第9話 旅路は続くよ、何処までも
夜光魚達のネオンに照らされながら一晩ぐっすりと眠って休養を取り、翌朝を迎えるのと同時に安住の地を目指す長い旅が再び幕を開けた。ずっと移動し続ける弾丸ツアーと呼ばれるものがあるが、それとは比べ物にならない強行スケジュールだ。生身の人間であれば、たちどころに顔を蒼褪めたに違いない。
だが、生身の人間ではないシェル達にとっても安住の地への旅は極めて過酷であった。かなりの速度を出している上に、朝から晩まで移動し続けるのは体力的にも酷だ。現に旅が始まってから四日が経過した頃から、群れから脱落するシェルの姿が目立ち始めた。
しかし、他の仲間達は振り返る事もしなければ気にも留めなかった。彼等の目的は安住の地に辿り着く事であり、仲間の離脱や生死を気に掛ける事ではない。非道のように見えるが、残酷な自然界で生きていくには、それが最低限の覚悟なのだと私は内心でひっそりと学んだ。
やがて日が暮れて透き通った海中の色が夜の闇色に包まれ始めると、一行の動きも止まった。漸く身を休める時が来たようだと分かると、私はホッと胸を撫で下ろした。
だが、悠長に安堵していられない。直ぐに腹ごしらえをして、翌日の旅に必要となる体力を補わなければならないのだ。空腹のままでは体力を温存する事も出来ず、旅路の途中で脱落するのがオチだ。
そうとなれば早速食料探しだ。頭上を見上げるが、夜光魚以外に泳いでいる魚は見当たらない。あれは小振りだし、腹持ちも良くないのでスルーだ。なるべく大物は居ないかなーっと探しているところで、ふと思い付いた。
「上が駄目なら……下はどうかな」
先端に針の付いた触手を海底に突き刺してソナーを発動。音の波紋が広がっていく様子が脳裏に映し出されていき、砂中に身を潜めている魚影をキャッチした。ビンゴだ。私はソッとその魚影を通り過ぎる振りをして、擦れ違い様に麻痺針を標的に突き刺した。
砂中に深々と刺さった麻痺針からビグンビグンッと生々しい痙攣が伝わり、ぐいっと持ち上げるとカエルのような手足の生えた巨大鰈が串刺しになっていた。
【ガッチョ:海に生息する低級魔魚。魔魚でありながら泳ぎを得意とせず、日中の殆どを砂中で過ごしている。他の魚達みたいに縦ではなく横に平べったくなっているのは、砂中に身を顰めるのに適した肉体構造へと進化したからである。見た目は不気味だが、臭みの少ない淡白な白身が人間達の間で人気を博している】
この魚何処かで見た覚えがあるなーと思ったら、コイツもグリン同様に当初の方でリトルシェルを喰っていたヤツだ。グリンのように噛み砕いたりせず、ほぼ丸呑みだったが。まぁ、どちらにしても人間達でも食されている程の人気食材ならば、私が食っても文句はないだろう。
では、頂きます。
ずるずるずる……ごくんっ
うん、中々に大物だったから良い感じに腹が膨れたぞ。こいつをもう一匹食えば、満腹になりそうだな。というか、進化して大きくなったおかげで自分と同じ大きさか、ちょい大きいぐらいの魔魚は一口で丸呑みで食い終えちゃうんだよなぁ。
さて、もう一度センサーを発動させて……おっ、2時の方角に新たな魚影を発見。今度もソーッと近付き、毒針でブスリとな。
「ぎしゃああああああ!!!」
「ぬおわああああああ!!?」
怪獣のような雄叫びと、仰天して悲鳴を上げる声が海中で交差し合う。言うまでも無く前者が魔魚で、後者が私だ。毒針を刺した場所から大量の砂埃を巻き上げて現れたのは、無数の針に覆われた
【ニーグラー:鋭い針を持った低級魔魚。泳ぎは得意ではなく、基本的には砂地を這うようにして移動したり、砂中に身を顰めたりする。見掛けに寄らず温厚な性格だが、攻撃を加えられると体中から鋭い針を伸ばし、攻撃してきた相手に対し強い敵愾心を抱く】
マジかよ。中々どうして面倒な相手に喧嘩を吹っ掛けてしまったみたいだ。しかも、全身針だらけで近付こうにも近付けない。下手に近付けば、あの鋭い針で串刺しになっちまうのは火を見るよりも明らかだ。そうだ、レベルも確認してみよう。
【種族】ニーグラー
【レベル】12
【体力】1500
【攻撃力】192
【防御力】142
【速度】100
【魔力】120
【スキル】土潜り・遊泳・パッシブセンサー・研磨・暗視
【攻撃技】麻痺針・毒針・体当たり・針飛ばし・噛み付き
【魔法】毒魔法・水魔法
毒針と麻痺針を持っている上に毒魔法と水魔法も備えているのか。こりゃ中々に厄介な相手だ。とりあえず慎重を期して、此処は様子見をしようかと思ったが、怒り狂った二ーグラーは此方の気持ちを考えてくれる筈もなかった。
「ぶしゅうううう!!」
ニーグラーが全身に逆立てた針を三本ばかし飛ばしてきた。それをサッと回避すると、丁度背後を泳いでいた無関係の魔魚に一発が命中した。巻き添えを食らった魔魚は最初こそ痛みに苦しむように身体を左右に折り曲げていたが、やがて動きが緩慢になって遂にピクリとも動かなくなった。
どうやら毒針のようだ。接近戦だけでなく遠距離戦もこなせるとは羨ましい限りだ……なんて妬み塗れの愚痴を内心で零していると、更にニーグラーが針を飛ばしてきた。それこそ人間の味方をする某妖怪少年の髪の毛みたいに。
只でさえ足の遅いシェルではジェット噴射を併用しても、針の雨を躱し切る事は不可能だった。何発かが貝殻に命中するも、幸いにも防御力の高さが売りなだけあって貫通は免れた。しかし、カンカンッと銃弾が鉄板に命中するような甲高い音が貝殻越しに伝わり、それが鼓膜を揺るがす度に私の心臓を悪い意味で震え上がらせる。
「くそっ、心臓に悪い!」
悪態を放ちながらウォーターマシンガンで応戦するが、飛んでくる針に相殺されてしまい相手に届かない。私が編み出したウォーターマシンガンと、相手の針が互角とでも言うのか!? 何ソレ理不尽過ぎる! まぁ、只単に威力が低いだけでしょうけど!
しかし、決定打に欠けるのは厄介だな。何か良い方法があれば良いんだけど……って、奴が大きく開いた口の中に何かあるぞ。ウォーターバルーン……みたいだが、その色は毒々しい紫色に染まっている。
「何だ、アレは?」
頭上にクエスチョンマークを浮かべながら頭を傾げたが、相手が所有していた二つの魔法を思い出した途端、私は弾かれたように急上昇した。直後、ニーグラーの口から紫色に染まったウォーターバルーンが発射された。
ゆったりとした弾速で撃ち出されたウォーターバルーンは低い弧を描いて、私の居たサンゴ礁に命中した。バンッと水風船が割れたかのように勢いよく弾けて、周囲に紫の滴が飛び散った。それを浴びた魔魚や仲間のシェルが次々と毒状態となってもがき苦しみ、サンゴ礁なんて一瞬にして鮮やかな赤から死を意味する白へと変色してしまった。
「まさか……あれは!?」
咄嗟に鑑定スキルで攻撃を分析すると、【ポイズンバルーン】と表示された。やはり毒魔法と水魔法とを掛け合わせた融合技みたいだ。命中すれば毒状態になるのは勿論、更にポイズンバルーンそのものが破裂して被害を拡大させるという二段構え。中々に悪辣極まりない魔法攻撃だ。
ドシュッ
冷静に攻撃を分析していたら、突然自分の肉体を何かが貫く衝撃が走り、次いで焼けるような痛覚が全身に襲い掛かった。
「な……に!?」
慌てて自己視を発動させると、ニーグラーから放たれたと思しき一本の針が貝殻を貫通して自分を串刺しにしていた。今まで相手の攻撃を寄せ付けなかったのに、何故今頃になって……と不思議に思ったが、相手のスキルの中にあるものを発見して直ぐに納得した。
【研磨:切れ味を一時的に上昇させるスキル。人間の場合では剣や槍などの手に持つ得物に付与され、魔獣の場合では爪や牙と言った肉体の一部に付与される。切断系の魔法にも付与可能】
成程、このスキルで貫通力を底上げしたのか。しかも、私を貫いた針は毒針らしく、体内に毒素が巡っていくのが分かる。内臓をジワジワと嬲られるような、気持ちの悪い不愉快な熱が蔓延していく。その熱のせいで意識が朦朧とするけれど、そのまま意識を手放す訳にはいかない。戦いの最中で意識を手放すのは、死を意味するからだ。
「けれど、毒に耐えながら戦うのも厳しいな……うん?」
そこで私はある事に気付いた。私に向かって攻撃をしているニーグラーが、妙に息切れを起こしている事に。針を飛ばすのに体力を消耗するのか? だが、それにしては疲弊し過ぎてはいないだろうか。
不思議に思った私は再度鑑定スキルで相手の状態を確かめてみると、ニーグラーの名前の横に(毒状態)という表示が記されていた。
毒状態? 私は毒攻撃なんて一度も―――いや、違う。砂中に隠れている獲物を仕留めようとした時に、毒針を打っている。その効果が今になって現れたという訳か。これは思わぬ嬉しい誤算だ。
互いに毒状態となり状況はイーブン……と言いたいところだが、ダイレクトに本体へのダメージを受けた此方が不利だ。何としてでもニーグラー本体にダメージを与えなければ、何れ此方の負けだ。
されども接近しようにも針が邪魔、ウォーターマシンガンでは相殺されてしまう。どんな攻撃方法が良いかと思考を巡らした末に、私はある魔法を選択した。
「水魔法【ウォーターカッター】!」
魔法を唱えると私の周りにある海水が一部切り取られ、四枚の円盤――ウォーターカッターへと変化していく。ニーグラーは四枚の円盤を破壊しようと自慢の針を打ち込んできたが、高速回転する水の刃に接触した途端に弾かれるか、先端から後端まで真っ二つに切断されてしまうだけだった。
私ですら驚くウォーターカッターの威力に、ニーグラーが目に驚愕が宿る。だが、今更気付いても遅い。四つのウォーターカッターは複雑な軌道を描きながら接近し、通り魔よろしく擦れ違いざまに針山のような身体を切り裂いた。身体中を纏っていた針も草刈りのように易々と刈り取られ、甚大なダメージを負わすのと同時に文字通り丸裸にしてしまう。
「グオオオオオオオオオ!!!」
ニーグラーが強面の顔に相応しい咆哮を上げる。それは痛みによるものか、それとも丸裸にされた恥辱から来る怒りからかは分からないが、奴の手鰭がゆっくりと動いて此方に向かってくる。どうやら刺し違えてでも、私を殺したいようだ。
しかし、怒りに飲まれたニーグラーはある事実に気付いていなかった。自分の身体を切り裂いた元凶であるウォーターカッターが、背後で鋭いUターンを描いて戻って来ている事に。
四枚のウォーターカッターはニーグラーの無防備な背中に飛び込みと、彼の分厚い肉を切り裂きながら刃を体内へと沈め、そのまま腹を突き破って飛び出した。ウォータカッターが消失するのと同時にニーグラーの瞳からも光が失われ、その肉体はゆっくりと海底に墜落した。
【経験値が規定数値に達しました。レベルがアップして10になりました。各種ステータスが向上しました】
【経験値が規定数値に達しました。レベルがアップして11になりました。各種ステータスが向上しました】
【経験値が規定数値に達しました。レベルがアップして12になりました。各種ステータスが向上しました】
【戦闘ボーナス発動:各ステータスの数値が通常よりも多めに上昇します】
【攻撃技:針飛ばしを獲得しました】
戦闘終了を意味するレベルアップを知らせるステータス画面が目の前に表示されると、漸く私はホッと胸を撫で下ろした。というか、戦いが終わった後に羨ましがっていた針飛ばしを獲得するとか……なんか間が悪過ぎやしませんかね? でも、ステータスが上がっただけでも良しとしよう。
では、倒したニーグラーを頂ましょうかね。捕食舌を伸ばして捕まえてからー……ばっくんと。うむ、漸くお腹が張りました。無駄に体力を消費してしまったのでお腹が満たされるか不安だったが、その心配は無用だったようだ。
これで腹ごしらえは終了したので、あとは眠るだけなのだが……まだ一つだけ問題が残っていた。
「この体に刺さった毒針、どうすりゃいいんだよ……」
ニードラーの攻撃で受けた毒針が、依然として体に刺さったままなのだ。この状態では活動し辛いし、一人だけ違う姿をしていると悪い意味で目立っちゃうしなぁ。かと言って自力で抜こうにも触手は針に届かない。
岩場に身体を打ち付けて釘抜きみたいに針を抜くという手もあるけど、それで万が一に抜けなかったら単なる自傷行為だし、返って貝殻が破損する恐れがある。
よし、ここは自己修復スキルに賭けてみよう。肉体が元通りに再生して傷口を塞げば、刺さった針も肉に押される形で抜けるかもしれない。そんな楽観的で大丈夫なのかという意見が自分の中には有るが、兎に角、今は休みたいというのが本音だ。
明日の朝には針が抜けている事を祈りながら、私は岩場の陰に身を顰めながら静かに目を閉じた。
【名前】貝原 守
【種族】シェル
【レベル】12
【体力】1820
【攻撃力】156
【防御力】291
【速度】69
【魔力】156
【スキル】鑑定・自己視・ジェット噴射・暗視・ソナー(パッシブソナー)・土潜り・硬化・遊泳・浄化・共食い・自己修復
【攻撃技】麻痺針・毒針・溶解針・体当たり・針飛ばし
【魔法】泡魔法(泡爆弾・バブルチェーン・バブルバリア)・水魔法(ウォーターバルーン・ウォーターマシンガン・ウォーターショットガン・ウォーターカッター)
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