第5話 天敵襲来
おはようございます。朝になりました。何時も通り深海は暗闇に包まれておりますが、私の体内時計が朝だと強く訴えております。
昨日、大量に消費した魔力は一晩ぐっすりと寝たおかげで全快に回復していた。やはり魔力とスタミナは綿密な結び付きがあるようだ。今後は魔力をなるべく温存した方が良いという教訓も得られた事だし、実に身為になる一日だった。
さて、昨日の回想も此処までにして今日も今日とて元気に死骸漁りと参りましょうかーと目覚めたのだが、何やら他の稚貝達の動きがおかしい。目の付いた触手を頻りに振り回し、辺りを引っ切り無しに見回している。警戒しているのか?
程無くして硬い殻を閉じ、地面に潜り込んでしまう。その動きに私は不穏な気配を察知し、彼等と同じように砂の中に潜り込んだ。そして砂からソッと目だけを出すと、私達の居る場所に一匹の魚影がふらりと現れた。
それは私が最初に食した、象のような鼻を持った魔魚だった。死骸を見た時は何とも思っていなかったが、生きた姿を見るとやはり興味が湧くものだ。試しに鑑定して、どんな魔魚なのか調べてみよう。
【ギュピター:海底に生息する低級魔魚。愛嬌を覚える象の鼻のような器官は、海底に住む獲物を直接吸い込む為の口である。リトルシェルが大好物】
えっ、あの変な鼻をしたヤツ、無害っぽいと思ったらまさかの天敵ですか。しかも、あの口で吸い込むとか……勘弁してくださいよー。なんて思っていると、ギュピターは稚貝達が隠れている一帯に長い鼻を徐に伸ばし、強く息を吹き掛けた。隠れ蓑にしていた砂が吹き飛ばされ、砂中に潜っていた稚貝達の姿が露わになる。
天敵に見付かったリトルシェル達は逃げ出そうと試みるも、腹を空かした
おいおい、見た目によらずエグいな。だが、今回ばかりは相手が悪い。今回は大人しく身を潜めている方が身の為だ。あとは見付からない事を祈るだけだ。他の同族達には申し訳ないが、私が生き延びる為には彼等に犠牲になって貰うしか……って、あれー? おかしいなー? 何かギュピターがこっちに向かってくるぞー?
いやいや、ちょっと待て。他にも餌は大勢居るだろう!? 何でピンポイントで私の居る場所を狙うんだ!? あっ! 止めて! 口をこっちに向けないで! 息を吹き掛けないでぇぇぇぇ!!!
「ぬおぁー!!」
残念ながら、私のささやかな願いは届かなかった。息を吹き掛けられた衝撃で吹き飛ばされ、ゴロンゴロンと海底の砂の上を転がっていく。いやはや、こんな展開は望んじゃいなかったよ……。
「……って、危な!」
舞い上がった砂塵の煙幕がクリアになると、目の前にはギュピターの口が迫っていた。それを咄嗟に回避して難を逃れたが、この一連の遣り取りによってギュピターの狙いは完全に私一人……いや、一匹に向けられた。
逃げるか? いや、ステータスの遅さからして逃走を図るのは無謀過ぎる。となれば、戦うか諦めるかの二つに一つしかない。当然、後者は選びたくない。前世の死を迎えてから間もないのに、早々に死を迎えるのは真っ平御免だ。
戦うしかないな。此方の武器は麻痺針と泡魔法、そして防具は貝殻のみ。RPGの勇者に例えるならば、冒険初日に渡されるランクの低い剣と、初期に獲得する低級魔法と、ちょっぴり頑丈な防具で格上のモンスターに挑むようなものだ。
これだけでは心許無い。他にギュピターに関する情報は無いのか? ステータスにある鑑定を再度使ってみると、新たな文章が浮かび上がった。
【対象物のステータス鑑定に成功しました】
【種族】ギュピター
【レベル】13
【体力】580
【攻撃力】66
【防御力】31
【速度】49
【魔力】45
【スキル】暗視・ソニックセンサー・遊泳
【攻撃技】吸い込み・体当たり
【魔法】速度活性化(ブースト)魔法
おお、相手のステータスや各種能力の数値が判明したぞ。これは嬉しいが、しかしレベルや各種ステータスが此方と比べて格段と高いな。特に只でさえ速度が上なのに、速度活性化の魔法も持っていると来れば、この差をどうやってカバーすべきかが課題となるな……。
だが、思考にかまけている暇など無かった。先手を取ったギュピターが、例の如く自慢の長い口を鋭い鞭のように伸ばしてきたからだ。それをジェット噴射で間一髪避けるも、避けた先にギュピターの巨体が迫って来た。体当たりだ。
流石にジェット噴射の空気を貯める時間が無く、殻を閉じて攻撃を受け止める事にした。ドンッとぶつかり、衝撃が殻の中を突き抜ける。久し振りの痛覚が体に走り、もし顔があったら顰めていたに違いない。が、耐えられない程じゃない。
【防御成功、30のダメージを受けました】
「よし、まだ軽い!」
流石に防御重視の身体という事もあって、受けたダメージは微々たるものだ。そして再度ジェット噴射して距離を置く。今のところは何とか上手く攻撃を凌いでいるが、凌ぐだけでは駄目だ。攻撃に回って仕留めなければ、この地獄から切り抜けられない。
「ん?……何だ?」
どう攻めようかと考えあぐねていると、ギュピターの身体に爽やかなハワイアンブルーのオーラが纏わり付いた。これって、もしや―――と自分の考えた予想を頭の中で弾き出す前にはギャピターの巨体が目前に迫っていた。
「へっ!? あがっ!」
【防御失敗、65のダメージを受けました】
「ヅ~~!! やっぱり速度活性化魔法かよ!」
あのオーラを纏ってからの急激な加速、間違いない。速度活性化魔法だ。ある程度速くなるだろうなとは思っていたが、まさか此処までとは。予想外と言うべきか、誤算だったと言うべきか。しかし、その計算違いを恨む間もなく相手はUターンして戻って来る。
「くそっ!」
咄嗟にガードして威力を分散させようとしたが、先程のような衝撃が来ない。不思議に思い殻を薄っすらと開けると、そこには吸盤のようなギュピターの口が眼前に広がっていた。
「しまっ――!」
己の不覚を呪う言葉を告げる事もままならず、私の身体はギュピターの口に捕まり、そのまま一息で飲み込まれてしまった。や、やばい! このままじゃバリボリと租借されて一巻の終わりだ! 考えろ! 考えるんだ!
…………よし、一か八かだけど泡魔法を使おう。持っている魔力が少ないから出し惜しみする、なんてケチ臭いことは言っていられない。向こうが魔法を使ったんだから、此方も魔法を使わないと。というか、使わないで勝てる程に柔な相手じゃない。
だけど、使うタイミングは今じゃない。リトルシェルを噛み砕く部位に当たる、口の根元に到着してからだ。小型化した二発の泡爆弾を体内に潜り込ませて、内側から爆発させて大ダメージを負わせてやる。怪物だろうと人間だろうと体内からの攻撃に脆い、これ常識だよね。
そしてギュピターの嚥下に暫し身を委ねていると、遂に根元に辿り着いた。根元ではエイリアンを彷彿とさせる――鋭利な鉤爪状の牙が擂鉢状に並んでいる――口が、ドリルのようにグルグル回転しながら私を砕き殺すのを今か今かと待ち構えている。
あんな気持ち悪くて生理的に受け付けない凶悪な生体挽肉機で死ぬなんて絶対嫌だ。内心怯えながらも断固拒否を表明するのと同時に、圧縮して小型化した泡爆弾を二発発射した 私の身体から発射された二発の泡爆弾は、私の意思に従って中央に構える蛸のような口に飛び込み、そのまま体内へと潜り込んだ。成功だ。
あとは爆発を待つのみだが、この間も悍ましいエイリアン口との睨めっこ(しかも刻一刻と距離を狭めつつある)に耐えなければならない。正に生きた心地がしないとは、この事だ。
やがてギュピターの牙が貝殻の先端に触れるか触れないかというギリギリまで近付いた時、ボンッとくぐもった爆発音が口奥から響き渡った。
「ギィィィィ!!!」
「えっ!? うお!?」
ギュピターのものと思しき痛々しい甲高い悲鳴が響き渡り、直後に逆流してきた胃液交じりの血液に押し流される形で俺は外へと放出された。いや、吐き出されたと言うべきか。どちらにせよ助かったのは間違いない。
そしてギュピターの方へ振り返れば、ヤツはジタンバタンと全身を深海の砂に打ち付け、苦しみ悶えていた。無理もない、無防備な体内で泡爆弾を爆発させたんだ。大ダメージも必至だろう。現に長い口からは赤黒い血がオイルのように依然流出している。
このまま倒れるなり、捕食を諦めて逃げてくれれば良いのだが……残念ながら、現実はそう甘くは無かった。ギュピターはユラリと体勢を立て直すと、今さっき吐き出した私を睨み付けた。他種族ではあるが、その眼に宿っている感情が怒りなのは明白である。
流石に過酷な自然界を生きてきただけの事はある。こと食事に関しては諦めが悪い。ましてやヒエラルキーの最底辺に居る生物に一矢報われたとなれば、格上としてプライドがズタボロな上に腹の音が治まらんだろうしな。
だけど、此方も食われ掛けたせいか、臆するどころかすんなりと腹を括れた。さぁ、何時でも来い。こっちは既に準備出来ているぜ。
狩る者と狩られる者とが睨み合い、海底の空気が驚くほど静寂に感じられた。そして最初に動いたのは、言うまでも無くギュピターだ。足の遅いリトルシェルでは、下手に動くだけ損というものだ。
魔法を纏ったギュピターが凄まじい速さで突撃し、あっという間に私との距離を詰める。長い口を用いずに体当たりで押し潰すのを狙っているところを察するに、先程の泡爆弾で相当懲りたと見える。
そしてギュピターがギリギリまで近付いてきた瞬間、私は真下の砂場に向けてジェットを噴射した。ジェット噴射の圧力で砂の煙幕が海中に展開され、ギュピターの視界を遮った。獲物を見失ったギュピターは突撃を急停止し、その場に留まって私の姿を探し求める。
しかし、それが命取りだ。砂の煙幕を張ったのと同時に私は宙へと舞い上がり、ギュピターの頭上を取っていた。貝の隙間から今の私にとって剣にも等しい麻痺針を覗かせ、狙いを奴の頭に定める。
そしてジェット噴射で頭上からの急降下攻撃を仕掛けた。ジェットの音で漸く此方の位置を知ったみたいだが、時既に遅しだ。ジェット噴射の勢いに乗せて、槍の如く繰り出された麻痺針ュギャピターの頭蓋骨を貫き、その奥にある脳に到達した。
ギュピターの脳に麻痺毒が流し込まれ、ナマズのような魚眼が大きく見開苦のと同時に数度痙攣を引き起こす。だが、抵抗もそこまでだった。やがて眼から光が消え失せて深海の砂場に倒れ込むと、そのまま静かに息を引き取った。
「……勝った、のか?」
【経験値が規定数値に達しました。レベルがアップして9になりました。各種ステータスが向上しました】
【経験値が規定数値に達しました。レベルがアップして10になりました。各種ステータスが向上しました】
【経験値が規定数値に達しました。レベルがアップして11になりました。各種ステータスが向上しました】
【経験値が規定数値に達しました。レベルがアップして12になりました。各種ステータスが向上しました】
【戦闘ボーナス発動:各ステータスの数値が通常よりも多めに上昇します】
【防御スキル:硬化を獲得しました】
【感覚スキル:ソナーからパッシブソナーが派生しました】
【移動スキル:遊泳を獲得しました】
【攻撃魔法・水魔法を獲得しました】
【攻撃技・毒針を獲得しました】
相手が地に伏せた姿を見ても半信半疑の感情が根深く残っていたが、相手がピクリとも動かないこと、そしてステータスの表記が現れた事で漸く勝利した事を確信した。
「う、ウオオオオオオ!!! やったぞー!! 勝ったぞー!!」
ヒエラルキーの最底辺に位置する種族が捕食者に打ち勝つなんて、これなんていう番狂わせ? いや、これもう大番狂わせって言うレベルかな? 何にせよ、歴史的瞬間かもしれない!!
ふはははは!! どうだ同胞達よ! 私の活躍を目に焼き付けてくれたかな!?………うん、少し燥ぎ過ぎました。ごめんなさい。だから私が仕留めた獲物を勝手に食わないでくれるかな!? 何もしてないのに獲物だけを横取りなんて、そりゃあんまりじゃないですか!!
そんなツッコミを入れつつ、私も自分が仕留めたギュピターに舌鼓を打った。うん、何となく勝利の味って感じで美味い気がする。殆ど丸呑みで味覚は感じないけどね!
そして同族達と一緒に骨の一欠けらも残さず綺麗に食べ終えた時、再びステータス画面が目の前に現れた。
【捕食によってレベルが一つ上がって13になりました】
【進化規定値に到達しました。シェルに進化可能です】
「……マジで?」
どうやら稚貝達の中で、進化の一番乗りを果たせそうです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます