玉座

 ティアの魔力を手がかりに魔王の城までやって来ると、クラウは走った。


 走り出していた。漂う空気で、最早ティアがいなくてもそれがどこかわかったからだ。古く傷んだ遺跡の中を迷うことなく駆け抜けると、やがてたどり着いたのは薄暗い玉座の間だ。広い空間が開けた先に玉座があり、そこにキルが一見座っているかのようだったがクラウは背筋がゾッとした。



「キル!!」



 玉座の周りは渇いた血で汚れていたし、キルはぐったりとうなだれ顔を上げない。何よりクラウの目に飛び込んできたのはたくさんの剣。キルの腹部を貫いて玉座に突き刺さっている。


 普通の人間であればとっくに死んでいる──、そうした光景に束の間絶句する。



「キル……おい? 生き……てる、だろ?」



 呆然と。歩み寄る。近く近付くほどに絶命が色濃い。キルをはっきりと認識出来た。長い髪が表情を隠している。手が届く目の前まで来てそれでも認めたくはなくて、クラウは声を荒げた。



「魔王の城の玉座に座ってるくらいだ、お前、お前が、魔王なんだろ! 起きろよキルっ」



 自分の叫び声に目がチカチカして、立っていられなくなり膝をついた。肘掛けに力なく置かれたキルの手を掴み力を込める。



「魔王で、いいから、勝手に死ぬなよ……!」



 微かに。キルの口元が笑った。クラウは恐る恐る手を伸ばし、キルの長い髪を指先でそっと掻き分けてみる。



「……、っ……」



 虚ろながら光る優しい眼差しがそこにあった。満身創痍を通り越し命からがらといった様子でもキルが微笑む。



「来たね。僕の勇者」



 掠れるその言葉にどんな意味が含まれているのか、クラウはただただキルの紡ぐ途切れ途切れの声を聞いていた。



「ずっと。待って、いたよ」



 すぐにでも意識を失いそうなキルに、クラウは言葉を返せずにいた。



「今から。君を。解放しよう」


「勇者である君は」

「ここで」、

「これから」、「最後の魔人を倒すんだ」



「僕は。それを見届けるまで。死ねない」



 途端。


 それまで姿を消していたユーヴィが気配を現した。玉座から見渡せる大広間に仁王立ちしている。地面に突き刺さる大剣の柄に両手を乗せたまま微動だにしない。待っているのだ。


 クラウの全身の毛が逆立つ。


 アイツがキルを拐った。アイツがキルを傷付けたのか。アイツが最後の魔人。アイツを俺が倒す。だが。



「見届けたら死ぬのかよ、」


 魔人を睨みながら、クラウはキルに問う。ありえないくらい声が震えたがそんなことはもうどうでもいい。


「それで。このΔ世界から。魔王が消えるんだ」



 嬉しそうに熱を帯びてふんわりと微笑むキルの表情に、クラウは目の前が真っ暗になっていく。何でそんな笑うのか意味がわからない。今まで普通に平和だっただろ、魔王がいたらなんだっていうんだ。どうしてキルが死ななければいけないのか。魔人は魔王に服従じゃねえのかよ。


 溢れる思考に感情が追い付かない。何もわからない。


 わかるのはただ、キルを死なせたくはないということだけ。



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