第10話 絶対強者と言う名の壁

 幸いにも外敵に出会う事も無く、無事に翌朝を迎える事が出来た。先ず目を覚まして違和感が消えている事を確認。うん、どうやら大人しく一晩寝たおかげで自己修復スキルが作動したようだ。身体に穴が開いている状態でも一晩眠っただけで治るなんて、魔獣の身体って凄い便利だ。

 早速自己視のスキルを使ってみてみよう。……おお、綺麗に傷口が塞がっているじゃないか。寧ろ傷跡も無く、最初から無傷だったと思える程度に修復されている。うん、自己修復スキルに頼って正解だったな。それは良いとしよう。只、強いて言うならば一つだけ疑問がある。


「身体に刺さっていた針は何処へ行った?」


 体に刺さっていた針が見当たらないのだ。近くに落ちているのかと思って辺りを見回してみるが、何処にもそれらしい物体は落ちていない。潮の流れに乗せられて、何処かへ行ってしまったのだろうか? 


【ニーグラーの毒針を取り込みました】

【攻撃技:毒針が毒針(強)に強化されました】

【状態耐性スキル:毒耐性を手に入れました】

【攻撃スキル:研磨を獲得しました】


 お、おお!? 急にステータスの文字が現れたぞ? 取り込んだ? 私の身体に刺さっていた針は、そのまま私の体内に吸収されたという事なのか!? とても信じ難い事ではあるが、ステータスを見る限りそうなのだろう。

 しかも毒針だったという事もあって、自身の持つ毒針がワンランク強化されたり、毒耐性スキルを手に入れた上に、更にはニーグラーが使ってた研磨スキルまで獲得してしまった。これはアレだ、頑張って痛みに耐えた甲斐があったというものだな。

 朝から嬉しい収穫もあったし、今日は良い事がありそう気がする。それにレベルが上がったおかげで体力も上昇して、旅の準備は万端だ。打ち上げロケットのように続々と出発するシェル達の後に続き、私も眩い朝日が差し込む海中へと身を投じた。

 


 今日も今日とて安住の地への旅路は相変わらず長かった。山あり谷ありのように上り下りしない分だけマシかもしれないが、常に同じ速さで同じような風景の中を延々と進んで行くのも精神的に中々に疲れる。何と言うか、終わりゴールの見えないマラソンほど辛いものはないと痛感した気分だ。

 時間がみるみると過ぎていき、やがて昼を回って海中に注がれた日光の柱が垂直に立ち始めた頃だった。それまで順調に旅を続けていたシェルの一団が、急に慌ただしい動きを見せ始めた。いや、慌ただしいと言うよりも動揺していると言う方がニュアンス的にピッタリだ。

 兎に角、それまで直進し続けていたシェル達が一斉にピタリと止まったかと思いきや、突然直角90度に折れ曲がって急下降し始めた。そして海底の砂を大急ぎで掘り進み、その身を隠してしまった。

 何がどうなっているのかさっぱり分からないが、此処は彼等の行動に倣って自分も砂中に潜って身を顰めた方が良さそうだ。そう判断して砂の中に潜り込んだ直後、辺りを覆い被さるように濃密な影が頭上から降って来た。


(何だ、船でも通っているのか?)


 好奇心から来る興味を刺激され、私は目の付いた触手を砂中からひょっこりと出して上を見上げてみた。結果から言うと、影の正体は船ではなかった。鯨に匹敵する程に巨大な鮫だった。

 銃弾にも似た尖った鼻先は雪化粧を纏った山頂のようにキラキラと輝き、黒ではなくレッドサファイア色に塗りつぶされた目玉は何処を見ているのか全く分からない。そして黒鉄のような肉体には所々に生傷を拵えており、過酷な修羅場を生き抜いた猛者である事を物語っていた。

 そして一番の特徴は鰭だ。よくよく観察してみると、本物のナイフと同じく鋭い刃が備わっているのだ。図体だけで他を圧倒するというのに、そこへ刀のような鰭が加われば、最早敵対心を抱く者なんて居ないに違いない。

 こっそりと鮫に視線を合わせながら鑑定スキルを発動させると、ステータスに表示されたデータに冗談抜きで目玉が飛び出しそうになった。


【種族】ハイシャルフ

【レベル】77

【体力】83600

【攻撃力】86590

【防御力】87920

【速度】84950

【魔力】76550

【スキル】遊泳・研磨・暗視・堅牢化・共食い・激怒・自己再生・嗅覚・ソナー・筋力強化・暴食

【攻撃技】体当たり・噛み砕き・斬撃・居合い

【魔法】水魔法・衝撃魔法・高速魔法


【ハイシャルフ:魔海の中で上位種に名を連ねる魔魚。鉄海てっかいと呼ばれる豊富な鉱物資源が眠る海域で育った為、身体はマグライト鉱石の剣以上の切れ味と堅牢さを持つ。同族だろうが敵と見做せば容赦なく殺す残虐性を持っていおり、それ故にハイシャルフとの遭遇自体が死刑宣告だと比喩する者も少なくない】


 ……要するにとんでもない化物だって事は分かった。攻撃技と魔法の種類は少ないようだが、ステータスが高過ぎて洒落にならない。それにこの世界の魔法は組み合わせ次第で多種多様な攻撃魔法を産み出せるので、実際には想像以上の技を持っていても何ら不思議ではない。

 魔法でなくとも通常のハイシャルフの体当たりなんて受けたら、木っ端微塵どころじゃない。文字通り粉末となって消滅する可能性だって十分にある。

 そう言えば先程からピリピリとした静電気にも似た感覚が体中に感じるが、奴が近付いてからソレが増している気がする。殺気か、強大な魔力か、それとも生物から発せられる電波的な何かか。

 何にしても、その静電気のような感覚がシェル達の危機回避能力を働かせ、命を救ったことに疑いの余地はない。そう考えると仲間が居て良かったとつくづく思う。もしも私だけならば、目の前から接近してくるハイシャルフに気付かずに食われていたに違いない。向こうが私みたいな小物に興味を示すかどうかは別として。

 だが、幸いにもハイシャルフは砂中に隠れている私達を探す気は無いらしく、悠々と頭上を通り過ぎていき、遥か彼方に広がる青の中へと消えていった。

 脅威が去るのを感じ取ったのか砂中に潜っていたシェル達が一匹、また一匹と土竜のように顔を覗かせて再び海中へと舞い上がっていく。あんな危険な生物を目にしても、旅を再開させる気概があるなんて意外とタフな生物だ。いや、そもそもタフじゃなければ過酷な世界を生き延びられる筈がないか。


【危機の回避に成功しました】

【感覚スキル:危険察知を獲得しました】


 おおっ、新たなスキルを獲得した。危機を回避するだけで手に入れられるスキルがあるんだ。というか、何で今更……あっ、そう言えば今まで戦いを穏便に回避出来た試しがなかったっけ。

 普通ならリトルシェル時代にギャピターから逃げ切ったら手に入るんだろうけど、私の場合は正面から戦って勝っちゃったからなぁ。うん、物凄く今更感が強いけど、他のシェル達と同じスキルが漸く手に入ったから良しとしよう。



 過酷な旅が始まってから、あっという間に2週間が経過した。群れから離脱するシェルの姿もあれば、うっかり天敵に見付かって捕食されるシェルも居り、同族の数も出発した時に比べて半数近くが失われていた。ブラック企業で心身共に色々な意味で鍛えられていた私ですら、この旅の終わりは何処だろうかと不安が芽生え始めていた

 だが、一方で終わりが近付いている事も薄々と感じていた。ここ数日で見慣れた風景――サンゴ礁や海流に削られた岩山――が激減し、やがて真夜中の砂漠を彷彿とさせる純白の砂地が延々と広がる虚無のような空間に入ったのだ。明らかに今までとは違う風景に、目的地はもう少しではという期待が不安と混在していた。

 それから更に数日掛けて純白の砂漠を横断すると、私達の前に広大な緑が現れた。ジャングルさながらに大量且つ広範囲に群生した海藻の森だ。海面から降り注ぐ太陽の光を浴び、海流の流れに従って海藻を右へ左へと靡かせる動きは、地上にある壮大な草原と比べても何ら遜色ない。

 そして此処こそがシェル達の目指していた安住の地であった。シェル達は海藻の森に到着するや勝手知ったる住処であるかのように、海藻の根元に広がる砂地に身を埋め、長い旅路の疲れを癒すように眠りに入ってしまった。

 私もそれに倣って砂の中に潜り込むと、想像以上に柔らかい砂地の感触に思わず感動を通り越して笑いそうになってしまった。柔らかさもそうだが、何よりも人肌に包まれているかのように暖かい。まるで最高級の砂風呂に包まれているかのような心地良さだ。

 明日から安住の地での暮らしが始まる。どんな暮らしが待っているのか、そして寿命を全うするまで生き延びられるのか。期待と不安を胸に抱いたまま、私は覆い被さって来た睡魔に逆らわず、静かに意識を閉ざした。


【名前】貝原 守

【種族】シェル

【レベル】13

【体力】1900

【攻撃力】161

【防御力】301

【速度】71

【魔力】161

【スキル】鑑定・自己視・ジェット噴射・暗視・ソナー(パッシブソナー)・土潜り・硬化・遊泳・浄化・共食い・自己修復・毒耐性・研磨・危険察知

【攻撃技】麻痺針・毒針(強)・溶解針・体当たり・針飛ばし

【魔法】泡魔法(泡爆弾・バブルチェーン・バブルバリア)・水魔法(ウォーターバルーン・ウォーターマシンガン・ウォーターショットガン・ウォーターカッター)

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