の手や最後の手段として使われる事が多いが、その殆どが相手を道連れにする自爆技として使用される】


「………は!?」


 ―――ステータス上に現れた説明文を読んで、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 強大な破壊力を持つ闇の核、主に奥の手や最後の手段として使われる、相手を道連れにする自爆技。そこに書かれている物騒な言葉の羅列を何度も目に通すが、当たり前ではあるが、どこをどう見ても説明文は変わらない。

 ヴァロッソは自身の敗北を認めたには認めたが、只で死んで相手の経験値になるつもりはないようだ。自分の命をチップにして、あの世への旅路にスキュラフを強引に連れ出すつもりのようだ。

 するとスキュラフも相手の思惑に気付いたらしく、骸から弾けるように離れようとした。が、ヴァロッソはそれを許さなかった。体内で凝縮された闇色の核から闇千手に似た手を伸ばし、スキュラフを捕まえるのと同時に木乃伊よろしく何重にも巻き付き、彼女の動きを完全に奪い取ったのだ。

 そして二匹の魔獣はゆっくりと海中を落下していき、私達が住んでいる海の森へと墜落した。幸いにも私の居る場所に落ちて来なかったが、もし此方に向かって墜落してきたら、大きさが大きさなだけに一溜まりも無く押し潰されていたに違いない。

 だが、離れているからと言ってうかうかしてはいられない。ヴァロッソが発動させたダークマターの威力が未知数である以上、『距離があるから大丈夫だろう』という安請け合いにも似た、安易な思い込みは捨て去った方が良い。

 私はすぐさま砂中から飛び出し、全速力でその場から離脱した。一刻も早くこの場から離れ、一分一秒の余裕がある内に安全な場所へ逃げなければならない。果たして何処からが安全なのかは分からないが、兎に角、遠くである事だけは確かだ。

 チラリと後ろを振り向けば核の鼓動が徐々に早まり、それに合わせて光の脈動が強まっていくのが見えた。どうやらいよいよのようだ。何時起こってもおかしくない爆発を前にして、緊張のせいか私の心臓が早鐘を打ち始め、恐怖と焦りが内心で競い合う。

 そして再び前を見据え、遠くに広がる白い砂漠のような海底を見通した直後、ヴァロッソが居た場所で凄まじい爆発が巻き起こった。

 爆発の中心部ではドーム状に膨れ上がった暗黒物質が、海藻で覆われていた海の森一帯をあっという間に呑み込んだ。爆発の濁流が荒れ狂うように四方へ向かい、正常な海流を掻き乱してカオスな状況に拍車を掛けた。

 ドームの周囲では紫色に輝く電流の蔓が無数に迸り、爆発から逃げようとする魔魚や海獣に巻き付いては死神の鎌のように無作為に生命を刈り取っていく。少し前まで彼等を散々捕食していた私が言うのもアレだが、とばっちりを受けた彼等に同情を禁じ得なかった。

 ドームに呑み込まれた同族や海獣達がどうなったかは定かではないが、ひょっとしたら無事かもしれないという陳腐な希望は微塵も湧かなかった。もしアレで生き延びる生物が居るとしたら、それは奇跡的な幸運を持っているか、上位種を凌駕する恐ろしい“何か”でしかない。

 安住の地だった穏やかな海域が一瞬にして地獄絵図へと変わり果て、私は凄まじい衝撃を受けるのと同時に改めて上位種の力に戦慄を覚えた。だが、直ぐにそれらの感情は純粋な恐怖へと舵を切る事となる。


「おいおい、冗談だろう!?」


 時間の経過と共にドームは勢いを衰えさせて消滅するどころか、徐々に膨れ上がって更に暗黒の支配域を拡大させようとしていたのだ。只でさえ広大な海の森の八割以上を呑み込んでいるにも拘らず、これ以上大きくなるなんて悪夢以外の何物でもない。

 アレに呑み込まれたらどうなるかなんて考えたくもない。私は現時点で出せうる速度の許容範囲限界まで出し切って只管逃げの一手に努めた。しかし、私の努力も虚しくものの数瞬で暗黒物質の壁が私の背後へと迫り、そして――――


「うわああああああああああああああああああああああ!!!!」


 ―――私は暗闇に飲み込まれた。 

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