幕間◆目を見ればおのずと
かつて。まだ自身が魔神であった時分。視覚聴覚臭覚味覚触覚ほか、おそらく様々な感覚が超越していた。今はもう思い出せない。
魔神は魔王の寵愛を受けし魔属の最終形態。感情はほぼ凪。表情筋は死に、痛覚も数値として認識する程度。世界は常に魔王を中心とし、ただ魔王のために。自身はただの駒であった。それでよかった。欲はなく、個もない。それが魔神だと思っていた。
魔笛の勇者が現れるまで。
勇者などたかが短い寿命しか持たぬ人間の中のほんのひと握り。魔王にたてつくうるさい蝿のようなもの。しかしその中から次の魔王は現れる。魔王が敗れる度に魔神は魔人に戻り、また次の魔王の寵愛を受け、再び魔神となる。その繰り返しの中で。
イレギュラー。
魔人や魔物程度には魔笛は相当堪えると聞くが、魔神にとっては微弱な攻撃でしかなく、その笛の音がする度淡い期待すら懐いた。
「人間には聞こえぬのであろう? なぜ魔笛を吹く」
ついに魔笛の勇者に遭遇した。高揚。魔神でありながら強く惹かれた。
「聞こえる音もあるよ。まあ君たちに攻撃している音はわからないけどね」
あどけない笑み。魔神を前に怯まない。
「魔人と違って魔神はダメージを受けていても態度に出ないから効いてるかどうかよくわかんないや」
「お前がそこにいるという目印にはなる」
「だから逢いに来たの?」
自惚れるな、と鼻で笑う気にもならなかった。
「そうだ。お前に逢いに、ここへ来た。魔笛の勇者よ」
「魔笛の勇者……? そんな名乗りを上げた覚えはないけど。まあ国を捨ててきたから他に身分もないか。いいよ、魔笛の勇者で」
「余裕があるな」
「僕より強い人と戦いたい。君はどうかな」
「ここまで来たのなら当然魔王と戦うのだろう?」
「それでもいいけど。君は戦わないの?」
魔笛をくるくると器用に弄んでから懐にしまい、剣の柄に手をかけて笑う。
「魔王様を守るのが君たちの役目なんじゃないの」
「ふ……」
「魔神でも笑うんだ。初めて見た」
自分でも気付かなかった。魔神が笑うなどありえなかった。
「お前は決して魔王に抗えない」
勇者は勝利すると『魔王という呪い』を請け負う。新たな主人となるであろう魔王の器。しかし今まで見たどの魔王ともどの勇者とも段違いの桁外れ。魔笛の勇者は格別の存在過ぎた。魔神は相手の目を見ればすべてわかるのだ。身分生き様ステータスにポテンシャル。過去も未来も。
今まで誰も有さなかった格。別次元。神。
最高の魔王になりうる。だから欲した。魔神は無欲ではいられなかった。
「魔王のもとに案内しよう」
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