キル不在

 ユーラドットを離れ海を渡る間も、クラウはいつにも増して無口で不機嫌だった。小さな鳥くんがいてくれて良かったとティアは思う。


「どんどん天気が悪くなる」


 久しぶりに口を開いたかと思えば、飛び出したのはそんな言葉だ。


「天気……?」


 ティアが空を見上げた。重たく低い灰色の空を。


「ピ」


 飛べない小さな翼をはためかせてピイがティアの頭を跳ねる。


「大気に……魔力が」


 呟くティアにクラウは頷いた。


「そうだ。魔王の城に近付くほど、濃くなっていくようだ」



「地上の魔素をいくら回収しても、空や海は手付かずだ。長い目で見て陸の魔物は弱体化しても、空や海の魔物が増えるわけだ」


 仕事熱心なクラウの頭の中はいつもそんなことばかり。世界を担う勇者の生まれ変わりであり、ΔDDのメンバーであり、中心人物だからそれもしょうがない。きっと子供の頃からろくに遊んだこともないのだろう。希望の姫君として勉強三昧だったティアも同様ではあるが。世界全体を見たのではない。ティアの意識はただ勇者と魔王だけに長年向けられていた。歴代。彼らは常に世界を見ていたというのに。


(横に並べない。後ろをついて歩くだけ。そういう位置関係になっちゃってる。……本物の希望の姫君ならもっと一緒に世界をみつめたはずだわ)


 世界規模で共に守り手となりたい。理想ばかりが膨らんでいく。


 この世界は、今、何の病気に冒されているのか。診察し治療するのはティアの十八番おはこ だ。得意分野に持ち込めばパフォーマンスは高まる。意識の切り替えだ。


 平和ボケの時代だから民衆は気楽だ、なんて。安全なファンダリアの城で育ったティアだって大差ない。いつもピリピリと気を張っていられるクラウが特別すぎるのだ。



「ねえ。クラウはどんな幼少時代を過ごしたの?」

「話長くなるぞ」

「いいわよ別に」


 クラウはウンザリした顔でため息をついた。これも久々だ。


「魔王の噛み跡がついた勇者の生まれ変わりは、生まれてすぐにファンドリアに引き取られる」


「でも前回。ファンドリアで、生まれ変わりと、希望の姫君の見習いのこども二人が、魔人、アイツ、キルを拐った、虹色に」


 ギリギリと奥歯をならすクラウにピイが怯えてティアの首の陰に隠れた。ティアは指先でピイをさすり(大丈夫よ)と合図する。


「惨殺された。せいで、俺は今回ファンドリアじゃなくグラシアの廃墟の古城でシェアトってやつに育てられた。希望の姫君とは別々に」


「知ってる。シェアトも。もともとファンダリアの教育係は代々シェアトって名前で、勇者が生まれたあとアルフェラッツが引継いでる」


 ティアの言葉にクラウが顔を歪めた。


「代々? シェアトは本名じゃない?」

「どうかしら。襲名制なのかも」


「俺はシェアトに育てられたけど、アイツ謎が多いんだ。愛情深い育て親なのは確かだけどイマイチ信用ならない」


「ふーん?」


 クラウがシェアトの何を疑っているのか。ティアは不思議そうな顔をする。


「どちらかといえば人間より魔人の方が存在感が似てる」

「酷い言われようね。」

「印象としてだ」


 クラウに悪気はないが魔人のようだという表現がしっくりくる。


「でもちょっとわかるかも。アルフェラッツもなんか人間離れしてるし」


 普通に一緒に暮らして違和感が拭えない。


「で。シェアトが、俺を、魔人に殺されないよう幼少期から戦闘訓練とかして。あとはワイバンたちを住み込みで雇って」

「ワイバンさん超強いけど何者? 魔法とか戦闘以外で使うのよね」

「アレは天才だと思う。この前来た魔導師覚えてるか」


 ティアは間髪置かず即答した。


「王様風の人!」

「あれはグラシア王家の魔導師で、昔アイツに占ってもらってワイバンたちを見つけたんだ」


 隠れ住んでいるクラウが優秀な人材を得るには魔法の力が必要だった。


「そうよね。あれほどの人材はそうそう見つからないものね」

「ワイバンは殺し屋だった。他にも殺傷能力に長けたやつらを呼んで雇った。日常的に俺の命を狙わせて……鍛練のいっかんだ」


 ティアがドン引きして見せたのでクラウは咳払いして補足する。


「じゃあ……クラウが育ったのは優秀な殺し屋たちの巣窟ってことね。それもあえてそんな環境にしたってことなのね。ストイックを通り越して最早クレイジーだわ」

「褒め言葉として受け取っておく」


 そんな幼少時代では他人にフレンドリーな応対は期待できないのも当然で、心を開くのに苦労するはずだ。出会った頃のクラウの言動の数々を思い起こしてティアは納得した。


「ティアはどんな?」

「私はずっと希望の姫君の手記とか読み耽って過ごしたわ。アルフェラッツが毒舌家だからクラウがどんなに辛口でも私は耐性あるわよ」

「俺は別に毒舌じゃない。辛辣は認める」


 クラウが舌打ちで不満を漏らすとティアは楽しそうに笑った。


「魔王や勇者の話なら無限にできるわよ」

「無限は言い過ぎだろ」

「できるわよ。あることないこと捏造すれば」

「するなよ」


 冗談を言い合ったあと、ふとクラウはトーンを落とした。


「……キルは、どんな幼少時代だったんだろな」



 その後立ち寄った寂れた町の食事処でティアがくたびれた脚を擦りながら注文をした。


「お品書きの上から下まで全部ちょうだい」

「雑な注文だな」


 クラウが涼しい顔でツッコミを入れたが、店員は困惑した表情でティアに確認をとる。


「二名様ですよね?」

「ピピイ」

「二名と……一羽様で」


 ティアはにっこり笑顔で頷く。


「すべての品をお出しすると十五人前くらいになっちゃいますが……」

「ええ、大丈夫よ」


 半信半疑で店員が厨房に引っ込むとティアはクラウに笑った。


「お腹すいちゃった」

「そうだな」


 運ばれてきた料理が次々に消える。クラウもティアももりもりと食べた。ピイもおこぼれをもらって意外とがっついていた。


「ピイってば思ったより食いしんぼさんなのね。いいことだわ。どんどんお食べ」

「その小さな体のどこにそんなに入るんだってくらい食べるな」


 クラウが冷静にコメントしたが店員たちは心の中で叫んだ。

(アンタらもだよ!)


「ピイもきっと魔法の素質あるのよちゃんと」

「だといいな」


「今のうち食べとかないといざってとき役に立たないものね」


 魔法の行使者は通常の数倍エネルギーを消耗する。クラウもティアも細身でありながら常に爆喰いである。朝目覚めた瞬間から濃い物を大量に摂取する。食欲がなくとも。食べても食べても足りないのだ。おかげで排泄物もない。旅をする上では便利な一面だ。普通の人間がどうしているかはクラウにはいまいちよくわからない。


「そういえばキルはあんまり食べていなかったような」

「そうだったかしら。自分が食べるのに忙しくてよく見てなかったわ」


 クラウたちがもりもりと食事をしている傍らでいつもにこにこしていた。時々席を外していたから多分トイレにでも行っていたのだろう。


 いや。本当にそうだろうか。


「……なんか。考えるほどキルは変な奴に思えてきた」

「どうしてよ。あんな全人類が総出で守りたくなっちゃうような美少女顔に対して」


 全人類が総出で守りたくなっちゃうかはティアの主観で所感なのでさて置き。クラウに言わせれば誰より先に逃げ出しそうなヘタレ顔なのだがそれを言うとまたティアの話が長くなりそうなので言わずにおく。


「……まあ、多少庇護欲を刺激する顔ではあるんだろうが」


「多少じゃないわよ。人類の宝じゃない。それなのに海に落とすとか言うからどんな鬼畜かと思ったのよ」

「そんなことあったかな」

「あったわよ!」


 やぶへびだった。


「魔人がキルを浚いたくなるのもわかる。私より絶対あっちがヒロイン」

「いや。俺に対する当て付けならお門違いが過ぎる。マジで。絶対潰す」

「ええ。絶対キルを奪還して魔人をやっつけなきゃ」


 二人と一羽は当たり前のように十五人前をぺろりと完食して立ち去っていった。


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