魔境

 魔王の城がある山岳地帯は魔物の巣窟だった。酸素も薄くて、ただでさえ険しい自然に進むのが困難な道程だというのに戦いは激しさを増すばかり。


 だが戦っているのはあくまでクラウ一人だ。ティアとピイはクラウに守られながら必死に進んだ。



「大丈夫か? 少し休むか?」

「休むってどこでよ、休まないわよ、休めないわよ!」



 疲労困憊。それでももっとずっと疲れているはずのクラウは優しいし、クラウ一人ならもっと楽に早くキルの所へ行けるのだろうし。



「どうせ私はお荷物よ!」

「何怒ってるんだよ、お前最近情緒不安定だな」



 小さくため息を溢し肩をすくめたクラウに、ティアはますますヒートアップする。可愛いげがない、そんなことは自分が一番わかっている。でもウジウジするよりはイライラするほうがよほど前へ進んでいけるのだから、止まるわけにいかない。今は仕方ないのだと自分に言い聞かせる。


 クラウには言ってないが時々キルの声が聞こえた。多分魔法の飴を食べたのだろう。誰かと会話をしているみたいだけど内容まではまだわからない。小さな音程の上がり下がりが聞こえる。


 早く。助けにいかないと。



「わかってるわよ、頑張ってるわよ私だって!」


 情けない。


「何よ、クラウがもっと私に優しくしてくれたら、うんと頑張れるわよ」


 八つ当たりだ。



「じゃあどうすればいいんだよ」



 ほとほと弱り果てたクラウにはティアのいう『優しく』がわからない。休もうかときけば休まない! というし、他にどんな優しさあるのか是非とも教えてほしい。



「ティアちゃん可愛い、とか。ティアちゃん大好き、とか。いくらでも言えるでしょ。そういう元気の源が足りないのよ」


「ぴい!」



「……そんなので元気になるか?」


「なるわよ! バカにしないでよね! 愛しているの一言で三日は不眠不休いけるわよ!」



 やけくそになって言いたい放題叫ぶティアに、クラウは真面目な顔をした。じっとこっちを見つめて無言になってしまったクラウにティアが唇を尖らせる。



「何よ、減るもんじゃないでしょ」



 クラウが口から出任せで嘘をつけるような軽い男だとは思っていない。何せ真面目だ。加えてこのわがまま娘のどこに恋慕の情を見出だせようか。普通は無理だ。わかっている、ただちょっと言ってみたかっただけだ。


 でもティアが思うよりも遥かにずっとクラウは真面目で誠実だった。



「えええ? なに?」



 くたびれた重たい体が不意に軽くなる。クラウの腕が軽々とティア引き上げ二人の距離が縮まった。鈍った思考回路が混乱し意図が読めない。


 見上げるすぐそばにクラウの顔がある。思った以上に近い。思わずときめいた。そしてテンパった。


「くくくく! クラウ!???」


「俺口下手だから、何を言えばいいかわからない」


「そそそ、そうねっ。無理を言ってごめんなさい!」



 もしかしてこれはまさか現在抱きしめられているかのようなそんなポジションなのだろうか。錯乱するティアでは冷静に客観的に判断するのが難しいが、何となくそんな気がした。


 伏し目がちで視線をこちらへ向けていない自称口下手のクラウがそれでもぽつりぽつりと言葉を続ける。



「何を言えばティアを元気付けられるのかわからない」


「うん、もういいの、平気っ。ていうかティアちゃん元気でしたっ」



 抱きしめられる破壊力。嘘臭い白々しい言葉より何と恐ろしい効果。胸キュンではすまない。胸爆。


 泥で薄汚れた頬は乾燥してカサカサになっているのに、クラウがこんな間近でティアの顔を覗き込む。やめて。確かめるように撫でないで。お肌のケアしたい。


 ティアの心の悲鳴を理解するはずもなく朴念人はトドメの言葉を吐いた。



「こんなに、頑張ってくれてるのにな」



 誉められた。もうこれだけで向こう十年はガンバレマス。申し訳なさそうに潤んだ瞳がじっと見てる。ティアちゃんを萌え殺すおつもりか。悩殺。もうだめ。魂抜けちゃう。


 真っ赤な顔で目が泳ぎっぱなしの自分は、クラウの目にどんなふうに映るのか。穴があったら入りたい。



 それなのにクラウはティアのオデコにキスをした。ほんの一瞬唇を押しあてただけだがティアの思考回路は完全にフリーズした。なにこれ。



「わたしもうしんでもいい。。」


「話が違う! 勝手に死ぬな!」



 オデコに手を当てると仄かにクラウの感触を思い出す。ヤバい。



「死ぬ気でガンバリマス!」


「いや、何が何でもイキロ。死んだら結婚してやらないぞ」

「ワカリマシタ!」


(頑張れ私!)


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