決着

 ユーヴィの強さは今までに戦ったどの敵より強く、本物だと思えた。


 エィヴィともワイズとも全然違う戦い方。多分剣と剣で戦っているからだろうか、得意分野でぶつかり合うのが若干楽しくもあった。楽しい? 違う。迷いが一切ない。清々しい全力の勝負。力量でいえば互角ではなかったはずだ。絶対にユーヴィのほうが格上だ。


──私とお前の因縁は、そんな浅いものでは無い──


 知っている。アンタは誰より俺を嫌いだろう。


 魔王の、忠実なる腹心。アンタは誰よりアイツに尽くしていた。



 すべての記憶を持ち直したクラウが、真っ直ぐにぶつかれば、徐々にユーヴィの綻びが見えた。



 実力よりも、愛されていることへの自信が二人の勝敗を分かつ。



 キル‐魔王‐を『想う気持ち』を量り比べることは出来ないが、魔王‐キル‐がかつて愛情を注いできた相手なら一目瞭然だった。


 戦う前からそんなことはわかりきっていた。だからこそユーヴィには戦う必要があった。覆したかった。



「かは……っ、」



 度重なる急所討ちに、鈍くなる肢体。だが踏み留まり倒れない執念。以前にも一度、前世の魔王子と死闘を繰り広げたのは遠い過去だと自身に言い聞かす。


 恐ろしい敵だった。非力で下等と見下していた人間に、次々に仲間を狩られ。ついには自分も殺られそうになり恐怖した。がむしゃらに暴れ、魔王子にも手傷を負わせ逃げることに成功したが、あの精一杯の瞬間に魔王を失望させてしまった。失態。



 だからもう二度はない。あんな見苦しい真似は出来ない。勝つか敗けるかしかあってはならない。それがユーヴィの最後のプライドだ。魔王へのせめてもの忠心として。



「魔王子──クラウン、ハイド……!」



 魔人たちは前世のクラウをそう呼んだ。魔王が付けた名だ。だがクラウは魔人をあまり個別認識していない。敵は敵だ。名前など知らない。知る必要もない。


 情けをかけることもないが、キルの前で恥をかかせるつもりもない。褒めるつもりも咎すつもりもない。



「死ねよ」



 短い別れの辞。思い残すことなく綺麗に消えて無くなれ。


 精一杯だったろう魔王への愛情と共に。



 一刀両断。クラウの剣が光の線を描きユーヴィを割裂く。



 最期の力を振り絞り強靭な魔力の膜で凌ぐも束の間だった。食い込んでいく刄に溜め息を漏らす。実力はあったのにそれでも覆せなかった。その事実にユーヴィは小さく嗤う。視界は震えた。もう魔王がどんな表情をしているか確かめることも出来ない。



 背を向けたままの静かな散り際。


 クラウにだけ見せたユーヴィの最期の様子は実に晴れ晴れとさえして見えた。



 全うしたのだろう。



 荒い息に上下する肩を。急に重たくなる瞼を。正常に戻り始める感覚を。まだ違和感のように捉えながら。


 クラウはユーヴィの消えた場所をじっと見つめた。



(……やったのか……? 最後の魔人を、俺が倒せた……)



 しばらく茫然としていたがやがてぼんやりと玉座を振り返ればそこにはもうキルの姿はない。辺りに投げ出された剣と玉座にもたれて眠るティアだけが見える。



「……キル?」



 不意に不安が押し寄せて来た。




 クラウの勝利を見届けたはずのキルはどこへいったのか。その姿が見えず不安になる。


 魔人がそうだったように、塵と化して消えたかもしれない。



「ぴい!」



 ティアがいる玉座からではない。すぐ近くからピイの聲がした。



「おめでとう。よくやったね、クラウ。」



 うっすらと笑う口元。やわらかい声。幻聴や幻覚でないなら目の前にキルがいて肩にピイを乗せていた。



「……キ、ル?」


「うん?」



 いつもと変わらないキルがいつも以上にのほほんとして見える。


 とても千年近く抱えた悲願が達成した瞬間には思えない。



「お前、ほんとに魔王かよ……」



 額の汗を腕で拭うのも忘れたまま、不貞腐れた顔でクラウがぼやけばキルはニッコリと笑った。



「知ってるでしょ」




 確かに。さっきまでの瀕死の重傷はすでに完治しているあたりは疑い様もないが。


 いつだって『らしくない』魔王なのだ。安心したせいか全身の力が抜けていく。しかしまだクラウは倒れてしまうことができなかった。



「……これから。どうすんの?」


 一抹の不安が拭えない。

 魔王として生きてきたキル。魔属の殲滅という夢を叶えたあとの生き甲斐は何なのか。



「そうだなぁ。下僕らしく二人の結婚式の準備かな?」

「そこはどうでもいいだろ!」

「えー? ティアが聞いたら怒るよ?」


「ぴい!」



 同時にそれは勇者を解雇されることになるクラウにも言えた。自分はこれからどうすればいいのか。


 皆目見当がつかない。



「当面は残りの魔物の残党狩りだよね。ここに呼び寄せようか?」

「それは。ちょっと休憩してからでいいか」



 さすがに疲労感が押し寄せていた。



「そうだね。ゆっくり休んでそれから三人でまた話そうか」


「俺たちが目を覚ましたときお前が消えてるとかいう展開なら断るからな」

「えー。僕って信用されてない。。」



 しょんぼりと嘆くキルに、クラウは笑い返すだけの余力もない。


 疲れた。本当に。体力も気力も、何もかも限界だ。



 かつて。


 魔王が育てた勇者は。力試しだと言われ魔人たちと戦った。前世であったが今のクラウよりも若干若かったかもしれない。最初に倒したのはクアルという、前世のクラウをキルに引き合わせた魔人だった。



 非の打ち所もない勇者が、魔王の城に完成した。魔人たちは殺気立ち、我先にと戦いを申し出た。中には集団で奇襲を仕掛けてくるものもあった。だが、ミゼラドの教えを叩き込まれていた少年勇者に一分の隙もない。元来、人形のような無感情さを持つ彼は魔属殺処分マシンとしては優秀すぎた。



 やがてユーヴィ率いる一部の魔人たちと戦い、腕をやられた。ユーヴィたちには逃げられ、剣は握れなくなった。


 あの時。



 魔王と少年と希望の姫君の三人は。口裏をあわせて世界を欺いた。そう言うのが妥当だろう。嘘っぱちをでっち上げ、勇者が魔王を倒し世界は平和になったことにした。本当は魔王はそのまま健在でありながら。



 希望の姫君の国‐ファンダリア‐に渡り、勇者と姫君は形ばかりの祝言をあげた。姫君が産んだ二人の王子は、だが勇者の子ではない。


 一人はファンダリアに残り、一人はグラシアへ渡った。今ある世界のシステム‐ΔDDなど‐はその後彼らが生み出した機関だ。すべてはΔ世界から魔属を排除するために。



「──永かったな、」


「そーだね」



 だが。魔王はファンダリアにもグラシアにも寄生せずその姿を消した。グラシアには、干渉することなくただ魔王を監視するだけが目的の秘密機関があるがクラウたちは知らされてもいない。一般人のふりで今まで紛れて暮らしていたのか、何にせよ勝手に行方を眩ました前科がある。



「信用出来るわけがない、見張ってろよピイ」


「ぴぴぴい!」



 肩の上でご機嫌のピイに、キルはやれやれと頬を緩めた。



「これだけたくさん借りがあって。今さらどこにも行けるわけないじゃないか」



 下僕が主人を裏切ろうものなら、それこそもう救い様がない。下僕は人権こそないが主人によってその身分は保証される。その主人の持ち物であるという地位が確立されるのだ。よって、主人以下の身分の者より実質立場が上になる。それを裏切った場合、もうなにものにも保証されることのない存在へとなる。


 昔は国境管理も今ほど厳重ではなくわりと気ままに行き来が出来たが、時代は変わって魔王には些か自由を満喫しにくいのだ。





「でも」



 キルは小さくこぼす。眠りに落ちたクラウとティアが目を覚まさないように囁くだけの小さな小さな呟き。



「小鳥くんがいれば国境は最早関係ないよね」


「ぴ?」



 古来より神鳥は選ばれし者を運ぶ鳥として多くの伝説や伝承に登場する。ティアたちは知らないかもしれないが、ミゼラドが栄えていた時代には有名であった神鳥。



「今はまだ雛だから無理だろうけど」



 何気なく呟くキルの脳裏に、



『残念でした。その子は飛べないのよ』



 そんなおどけたティアの声が浮かんだ気がした。当の本人はこんこんと眠っているから、気のせいかもしれないが。



「…………まぁいいか。逃げたらクラウが怖そうだし」


「ぴ」



 神鳥の雛のフワフワした羽がくすぐったい。クスクスと笑うキルにピイはさらに羽を広げた。精一杯広げても短くて申し訳程度の小さな翼、だけどもそれは魔王が最初に見たあの日の少年よりもよほど可能性がある。


 ひとですらなかった闇の王子は、偽りの勇者を経て、そして今最後の魔人を討ち取った。まるで嘘みたいな話だ。



「──『永かった』、か──」



 これから始まる毎日が、どう変わるかはわからないが。きっとここから先も永い付き合いになるだろう。


 キルとクラウとティアとピイ。なかなか賑やかになりそうだ。






  遠い昔


  千年魔王の描いた夢は


  違う誰かが現れて



  一緒に叶えてくれました





(そうだな。物語ならきっとそんなふうに幕をおろしていくんだろうな)



 かつて希望の姫君がそうしたように、今度はティアが物語を紡ぐのだろうか。


 キルはすっかり傷の癒えた体をなぞり笑みをこぼした。



「……そうかな。ほんとにそんなことが僕の夢だったかな」



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