幕間 星見の詠
「エデン様。見違えました、こんなにお美しく成長をなされて」
レースで編んだ仮面を着けている長衣の君が手の甲に口付けた。
「世辞はいい」
つれなく手を払ううら若き乙女に、長衣の君はクスクスと笑う。
「相変わらずでございます。身体ばかりお育ちになっても御心は変わりませんね」
古代より栄える武闘国家ミゼラドの女王エデンは最年少にして最強の王となった。数年に一度この地を訪れる星見占いのキャラバンの長である長衣の君も比較的若い女であったが、まだ未婚だ。
「馬鹿を申すな。余はミゼラドの王となった。そして子を生した。心こそが大いに進化もしようぞ」
あまりに若い。むしろまだ幼さすら残る横顔が不敵な笑みを浮かべる。
「嘘でしょう?」
「真よ。星見に偽りなど愚かな行為を余がするものか」
エデンは長衣の君を奥の部屋へ手招いた。天蓋の寝台にスヤスヤと眠る幼子が見えた。それも二人。
息を飲んで見守る長衣の君にエデンは微笑む。
「昔そなたは言ったな。余がミゼラドの王となるのだと」
ミゼラドの王は、王位継承権を持つすべての者が国民の前で決闘し勝利して即位する。まだ誰もエデンが勝利するなど夢にも思わなかった頃に、だが星見は暴いた。
「余の子等も占ってくれぬか」
エデンの退位した後、誰が王となるのか。占いの結果次第では育て方も違ってくる。長衣の君は眠る兄の額にそっと手を添えた。星たちの囁きはエデンには聴こえないが、不思議の血を持つ星見にはそれがわかるのだという。
「この御子はやがてこの国の王となりましょう」
「そうか。兄が王となるのか」
「もう一人は乳飲み子でございますか」
「ふた月前に生まれたばかりよ」
エデンから差し出された小さなお包みの中に生き物がいた。長衣の君は地にひれ伏した。
「いかがした」
怪訝な顔をするエデンに、長衣の君も戸惑いの声をあげた。
「星は語る。デルタの王」
「デルタ? 面妖な。それは何処ぞの国か」
エデンが初めて耳にする名前だった。自分の腹を痛めて産んだ実の息子がどこか他所の国にとられてしまうのかと気色ばむ。
「デルタは……デルタは……この世界全土。国の名にありません。されど世界を束ねる王など、かつていたでしょうか」
「世界の王と? ふむ。さてはそなた長旅で疲弊しておるな」
「エデン様。星は軌道でございます。道筋を違えることはありません」
「もうよいわ。歓迎の宴だ、今宵はたんと食うが良い」
「エデン様」
さっさと宴の席へ向かおうとするエデンの背中に、長衣の君はキツく目を閉じた。
(世界の王に歯向かう者は、滅びゆく運命……!)
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