夜と虹


「人間などに!


 ──ユーヴィ、魔王様を……」


 憎しみの後、悲愴に変わる声。エィヴィが呟く知らない名前ごと、剣で振り払い一貫。



ついにやった。


 足元で事切れている敵を感慨深い想いで見ていると、遅れてティアが駆けつけた。


「クラウ。怪我してない?」

「ああ。お陰様でな。本気で遠隔治療をやってのけるとかお見事すぎだろ」


「うへぇ……倒したの?」

「そりゃあ。これでまだ起き上がって来たらホラーだぞ」


「治したはずの相手が次の瞬間切り刻まれてるなんて。。なんだか複雑な気分だわ」


 敵の亡骸にビクビクとしているティアの頭に手を乗せた。


「魔属相手に同情とかどうかしてる」


 とはいえさすがに切り刻みすぎたか。


「深夜で良かった。一般人がこんなの目撃したらショッキングだもの」

「この残骸も始末しないとな」



 その時、大きな音がした。足元のエィヴィの遺体が持ち上がり緑の光だけが体から抜け出し飛んでいく。クラウたち三人の宿泊していた部屋のほうだった。光を失ったエィヴィは黒霧になって夜にとけた。



「何、だ……?」

「行ってみましょう。キルに何か──」


 言うが早いか。宿の上空に何かが舞い上がった。月を背に浮かぶシルエットにクラウは目を凝らす。



「あれは」


 長い虹色の髪がユラユラと光っている。


 エィヴィの緑の色の鬼火は、虹色の元へ吸い込まれるように飛んでいきしばらくそこに浮遊していた。虹色の魔人はエィヴィのいのちが尽きる前に、魔力を回収したのだろう。そしてゆっくり丸呑みにした。


 その腕に囚われているキルの姿も認識出来た。片腕で軽々とキルを抱えている。



「キル!!」


 クラウの声に虹色の魔人が振り返る。エィヴィともワイズともまるで違うプレッシャー、だがクラウは駆け出していた。



 コイツは強い、勝てない。そういった危険信号を無視して風の魔法を駆使し飛びかかる。キルを取り返さなければならない。意識があるのかないのか、キルは動かない。


 目があった瞬間、虹色の魔人がスッと目を細めた。ティアもいるのにクラウだけを見ている。無論離れた場所からティアが出来るのは治癒魔法だけだが敵がそれを知っているとは思いがたい。それより何より憎悪と呼んで相違ないだろう感情でクラウを見ている気すらした。



 キルを奪い返そうと飛びかかるクラウの腕を、虹色の魔人が掴み捻りあげた。ものすごい力だ。クラウの歪む顔を見て嘲笑う。


「っクソ、……!」


 宙にぶら下がる形になったクラウは虹色を睨み付けた。



「……これが今回の勇者か」


 今回の。その言い方が耳につく。今まで何人も勇者を見てきたというなら、随分息の長い魔人なのだろう。他を凌駕するプレッシャーもそのせいかもしれない。


 あんまり間近で睨み合ったせいかザワザワと鳥肌が立つ。知らない名前。知らないはずの魔人。虹色。本当に知らない奴なのか?


「お前、の、ことは、」


 知っている。


「よくも、レトを」

「──はて。なんのことだ」


 怒りにふるえるクラウに虹色の魔人は冷ややかな目を向けている。


「ファンドリアで、まだ幼い俺と一緒にいた、」


 今回の勇者とは初対面だ。過去に勇者とその国で会ったというなら。

「ああ。アレか……笑止」


 魔人は低い声で囁く。


「お前だってたった今エィヴィを屠ったのだ。お前が魔属を殺すことと私が人間を殺すことに大差はない。私とお前の因縁は、そんな浅いものでは無い。クラウンハイドよ。覚えてはおらぬのか。前世で惨殺された幼子以外は」


 耳許で、脳に語りかける。


「魔王様のことも。思い出せないと」


 呪いの言葉のようで、心臓が止まりそうだった。


「な、にをっ」



 脚を振るう反動で態勢を変え、攻撃に出ようとしたクラウの腕を、魔人ユーヴィが無情にも離した。いっそキルごと燃やす勢いの炎を食らわそうとしたが、一足早く嘲笑を浮かべユーヴィは消える。空間転移。



「私はユーヴィ。魔王の城で待つ。」



 そのまま派手に墜落したクラウに、ティアは即座に治癒を成しながら駆け寄る。



「怪我はない」


「キルは!?」

「連れていかれた……魔王の城で待つって。アイツ、何なんだよ!!」



 地面に拳をぶつけ怒りを露にするクラウにティアが慌ててその手を握った。


「無駄に怪我を増やさないで!」


「キルが連れていかれたんだぞ! 魔王の城だってどこにあるかわからないんだぞ!」



 激昂するクラウの拳を撫でティアは慎重に呟いた。


「大丈夫よ。大丈夫だから」

「何がだよ!」


 気休めなんかいらない。自分の無能さが憎い。クラウは八つ当たりしか出来ない自分にますます腹を立てた。怒り、絶望、哀しみ、様々な感情が荒れ狂う。



「キルは必ず見つける。だから心配しないで」


 泣き出しそうなティアがでもずっとしっかりして見えた。希望を決して捨てない、それは固い決意のよう。



「クラウにも以前、魔法の飴を渡したでしょう? アレをキルにも一つ渡してあるの」


「飴?」


 クラウの記憶にそんなものはない。とっくに忘れてしまっていたが、ポケットには確かに一包みの飴玉があった。


「ああ、……これが何だ?」


 初めて会った時に、魔力体力を回復させる飴だと確かそう聞いたはずだ。



「この飴は私の魔力を抽出して作り出したもので、例えお腹のなかで消化をされても魔力は消えないの。私は、貴方たちが、世界のどこにいても。絶対見つけだすわ」


 つまり。もともとマーキングのために渡したのだと白状した。



「あの段階で!? 俺に目をつけてたのか?」


「勿論よ。ドタキャンされはしたけど、私の旅立ちにあわせて王子がファンダリアに立ち寄るようグラシアとは話が通っていたもの。同じ年頃のひとは皆勇者に見えたわ」



 クラウはハッと息を飲んだ。それまで個人的に避けていたファンダリアへ寄った事の経緯を思い出し、まんまと嵌められていたことに気付く。グラシアはファンダリアには逆らえない。最初から仕組まれていたのだと理解した。もしかしたら、途中やって来た城の魔導師も素知らぬ顔をしてはいたが、クラウとティアが合流している事実を確認してほくそ笑んでいたかもしれない。


「策士か……!」


「とにかく。キルは私が探すから。クラウはあんまりカッカしないで」



 ガックリと項垂れたクラウにティアは手を引いて立ち上がる。


「早く準備して行きましょう?」

「……わかった」



 言われるままに立ち上がり、ふと気になってエィヴィの屍体を探した。



「……魔人は死ぬと骨も残らないのね」


「そうか……人間じゃないもんな」


 これまでクラウが退治してきた魔物も、魔力の強いものは塵に消えた。魔人が消えるのは当然だ。当然だが、あれだけ言葉を交わしてしまうとつい、相手が人間に近い気がしてしまう。そんなわけはないのに。


 残留思念くらいはあるのか、辺りは重く淀んでいるように感じた。だがいずれそれも消えるだろう。



「じゃあ行くか」



 ティアは死んだエィヴィの為に祈りを捧げてからクラウを追いかけた。



 〇〇〇



「希望の──希望の姫君なんて、いないのに……!」



 水晶玉の前で冷たい目を落とすのは。かつて希望の姫君と期待された稀代の美姫。



「ティア。どうして貴女は……!」



 誰もいない部屋で、机に爪をたて肩を奮わせる。


 勇者王子の隣にいるのは自分だったはず。

 勇者王子を助けるのは自分だったはず。

 勇者王子に愛されるのは自分だったはず。


 だが違う。



 現実は小さな水晶玉が映し出す景色。どんなに認めたくなくても覆らない。



 傍らにあるのは綺麗に製本された真新しい一冊の本。小さな女の子が誰もが持っている一冊の童話。お姫様と王子様の幸せなおとぎ話。


【勇者王子と希望の姫君】


 魔王を倒した王子様とお姫様は結婚して末永く幸せに暮らしましたとさ、と締め括られたありきたりなおとぎ話。



 幼いティアに最初にこれを読んで聞かせたのは自分だ。期待され、自分こそが希望の姫君だと信じて疑わなかった頃の。


 あとほんの少しだけ勇気を持てていたなら、今、勇者王子と共にいるのは自分だったのだ。


 自身の勇気のなさを棚にあげ、姉姫は妹を恨み泣いた。


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